戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年05月25日
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カテゴリ: 江戸めぐり
本妙寺から国道17号線をわたって、とげぬき地蔵の近くのお店でお昼。

お店の2階から見る景色には、手焼き風のおせんべ屋さんとか、
いかにもばあちゃん達の女心をそそるようなお店が並んでる。

今日は4の日じゃないから、人出もそう多くはないけど、
歩く人を見てると結構若い人もいるなあ~。
あと家族連れとか。

4の日ってのは、とげぬき地蔵の縁日があるからね。
巣鴨は「おばあちゃんの原宿」として有名だけど、
4のつく日は特にじいちゃんばあちゃんで埋め尽くされるから、



さて、腹ごしらえをしたところで午後の部開始~。
まずはとげぬき地蔵から。

ここへは墓参りの都度来てた訳じゃない。
おばあちゃんが生きてた頃は、おばさん達もみんな一緒に
お墓参りしてたから、その頃は来てたと思うけど、
最近はそれぞれでお墓参りに来てるからな~。

私が一人で代参する時は、商店街の入り口にあるお店で大福を買って
それで終わりにしてたし。

しかし、今回あらためてとげぬき地蔵の事を調べてみたら、
ここも戦国の大名家とゆかりのあるお寺だったと初めて知った。



通称「とげぬき地蔵」、正式名称は「萬頂山 高岩寺」。

明治に現在の巣鴨に移転。

とげぬき地蔵の縁起は、徳川7代将軍家継の治世に小石川に住む
田村さんという人の奥さんが、出産後に重い病気にかかったことから始まる。

あれこれ手を尽くしても奥さんの病状は一向に良くならず、
次第に重くなるばかり。

「私の実家は怨霊に祟られているので、
女は25歳までしか生きられないんですう・・・」


田村のダンナは考えた。

「寿命なら仕方ないけど、怨霊のせいだというなら
神仏に何とかしてもらえるんじゃないか!?」

そこでポジティブな田村さんは、日頃から奥さんが熱心に信仰している
地蔵尊に、奥さんの回復を一心に祈った。


祈ってるうち眠っちゃった田村さんの夢に、
黒い衣に青い袈裟を掛けた坊様が現れて言うには、

「私の姿を一寸三分に彫って、川に浮かべなさい」。

「いやそんな、急に言われても困るッス・・・」

と田村さんは夢の中ではやけにネガティブ。
しかしそこは慈悲深いお坊様。

「やる気あんのか、ワレエ~!!」

と叱りつけたりはせず、

「じゃあ、印像をあげるから。それで頑張ってね?」

とエールをもらったところで目が覚めた。

そして枕元には、一片の木のふしのようなものが。
よく見ると、木の平らな部分に地蔵菩薩様の御影があった。
これは書いたものでも彫ったものでもなく、影のように見えたという。

「うぉっしゃ~、やるぞ~!!」

と俄然元気になった田村さんは、もらった御影に朱肉をつけて、
ぺったんぺったんプリントごっこ屋さんを始めた。
一体の印影を作るたびに、宝号を唱えながら。

そうしてひたすら印影を作り続けて、出来上がったのはなんと1万枚。
これを両国橋に持っていき、一心に祈りながら1万枚すべて川に浮かべた。
大仕事を終えて満足した田村さんは、帰ってまた寝た(笑)。


その日の真夜中。
田村さんだけじゃなく、奥さんの看病にあたってた人も疲れて寝ていた。

と、杉戸にどん!と物の当たったような大きな音がして、皆目が覚めた。
驚いて周りを見ても、何もない。

すると奥さんが呼んだので行ってみると、

「夢かもしれないけど、今、ヘンな若い男の人が枕元に立ってたの~。
そしたら、青い袈裟を着たお坊さんが来て、「出てけ」と言いながら
男を蚊帳の外へ引っ張り出して、お坊さんが錫杖で男の背中を突いたら
男は倒れてそのまま消えちゃったの~」

って事だった。

その後、奥さんは快方に向かい、11月には完治。
病が再発することもなかった。


「お地蔵様、ありがたや・・・」

と感動した田村さんが、山高さんという人のところでこの話をしていた時、
居合わせた西順というお坊さんがいたく感心して、ぜひその御影が欲しいというので、
持っていた御影を2枚あげた。
またあらたに作ったのかな?

この西順さんという坊様は、毛利家に出入りしている人だった。


田村さんの奥さんの病気から2年後、
毛利家のお女中が折れた針を口にくわえていたところ、
うっかりその針を飲み込んでしまったからさあ大変。

針はのどからお腹へと落ち込んで、女中はひどい苦しみよう。
あれこれお札やお守りを試してみたけど、効果なし。

ここで西順さんの登場です。

田村さんからもらった御影を飲ませたところ、
ほどなくして胃の中のものを吐き出した。

一緒に出てきた御影を綺麗に洗ってみたらば、
飲み込んだ針が御影を貫いていたという。


この他にも数々の霊験があったが、田村さんはもらった印像を
なぜか大事に隠しておいた。

が、高岩寺の本堂が壊れ、修復のために百万人講を始めるなどの
資金集めを始めたので、その手助けになればと、和尚さんにこの不思議な体験を話し、
田村さん自ら記した霊験記とあわせて印像を高岩寺に奉納したという。



そのおふだはのどに骨がささった時とか、痛いところに貼るとよいと言われている。
子供の頃から私にとってはなじみ深いおふだ。
あんまり使ったためしはないけど。


だけど、馴染んでいれば由来も知ってるかとゆーと、
全然知らなかった。
知ろうとも思ってなかったし。
結構、そういう事ってあるでしょ?

そんな訳で、今回初めて縁起を調べて、毛利家かよ~!
って結構驚いた次第でござる。


さて、境内へ。

とげぬき地蔵

今日は人はかなり少ない。

左の手前のあずまやにある釜からは、もうもうと煙が立ち込めていて、
「よくうちのおばあちゃんも一生懸命煙を浴びてたよな~」
とか思い出しながら、一人でおばあちゃんと同じように
煙をぱたぱた浴びる。

今日は露店は4つくらいしか出てないけど、
いずれもお守りとか念珠とか扱ってるシブイお店ばかり。

ちょっと覗いてみたら、変わったお守りとか沢山あった。
腕輪タイプの念珠なんかもある。

数珠は墓マイラーの必携品だけど、暑い日だとか疲れてる時なんかは、
正直数珠を出すのもめんどくさい時がある。

腕輪タイプなら楽だよな・・・とか思ったけど、
今使ってるのは三井寺で買ったお気に入りの数珠なので、
とりあえず腕輪は見送り。


本堂に入ってお参り。
史跡めぐりを始めて、古建築にも興味を持つようになったから、
ぼんやりお参りしてた頃とは見る目が変わったことが自分でもよくわかった。

内部は撮影禁止だったんだっけか・・・?

ちゃんとした歴史は知らなかったけど、そこはホレ、
馴染みのある寺だという感覚に変わりはないので、
普通の史跡めぐりの時のようにバシバシ写真を撮ろうという
思いは芽生えず・・・

したがって、ロクな境内の写真がありません。
すみません

今度行ったら、なるべく撮ってくるよ・・・

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最終更新日  2017年03月12日 22時08分00秒


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