戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年04月01日
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カテゴリ: 城(中国)
岡山市民会館の向かいは、西の丸。


岡山城・西の丸

して、ここにあるのがこれ。

岡山城・池田光政公隠棲の地碑

 【池田光政公隠居所跡

  旧内山下小学校の校地は、江戸時代には岡山城二の丸西丸であり、池田光政公が
  この場所を隠居所にしました。光政公は、寛永9年(1632)に国替えで鳥取藩主から

  学校整備、宗教施策の制定などの治績を残し、藩政を確立した名君と称されています。

  光政公は岡山城本丸で治世にあたりましたが、寛文12年(1672)に隠居して
  西丸を居所にしましたので、以後この場所が藩主の隠居所となりました。
  西丸には御殿と関連施設が建ち並び、泉水のある小庭園や花壇も設けてあり、
  本丸表向書院と同じたたずまいでした。

  今日では、西手櫓とその東側の小池と周辺に、往時の面影の一部を残しています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)

はい、光政ちゃんが出てきましたね~。
彼は少し戦国時代からズレるので、知らない人もいるかもしれないから
ちょっとだけ。
ここでは、白光政ちゃんについてだけね。黒は後で出てくる予定です(笑)。


母は、榊原康政の娘・鶴姫。
嫁は、本多忠刻と千姫の娘。

光政の「光」は、家光の偏諱。

解説にある「教育の普及」ってのは、日本最古といわれる庶民のための学校を
開いたりしていることによる。



「宗教施策の制定」については、ちょっと色々複雑な事情があるようなので、
名君の事績としてここに挙げていいのかは疑問に残る・・・
黒光政のとこで少し書くかも。

あれ?
白の解説終わっちゃった(笑)。
黒の話の方が多くなりそうだな・・・
まあ、名君ったって、人間だもの♪

でも、ものすごい親孝行だったとか、名君にふさわしいエピソードは沢山
ありますよ。
幕府に睨まれたりもしたけど、ところによっては藩主の転封がめまぐるしかった
この時代、廃城まで池田氏でもったのは光政の業績も大きく貢献したでしょうしね。

そして、光政はこの西の丸で亡くなりました。
享年74歳。


この碑から少し北上すると、西の丸と三の丸をつなぐ北門。
ここにも西の丸の石垣が残る。

岡山城・西の丸石垣

そして城郭配置図。

岡山城・城郭配置図

 【岡山城二の丸(西の丸)跡

  丸の内地区に見られる古い石垣は、1590(天正18)年の宇喜多秀家の築城に始まり、
  寛永年間前半(1630年頃)の池田忠雄の城普請まで、四代の城主によって完成を
  みた岡山城の城郭の跡です。
  この地は武家の郭から町人の城下町の三の曲輪へ、内堀を渡って通じる要衝を
  なしていました。

  この説明板の後の石垣は二の丸の北西部を固めた西の丸の北側にあたります。
  石垣の西側に重層の北西隅櫓を構え、東側に渡櫓門造りの北門を備えていました。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)  

写真の図は、上が南。
ちょっと見づらいかもしれないけど、西の丸の南は「二の丸侍屋敷」とある。


余談になりますが、荒木又右衛門で有名な鍵屋の辻の決闘(伊賀越の仇討ちともいう)
の河合又五郎(仇のほう)の屋敷は、石山門からちょっとだけ南西に行ったところに
あったそうです。

又五郎んちからさらに南に行ったところが、又右衛門に助勢を依頼した
渡辺数馬の屋敷だそうな。

鍵屋の辻はね~、新春の長編時代劇あるでしょ~。
箱根駅伝の後に、だらだら見ちゃうやつ(笑)。

最近は随分時間も短縮されたみたいだけど、
あれ、誰が主人公だったんだろう・・・
西田敏行演じる、土井利勝かな?

それを見てて、初めて知ったんだよな~。
あの時、荒木又右衛門は村上弘明がやってた。
(↑そーゆーとこだけは、しっかり覚えてる)

本筋とはあまり関係なさそうなのに、やけに仇討ちの話をダラダラとやってて、
訳もわからず見てたんだけど、あの話って、蘇我兄弟・赤穂浪士と並んで
日本三大仇討ちなんだってね~。
どうりでね~。

まあ、当時はそんなに関心なかったけど、観光案内所でもらった
「城下町見て歩きマップ」に仇同士の屋敷の位置が書き込んであるのを見て、
あらためて仇討ちの経緯とか読んでみたら、実はこの話って、
驚いたことに長久手で池田恒興と元助の親子が討ち死にしたところから
因縁が始まってるとかっていうのを知って、すごく驚いた。

歴史って、ホント複雑・・・


最後に西の丸西手櫓を見て、1日目は終了。
暑くて、疲れた~!
半日だったので、この日は14,697歩。

腰も痛いし、腕も・・・
2週間前、茨城の取手でとある城攻めの最中、名誉の負傷をしましてな(笑)。
傷口がなかなか治らなかったんで、腕にホータイ巻いたままの遠征となった
訳でござる。

ホテルの部屋は、高層18階。
震災後の節電の影響か、おきゃやまの夜景は控え目だった(笑)。

部屋は良かったんだけど、風呂の壁がガラス張りで、一人なのに
妙に緊張した

※「庭瀬城(1)」へと続きます。

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最終更新日  2012年04月01日 19時06分27秒


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