戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年02月08日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
さて、上がりきったところには大連神社。

 【御社殿の由来

  大連神社の御社殿は、昭和のはじめ熱田神宮御造営奉賛の功績により
  撤下御用材の備州桧を拝受された貝島太市翁が、渡辺長男氏謹作の
  明治天皇御尊像を奉斎するために、下関市長府の自邸内に日の本神社として
  建立鎮祭せられた御社殿を、御神縁を得て貝島家からの譲渡をいただき
  この地に移築されました。】

この大連神社は、日本民族の産土神として
明治40年に満州・大連市に建てられたもの。

御神体と神宝が昭和22年3月日本に帰国、福岡市・筥崎宮(はこざきぐう)に
仮安置された。

この引き上げに関しては、ウィキペディアに次のように書いてある。

 【昭和20年(1945年)8月の第二次世界大戦の日本の敗戦の後、
  ソ連軍が満州・関東州に進攻し、日本人の住居や商店などが襲われた。
  大連神社にもソ連兵が上がり込んだが、神職が雅楽や舞楽を披露して
  それがソ連兵の間で評判となり、大連神社は全く被害を受けなかったという。】

この時の混乱や被害は相当なものだったでしょうから、
よく免れたよな~と正直複雑な感情が湧きあがってくるんだけど・・・

それはともかく、大連神社の宮司であった水野久直宮司が赤間神宮に赴任した際に
赤間神宮に小祠を建て、最終的に昭和55年に現在地に安置されることとなった。

水天門造営の由来 に書いた、
「戦後に着任された宮司さん」のことね。
現在の赤間神宮の宮司さんのお父上だそうです。

私がこの山上のエリアにいた間、ここを訪れたのはたった2組。
そんな静寂の中にひっそりと佇む、ひとつの地味な社殿にも、



この社殿の隣にもなんか忠魂碑みたいのがあってね。
確か乃木希典の後を追って自決したナントカさんと、
さらにだいぶ経ってからナントカさんの後を追って自決した
某さんの供養碑とか記念碑とかだったように思うけど・・・

何しろ、ここも写真がなくなっちゃったのでえ~!

しかし、乃木さんて長府の出身だったんだね。
知らなかったな~。


で、そのさらに右隣には、紅石稲荷神社がある。
まあ、神社と言ってもねえ、玉垣などはないんだけど。

紅石稲荷神社の御祭神は、宇迦之御魂大神。

平家一門が安徳天皇を奉じて西走する際に、
守り神として京都の伏見稲荷大明神を勧請して船に乗せた。
壇之浦に到着すると、眺めのよい紅石山の地を選んで、
神霊を安置して祀ったのが神社の由来とされている。

しかし、昭和20年7月2日の空襲により、ここも社殿を焼失。
壇ノ浦合戦800年となる昭和58年、この地を選んで神殿を造営し、
昭和59年2月に竣工、遷座式と祝大祭が執り行われ、現在に至っている。

新しいだけあってね、稲荷だから白と赤のコントラストが
まぶしい社殿だったけど、お賽銭入れ用に開けられた戸の小さな隙間から
中を覗いて写真を写したような(笑)

写真撮影禁止と書いていなければ、結構隙間から写真を撮ることは
多いので、写真がおシャカになったあと、
「あそこでアレを写したのがマズかったかな~」
とか思った場所がいくつかあった。
ここもそのうちのひとつ(笑)

ただ、特に「これはホントは撮るべきじゃないだろーな・・・」と
思った場所が3ヶ所ほどあったけど、そこの写真は無事だったしね、
何がいけなかったのか、わかりませんよ。
ホントに

ここのエリアにも安徳天皇陵はなく、
陵まで無事に辿り着けますよーに・・・と手を合わせる。

社殿の脇には、稲荷の千本鳥居の中をくぐって降りていく石段があったけど、
ここを降りても何もなさそうだし・・・

海側のところにベンチがあったので、おやつを食べながら
少し休憩。
もう16時を回っちゃってるしな~。
このまま見つからなかったら、どおしよう・・・

て考えてたら、家族連れみたいなのが来て賑わしくなったので、
赤間神宮の社殿の方へ戻ることにする。

社殿の方にはやっぱりそれっぽいのはないので、
もんもんとしながら石段を降りる。

と、一段下がった手水舎の奥に、案内板を発見!
ああ、こんなとこにあったあ~!!

そういえば、来た時にはここにちょうど団体さんがいたので、
そのまま社殿の方に上がっちゃったんだっけか。
ともかく、見つかってよかった。


陵といっても、がっちり門は閉ざされている。
格子の隙間から中の様子を覗くけど、薄暗くてよく見えない。

けど、見えた限りでは、普通の神社のように正面に大きな
宮があるという感じではなく、大きな石が手前の正面に据えられていて、
右側の少し回り込んだところに小さな建物みたいのがあったみたい。

ここの軒丸瓦は当然、菊。

PAP_0026

普段ならね~、メインな場所ではカメラとケータイで写真を撮って、
その場で「○○なう!」って写真付きでケータイからツイートするんだけど、
今回の旅はちょっと事情がありまして、全ての行動が終わるまで
ツイートは控えてましたので、ほとんどケータイでは撮らなかったんだよね~。

軒丸瓦とかはケータイの方が綺麗に撮れるので、
これはそんな数少ない写真のうちの1枚。

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最終更新日  2012年02月08日 22時35分34秒
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