2004年10月18日
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カテゴリ: 時事
書式
1~34 は、NHKの設定した掲示板に書き込まれた中から、番組で発表されたもの。(この日記で付けた番号)
は番組が取材した子供の例
 うす字は素ーのコメント。(思いつき)
目次、(とこの番組についてのほかの日記紹介 )

1子供が見えない(大人の知らない世界)
前半

【1~6 大雑把な子供の声 】


 17歳男
 『ああまたかと思った。~それはテレビゲームのような感覚で~』
 10歳女
 『ものすごくびっくりしましたよ。とくに同級生が殺した、がこわかったです。このごろは自分が殺されたらどうしようとかよく思います』
 15歳女
 『殺したいと思ったことがあるかと聞かれると、学校のある日なんか思わない日はないですよ。誰かに腹が立ったことがあれば、次の授業の時間は、ナイフで刺して血まみれになっているところを思い浮かべてしまいます』

問-大人たちに言いたいことはありますか?

 11歳女
 『夜になるとその日一日起こった悲しいことでいっぱいになって、ベッドに入ると涙が止まらなくなります。両親はこのことを知らないと思います。どうしても、元気で明るいイメージが強すぎて、私のSOSに気づいてくれません。』
 14歳男
 『大人は、何でも要求してくる。子供は、それに答えようとする。すると大人は次の要求をする。認めてほしくてやってるわけじゃないけれど、ちゃんと認めてください。』

 『命の大切さ?そんなのわかりきってる!! どんなに小さくたって、悔しいし憎いし殺したいと思う気持ちはアルんだ。私たちが何を抱えているかわかってほしい。私たちの心に積もっているものは多いから』

 人を殺したい気持ちなんてものを、中学以下の者が語るのは信用できない。
 殺すということの、いろんな不都合な影響を想像もしないのは、自分の生きることさえ考えていないのと同じ。
 そんなのが語る‘殺したい気持’ちとは、言葉の表現でわかったふりをしているだけだろう。
 そういう、視野の狭くなるわかったつもりが、人を殺せる心なのかもしれないが。

 かんたんに殺意を語り、想像してしまうのを見ると、まるで現実がファンタジー(バカ)化している気もするが、これだけなら昔からあったのかもしれない。


 ゲスト紹介
 義家教師(通称ヤンキー先生。問題児を集めた高校の熱血教師)
 金森教師 小学校で、泥まみれ・感動+肌触り、の触覚教育をしている。

【1 インターネットでどんな世界を作っているのか。】 


 親に認めてもらえない歌手への思いを書いて、支持者を得ている。
 休みの日は一日ネットをしている。 (発声練習は?)

 HPが改竄を繰り返されたとき、『まず始めに、相手を殺そうかな、というその発想が、ぱあと頭に浮かびました。』『まず殺したろかお前!みたいなそんな・・』

 相手が学校の友達だったとわかったとき、
 『一瞬ショックだったけど、でも学校の友達ってそんなによく思ってなかったから、まあそんなもんなんだな見たいな感じで流せました。』『表面上では仲良くしてるくせに、陰ではあいつうざいみたいな、そういうのばっかり』
 相手とは知らぬふりで付き合っている。
『後のことを考えるとまたごたごたで、なんかめんどくさいことになるのが嫌だった。』
『やっぱネットとかしかないです。ねちっこい関係もないし。思ってることも全部言えるし、自分出せるから楽ですね』

 13歳。女
 家庭での孤独感を打ち明けられるのはネットの中だけ。仲のいい友人には話せていない。
 『学校で、風邪引いたなんて言っても、大丈夫?なんて声かけてくれる人全然いないし』
 ネットではわかってくれると思って、比重が大きくなる一方、家族との会話は減っていった。

 あるとき母親の言葉でショックを受ける。
 『お前なんか産まなきゃ良かった、みたいな、うん・』。 兄弟に比べて 『うち(私)だけなんでこんな出来損ないに生まれちゃったんだろう、みたいな、うん』『親には責められるし自分でも責めてたし』『自殺寸前みたいな』

 以来、三つの人格を使い分けて、ひとつに攻撃的な人格を作り出した。
 『~爆発しそうな感じ?なっちゃって、うん、すごい嫌だから、うん、ネットでそのまま吐き出して、うん、暴言吐いて、ちょっと自分を楽にさせてる』『何をやっても後先うん影響がないから』
 『ネットがなきゃ、もう自分が自分でない感じ』

