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June 6, 2006
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カテゴリ: 選択理論心理学
こんばんわ。
いつの間にか6月です。子どもと共に過ごしていると何かと慌ただしく、過ぎてしまった時間は本当にあっという間に感じます。

週末から次男が風邪を引いてしまったらしく、高熱を出してだるくなって昼寝しては回復するということを繰り返しているので親としては気が気ではありません。
今日は熱も下がり始めて一安心ですが、念のため楽しみにしていた隔月のJPSA研究会はパスすることにして夕方から子どもと過ごしました。

長男は今月末に林間学校に行き、2日目の昼食にカレー作りの実習があります。
そこで彼に予行演習をしてもらおうと今夜はカレーを作ることにしました。

足りなかった豚肉を買ってきて、早速作り始めます。
ジャガイモを洗って、人参も洗って、タマネギをそろえたら順に皮を剥いて、とここまでは順調でしたが、ジャガイモを切り始めてすぐにアクシデントが!

包丁を研いで切れ味を良くしてあったのが裏目に出たのか、彼の左手人差し指がすっぱりと切れてしまいました。


すぐに絆創膏を巻いて止血をし、彼を休ませて次男に手伝ってもらうことにしました。
次男は保育園時代に調理の経験はあれどもまだまだ手元はおぼつかなく、さらにペースダウンしてしまいましたが、形が不揃いになりながらも何とか怪我もなく全ての材料を切り終えることが出来ました。

出来上がったのは20時をすぎてしまいましたが、不思議と一家3人で穏やかに食卓を囲むことが出来ました。
いつもだったらがつがつと食べるのにそんな素振りもなく、また疲れていたのかおかわりもせず、ゆっくりと夕食を楽しむことが出来ました。


さて、近況報告が長くなってしまいましたが、今日は人生をより良くするために非常に重要な2つの区別の話をしたいと思います。

2つの区別とは、事実と現実、コントロール出来る事とコントロール出来ない事(もしくは変えられる事と変えられない事)、の区別です。
この2つの区別がはっきりついてくると、判断が的確になり、悩んだり落ち込んだりといった自分のブレが少なくなり、また自分の力を一カ所に集中させる事がより容易になるので、人生をより楽に過ごす事が出来ます。

人間の記憶は必ず主観が入っています。
出来事をそのまま記憶するのではなく、必ずその出来事を見て、聞いて、感じて、解釈した結果を記憶しているのです。
良く同じ場所にいて同じ体験をしたにもかかわらず記憶が全く異なる事がありますが、それは記憶が主観的なものだからです。

例えば、誰かに「あんたバカね!」と言われたとしましょう。


事実は、ある人が「あんたバカね!」と言った、たったこれだけです。
「あんたバカね!」というのも単なる空気の振動に過ぎませんから、それ自体に善悪はありません。

しかし人はこの事実に様々な解釈を乗っけます。

ある人は「やっぱり私はバカなんだ」と落ち込むでしょうし、
」と腹を立てるでしょうし、
また別の人は「ああ、この人は私の事を何も分かっていないんだなあ」と憐れみを覚えるかもしれません。

こうして事実に対して下した解釈が、その人にとっての現実になります。

事実は一つしかありませんが、現実は無数に存在します。
事実とは物理現象として説明出来ることです。そこには客観性があります。数式で記述する事だって出来るでしょう。
現実はあくまで個人個人の事実に対する解釈ですからどこまで行っても主観的です。

事実と現実を混同したままでいると、何よりも自分自身が混乱します。

先ほどの例だと、もし、「あんたバカね!」と言った人は私の事を嫌っているんだ、という現実を事実(動かしがたいもの)だと捉えてしまうと、それ以外の解釈は出来なくなってしまいます。

本当はその人はあなたと仲良くなりたいんだけどうまく言えなくてついバカだと言ってしまったのかもしれません。
あるいはあなたの力を認めているが故に敢えて厳しい言葉を掛けたのかもしれません。

ある出来事に対する解釈の仕方は一つではありません。
必ず複数の解釈が出来ます。
最初は難しいかもしれませんが、「今自分が捉えているものは事実だろうか、現実だろうか?」、と自問していると、別の可能性が思い浮かぶようになります。

どの解釈を選ぶのかは自分で選択出来るのです。
どうせ選ぶんだったら、自分に取って一番のものを選んでしまいましょう!

より肯定的で積極的で自分も周囲も幸せにする解釈を選べるようになるのが成長なんです。

事実と現実の区別がつくようになると、自分がコントロール出来る事とコントロール出来ない事の区別もつくようになります。

他人に「あんたバカね!」と言わないようにさせることは残念ながら出来ません。
他人の口はあなたの口とは違うのですから、あなたの意思とは全く無関係に動いてしまいます。
他人の脳とあなたの脳は違うのですから、他人があなたの事をどう思うかは全くあなたのコントロール範囲外にあります。
他人の行動をあなたの思う通りに操る事は出来ないんです。

その代わり、あなたは自分自身の行動はコントロールする事が出来ます。
「あんたバカね!」と言われても、落ち込んだり傷ついたり逆上したりするのではなく、穏やかにやり過ごす事が出来ます。
他人に嫌われたくないのであれば、嫌われる可能性の少ない言動を取る事が出来ます。
この人は私の事を分かってくれない、と絶望する前に、どうやったらこの人に私の事を分かってもらえるだろうか、と自分で出来る事を探す事も出来ます。

人間の心とは不思議なもので、
コントロール出来ない事に焦点を合わせると、あれもだめ、これもだめ、やっぱり自分は駄目なんだ、運がないんだ、とどんどん元気がなくなってマイナスの方向に落ちて行きます。
逆にコントロールできる事に焦点を合わせると、あれが出来る、これも出来る、自分もなかなかやるじゃない、こんな自分も可愛いなあ、とどんどん元気が出てプラスの方向に進む事が出来ます。

良く、「○○すればいいということは分かってはいるんですけど出来ないんです」と言う人がいますが、これは出来ない事に意識を向けている状態なんです。
「分かってはいるんですけど」の部分に「今の自分では出来ないけれど」という前提が隠れているんですね。
「今の自分に出来る事」ではなく「今の自分には出来ないけれど出来たらいいなあと思える事」に意識が向いているんです。

そんなときは今の自分から一足飛びに理想の自分になろうと焦っている状態だ、と思って欲しいんです。

あなたにとっては次の一歩はとても大きな飛躍なのかもしれません。
いきなり10mの段差は越えられません。
あなたが無理なく登れる範囲、例えば30cmづつに区切って地道に一つ一つ登って行くしかないんです。

意識を自分の出来ることに向けて行けば、方法は必ず見つかります。


心理学を勉強すると良くこんな事を言われます。
「過去と他人は変えられない。自分と未来は変えられる」

これを実感出来たらもっと楽になることでしょう。
かくいう私もまだまだ修行中の身なので大きな事は言えないんですが少しでもこの感覚を掴んでもらえたらいいなと思います。

饒舌になりましたが参考になれば幸いです。

それでは。





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最終更新日  June 6, 2006 11:58:14 PM
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