せび邸

せび邸

2004.09.01
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これ、生まれて初めて書いたやつです。

今日の昼間まで、これとは別のものを読んでもらおうと思ってたんですが、変更しました。
これ、1回で全部載せられそうやったんで。。
それと、犬村入ってないんで(笑
原稿用紙で20枚弱やと思います。

打ち込んでると書き直したいとこ、いっぱい出てきたんですが、まぁ、とりあえずうっとこかな、て、カンジで。。
ご指導、ご指摘、ご感想、よろしくお願いしますです。
無理して誉めずに率直によろしく♪

*****

パティオ(中庭)の景色

火葬場通りをわきにそれ、建物と建物の隙間に見えるほど狭い、石畳の路地を抜ける。するとそこには中庭があって、イスラム趣味のうかがえる噴水の向こう側に一軒のカフェが見えるだろう。

カフェの名前は、バル・フィネラリアという。名前の由来は店主も知らない。変わり者で有名だった彼の曽祖父が店を始めたとき、つけた名前だと聞かされている。通りの名前からの、単純な連想ではないかと想像しているが、本当のことはわからない。子供の頃は両親や祖父母に何度も尋ねたものだ。しかし家族たちは口裏を合わせたかのように、
「分からない」
と、答えるものだから、そのうちとうとうあきらめてしまった。そのときのちょっとした腹いせに、あとを継いだとき店の内装をいじった。古ぼけた暗い色合いの調度品を探し出して、入れ替えた。よく選びもせずさまざまなガラス細工を大量に購入し、いたるところに飾った。その中には長さが20センチほどの十字架があった。彼は自分でも理由がわからないまま、その十字架に魅せられた。カフェの2階にある一人暮らしの部屋にそれを持ち帰った。誤って壊すことのないよう布でくるみ、箱にいれて詰め物をし、机の引き出しにしまって鍵をかけた。そしてそのまま忘れてしまった。

彼はなるべく人生を楽しもうと思っている。<葬儀屋>を意味する名前のついた店に出入りする変わった客たちのやることが、彼の毎日に刺激を与える。客に対し、彼は愛想のよい、しかし、少しだけきどった物腰で、こっけいでくつろいだ雰囲気を演出する。そうすると彼のくだらない冗談でも客たちは嬉しそうに笑うようになり、それを見た彼も嬉しそうに笑う。笑いながらたまに彼は、カモ用の値段が5割り増しに書き換えられたメニューを差し出す。そこにはやましさのかけらもない。楽しみ方やその度合いでものの値打ちは変わるものだし、身元のしれない観光客は、<安心料>を払うべきだと考えていた。文句を言ってくる客がいたとしても、彼は悪びれることはなかった。そんな客とのやりとりも、彼にとっての楽しみのひとつだったのだ。

男が初めてこの店を訪れたのは6日前のことだ。
それから毎日同じ時間に訪れて、食事するようになった。
最初の3日間、男はカモ・メニューでオーダーした。店主に尋ねられるまま、しばらく滞在するために近所に部屋を借りていることを話し、部屋の貸主が店主の知り合いであることが分かった4日目、メニューの値段が突然安くなった。このことを指摘すると、店主はいたずら坊主のような顔をして、ウインクしてみせたので、自分がこの店に受け入れられたことを知った。
この店の中庭に面した部分には、日よけ幕が張り出され、その下にはテーブルが6つ置いてあった。男はいつもそのうちの、一番入り口から遠いテーブルに席をとった。


この男がもう少しこの街に注意深くなっていたら、自分が見詰める路地の角に、ガラス細工屋を目にしたことだろう。それは近くのアトリエで細工した皿や、花瓶や、カップ類や、置物などを美しく展示した店で、奥のレジにはバセドー氏病の女が座っている。病気の進行は毎日飲む薬で抑えられるが、少し飛び出してしまった眼球を元に戻すことはできない。そのせいで本来は優雅な印象を与えるはずの彼女のまなざしは、爬虫類の視線のような透明な硬さを感じさせる。

彼女のまなざしはいつも話し相手の体を突き抜け、壁さえ突き抜け、神秘的な憂いを帯びることもある。その神秘的な憂いから、彼女にしか作りえない、美しく敬虔で繊細なガラス細工が産み落とされる。本当は彼女に婿をとらせ、その婿にあとを継がせたかった彼女の父親も、その出来栄えには敬意を払った。しかし、請われるままにガラス細工を教えたことは後悔していた。同じガラス職人として、彼女の産み落とすガラス細工から輝きが失われない限り、仕事をやめるよう命じることはできないと感じていた。

バル・フネラリアの店主は、毎日一度だけ暇を見つけてこのガラス細工屋にやってきて、「心の垢を落とす」。太陽に対する向きの具合で、彼の店の中から彼女の店の中は見えない。だが、彼女の店の中から彼の店の中はよく見える。そのことを知っているから彼の物腰には、ついついきどりが入ってしまうのだ。

「ドーニャ・デルガーダ、元気かい?」
「セニョール・ガルシア、昨日と同じよ」彼女は笑いをかみ殺している「あの人、また来てるわね」

「毎日、同じ時間ね?」
「毎日、同じもの食ってるんだ、よく飽きないもんだよ」

店主はいまいましく思いながら、男にカモ・メニューを渡し続けなかったことを後悔する。

「ドーニャ・デルガーダ、やつが気になるかい? でも、やめときな、やつはホモだぜ?」
ドーニャ・デルガーダは手のひらで口を隠して、くすくす笑い始める。自分の気持ちを見抜かれたから笑われたのか、馬鹿なことを言ったから笑われたのか、どちらだろうと店主は考える。

