戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2012年05月09日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
松山城柄のふたを見つけたので、ルンルンして商店街を南西へ。

国道180号線に出てから、高梁川にかかる落合橋を渡る。
この辺は、あんまり通りやすい道じゃないし、
目的地のはっきりした場所もわからないからちょっと不安だった。

けど、通り沿いにちゃんと案内が出てたので、無事到着(場所は こちら )。


備中高梁・山中鹿之介の墓


こちら、山中鹿之助幸盛さんのお墓になりまする。

天正6年(1578)7月3日、信長様に見捨てられながらも約3か月


尼子家再興という大きな夢を抱えた山陰の麒麟児・山中幸盛は、
勝久とともに自刃はせず、60名程度の家臣とともに毛利軍に投降し、
身柄を護送された。

一説には、尼子の天敵である吉川元春を殺すために、
あえて捕縛されたともいう。

護送の任にあたったのは、吉川元春の義兄弟でもある天野元明。

幸盛の護送団の目的地は、備中松山城。
毛利軍が上月城を包囲した際、総大将である毛利輝元は
宇喜多軍の裏切りを警戒して松山城にいたといわれている。


7月17日、高梁川・阿井の渡しに差し掛かった一行は、
まず幸盛の家臣が先に対岸に渡された。


突如襲いかかった。
斬りつけた相手を組み伏せようとしたところ、
背後からとどめを刺されたという。



幸盛の墓はここ以外にもいくつかある。

阿井の渡しで討たれた後、首級は備後鞆に送られ、


首塚と胴塚はそれぞれ別の場所にあり、墓所は亀井茲矩(これのり)が
これまた別の鳥取に建てた。

余談ですが、亀井茲矩の子孫は現在政治家さんとして活動しておられますよ。
2人が有名ですが、名字でわかるよね。
そのうち、家系的には亜紀子さんの方が亀井茲矩に近いそうですが、
血縁関係はないんだとか。



現在、この場所は小さな公園になっているが、
私が行った時は誰もいなかった。

しめしめ、また静かに墓参りができるぞ・・・

石段を上がって、より幸盛に近いところでお参りを・・・
と思ったら、碑の前にある小さな祠の脇にこんなのがあるのを見つけた。

ユッキーの墓のお供え

お・お・お・鬼ころしい~!!
しかも、なぜか開封されてるし

えええ~と、親切な人が墓前に備えたお供えを、
ちょっと不心得な人が頂いちゃったんだと思いたい・・・

不心得な酔っ払いが、使用済の空きパックを置いてったんじゃないよね

こーゆー場合、幸盛本人がイッキ飲みしたとかゆー
ホラーな想像は浮かばない。
怖がりだけど、この辺は現実主義者。


さらに鬼ころしの下にあるモノ・・・
ただの和紙かと思ったら、「伊奈波神社」って書いてあるし。
お守りとかお札を入れる、小袋だ。

お供えものに手を触れるのはためらわれたので、
袋の中身は見なかったけど、お札みたいのが透けて見える。
(写真でもうっすら見えますよ)

死者に捧げるお札って、なんだろう・・・
安眠祈願?
いや、そんなの見たことないしな・・・

そもそも、伊奈波神社って、どこの?
伊奈波神社といえば、岐阜のしか思い浮かばないんだけど、まさかね・・・
この近くにあるのかな?


雑念だらけで墓参りをした後、墓の裏の土手に回り込んだ。


備中高梁川・阿井の渡し3

ここが、阿井の渡し。
幸盛が殺された場所。


写真は、奥が南。

当時、どういうルートを辿ってここまで来たのかはわからないが、
南の方から来て松山城を目指してたんなら、向こう岸で殺されたことになる。

松山城への護送中じゃなくて、備後鞆への護送中に殺害されたって説もあるから、
例えば北から来て一旦松山城に入った後、鞆へ向かってたんだとしたら、
こちら側で殺されたのかもしれない。


武勇に優れた幸盛を、毛利輝元と小早川隆景は恭順させて有効に使おうとしたが、
山陰道守将として幸盛と対峙してきた元春ちゃんは、

「あんなぁ(※)がおとなしゅう従うはずがなぁで。
甘いこと言いんさんなや」

(※)あんなの、あんな奴の意

と却下して、幸盛の運命が決まったとも言われる。
享年34歳。



山中幸盛殺害の実行犯と目される福間君は、
「赤間ヶ関編(46)」 で顔を出したのを覚えてますか?

斬った人も斬られた人も、過酷な時代の中を
ただひたすら生きていた。

こーゆー場所では、私はあれこれ考えるより、
ただ意識を好きなように遊ばせる。

傍から見たら、焦点の定まらないうつろな目をして動かない私は、
すんごい怪しい人に見えるに違いない。

ま、だいたいこーゆー場所って、ほとんど人いないけど・・・(笑)


この阿井の渡しは、高梁川と成羽川との合流地点にある。
上の写真には写ってないけど、右側から成羽川が流れてきてる。
成羽川をさかのぼると・・・

またその話かよ!!

っていい加減怒られそうだから、またこの次にしよう・・・


しばらく土手に突っ立ってたら、近くにある大きな木から
ハチが飛んできた。

も~っ、前月の山口といい、
自然の豊かなところはこれだから・・・!!


と半分逆ギレ、半分ヒイヒイ言いながら、幸盛にお別れ。

落合橋を渡る手前には、これがあった。

備中松山城の消火栓


やったあ、松山城柄の別バージョンだあ~

ふたとの出会いは、運と根性だからね~。
マニア~な方は、わざわざお目当てのふたを探しに遠方まで
出かけたりもするらしいけど、私はマニアじゃないし。

史跡めぐりの限られたコースの中で、素敵な柄のふたに出会えるかどうかは
地道に道路を見続ける忍耐にかかってくる。

前の記事に載せた2つの松山城柄のものはすぐ駅前にあったけど、
ここにも別柄のがあるとは思ってなかったから、
ちょっとラッキーだったな。

幸盛サマサマだわ


駅に戻る途中で撮った、国道180号線から
臥牛山方面の景色。

高梁川と臥牛山

かつて、ここでいくつもの激しい戦いがあったなんて
想像もつかないくらい、美しい風景だった。

いや、激しい歴史を知っているからこそ、
美しく映るのかもしれない・・・

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年05月09日 21時40分15秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: