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ヤマトタマムシ(大和玉虫)とウバタマムシ(姥玉虫)このところ、九月とは思えないような寒い日がつづきますが、一昨日は特に寒く、遠くの山に初雪が降りました。ギルときたら犬にもかかわらず、縁側でこの有様ですさて、昨日、タケルとギルを連れて、朝の散歩に出かけた夫が、公園で珍しいものを拾ってきました。といっても、帰ってきたときは、拾ったもののことはすっかり忘れていて、夕方になってから思い出し、あわててポケットから取り出したのでした。私には、はじめてみる昆虫でした。夫も初めてだそうで、そろそろ銀杏拾いの時期だなァと、地面を見ていたら、足元にひっくり返っていたのだそうです。もう少しで踏みつけるところだったとか。もう少しで洗濯するところでもありました。調べるとそれは、ウバタマムシ(姥玉虫)という甲虫目タマムシ科の昆虫でした。どうやら、あまりの寒さにこらえきれず、木から落下したようです。拾ったときすでに死んでいたと思っていたそうですが、部屋で温まって、もぞもぞ動き出しました。赤松の小枝を寝床にしてやると、わずかながらも動きが増してきました。やがて夫が、三十年以上も前につかまえ、あまりの美しさについに手放せなかったという、そして今も大切に保管している玉虫を出してきました。私は、これまで玉虫のホンモノは、夫に見せてもらったこれしか見たことがありません。ヤマトタマムシ(大和玉虫)という名前があるそうです。ウバタマムシ(姥玉虫)と区別するために、今回初めて使います。今日、太陽が出たので、大和玉虫と姥玉虫を自然の光にあててみました。まず、大和玉虫玉虫色という言葉の意味がよくわかります。おなか側は、ほんの斜めから。カラカラに乾いていて動かすと砂糖菓子のように崩れてしまいそうです。それでも玉虫色は健在なのですから、驚きます。この大和玉虫を甲虫の美の極致というひとがいますが、私は、姥玉虫も負けてはいないと思います。一見地味ですが、見事な漆装飾の沈金のような美しさなのです。おなか側はメタリックな一色の輝き。自分でひっくり返ったのですが、合掌してなにやら祈っているようで、神々しくさえ感じられます。あら、どなたでしょう、「ほんとは命乞いをしているんだよ」なんておっしゃるのは…?外へ飛ばしてやりたいけれど、本来なら夏の子だそうです、もう外は無理でしょう。暖かい部屋の中で、一日でも長く生きてもらうことにしました。それでは最後に、大和玉虫と姥玉虫のツーショット(?)をどうぞ。ヤマトタマムシ ウバタマムシ
September 30, 2008
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「今日で夏は終わり、本格的な秋に…」とテレビで報じていました。そういえば、ヒマワリとコスモスが別れを惜しんでいるような…。 裏庭のフェンスに、いつの間にかホトトギスが3種咲いていました。野草のホトトギスは、私にはまだ幻。めぐり合える日が楽しみです。
September 25, 2008
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以下は前回の続きです。「山の切れ端」およびそのごく近場で撮ってきたものだけを並べてみました。 ありふれた植物ばかりですが、よく見るとみんなステキでした。 私が触れてきた山の雰囲気をすこしでもお伝えできたら、幸いです。 お父さん、今日はこれしかとれなかったの?いやいや、お母さんを家まで送ってきてまた山へいって、こんどはこんだけ―。皆さま、最後までお付き合いありがとうございました。途中、お気づきになりましたでしょうか。クローバーが四つ葉と五つ葉だったのを。四つ葉のほうは幸せをよぶそうで、皆さまへのおみやげです。夢と希望のシンボルである虹のフレームにおさめました。でも、画像を見ていただくだけで、ごめんなさい。
September 20, 2008
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きのう、どじょう家族さんのところへうかがったら、きれいなヒガンバナの写真が載っていました。もうあちらでは満開なんだ~、と驚くとともに、うちで「山の切れ端」に植えたヒガンバナはどうなっているだろう、と気になりだしました。自然薯パパさんのところへうかがったら、星朝顔という小さな花が―。私などひとからげに雑草として見過ごしてしまいそうな野の花を、自然薯パパさんはこうしていつも素敵なヒロインとして見せてくださるのです。いんぺっこさんには、このあいだ「ヒッツキムシ」という言葉を教えていただきました。こちらでは「バカ」といってるのですが、こんどは「ヒッツキムシ」と言ってみたくなりました。そんなふうに皆さんからの刺激もあって、キノコ採りにいくという夫の車にのせてもらって、久しぶりに「山の切れ端」に出かけてみました。ヒガンバナはまだまだでした。夫は少し奥にはいってキノコ採りの下見、私はそのまま「山の切れ端」にのこって、姿は見えないけれど元気なニコ&サクラ&タマちゃんたちと一緒に植物観察。そのわずかな周辺だけで、小さくて可憐な花がいっぱい咲いていました。最後に、うれしいものを見つけましたので、皆さんに...、あ、だめだわ、ブログですものね。とにかく、楽しいひと時を過ごし、ヒッツキムシをあちこちにつけて帰宅したのでした。下手の横好き写真はこちらから
September 20, 2008