その他の番組への書き込み発表(NHKの選択)

  14歳女
 ネットは自分の思いを偽りなく伝えられる世界だと思う。
10  11歳女
 自分も荒らされたことがある。相手の同級生を問い詰めたらいろんな事がわかってきた。
11  15歳男
 子供が起こす犯罪をインターネットのせいにするのは、大人の只の負け惜しみ。
 インターネットより楽しい事を子供に教えることができていないのは誰?
 そういった子供を育ててしまうのは誰?どれも大人でしょ?

 ネットの書き込みが自分のほんとの思いだと感じているそうだ。いわば、ネットという自分の言葉を形にできるところで、自分の形を作っているわけだ。
 それはひとつの段階・プロセスとして自然。
 ネットによって、窒息しないまともな言葉空間に出会ったと。

 まあ、親の反対と、周囲への信じられなさが、他者への攻撃性になる。よくあること。
 しかし、ネットで出会ったのは、おしゃべりによる暇つぶし以上のものは画面に出ていない。

 で、問題点は、 言葉の通じない現実空間と--
 『まず始めに、相手を殺そうかな、というその発想が、ぱあと頭に浮かびました。』という反応パターン。
 言葉の通じなさの気持ち、が背景にあるから殺すという発想になるのか、ネットだから殺すという発想になるのか。



【2 どんな友達関係を築いているのか】


 小学生からファッショングループを作っている。
 二人グループが多い。同じ服で休みも毎日いっしょ。

 なんか同一化的。 また、キャラとしてのファッションでは。 いまさらの感想かもしれないが。

調査
 学級地図(友達関係を表したもの)の20年の変遷

<坂田和子・小学教師(神奈川・公立)>

指摘1  「友人グループが小さくなっている。」
 20年前: 5~8グループが多く、メンバーの重なりも多い
 10年前: 5人が最大。2、3人が最も多く、一人も多く、重なりはない。グループ間のつきあいも減っているようだ。

 今: 最大三人。一人が最も多い。一人同士のときどきのつながり線が10年前よりも増えている。(以前は書く必要がなかったのかも)
    人数的には二人が最も多い。

 一人になることを恐れて、つくった関係をすごく大事にします。『まずくならないようにすごく気を使ってるな、ていう感じがします。』 

指摘2  「グループ同士のつながりがなくなっている。」
  大きな出入り自由のグループがあれば、子供たちもいいところを捜して移って行けるだろうに、と。

<金森教師>
 今の子供たちは一人になることを恐れる。
 他人の期待に過剰に応えて、自分の尺度で自分をこつこつ作ってこなかった。
 愛は期待に変わり、期待は金に変わり、それに汲々として、育てられる苦労をしている。
(言い換え→人の存在や心は意欲に変わり、意欲は尺度に変わると)

<作家> 
 親が子の孤立を恐れているせいか、とか。 

12  12歳女
 気を使うというより、相手の思いどうりにしないと、苛められるとか無視される、んじゃないかとか。
 相手が間違ったことをしていてもだめだという勇気がない。自分が情けない。

13  13歳女
 信頼できる相手を探すのにかなりの苦労をする。もし~笑われたらどうしよう、~「意味がわからないで終わらせられたらどうしよう」。
 本音を話すのは難しい。

14  11歳女
 クラスのグループが、長みたいなグループ、ふつう、キモいグループ、て感じで。
 グループ作って人によって態度を変えるのは大変だけど、長には逆らえないし、抜けるとキモいに入っちゃうから抜けられない。とにかくふつうでいられるだけラッキーて思うしかない。

(グループが大きくても、その中で不自由だということらしい。
 全国すべてだとは限らないし、放送に合わせて書き込んでたり、昔からいつもある面だろうが。
 ただこの番組では昔と違う面として取り上げたがったということだ。)