「セニョール・ガルシア、あなた、どうしてそれを知ってるの?」
「聞いたんだよ」
「誰に聞いたの?」
「やつに迫られた男にさ」
「それは誰なの?」
「うちの客だよ」
「巡業中のマタドール(闘牛士)?」
「いや、やつじゃねぇ」
「ひょっとして……実はあなた?」
「よしてくれよ、誰だっていいじゃないか」

彼女の目が、彼を覗きこんでいる。まるで彼女の作るガラス細工のようにきれいな視線だと彼は思う。美しさに気圧されないよう、いつのまにか、牛を相手に見得を切る闘牛士のようなポーズになっている。そのことに気づき、馬鹿みたいだ、と、思う。

「あなた、彼には興味がないのね」
「あるわけないだろ。ただの客さ」
「ほんとかな?」
彼女は一瞬考える。ためらう。そしてこう続ける。
「たとえば男の彼と、病気持ちの私なら? どっちに興味あるのかしら?」

冗談じゃねぇ、店主は思う。だから言う。
「病気は関係ない……」
次の言葉は喉の奥に焼きついて出てこなかった。しかしここまで追い詰められ、言わないわけにはいかなかった。言わなければ自分の気持ちを、彼女のことを、否定することになってしまう……

「聞いてくれ。喉につっかえてるんだ」
「どうかしたの?」
「どうしても切り出せない言葉が、喉につっかえてる。おれの喉を切り裂いて、そいつをきみに見せてあげられたら……どんなに気が楽になるだろうか……」

なんとこれが彼にとって、せいいっぱいの率直な表現だった。もっとも、こんなことを言うつもりではなかったのだ。もっと男らしく、気の利いたことを言いたかった。考えていた。自分に対する怒りがこみあげる。しかし、微笑んでいる彼女に気づくと、なんだか誉められているようで嬉しくなる。きちんと言葉を続けるため、彼女の方へ2,3歩、にじり寄った。そのとき上着の袖がガラス細工の花瓶の口を引っ掛けてしまい、床に落ちたその花瓶は砕けてしまう。

スローモーションを見てるみたいだったと彼は思う。間の悪さを呪いながら、彼女に謝る。それから自分の店で使っているたくさんの彼女のガラス細工に加え、その砕けた花瓶も購入しようと彼女に申し出るのだった。
「いいの。気にしないで」
彼女はしゃがみこんで、破片を集めながら言う。彼も手伝うためにしゃがもうとして、ふと中庭から差し込んでくる柔らかい光の存在に気づく。噴水によってできた水の膜が、幾重もの虹色のカーテンを作るのが彼の位置から見えたのだ。その虹色のカーテンの向こう側に、男の姿が見えたのだ。
「ああ。あれって……きれいでしょ?」
ガラスの破片を拾う手を止め、彼女は言う。彼と彼女はしゃがんで、肩を並べて、虹色のカーテンを眺めている。

そのカーテンの反対側で、男は退屈しきっていた。来るはずのない女を待っていた。男の座った場所から見える丘の上で、8日前、男が殺した女なのだ。ナイフを喉に突き立てた。ひゅーっ、と風の抜ける音が聞こえ、血が噴き出した。女の血は熱かった。手のひらに伝わる顫動は本能を刺激した。女の体を草むらにけり倒し、返り血で染まったまま丘を駆け下りた。
「……なぜリタの死体は発見されないんだろう。どうしておれは、今日も捕まらないのだろう……」
女は死ななかったんじゃないだろうか、男は思う。そもそもあの日、あんなことは、起こらなかったんじゃないか、と考える。彼らはあの日、この中庭の噴水を目印に待ち合わせした。ここで待ってれば来るんじゃないか、リタのやつ……ふたりしてここまで逃げてきたのに。おれがあいつを殺すなんて、考えられない……

なんてやな野郎だ、カフェの店主は思う。
虹色のカーテンの間から、端整な顔を出していやがるなんて……
毎日あんな光と一緒に、彼女の前にいたなんて……
「あの野郎……許せねぇな」
彼は呟いた。それは実に小さな声だったが彼女の耳に届き、彼女の父親でさえ長く聞いたことのないような、明るい無邪気な笑い声がガラス細工屋の店内に響いた。(おわり)








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Last updated  2004.09.02 07:50:52
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Comments

セビセビ @ Re[1]:元気です(06/17) blue rose2792さん あそことはまた別のあ…
blue rose2792 @ Re:元気です(06/17) それはなによりでした。 ほっといたしま…
セビセビ @ Re:やっぱり!?(01/22) せしるんさん おぉ。。 だいたひかる…
せしるん @ やっぱり!? 私も鳥居みゆきを見たとき、戸川純を思い…
セビセビ @ Re[1]:とあるプチ・オタの見たいもの探し(01/18) sally-1020さん ご無沙汰っす^^ 絶望…
sally-1020 @ Re:とあるプチ・オタの見たいもの探し(01/18) ご無沙汰しております。 先日は有難うご…

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