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今日は9時半~12時半までアナウンサーでした。車から手を振り、マイクで訴えます。街の反応が分かっておもしろい。手を振り返してくれたり、うなずいてくれたり、Vサインしてくれたり、グーサインやったり、車のクラクションをプップ~って鳴らしてガッツポーズだったり。プイッってする人もたまにいるけどね(笑)街頭演説ではマニフェストを配ってるんだけどすぐなくなる。取りがいい。マニフェストを見比べて、他党と政策を比較して投票を考えてくれたらいいな。いよいよ日曜日が投票日です。みなさん、ちゃんと選挙に行きましょう!
2009年08月27日
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今朝、私や妹も親しくしていた、さくらのお友だちのお母さんが、長い闘病の末に亡くなられた。まだ40代。子どもは小学校1年生と2年生。 今夜、お通夜に行ってきましたが、つらいなぁ。 私たち姉妹の母もすでに亡くなっているけど、成人して母を亡くすのとは違う。子どもにしたら「もっと甘えたかった」、母にしたら「もっと甘えさせてあげたかった」…。 無念だろうなぁ。つらいなぁ。 棺のお母さんは、とてもきれいで、今にも起きてきそう。白雪姫の王子様が起こしてくれたらいいのに…。
2009年08月22日
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今日は、大阪市との生活保護交渉。 生活保護の老齢加算や母子加算が廃止され、年末・夏期見舞金が廃止され、生活保護世帯の家計はだんだん苦しくなっています。この暑い夏に、電気代がかかるからと、エアコンもつけず過ごしている人の多さに改めて驚きました。また、水道やガス代がかかるからと、お風呂に毎日入れない方もおられます。今日の交渉での発言では、高齢の方が「ただ寝て食べるだけの生活は犬や猫と同じ。今の暮らしは人間の尊厳なんてありません。映画を見に行くことは贅沢ですか?憲法25条に書かれている健康で文化的な生活とはなんですか?物価も上がり、風呂は3日に1回、クーラーもつけず、体がもちません。お金がかかるから近所付き合いもできず、肩身の狭い思いをしています。母子加算・老齢加算・一時金を復活してください」と言っていました。「個人給付となる一時金より、みになる施策に市税を投入する」と言う大阪市。にんげんのいのちを何やと思います。 さて、交渉が終わって、家に帰ってから、妹の義父のお通夜に。妹の義父とは、妹の結婚式以来、今日は棺の中での再会。親族が亡くなるのは寂しい。病気で入退院をされていましたが、昨晩は孫の話やテレビの録画を頼んだり、割と元気で「峠は越した」と思っていたそうです。が、今朝、息を引き取ったそうです。にんげんのいのちの終わりって…急やなぁ。妹の子(初孫)が見れて良かったね。今月末、妹の子は1歳です。
2009年08月19日
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日本海さかな街に来てます。 エイリアン発見(笑) 何か知らないけど、サメの干物みたいです。
2009年08月15日
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山に入って、川にカエル発見! 瞳がかわいい~♪
2009年08月15日
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でっかいトンボGET! オニヤンマかな? カッコいい~っ♪
2009年08月15日
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朝6時に出発し、7時に川西の吉野家で牛丼食べて、いま、ジャパンの近くのコンビニに向かっています。今年の夏キャンプは、日本海・高浜です。初日は 海水浴、2日目は山でキャンプ。楽しんできます。
2009年08月13日
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今日、修理に出していた携帯が戻ってきたという連絡があり、取りに行きました。基盤セット交換と、コネクタカバー交換で、料金は無料でした。 その後、尼崎のカルフールに行って、ブラブラ。ペットショップがザリガニ釣りやヤドカリ釣りや金魚すくいをしていて、さくらはザリガニ釣りを。その間、ママはヤドカリを見ていました。かわいい~。ヤドカリを飼うことに決め、必要なものを購入。ヤドカリ2匹と、珊瑚の砂と、餌&水入れと、餌と、小屋と、かわいい貝殻を買いました。 家に帰って、飼育ケースに入れて上げると、早速かわいい貝殻に引っ越ししていました。 オカヤドカリは、飼える天然記念物だそうです。
2009年08月09日
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普段使っている携帯の調子が悪く、充電器からはずしても電池がフル状態だったり、電池満タンでも表示がゼロだったりするので、修理に出しました。 機種変しようにも、安心サポートの期間が2年、今まだ17ヶ月。1万2000円を払えば機種変できるしポイントも1万2000ポイントあるけど、修理なら5250円。 代用機はW64SA。慣れなくて使いにくい。 しばらくの辛抱。慣れるのが早いか、修理から戻ってくるのが早いか…。
2009年08月03日
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第29回 港区 私たちと戦争展 ●とき● 2009年 8月1日(土)10時~20時 8月2日(日)10時~16時半 ●ところ● 港近隣センター ●入場無料● ~ 身近な歴史をほりおこし 戦争の真実を次の世代に伝えましょう ~ 港戦争展の29年間のつみかさねの中で、こんなにも多くの事実の資料が寄せられ、掘り起こされ「身近な歴史」が浮き彫りになってきました。 明治の築港工事で本格的に働き始めた大阪港は、すぐ翌年の日露戦争の出征拠点となり、第一次世界大戦後の景気を弾みに全国一の貿易港へと飛躍、人口も爆発的に増えた大正時代、その14年港区誕生の時には、大阪市内最大の27万人、活気溢れる庶民の町となりました。 昭和6年、「満州事変」という中国侵略戦争の開始とともに、一大出征基地の役割を担うこととなり、12年「支那事変」によりいよいよそれが本格化・全面化すると、人・港・産業ともにあげて「戦争の港」となってゆきました。 赤紙1枚でくらしから引き出され供給される兵士、その送迎が「国防婦人会」の発祥となり、隣組は総出で防空演習、造船所に「決戦工場歌」が流れ、学園も教練・学徒動員の日々、子どもたちまでも軍国化一色に塗りつぶされた証の写真や資料がいっぱいです。 そして大空襲。港区は壊滅しました。罹災証明や死亡告知。写真はほとんどないけれど重い気持ちをのりこえて語り継がれ、体験画に描かれました。「港区空襲犠牲者過去帳」の1行1行は断たれてはならなかった人生を思い起こさせる糸口。かけがえのない資料です。そこから私たちは「命」をより深く読み取るのではないでしょうか。 港区は戦争の坂道を転がり落ちるだけではありませんでした。夕凪の一岡ビルを拠点に反戦の論陣をはった「労働雑誌」の岩間光男と様々な運動。治安維持法で抹殺されたかと思いきや、戦争末期に大学内に反戦活動を広げた若き知性たちのたたかいがあり、その中に港区八幡屋宝町の米屋の息子・森龍実の姿と犠牲がありました。彼らを生み出した身近なくらしに思いをはせたい。 これら「身近な歴史」の証のすべてが、私たちの胸に戦争への道を許してはならない思いを深くきざみます。それは、大壁画やさまざまな作品や折り鶴やアンケートや「500円署名」など、平和の希望のひとつとなってきたのではないでしょうか。 戦争は、広島・長崎・沖縄をはじめ全国の、アジアの、全世界の大きな歴史であり、そこから生み出された憲法第9条を今こそ輝かせたい。決して「よそごと、ひとごと、過去のこと」ではなく、身近に、身にしみて、今こうして感じとり、伝えたい。みんなでつくってきた港戦争展の思いです。29年積み重ね、掘り起こされてきた事実の資料には、確かにその大きな力があります。 ◆港戦争展は、8月1日・2日、港近隣センターでおこなっております。入場無料です。
2009年08月01日
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