全5件 (5件中 1-5件目)
1
息子、こないだの土曜日の夜、今のバイト先の新年会に行ってきました。こういうの、初体験です。当日、朝起きて腹痛、下痢下痢、トイレ行きまくり「やっぱ 今日やめとく・・・なんて断ろう~」とか言っててとりあえずバイトも行って、夕方、「やっぱ 行くわ」と言って、車も乗せてもらって出かけて行きました。会費払って サラダ食べただけらしいが(笑)いままでは こういう行事、まずやめてたし。ひとつずつ、ひとつずつ、できることを経験中。。。
2012年01月30日
コメント(8)
息子は部活がしたかったのです。私も期待していました。入学してすぐ新しい顧問がきました。今まで私学で教えてた実力者でした。その練習の厳しさ、おこって怒鳴って、先輩が泣いてしまうほどでした。でも練習試合や遠征は顔があるのでいろんな所に行きいろんな人と知り合い、厳しい半面楽しかった。が、部員から反発が出てきて、キャプテンが退部。それでも皆反発しながらも夏休み、練習と遠征、合宿と、厳しいながらも楽しかった。リア充してた。夏の終わりの地区大会予選で県大会出場をかけた試合。あと1歩、力およばず・・・・。その後、かなりの部員が来なくなった。燃え尽き症候群と顧問は言い、放任しました。部活崩壊。息子は来なくなった先輩と同級生を日々説得に走ったが、練習は2・3人しか集まらない。息子は先生側だと部員からシカトされた。1人練習の時も多々あった。息子は先生も先輩も同級生も好きだったのです。このチームでただ純粋にプレイしたかったのです。が、先生と先輩、同級生の間にはいり、いつしか息子本人が学校に行けなくなっていた。気がついたら 体が動かない状態だった。ま、その後学校やめてからいろいろありましたけどね。学校やめたから、解決?するか?そんなことでなく。一度立ち停まったら、こうすれば良い、とか、この方法がよい、とか、そんな単純にはいかなった。そして私は息子をあきらめた(見放す、で無く、息子に対する執着を捨てた、と云う感じでしょうか)で、いま、息子。やりたいことをみつけた。もちろんそれが叶うかはわからない。本人は叶えるつもりでしょう。そのために今、バイトをしてお金を稼ぐ。そのためには、進級もする。そのためには、練習もする。(息子、~ねばならない、になってるかも)まだ 朝は起きれないですけどね。私には理解不能なこと(私の価値観の中での)言ったりやったりもします、けどね。人と行動は別ということ。私と息子は別の人、ということ。そして誰の問題か、ということ。(見放す、ということでなくね)本音言うと、この「目標」がもしだめだったら、と考えるとこわいです。がんばり過ぎて、またエネルギーがなくなって停まったらどうしよう、と、不安は浮かびます。努力が必ず報われるわけじゃないもんね。でも~でもね、それは息子の問題だから、もし立ち停まったとしても、もし変わったとしても、先はどうなるかわかんないけれど、息子がなんとかする、と思うのです(思えるようになった)1年前の息子とは違う。たしかに。って自分に言い聞かせてるんですけどね。(また、なにかあると、揺れます、きっと)どん!と構えて、笑顔の母でいたいと思います。どんなあなたでもあなたが大事。目指したいと思います。まだまだ道途中ですが。でね、、、息子、家での練習のためグランドピアノが欲しいと言い出した。ええぇぇぇぇ!!!この狭い家のどこ置くねん?お金は?父親がいいと言うか?私、動揺しました。ピアノのことわかんないし。私の寝床を潰して置くそうです。お金は自分のバイト代でレンタルするそうです。父親も説得するそうです(手強いぞ)・・・そうでっか。・・・そこまで覚悟してるならやってみたら。その前にしっかりサイズを確認してね。
2012年01月25日
コメント(12)
