2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
術後、二日間は感染予防のパセトシンカプセルをそして、それとは別にずっとドオルトンを飲んでいる。先月薬を飲んだ時もそうだったけど今回も薬をのみ始めてから酷い口内炎が出来た。なにか関係があるのかしら?胃が荒れるとか?そして左卵巣のあたりが痛い。ずっとじゃ無いんだけど。。。これって良い事じゃない。。。よね?それとも術後なんだから普通?あるいは又水が溜まって来てるのか?今日一日もお腹痛かったら明日朝イチで電話して病院に行った方が良いかも。。。手術のあとは又生理が来たら来てとしか言われてないのよね。又ホルモンの値が悪かったらどうしよう?それに取った液体は病理検査に回すと言っていた結果はどうだろう?「悪いものが混じってないか検査する」わけだが「悪いもの」ってのはようするに癌細胞だ必ずしも出る訳じゃないけど、結構これで発見される場合もあるのだそうだ。もしそれがでちゃうともう「アウト」「卵巣は両方とも取らなきゃならない、不妊治療はもう出来なくなる」と言われた。そんなあっさりと。。。しかも癌っていったら大変じゃないですか!ストレスは体に悪い。。。でも治療中はいろいろ考えちゃうよね。。。今年に入ってから運の悪い事続きでイヤになる。いつも笑顔でいたいけど、ついマイナス思考になってしまうわ。そして来月は忙しかった4月よりもっと仕事が忙しくなりそうな予感。こんなんで不妊治療うまくいくだろうか?
2006年05月24日
コメント(4)
5月16日手術の日がやって来た。11時半の予約だったが、受付がぼんやりしていたのか普通の診察扱いになってしまい約1時間待たされた。先生もちょっと怒ってる風だった。直ぐさま手術室のある階に移動。旦那も一緒に来ようとしたが男子禁制と断られてしまい、「先生が当日旦那さんも一緒に来てと言ってたのに。。。」と旦那は不満足そうだったがしかたない。手術でなにかあった時の為にいて欲しいだけなんだろうが説明する時間がないので放っておいた。結局旦那自身の用事がこの後あったので彼は一人で帰る事に。最初にベッドが沢山ある部屋の角のコーナーに通され、着ているものを全部脱いで用意してある薄いガウンのようなものに着替えて待つように言われた。ベッドは一つ一つカーテンで仕切られており、ロッカーが置かれてる。着替えて横になってると部屋に入った時からしてる誰かの啜り泣く声がはっきりしてきて嫌な感じだった。最初母親に付いて来た子供かなと思ったけどどうやら違ったらしい。何で泣いてるの?手術が痛かったの?不安になっちゃったの?こっちまで不安になっちゃうよ。。。やがて笑顔の優しそうな看護士さんが来て、血圧をはかられる。「血圧は問題ないですね、チョット緊張してるのかな脈拍が早いですね」うーん、動揺が現れているのか、緊張していたようだ。簡単な手術と聞いていたわりには、やはりちゃんと全部脱いで手術用に着替えたりしてなんだか2年前の手術の時を思い出す。。。あの時はもちろん全身麻酔、手術が終わった当日の夜中は痛くて熱くて苦しかった。。。一応念のため「簡単な手術なんですよね?」と確認してみる。するとにっこり素敵な笑顔で「そうですよ~大丈夫ですよ」と答えてくれた。この看護士さんは今まで見かけた事がない、手術担当の専門なんだろうか?この笑顔で答えてもらうとすごく安心する。そして左上腕部に注射。「喉が乾いたりします」といわれた。これも麻酔の一種なのかな?注射を打ってすぐに手術室に移動した。手術台の上に横になって最初中にカテーテルのようなものを入れて麻酔注射。痛いっ!かなり痛い!想像以上に痛かったので顔が引きつってしまった!その時、さっきの看護士さんがさっと私の手を握ってくれた。「大丈夫ですよ」と言う力強い笑顔に大分勇気づけられる笑顔の力って偉大だ涙ぐみそうになる。。。やっぱりこの人は手術担当専門に違いないー!ホントのとこは良くわからないけど、感覚としては2~3ケ所打たれたような感じ。しばらくして先生が「これだけ取れましたよ」と注射器に入った液体を見せてくれた。薄赤色の液体25CC結構な量だ消毒されて無事終わった。手術自体は15分程で終わったが、膣も卵巣も穴が空いてる訳だし出血の心配があるので2時間程ベッドで安静にしてる様に言われた。ほんとは3時間は安静にしてなきゃダメみたい。時間が1時間押しちゃったからベッドが足りないのだ!ひどい~先生も「だから11時半に予約していたのに!」と最後までぶつぶつ言っていた。私のせいじゃありませんよ、受付が悪いんです、手術の承諾書だって渡したのに~。ベッドでは前日あまり寝れなかったので寝たかった、少しウトウトしたけど旦那からトラブルの電話が何度も来たりして結局寝られなかった。旦那はたいていタイミングが悪い、何もこんな日に!って言う時に限って問題を起こしてくれる。お腹はまだジワンジワン痛いが出血がないかチェックして帰っても良いと許可がでた。こんな日に限って電車で帰る。。。しょうがないからごはん食べて1時間程ゆっくりしてから帰りました。そして叉お薬こないだと同じく ドオルトン 卵胞、黄体ホルモン剤パセトシンカプセル 細菌を殺し、感染症を治す作用もう溜まらなければ良いけど。。。。コンナノを何度もはゴメンだ!