<ヤンキー先生>
 教師のコミュニケーション姿勢とか学校行事という、子供社会の外からの変動刺激をいい意味で与えてやることが大事では。

<金森教師>
 言葉に頼り過ぎ。



 (この日記内で)
「佐世保小6HP殺人」総目次
子供問題







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最終更新日  2004年10月31日 15時23分39秒
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なんのために・・・  
ゆゆ さん
大人って私たちがこれ以上がんばれないって位がんばってもいい結果じゃなかったら認めてくれない。そしていい結果が出るのが当然になってくると、また他の事でいい結果を出せみたいなことをいってくる。そんなに私に天才(というか秀才)になってほしい? 大人が私にかけている期待の分、私も大人に期待しているのに。一体どこまで行けば認めてもらえるのやら。どこまでいっても認めてもらえなくて、ときどき私はなんのために こんなバカでイカれたことしてるんだろうと思う。
大人に用意された歩きやすいバカに平らで真っすぐな道を行くより、自分で切りひらいたデコボコ道の方がずっと好き。 (2004年11月09日 18時04分37秒)

いろいろな大人がいる  
素ー  さん
 僕も昔は、親を大人の代表のように見ていた。

 しかし、どんなに子供が鋭く見ていても、いろんな立場の生の大人たちを実際に多数よく知っていない限り、それはたまたまの思い込みに過ぎない。

 そういうもんだ、と大人は子供に思い込ませて操縦しようとする。いや自分で思い込んで自分を縛って、迷いから逃げているのかもしれない。
 大人は、じつはいつも迷っているんですよ。

 そういう点からすると、自分という只の人が子供に何を与えられるかわからない大人は、子供が何かできたら、次を求めてしまうのかもしれない。

 結局、大人の安心は子供が強引に行動して「生き方の満足」を見せてやることでしか実現しないかもしれない。

 なんてふうに思いつめさせられると、その気力もプレッシャーのせいで弱まるから、あんまり気にしない方がいいのかも知れない。

 大人の態度は、じつはけっこう他愛のないことで変わる。

 大事なのは、自分のことに自分でとり組むことで、他人はあとからついてくる。「絶対だめだ」なんてふうなことは、しょせんは心が直接見えない人という生き物の迷いとおびえからくる態度に過ぎない。

 人の評価よりも、自分の見る世界、自分の見る自分、その実体的な蓄積、それが大切。

 あれこれいろんな立場でいろんな人が考えるのは、しょせん実体でなく言葉に過ぎない。
 自分は実体を培わなきゃ。


(2004年11月09日 18時23分57秒)

Re:なんのために・・・   
素ー  さん
> 私も大人に期待しているのに。一体どこまで行けば認めてもらえるのやら。

 僕も自分に期待しているのに、期待できそうになくなっている分は次代に預けて気楽になりたいのに。

 「この世はまだできていない」(中学のとき読んだ台詞)というのを、自分にも世界にもいろんなものに思ってばかりで留まっている。

 人の「認める」という行為は、いったい何を見ているのやら、と思うことが多い。

 「ゲーデルの不完全性定理」というのがあって、いわば・・‘正しい考えに基づいて考えを進めていっても、それがこの世において真である、とは限らない’というのがある。(僕の解釈)

 思いや評価は、結局、‘正しい考えをつないでいって成立する’ものではなく、‘それ自体が真である’ことで成立するものだと。

 つまりそれは、他人に認められるように自分の心が存在するんじゃなく、自分の心が世界を作り出そうとするのが先だ、と。



 あんまりまとまれそうにないネタなので、さっさと書くのを優先して、書き込んでおく。
 理解力と応用力に期待。

(2004年11月09日 19時07分26秒)

路線?  
素ー  さん
>大人に用意された歩きやすいバカに平らで真っすぐな道

 現代にそんなものがあると思っているのは、そういう道を探し出せる限られた人間になってほしいという思いかな。 (2004年11月09日 19時10分51秒)

会話  
素ー  さん
>大人って私たちがこれ以上がんばれないって位がんばってもいい結果じゃなかったら認めてくれない。

 ほんとに、周囲にそんな大人ばかりなのかな?
 話してみると、意外なことがあるもんだ。
 ちょっとした言葉のやりやすさの違いで、道が分かれ、理解が全然違っていることはよくある。

 いくら感覚的に鋭くても、確認と経験にかけていればずれた解釈になりやすいしね。

(2004年11月09日 19時14分51秒)

知識武装?  
素ー  さん
 ネットをやってると、いろんな知識を検索できそうだけど。
 何才までに身につけるべき、経験とか心理とか、心理学、脳生理学なんかで検索できないかな。