1年前。不登校のまっただ中に入った頃でした。行き渋り、五月雨登校はその前の年の秋からだったのですが、ちょうど昨年の今頃、息子が学校をやめる!と宣言したのです。もういっぱいいっぱいでした。体調に出てて、気持ち悪い、頭痛い、下痢腹痛、食べられない、起きれない、昼夜逆転等々・・・。体が硬直したように何しろ動けない。それまでなぜか私は息子が「不登校」だと思っていなかったのです。五月雨登校時も、息子は部活やりたい、試合に出たい、と言っていて、登校した日はるんるんで帰宅していたので、私は、息子は学校へ行きたいんだと認識していました。なので、時々「行けない」のが理解不能でした。「退学」を宣言されてはじめて、うちの子は「不登校」なんだと思ったのでした。行き渋り、五月雨といっても、私がほとんど送って行き、結局2学期の欠席は7日だったので、3学期は全部欠席したとしても出席日数は足りていました。ただ、3学期より履修する「数2」を受けてない(進学校なので1年で数2必修、数1はとれていたが)ということでタイムリミットになり完全不登校になって2週間で留年になりました。逆に言うと「数2」だけでも授業を受けていれば進級できたのです。学校も「数2」だけでも出てきていいと言っていました。とりあえず「進級」しようと言いました。が、本人はあえて1月のこの時期に高1履修の31単位を捨てて「退学」を選んだのです。留年が決定になるまで、そして3月に正式に退学届を出すまでは学校との話し合いやら家庭訪問やら・・・・制服がぶらさがってるだけで恐怖だった。本人の「葛藤」はすさまじいものがあったと思います・・・。そして私はどうしたらいいのかわからず、仕事には行くものの、化粧もせず、マスクして出勤。仕事中も泣いてしまうあり様でした。そして暇を見つけてはネットで「不登校」を検索しまくり漂っていました。そこで あいあいの先生のブログに出会い、とある掲示板に出会い、初めて書き込みしたのです。管理人さんはじめそこのスタッフの方々がすぐに真摯にこたえてくださいました。も~目からうろこで。気付きばかりで。。。ほんとにいろんなことを教わりました。あの時がなかったら今の私はなかったかも?と思っています。いまだにそこは時々訪問していますが(ロム専ですが) 久しぶりにちょうど1年前の書き込みしたところを読み返してみたら、、なんだか号泣。当時のつらさを思いだした、のかな。いや・・・・、ほんとありがたい言葉をかけてもらってて・・・。うれしかったのです。「大丈夫」と言ってもらった。「今は続かない」と言ってもらった。とても心強かった。そしてそこから今のみなさんとのつながりに至っています。ほんとうにありがとうございました。いままで生きてきた価値観、常識というものが、なんと偏っていたことか。物事をほんの小さな角度の一面からしか見れてなかったんだなぁ。子供自身もですが、私も自分に向き合った1年になりました。
2012年01月24日
コメント(2)
昨年の今日、前日はこちらの地方にはめずらしく大雪で、朝、雪がかなり積もっておりました。2学期から五月雨登校だった息子は、年が明けてからも行ったり行かなかったりだったのですが、積雪の中、自転車で登校しました。学校までは11キロあったので、途中まで私の車に自転車を積んで、途中から走って行きました。どんな心境だったんだろう?そして2日後の1/19から、完全不登校になりました。それから一度も登校はしていません。退学届を出すのを含めて3度面談に行きましたが。私は何度も学校に話に行ったなぁ~。いろいろあった~~~書ききれませんが、私のいままでの認識、常識、価値観が変わりました。もちろん、思考癖、というのはなかなか消えないけれど、それでも 自分を見つめなおすことができたのです。それ以上に、息子はつらかった。体が動かなくなった、ごはんが食べれない、夜寝れない、等々・そして、気持ち・・。何事にも「無理」「できない」「いや」の息子。「逃げてばかり!」となじったこともあります。