2006年05月23日
コメント(4)
体外受精の説明会に参加していよいよ治療が始まった。まずは腫れてる卵巣を小さくするべく薬を飲む事になった。ドオルトン 卵胞、黄体ホルモン剤 一日一回寝る前に1錠飲む薬剤師は卵巣を休ませる薬ですと言った。ん?卵巣を小さくする薬じゃないの?まあ同じ事か。。。?これが飲み終わってしばらくすると生理が来た。というか、はっきりした生理ではなかった。。。薄赤のが一回うっすら出た感じだった、でも、もう来たものと思って病院に予約を入れた。生理の一日目か二日目に来るように言われていたからだ。しかしその後ちゃんとした経血がなくてあれ~?まだ生理じゃなかったの!?次の日予約時間の1時間前になってもまだない。。。血が出てない状態でもいいのかな。。。でもそれじゃ生理二日目に来いという意味がないよな。。。でもでも、今日明日中には間違いなく来ると思うんだけど。。。しかたなく少し待って病院に電話したらちゃんと生理が始まってから又予約とってくれと言われた。そしてやはりその日の夜、やっとちゃんとした生理が始まり次の日の朝電話してそのまま病院へ。病院では血液検査をしてから内診。診察室は患者側にもモニターがあって自分で中の様子を見る事が出来る。相変わらず黒い大きな穴があるのがみえた。あれ。。。?一抹の不安。旦那と先生のとこに行くと先生はカルテや資料の紙をやたらとパラパラめくってる。なんか嫌な予感。。。「血液検査の結果、ホルモンの値が高い」そう言われた。普通50のところ私の場合は280もあった。えええ 約5倍!?「おそらく卵巣に水が溜まってるせいだと思うが、この値じゃ良い卵は出来ないので今回はやらないでおきましょう」がっかりした。。。やっぱりね。。。いつもモニターや写真で見る黒いのは卵巣で私の左側はすごく大きいのだ。「又薬を飲んで小さくしましょう」先生はそう言ったけど、今回も前回も大きさはあまり変わってない!薬剤師は卵巣を休ませる薬と言ってたし、この薬で果たして私の卵巣が小さくなるのだろうか?私の疑問に先生は過去の写真を見て「水を抜いてからのほうが良いかな?よし『プンク』だ」といって急遽手術が決まった。手術と言っても切ったりするのじゃなく、局所麻酔で採卵の時と同じように膣から注射針で卵巣に刺し中の水を吸い取る、というものだ。しかも吸い取っても又溜まる可能性はあるそうだ。それって痛いのかな?採卵の時は痛みは一瞬て説明されたけど。。。それと同じなのかな?まあ出産にくらべたら、そんな痛み、屁でもないんだろうけど。。。『プンク』ってそういう手術の事なのか。。。手術は生理がおわった頃と言う事で4日後に決まった。そして「手術・検査の、説明と承諾書」を渡される。簡単な手術でもこういうものが必要なんだよね。手術の名称が「卵巣のう腫 穿刺、吸引術」と書かれてる。そうか、やっぱり卵巣のう腫だったのか。。。水が溜まってる症状ってそういう名前なのね。。。またまた軽いショックを受けた。卵巣のう腫で卵管閉塞、卵管狭塞しかも旦那の精子運動率も抜群に良いと言う訳でもない。。。先行きくらい。。。いや! 前向きにいなきゃ体に悪いよね。可能性はまだ0じゃない!良い結果が出るようにイメージしなくちゃ!
