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夫の母の命日。去年の今日、夫の母は67歳で亡くなった。寝たきりで、意識もあるのかないのかわからない状態でも「もう一週間もたないと思うので、覚悟していてください」と言われてから、母は1カ月以上がんばって生きた。母が亡くなる数日前に、夫は母と同じ病院に入院した。アルコール専門病院に行ったが、すぐには入院できず、内科で治療してから来るように言われ、この病院に入院させてもらったのだった、、。初めは、母親と同じ病院は嫌がっていたけれど結果的には母の最期に立ち会うことが出来て、親孝行できて良かったネェ。母の葬儀は、喪主は夫だけど、わたしと夫の親戚で行った。夫は絶対安静のため、外出許可をもらい葬儀には出席することは出来たけれど、母の傍にいることは出来なかった。(ちなみに、、一昨年の曾祖母のお葬式のときにも入院していたので、病院から参加してました、、。)「お母さんが、呼んだんだね、、。あの子が入院するまで、待ってみたいだもんなぁ~。」夫の親戚がそう言っていた。本当にそのとおりだと思った。この時に、夫の中でなにかが変われば立ち直れそうだ。。と思っていた。後でわかったことだけど、夫はこのときに、「もう、自分には家族がいなくなってしまったから生きていてもしかたがない、、。」と、思っていた。葬儀が終わり わたしにそう話した。わたしは他人でもいいけど。。テルのことは家族だと思っていて欲しかったなァ、、。
2004年07月16日
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午後になって、わたしの実家の両親が、彼に会いに来た。5月に病院を退院してから初めての訪問だった。そして、わたしの父が、彼の部屋に行き彼が死んでいるのを見つけた。救急車がきて、パトカーがきた。「遺書のようなものがあるから自殺かな?」と話していた。自殺未遂、自殺願望はあった。。近くの病院のお医者さんが「検死」に来てくれて死亡の原因は「消化管出血」だったらしい。消化管がどこかで破裂して、大量に吐血して死に至る。アルコール依存症の人の死因には多いらしい。救急隊の人が、「見ないほうがいいですよ。僕もこうゆうの初めてみた。」と、言っていた。 布団にうつぶせに、倒れていたので 顔は見えなかった。遺書らしきものも見えなかった。息子が学校から帰ってきた。救急車とパトカーが家のまえに止まっていて、近所の人がいっぱい集まっていたそうだ。彼の親戚が、集まり始め、夕方から 葬儀の準備が始まった。葬儀屋さんが来て、お棺に彼を入れてくれた。3階から、彼の遺体を運ぶのが大変だった。そのときに、チラっとだけ 彼を見た。パンパンにふくらんだ体は、別人みたいだった。。お棺の扉は、葬儀屋さんが、開かないようにしてくれた。葬儀でも、火葬場でのわかれのときにも開けないように。。息子は「なんでパパの顔見れないの??」と聞いた。。なんて答えたんだっけなぁ~、、。学校から帰ってきたとき、「パパ死んじゃったの。ごめんね。。」「ママのせいじゃないんだから。謝ることないよ。。」2人で泣いたのは、このときくらいだった。。時々、思い出したようにポロッと泣くけれどほとんど、涙を見せなかった。わたしも息子も、悲しくないわけじゃないんだよ。。
2004年07月05日
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夫が亡くなった日。1階では、息子と友達が遊んでいた。2階では、わたしは、別居するための準備をしていた。3階の自分の部屋で 彼は、独りで逝ってしまった。。。まだ、誰も気がついていなかった。。
2004年07月04日
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