ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2018.02.03
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五月病と九月病

 五月病という言葉は、インターネットで検索してみると、ちゃんと出て来る常用語です。wikipediaには「新人社員や大学の新入生や社会人などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称」と定義づけられており、一般にはあまり知られていないようですが、私たち教育関係者には昔からよく使われていた言葉であったように思います。5月頃に出てくる、女性特有の体調不良を指していう場合もあるようです。「対策本」も出版されています。
 意味は、読んで字のごとしで、毎年大型連休明けのころに、新しい環境に入った大学生や新入社員が、ストレスを受けて、大型連休明けになると体調や精神的不調を訴えて、大学や職場を休みがちになる現象を言うとされています。実際、仲村教授の大学でも、5~6月の授業で欠席が見立ちはじめ、教授会に退学願いが出たりするといいます。新入社員の場合は、入社後3ヶ月で会社を辞めて、新たにやり直す人がでてきますが、調査をしたところ、多い順に「入社前の情報収集」、「最初に内定がでたので入社してしまった」、「やりたいことが明確にならないまま入社してしまった」とつづいています。(「キャリコネニュース」)https://news.careerconnection.jp/?p=37475 
 この情況は、ある意味、大学生が大型連休明け、または夏休み明けに退学してしまう理由と似ています。暑い夏の日差しが透き通るような青空に変わり、体調もよくなって来る9月半ばから、大学生がやる気を失って長期欠席になったり、退学するケースが多いのです。何のために大学にきたのか、その目的も意思も曖昧なまま大学生になってはみたけれど、最初の夏休みまではめまぐるしく大学生活を送り、長い夏休みを、勉強するでもなく、やりたいことに打ち込むでもなく、ぶらぶら生活し、気づいて見ると、また黙阿弥の履修登録と面白くもない授業。
 ここでやる気を失って、授業に出てこなくなるといった感じです。文部科学省が退学の理由を調査しており、それによると全体の32パーセントが、「学業不振」、「大学生活不適応」、「就職」を占めています。しかし、本当の理由はもっと深く考察する費用があります。なぜなら、文科省のあげる理由は、大学の学生課ないしは学生支援センターが調査したもので、基本データは学生の申告による表向きの理由だからです。退学理由の欄に書けない理由があって、それは支援センターも文科省にも分からないからだと、老獪な仲村教授は言います。
「経済的理由」も20パーセントを占めていて、これが最近増加傾向にあり、別途、問題にしなければなりませんが、「その他」が25パーセントで、全体の57パーセントが、卒業までの4年間になんらかの「不適応」でやめていくのです。(「文部科学省、平成26年レポート」 
<http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/10/__icsFiles/afieldfile/2014/10/08/1352425_01.pdf>)
 仲村や筆者のような団塊の世代の経験で、比較にも教訓にもなりませんが、私の大学時代のクラスで4年間に辞めたのはたったの1名でした。みんな頑張って大願成就し社会人になったのでした。中途退学率は、同レポートによれば、国公私立全体で2.65パーセントですが、「限界大学」では、もっと比率は高いようにおもわれます。仲村の大学のデータで、それを証明することはできますが、企業秘密なので出せません。
 いま「導入教育」の必要が叫ばれ、高校生が大学生になって円滑に大学生活になじめるようss(スチューデントスキル)教育の充実の必要性が叫ばれています。いずれこの「導入教育」について論じてみたいと思いますが、まずは、大学への「不適応症候群」が十分癒やされないまま、問題が先送りされ、「新入社員早期退職症候群」となって再発している現状を述べました。古い言葉ですが、モラトリアム社会の再現です。それは見境のない大学増設の結果引き起こされた「社会問題」ともいえます。(2017.9.12)





 アメリカの精神分析学者エリクソンは、ライフサイクルにおける青年期の延長を説明する際に、モラトリアム(支払猶予という意味)という語を使用している。彼は、青年が自己を確立するまでの数年間は、大人への準備期間として心理的にも社会的にも責任を免除され、試行錯誤的に様々な司能性にチャレンジする期間とした。社会の側がそのような余裕を青年に提供するわけだが、最終的には青年が社会的責任を果たせる大人となることを前提としている。しかし、最近使われている「モラトリアム」という言葉はエリクソンがいったようなニュアンスで使われなくなり、以下に挙げるような意味で現在は使われることが多いようだ。

 モラトリアムという語を使って、日本の精神分析学者小此木啓吾が、1970年代以降の日本の若者たちの大人になろうとしない傾向を、その著書『モラトリアム人間の時代』において以下のように指摘した。「このような若者たちの特徴としてつぎの5つがあげられる。
 ①「お客様」意識をもち続けて、いつまでも社会に対して責任をとろうとしない。②将来の自分の可能性をつねに留保しておくために、特定の組織や集団にかかわることをさける。③アイデンティティの確立に際してさけられないはずの「あれか、これか」といった選択をさけて「あれも、これも」と欲ばるため、具体的な出来事に対して確固とした対応ができない。④社会によって責任を猶予されているという意識が薄く、あたかも権利であるかのように自己の置かれた立場を正当化する。⑤友人関係においても、社会に対しても一時的にしかかかわらない。彼らにとって、現在の自分は「仮のもの」であって「本当の自分」は常に未来のものとして大切に保存されているのである。」他に似たような言葉として、「ピーターパン・シンドローム」という表現で大人としての責任から逃れようとする若者を指すものがある。(Jinkawiki)
(2017.9.12)





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最終更新日  2018.02.03 08:31:36


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