2006年05月22日
コメント(2)
病院はあらためてネットで捜した。家と仕事場から通える範囲の、不妊治療で評判の良いところ。医者は7名程いるはずだが、(女医も)初診のせいか、不妊治療のせいか「医院長か副医院長が担当になります」と言われた。別にどっちでもかまわない。腕が良ければ。初めてなんだからわからないわよそんなこと。。。と思いつつ予約した。病院は混んでいた。どこの病院も混んでるそうだが、これだけの人が不妊で悩んでいるなんて。。。日本はどっかおかしいよ。問診票を記入してひたすら待った。やがて副医院長に診てもらう。「左の卵巣が腫れてますね。」「多分、子宮筋腫の手術のせいで癒着を起こしてるかもしれない」とのことだった。やっぱり癒着が起こってたか。。。痛かったもんな。。。だんだん痛みの頻度が高くなって来たもんな。。。子供が出来ないのはそれが原因?「腫れは自然に治る事があるから」詳しい事は言わず医者は「不妊症の原因と検査」というプリントをくれた。「不妊症」ああ、私、不妊症なんだなぁ。。。と実感した。これからこんなに検査するんだ。。。気が重くなる。::::::::::::::::::::::::::::::::::「不妊治療は辛い」一般的にそう言われてる。金銭的にも、精神的にも。でも肉体的にもやっぱ辛かったんだと実感したのが『子宮卵管造影検査(HSG)』『造影剤を子宮に流し込み、子宮内の異常の有無、卵管が通過しているか、腹腔内に癒着がないか、レントゲン撮影して調べる。』これは前もって異常があると痛いと言う話は聞いていたので結構緊張した。造影剤を入れる前「痛みがあったら手をあげて知らせて下さいね」そう言われた。台の上に横になって、歯医者みたいだな。。。そんな事を考えていた。だんだん下腹部が嫌な感じになっていく。意識がソコに集中しているせいか、造影剤が入っていく感触なのかわからない。鈍い痛みが来たみたいな感じ。。。う…んちょっと痛い。。。手をあげて見る。「痛いですか?」と看護士の声。「痛いです」どんどん痛くなって来る。「もうちょっと待って下さい」 痛い!痛い!相当痛い!!「はい終わりました」結局痛みを訴えてもどうもしてくれない所まで歯医者みたいだった。。。その後しばらくしてもう一度レントゲンをとって先生にあう。レントゲンを診て先生は「左の卵管が詰まっている、右の卵管も詰まる寸前」と言った。「卵管閉塞と卵管狭塞」だからあんなに痛かったんだ。。。そりゃ痛いはずだよ。。。通らないとこに無理矢理押し込もうとしたんだもん。「自然妊娠はほとんど無理」そう言われました。「人工受精もこの状態じゃあまり意味がないでしょう」と体外受精をすすめられた。年齢も年齢だし、一からやってる時間もない最初から体外受精が手っ取り早いとは思ってたけど。それでしか無理となるとやっぱり落ち込む。。。お腹もまだ痛いし体全体が脱力してつらい。付き添ってる旦那に愚痴や八つ当たりしても暗くなるだけ。不妊治療を始めた事は友達には言ってない。母親と旦那だけ。同じように子供の居ない既婚者の友達もいるけど話しずらいし。結婚してない友達に言っても「今は医療が進歩してるからなんとかなるよ」とか「うちの近所に皆妊娠に成功する病院がある」とか言われてそれ以上話せなくなってしまった。こういう事は同じ立場の人にしかわからない。言われても返事に困って迂闊な事を言っちゃうだけだろう。私もきっとそうだ。。。旦那は協力的ではあるけど何しろ外国人なので日本語での細かい説明はまではわからない。一生懸命説明するが私の気持ちが追い付かない。母親は大変だろうけど頑張ってねと言ってくれる。唯一の慰めだ。だからもともと他にブログを持っているけどソコは友人達も見るので。。。誰にも話せないでいる病院での出来事や気持ちなんかをここに綴っていこうと思う。
2006年05月21日
コメント(0)
