戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年04月03日
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カテゴリ: 城(中国)
その後庭瀬城に入ったのが、戸川達安(たつやす/みちやす)。


この人は初陣で隆景と戦ってるし、その後も宇喜多軍の主力として
数々の戦功を挙げた。1600年の1月までは。

慶長4年(1599)末、「宇喜多騒動」が起こり、徳川家康の調停で宇喜多家を退去。
徳川家臣となる。

てことで当然、その年の9月に起こった関ヶ原では東軍として戦う訳だけど、
戸川家の伝承によると、この達安があの島左近を討ち取ったとされているらしい。

左近についてはマユツバだけど、ともかく関ヶ原での戦功により

この後行く撫川(なつかわ)城を西の丸として取り込み、城を拡張していった。

しかし、戸川家は4代で無嗣改易。
庭瀬藩は陣屋格の大名であったため、その後は陣屋として整備されたという。

戸川家の後、久世氏→松平氏と藩主が変わり、元禄12年(1699)板倉重高が
入ってのちは、明治まで板倉氏が続いた。



堀をたどっていくと、神社が現れる。
よし、あれだな!

岡山・庭瀬城3

ここに着いたのは8時位で、犬連れとかジイさんがのんびり朝の散歩をしてる中、
カメラと地図と資料を手に他所者が来たのが違和感あるのか、
通る人はそんなにいないんだけど、やけにジロジロ見られた(気がする)。




神社への入り口のところ、道路の反対側には小さな広場みたいのがあって、
看板が建ってたので先に寄ってみた。

岡山・庭瀬城16

ほう、庭瀬城と撫川城付近の地図だ。
図で見ると、結構堀がちらほら残ってるのがわかる。


歴史と文化の散歩道マップ

雨とかで濡れないように、ちゃんとフタ付きの箱に入れてある。

事前の調べで、ここを訪れた人の記録を読んだけど、
城址の中心部分にしか触れてない人の記録しか読まなかったから、
あまり見るところはないのかと思ってた。

だけど、城の名残を残すものは他にもあるってこの地図に書いてあるから、
後で行ってみよう。
案内図の内容を詳しく見たい方は こちら 。
(吉備学区電子町内会様のホームページへリンクします。)

地味だけど、こーゆー配慮って本当にありがたいんだよね。

私の場合、マイナーな史跡を多く巡るので、事前に色々調べていくのは
当然のことなんだけど、ネットなどで得られる情報ってやっぱり限りがあって、
現地に着いてからの情報収集も欠かせない。

とくに、こうした地味だけど重要な案内図なんかがたまにあったりするので、
観光案内所とかのチラシ類が並ぶところでは、結構目を凝らして
役に立つ資料がないか探す。

ので、ありがたく地図を頂いて、と・・・

岡山・庭瀬城5

現在は岡山城も庭瀬のあたりも、海から少し離れたところにあるけど、
昔は地形が今と違っていた。

「岡山城」のところで書いた旭川は当時河口部分が複数に分かれており、
広大なデルタ地帯を形成していた。
それから旭川の東にある吉井川、この吉井川と旭川で岡山平野が造られたそうな。

そして庭瀬のあたりの平地は、備中高梁から倉敷へと流れる高梁川が
造ったとされている。

岡山城(石山城)は、最初の頃は大州原と呼ばれる広大なデルタ地帯の中の丘に
造られたといわれているので、地理的条件が同じな庭瀬城も、
昔は川の中(みたいなところ)にあったのかもしれない。



天正年間頃は、現在の児島半島は瀬戸内海に浮かぶ島(児島)であり、
児島と本土との間には20余りの島が点在する「吉備の穴海」という
浅い海が広がっていたという。

それで、庭瀬城は大手を北側に配し、南に干潟を持ってたといわれているから、
現在よりも相当内陸まで海が入りこんでたってことだよね~。

※岡山の地形にうとい方は、 こちら のMapfanをどうぞ。
地図の中心が庭瀬、東に岡山城。
右下の岡山港の下にぽこんと出ているのが、児島半島。



さて、堀を渡ると、まず中之島に建つ弁天社がある。

岡山・庭瀬城7


今日も暑いし、ベンチでひと休みしたいな~とかって思ってきょろきょろしてたら、
前方から、誰がどう見たって、正真正銘本物の893さんみたいなオジサマが歩いてきた。

そうか、岡山って広島に近いもんな・・・(←広島が本場だと思い込んでる)
ヤバイ、小さな神社の境内だし、逃げ場ないぞ

ととと、とにかく目を合わさないようにしないと・・・!!
何事にもない風を装って、神社をよく見てるフリをして
オジサマが通り過ぎるのを待つ。

と、ちょうど私とすれ違う時に、あちらから

って超サワヤカな挨拶をされてしまった。

「あ、おはようございます」
って今気付いたようなフリで挨拶を返したけど、怖かったよ~!!

本職さんかどうかもわからないのに、ビビってる風を見せてはイカンと
思って人生最大のポーカーフェイスを作ってはみたけど、
あちら様にどう映ったかはわかりませぬ。

いや、それにしてもいい挨拶だったよ。
高校球児でも、ヘタしたら負けちゃうかもくらいな。
今時、あんな挨拶できる人なかなかいないね(笑)。

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最終更新日  2012年04月03日 14時30分27秒


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