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逃げちゃった。
京介は呆然としながら強制的に外回りを続けて、伊吹が帰社したのを確かめてから会社に戻った。
僕が、真崎京介が、逃げちゃった。
シュレッダーみたいに平気でトラブルを片付ける男なのに。
どんな面倒ごとだって、脅されたりすかされたりだって平気なのに、ましてや伊吹さんに見られたいと思ったのは僕なのに、逃げ出しちゃった。
「なんで…?」
見抜かれたならちょうどよかったはずだ。
大輔のことだって十分伊吹も知っている。
『ニット・キャンパス』のことだって、調べようと思えばすぐにわかる、京介が大輔と取り引きしたことぐらい。
知られたくなかった?
マフラーのことを?
それもそうだけど、でも、本当は?
「本当は……って……何を……?」
『は、ぁ』
思わず呟いてしまった耳に、いきなり切ない喘ぎが蘇って鳥肌を立てる。 (中略)
本当は、誰でもいい、抱いてさえもらえればいいの?
「怖くなったの、は」
伊吹が大輔に襲われるとか傷つけられるとかじゃなくて、知られたくなかっただけなのか、快感を追うことしか頭にないような京介の姿を。
「淫乱…だって…」
伊吹に知られて、ののしられたく、なかった?
「う…」
電車の中で口を押さえて思わず身体を抱き締めた。腹の底のほうに燻る炎があるのを感じて、顔が熱くなってくる。
またどこかに大輔が居るようで。
竦みそうで怖くて、でも頭に霞がかかるような快感が押し寄せてきて泣きそうになる。
「僕…」
必死に意志を振り絞って崩れまいとする。
脳裏に過る気弱な笑み。
「孝…になる……?」
できるだけ急いで部屋に辿りつこうと思ったけれど、マンションのエントランスに入る前、呼ばれるように求めるように、振り返って伊吹を探した。
来て、くれないかな。
追って来て、くれないかな。
キスされたい。
命じられて叱られて、暴かれて跪いて。
全部晒して見られたい。
違う、無理だ、伊吹は今日はだめだと言った、そう頭の中で繰り返すに従って、蘇ってくるのは大輔の指先、弾みかける息に慌ててエントランスを通り抜け、8階に戻る。
だめだ、そんなの、嫌われる、軽蔑される、拒まれる。
快感を感じるためなら大輔にさえ擦り寄ったと言われてしまう。
怖い。
怖くてならない。
伊吹に捨てられたくない。
なのに、何だかどうにかなりそうな身体を押さえつけたくて、携帯で大輔を呼び出しそうで。
容赦なく暴かれて貪られて何も考えずに堕としてくれる、その力を求めて。
「は……」
熱い身体を持て余す。廊下を歩く間にさえ、動く自分の身体に煽られる。
汗が首筋を伝っていく、それが、堪え切れないほど追い立ててきて。
孝もこうだったのだろうか。
孝もこんなふうに暴走していく自分を止められなかったのだろうか。
「いぶき、さん…」
玄関を入ったら、もう限界だった。
後ろ手に鍵を締め、ネクタイを緩め、ボタンを外す。 (中略)
想像に京介は溶けそうになる。
京介。
「み…な…っ」
軽く眼の奥で光が弾けて、身体を強ばらせて余韻を味わう。けれどやっぱり全然足りない。
呼吸を喘がせながら、服を脱ぎ捨てた。そのまま浴室へ入り込み、コックを捻ってシャワーを全身に浴びる。汗と今ので汚れた身体をボディシャンプーで洗いながら、その指の感触にまた夢中になっていく。 (中略)
だめ、と笑った声がした気がして眉をひそめた。
「ね…え…もっと…」
だめですよ、京介。
「な…んで……?」
(中略)
誰か、助けて。
白い光が砕け続ける視界に眼を見開いて、京介は叫ぶ。
「み、な、みぃ…っ」
助けて。
「っっっ」
刺激は十分なのに、またどうしても辿りつけなくて、泣き出しかけた瞬間、
『真崎さ~ん、夜分すみません、管理人、大野です』
状況を無視したのんびりした声が響いて動きを止める。
管理人?
まさか。
幻聴
そこまで、壊れちゃった?
京介は茫然としながら瞬きした。
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