 保健の先生にヒントを聞いたりして。

 空しさを感じるのは、考えとして当然正しいというだけでなく、自分が特定の何かに不足している不安があるからかもしれない。

 それが何かを学術的知識でりくつ付けると、「期待に応える労力を削ってこっちに回したい」、と言いやすいかも。

 (役にたたんかな(^^;))

(2004年11月09日 19時33分46秒)

続 :知識武装?  
素ー  さん
> (役にたたんかな(^^;))
-----
 だけど、これ思いついた理由は、自分に今必要なことはなんなのか、自分にはそれを決定できないタイプがいると思うから。

 そういう知識があって初めて必要を決められる人もいそうだと思うから。

(2004年11月09日 19時47分49秒)

救い  
素ー  さん
 誰にもほんとの先は見えない。
 それにたいする救いを、自分が作って見せてやれ
ばみんなが救われる・・・というのは重いだろう。

 むしろ、自分が中身のある実体をもとうとすれば、足りない分を他人が助けてくれたとき、それが親
にとっては救い(責任からの解放)になるだろうと思う。

 いろんなものを放っても、他人に助けてもらってやましくない自分であれば、十分かも。

(2004年11月09日 23時30分47秒)

ユーモア  
素ー  さん
 舌耕という言葉が、落語界にあります。
 舌で人の心をたがやすという意味です。

 あなたの周囲の大人は、ユーモアに欠ける人だろうと思います。笑うこともあるでしょうが、ほんとに心を豊かにするような笑いではないのでしょう。

 ユーモアのある会話を追求したらどうでしょうか。
 自分の思いをわかってくれ易い方に、大人を育てていくのです。
 時間はかかるでしょう。でもいろんな多方面の効果もあると思います。

(2004年11月10日 01時47分43秒)

お客さんへ  
素ー  さん


 ゆゆさんがここに書き込んだ理由は、相談と言うより、「こういう不満がある。データに軽視せずに入れといてよ」 という意味なんだと思う。

 だから続きを当てにしていない。
 もし続きを期待してるなら、自分が書いて欲しいな、と思う。

(2004年11月10日 17時48分58秒)

Re:書きなおし→ Re:なんのために・・・(10/18)  
k-nana  さん
素ーさん
>> 私も大人に期待しているのに。一体どこまで行けば認めてもらえるのやら。

***
ことに戦後の教育を受けてきたものならば、大概一度は思うことかもしれませんね。
すっかり決まり文句のようになってしまった。
にも関わらず、内包するものは相変わらず大きい(のかな)
認められるというのは、それほど難しいことなのかもしれないし、他人の努力は見えにくいということでもあるかもしれませんねぇ。

親が敷いてくれたレールも、とんでもなく険しいこともあるし。

現代ではない時代を想定してみる。2~3歳で既に嫁ぎ先の決まっている良家の子女、とか。
あるいは皇太子さんのこととか。
それもレールといえば、レール。
皇太子さんあたりは親だけでなく国から敷かれたレールがあって、降りることは許されない。許されるためにはそれ以上の重荷がのしかかってくるだろう。
そんな時代・あるいは立場に生まれなくて良かった、と思うか、衣食住は保証されてるんだからイイじゃない、と思うかはその人次第。


・・・あら、何が言いたいのかしら私^^;
でも、辛いときに愚痴ったり文句言ったりする自由ないし権利くらい、あってもいいな。
(2004年11月10日 18時07分11秒)

Re[1]:書きなおし→ Re:なんのために・・・(10/18)  
素ー  さん
k-nanaさん
 経済が発展していない時代には、期待される苦しさというのは(フォローがだめでも)、撰ばれたものの苦しさなんでしょうね。

 今は、どこにいくかの価値が見えないからね。

 ただ、大人が価値を説明できなくても、価値がないとは限らない。
 そんなことまで子供に考えてもらう世話になるというのは、情けない話だけど。

 価値は自分で提唱しないといけないかな、なんて思う。そのためには、窒息するまでやるのは危険。
 生物の脳(心)として、何才までにこれをやっておくべき、てことはあるらしいしね。
 だから、保健の先生に相談して・・と書いたんだけど。

(2004年11月10日 18時37分42秒)

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