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見苦しい小屋ですが、アンのお気に入りです。新しいのに換えて半月でグサグサに。お菓子の家のように食べてしまうからです。 先月下旬、うさぎのアンが、うちの子になって以来はじめて体調を崩しました。まったく食べなくなってしまったのです。大好物も食べず、水も飲みません。動物病院でレントゲン検査をしてもらったところ、どこにも悪いカゲはなく、何かのストレスでしょう、といわれました。そして、とりあえず蜂蜜の薄め液やスポーツドリンクなどに主食のカリカリを粉にして混ぜ、それを針なし注射器などで、少しづつ回数多く与えるように、と。帰宅してからがサア大変、アンは、撫ぜなぜは喜ぶけれど、抱っこは大嫌いな子と決め込んでいたので、ほとんど抱いたことがなく、なかなか教えられたとおりにはいきません。「こちらが怖がると相手も怖がって抱っこさせませんよ」という先生の言葉を思い出し、やっとの思いでひざにのせ、どうにかこうにか注射器の中身を口に注いでやることが出来ました。そのうちほんの少しですが、自分から牧草を食べ始めました。やれやれ―。と思ったのですが、あくる日はまたアンは何も口にしなくなっていました。注射器で流動食を与えるにも、このままでは、体力がどんどん落ち、命が危ないと判断し、もう一度病院へ連れて行きました。こんどは、こちらから何か力のつく様な注射をしてくださいとお願いしたところ、先生は、それではとビタミンE入りの皮下注射を打ってくださいました。帰宅後、注射が効いてきて、アンに動きが出てきました。こんどは、夫と二人がかりで流動食をやることにしました。ところが、アンの抱っこ係を引受けた夫は、私以上におっかなびっくり。アンを抱いてはバタバタされて逃げられ、その繰り返しを何度したことでしょう。まあ何とか流動食を与えることができて、アンをケージにもどそうとしたときでした。夫のかたわらに、ポロンと得体の知れないものが…!?よく観ると大人の小指ほどの長さで、黒くて、先が尖っていて、触れば石のように固くて…!?「あ~~~~っ!」「ひゃ~~~っ!」二人はほとんど同時に、それが何であるかわかりました。そう、アンはフン詰まりだったのです。夫がアンを抱いては逃げられるのを繰り返したおかげで、アンのお腹が刺激され、詰まって固くなったフンを圧し出したというわけです。それからのアンはどんどん食欲を取り戻し、たちまちもとの元気な子になりました。先生の「何かのストレスでしょう」というお見立ても無理からぬことです。食欲不振の元凶は、レントゲンには写らないところに隠れていたのですから。
September 12, 2008
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ヒヨドリが巣立ってから、そろそろ一月になります。巣立ってからしばらくは、親鳥が雛を引き連れて、日に何度も庭にやってきて、にぎやかで楽しい光景を見せてくれました。それが、行動範囲がひろくなり、まだクチバシが黄色くてもなんとかエサがさがせるようになったのでしょう、だんだん庭にやってくる回数が減り、やってきても、一羽だったり二羽だったり。どの子がどの子だかまったくわからないので、そのつど、ほかの子は無事かしら、と心配になるのでした。数日前、雛だけでしたが、四羽がそろってやってきたときは、それはうれしかったです。目頭が熱くなりました。それにしても雛の成長の早いこと、驚くばかりです。そしてまた、いや、前よりもさらにヒヨドリのやってくる回数がすくなくなり、ついに途絶えてしまいました。(野鳥大好きさんのご推察のとおりでした)鳴き声も、あたりからはほとんど聞こえてこなくなりました。これでいいんだ、これが自然なのだと自分にいいきかせながらも、さみしいものです。夫はけさも、新しいジュースとブドウをチーちゃんの形見の器に満たしてフジの枝にかけました。わたしには、それは今はもう、ヒヨドリ一家の無事を祈る「かげぜん」のように見えてなりません。 夏の暑い暑いさなかを命がけでがんばったお母さん。せめて、おまえだけでも、またうちの庭にもどってきてね。私たちは、おまえをチーちゃんと思っているのだから…。ヒヨドリが抱卵しはじめたころ、私は、近所の猫好きな人たちに、「ヒヨドリが無事に巣立つまで、もしかしたら猫ちゃんを追い払う私の大きな声が聞こえるかもしれませんが、決して虐待しているのではないので、心配しないでくださいね」と冗談交じりに断っておきました。 さいわいというか、不思議というか、それ以来、近所の放し飼いの猫ちゃんたちは一度も我が家の塀の上に姿を現しませんでした。きっと、それとなく協力してくださっていたのだと思います。その協力者の一人(70代の女性)に道で、お礼をのべたところ、彼女は「ああそれはよかったよかった、あ、ちょっとまって」、と返事もそこそこに家の中に飛び込み、両手にかわいいものを揺らしながら出てきました。そして、わたしに「これ、トイレででも使ってね」それはタオル地の手ぬぐいで作った、その方お手製のお手ふきでした。「ふたつもですか!?」ヒヨドリのことで感謝している私のほうが…、とうれしいやら、申し訳ないやら。 かわいくてもったいなくて、それに、あのヒヨドリたちに無関係ともおもえなくて、飾っておくことにしました
September 5, 2008
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