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2004年04月02日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
娘はいよいよ明日沖縄に行くということでわくわくしている。ちょうど一年前に訪れた沖縄が彼女の脳裏に浮かんでいるのだろう。もちろん私だった楽しみだ。一年間は、あっという間にすぎた。娘もほんの少しではあるが大人になった。父親と言うのは、娘の成長を喜びながらいつしか自分の手元からはなれていくことを思わなければならないのだろう。もちろん今日、明日のはなしではないけれど。

そういえば昔の映画で確か小津安二郎監督の映画に「麦秋]と言う題名の映画があって父と娘の微妙な心理状態を扱った映画があった。娘をお嫁にやって、友達とバーのカウンターで飲んでいるさびしそうでもあり、ほっとしているような主人公にえらく感情移入していたことがあった。

もちろん息子でも一人前になって親元から旅立つ時は、感慨があるのだろう。
私など、親になって子供を育てることがないのではないかとおもっていた。だからいまこうしてそんな将来の思いにひたれるのは、すごい幸せなことなのである。

何で子供など育てるのだろうと、損得勘定で考えたことがあったが実際自分が子育ての状態になってはじめてその意味合いを体で感じている。

それは、自然の繰り返し、太古から決まっていた真理なのかもしれない。

そして自然の一部である人間もその法則にしたがって生きているのだろう。
だから、娘を育てながらいや娘と共に生活しながら自分の生きる意味を再認識しているのかもしれない。もちろん色々な生き方があっていいわけでそれを否定するものではない。

さあ沖縄の海が待っている。一体どんな思い出の一ページをつくることができるのだろうか・・・・・

そして私自身の決意がなければ、私は、いったいどんな物語を人生において作っていたのだろうか・・・・人と人とのめぐりあい・・・ 私は、ゆっくりと目を閉じた。






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最終更新日  2004年04月02日 16時00分26秒
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