39歳にして、初めて不妊治療を始めた私。一番最初の始まりは子宮筋腫だったのじゃないかな。35歳から子宮筋腫があるのは分かっていた、久々に受けた人間ドック、オプションの婦人科検診で「あらあなた、随分大きい筋腫があるわよ!?気が付かなかったの?」気がつきませんでした。。。言われて下腹部を押してみたら確かに堅い出っ張りがあった。下腹部が痛い事は自覚していた、でも腎臓とか膀胱とかそっちが悪いんだと思ってた。その頃コントレックスを愛飲していたんだけど、コントレックスを飲むと下腹が痛くなった。超硬水だから腎臓に負担がかかってるのかな?くらいに考えてたんです。飲むのを止めると痛くならなかったし。子供の頃腎臓病をやってるので腎臓が人より弱いのかとも。。。実際病院で腎臓の検査もしてたんですが特に悪いとこもはっきりせず、経過観察状態だったんです。家の近くで一番大きな病院の婦人科を紹介してもらい再検査。子宮に5センチ程の筋腫が3つと他に影に隠れて小さいのが沢山在るとの事でした。最初に担当された医者は妊婦の女医だった。「子宮ごと取っちゃうのが一番楽なんですけどねー」そんな無神経な一言ですごく傷付いた。「楽なのはあんたでしょ!?」自分は妊婦だから良いよ、そんな他人事で!でもその時私はまだ独身で、その時すでにいい年齢だったけど、それなりに結婚や出産に夢を持っていたんです。その場ではとりあえず経過観察をしましょうと言う事で数カ月後の予約をしたけどその女医も結構お腹が大きかったのでもしかしたらその頃居ないんじゃ?そうも思って行きませんでした。その間手術以外に何とか出来ないか自分なりに治療法を捜してみたんですが、いずれ妊娠を希望するなら手術して筋腫をとった方が良いかも知れないと言う結論に傾いて行きました。いずれにしろどんどん大きくなる筋腫をそのままほっておく事も出来ずしばらくしてから又その病院に予約をとったのです。今度は曜日が違ったせいか前とは違って年の近そうな男性医師でした。割合フレンドリーにいろいろ相談出来そうな感じで話が出来たので今度は信用して通えそうです。「今すぐ結婚の予定はないんですか?」と聞かれた事があった。もしあれば手術しないで出産の時に手術てこともありだった。その時すぐだったらまだ今より妊娠の可能性があったろうと思うと胸の奥がドーンと重くなる。。。35歳の今まで好きな事ばかりやって来た、結婚はいつかしたいけど今は仕事や旅行で忙しい、恋愛も長い間他人事、周りもそんな人ばかりだった。でも子宮筋腫になって急に現実が迫って来た。早く結婚しないと子供が産めなくなる。そうは言ってもお見合いでの結婚は自分じゃあり得ないと思っていた。絶対上手く行きっこない。第一こんな状態の私に、満足な釣書もありゃしない。。。そうこうしてる間に仕事も行き詰まってきた。私は仕事を二つ持っているのだけど片方が一端区切りが付いて半年間休みに、もう片方の仕事も極端に減ってしまいタマ~に来るくらい。私は不器用なたちなので、仕事と恋愛は両立出来ないそんな私が暇~になってしまったのだ。いつもと違った事をしたい欲求が高まり外国へ3ヶ月行って来た。最初の2ヶ月は語学学校その後国内を旅行して回ろうと。。。そこで運命の出会いを果たし、電撃的に結婚してしまった。そして37歳で結婚してすぐに子宮筋腫の手術をした。結婚前から手術は決めていたので旦那にも了解済み。術後妊娠しちゃいけない6ヶ月をすぎたら妊娠出来るものだと思っていた。男の子は嫌だ、絶対女の子がいい!なんて贅沢をいったりして。。。術後6ヶ月過ぎて、タマにお腹痛くなる事もあった。手術跡のせいだと思った。お腹が痛くなる頻度が高くなった。妊娠はしない。これはもしかしてヤバいかも。。。病院に行かねばならない?これが世に言う不妊?不妊治療しなければならない?不妊治療は保険がきかない、今のこの生活でそんなお金どこから出すの!?そうやってグズグズしてる間に私は39歳になってしまった。
2006年05月20日
コメント(1)
全5件 (5件中 1-5件目)
1