2005年09月13日
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「おじいちゃんが危ない」

もう夜10時近くでした。
おじいちゃんの体調があまりよくないと言って
私の両親は、先におじいちゃんちへ行っていました。
咳が止まらなくなり、救急車で運ばれたそうです。
「もっても明日いっぱいだよ」
病院に入院していたわけでもなく突然の出来事で
信じられませんでした。

すでに新幹線の終電はありません。
「夜行電車で行こうか」
と妹と話して急いで支度をして出かけました。

病院についたのは、午前2時頃。
病院のロビーには、何人か親戚が寝ていました。
おじいちゃんの様子を見にいったら、
「今は落ち着いているよ」
と親戚に言われ、少し安心しました。でも
しばらくすると苦しそうに息をし始め、
酸素ボンベを取ろうとしたりしました。
「年がいっている割には体格がいい」

明治時代生まれの人にしては体格がよく、力もあるので
酸素ボンベを取ろうとする手を押さえるのが大変でした。

「もっても明日」と言われた命は、
次の日もまた次の日も、もちました。
受け答えもできるようになり、

なりました。
「早くよくなってうちに帰ろうね」と言うと
「うん」と答えました。
24時間体制で看護をしていましたが、
落ち着いてきたので看護はいいですよと言われるほどになり
やがて手を動かしたりしてリハビリをするようになりました。

危ないと言われた日から1週間以上経ち、このままよくなると
いいねと言っていた矢先でした。
妹から「おじいちゃんが危ないんだって」と電話がありました。
急にまた苦しみだしたそうです。私は先に東京駅につき、
妹を待っていたときでした。
「おじいちゃん、逝っちゃったよ」
と父親から連絡がありました。

静岡につき、亡くなったおじいちゃんの顔を見ましたが
ただ眠っているようにしか見えませんでした。
88歳になってもお祭りで綿菓子を売っていたおじいちゃん、
よく私たちをリヤカーの後ろにのせてみかん畑まで連れて行って
くれたおじいちゃん、ビデオカメラが好きで私たちを
たくさん撮ってくれたおじいちゃん。。
おじいちゃんの亡骸の横でじっとおばあちゃんが座っていました。
「さみしくなるよ。。」と言ったおばあちゃんの言葉が
今でも耳に残っています。

おじいちゃんが亡くなった日、すぐ近くの土手でお祭りがありました。
9時頃、玄関を出て外を見上げたら今にも落ちてきそうな花火が
打ち上げられていました。

おじいちゃん、おつかれさま。そしていろいろな思い出を
ありがとう。長生きしてみんなに見送られながら逝った
おじいちゃんは幸せだったんだと思います。
そして長い間、一緒にいられたわたしたちも幸せだったんだと
思います。。










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最終更新日  2005年09月14日 21時28分46秒
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