†虹缶†

2013/09/26
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いろいろな仕掛けやヒミツがドラマに隠されている「あまちゃん」。

その一つに「音楽」に関するヒミツがある。

「あまちゃん」が大ウケの理由に「音楽」に関するヒミツがあるのではないか、と音楽は素人の僕でさえ、薄々気がついた。



今回はそこに迫ってみたい。 





「あまちゃん」の物語は「逆算」で成り立っている。

たとえば最終週になって、登場した、薬師丸ひろ子の声による「潮騒のメモリ-」。

小泉今日子バージョンの「潮騒のメモリー」よりも、はるかに「大人の歌手」っぽい、のびやかな透明感のある声だ。

つまり、小泉今日子バージョンの歌をずっと聞かされてきた視聴者からすれば、最終週に薬師丸ひろ子が演じる鈴鹿ひろ美が「アイ ミス ユー・・・」と、しっかりした第一声を放った場面は、それまでの小泉今日子の、もともと若い頃からの声が揺れるヘタウマっぽい声質での歌のイメージを根底からぶっ飛ばされる。

歌い方が小泉よりも、よほど本格的なのだ。



目を閉じて、想像してみてほしい。

小泉バーション→薬師丸バージョン、という最終週での、歌声の「変容」。

「なんだ、この人、こんなにうまかったのか」

「なんだ、この人、まさに「封印」していたんだ」

と見ている者に思わず衝撃を与えるほどだ。

聴いていた小泉今日子演じる天野春子が思わず「プロだ」と叫ぶくらいに、薬師丸バ^ジョンは歌い手としてプロっぽい。

そして、断片的にしか聞こえてこなかった「潮騒のメモリー」の歌詞が、全体としてもストーリー性を持ったイメージとして初めて視聴者の前に姿を現す。



つまり、小泉バージョン→薬師丸バージョンへ、という土壇場での「変容」。

「高揚」。

かつての哲学かぶれ青年たちがよく使った言葉を用いるならば止揚(アウフヘーベン)。

さらに一段バージョンアップした喜びの高まり。



ウソだと思うならば想像してみてほしい。

もしも、この2人が入れ替わった、逆のキャスティングだったとしたら。

天野春子を薬師丸ひろ子が演じて、鈴鹿ひろ美を小泉今日子が演じたとしたら・・・

最終週での、「潮騒のメモリー」を鈴鹿ひろ美本人が初めて歌うこシーンでのカタルシスは果たして得られたであろうか。

絶対に無理だったと思う。



いやあ、渋いキャスティングです。

渋い脚本です。

お見事!

(パチパチパチ)



「逆回転」で物語が作られている?

ドラマに込められた「逆算」。

それは用意周到だ。

計算され尽くされている。

アキとさかなクンが司会する幼児向け教育番組で「逆回転」というコーナーがあった。

割れ物を落として割っても、アキが「逆回転」と叫ぶと、壊れたものがまたくっつく。

VTRを逆回ししているだけなのだが、ドラマ全体が「結末」から計算されて、逆回しで「途中の物語」が紡がれているように思われる。



たとえば、北三陸のジオラマ。ドラマの中で、北三陸の歴史などを説明する時に必ずと言ってよいほど登場してきた。

2台ずつ走る、北三陸鉄道のディーゼル車両の模型とともに。

そして、3・11の大震災。



それをドラマでは青いガラスを街のジオラマに散りばめて「津波」を表現した。

北三陸鉄道の車両も孤立し、身動きできなくなっていた。

この表現方法も最初から計画していた「逆回し」の演出だったのでないか?

最初から3・11での「津波」はジオラマを使って、青いガラスで描こうと・・・。

ここまで予め構想していたとすれば、宮藤官九郎ら制作スタッフの「構想力」「イメージ力」はとんでもないほど細かい。

あるいは「潮騒のメモリー」で、「北へ行くのね」という歌詞は、それに合わせて、最終週で「北へ行く」人、北へ去っていく人が登場することも想定されていたのではないか。

こう考えると、いろいろなヒミツが見え隠れする。



音楽業界の通がこのドラマで「やられちゃった」。

音楽に詳しい人たちが「あまちゃん」で唸っている。

歌のレコーディングのシーン。



レコーディングの際にブースの中と調整室との間でトークバックという会話用の装置を使って、歌い手側と収録する演出側・ミキサー側がやりとりする。





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最終更新日  2013/09/28 10:46:28 AM
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