逆に暴力をふるわれたことも・・・・今 思うと なんて親だったんだろうと思う。私って、なんでもがむしゃらだった。仕事も家のことも楽しみも、全てにおいてがんばってた。気がつくと、いつも歯をくいしばってた、ように思う。気がつくと、奥歯に力、入ってた、ように思う。子供たちにも「がんばれがんばれ」を強いていたんだな。この1年。出勤の際に息子の学校の高校生や市内の高校生を見かけては悲しくなったこともあった。(今でもふっと見ちゃうけどね)外に出るのが嫌な時期もあった。友人関係も変わってきた。でも、新しい出会いがあり、お仲間が増え、いろんなことを学んだ(まだまだだけど)そして私と息子は違う人、ということ。当の本人の息子にとっては、はかりしれない苦しみや悲しみや試練があったんであろう。息子、今年度の単位認定が目の前なんだけど、年末からのバイトで時間足りなくなってる。ピアノの発表会もあと1か月半ほど。やっぱりバイトで練習できなかったり。がんばり過ぎてまた動けなくならないだろうか?とか思ったり。その行動にドキッとすることもある。それでも、、、まぁ~~、なんとかするだろう。と、私は見てるだけ。何もできない。ごはん作って、風呂わかして、洗濯して・・日常をこなすだけ。力入ってた私、ちょっとやめた。ゆるめた。力抜いてみた。掃除もしんどい時は無理にしない(汚いが)・・・無理はしない。(最低限、すべきことはするけど、しんどい時は60%くらいに抑えて)「ま、いいか」が増えた。そしたらね~~そのせいかわかんないけど、更年期も始まったみたいなのか、太ったわ(笑)まだ先はどうなるかわからない。まだ試練はあるだろう。先読み深読みしてもしょうがないしね。たしかに私の不安虫は時々ぷかぷか出現するけどね、それも認めてみる。そんな私なんだって。でもきっと、このことがなかったら、死ぬまで歯をくいしばったまま走ってたんだなって思うのよね。まだまだ道途中だけれど。今を、「ていねい」に生きるってこと。奥が深いなぁ~~~。
2012年01月17日
コメント(6)
娘が成人式をむかえました。こちらは1/8に式でした。先週、正月明けから、着物の支度をはじめて・・・着物の知識がない私は、有ると思っていた小物がちょこちょこ足りなくて、買いに走ったり、なんせ私が着た着物なので、(こんなぎりぎりになって)広げてみたら長襦袢がシミになってたり、、、あぁショック。そんなこんなで、日曜の当日は朝から美容院、写真屋さん、会場等々、アッシーで。こちらは、式にけっこう親が観にくるのですよ~~~。 ま、くたびれた一日でした。娘の同級生、特に女の子は、みんあ変わっちゃって、かわいくなって、だれかわからないの。よく見ると面影あったりで、みんな大きくなったなぁ・・・。保育園、小学校、中学、と、関った子供たちの成長に、ちょっとほろっとなりました。中学時代完全不登校だった○○子ちゃん、来てた~。で、ちょっとだけ話せたの。彼女は今、トリマーの資格をとって、ペットショップに勤めてる。何カ月か前に1度、娘と遊んだので近況は聞いてたの。ご両親もみえてたけどうれしそうだったなぁ。で、ちょっと 息子の3年後のスーツ姿を想像したりして。どの子も笑顔が印象的でした。みんないろんな道を歩いてきたのだろう、そしてもちろんまだこの先も歩いて行くんだなぁ~みんながんばれ~と心の中でエールを送り。私はというと、着物の片づけとシミのついた長襦袢を、クリーニングとシミ抜きにだそうかと、居間でぶらさがってるそれを、放置したまま眺めています・・・。その日息子は朝起きるのが遅く、午後からバイトだったので生の姉の着物姿を一度も見ず、夜、プリクラで見れたそうで。生のが迫力あったんだけどな。特に‘つけま’ね(笑)
2012年01月10日
コメント(18)
全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()

![]()