戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年10月01日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
お次は正法寺(場所は こちら )。


三原・正法寺2



おお、ここも立派


三原・正法寺4



三原・正法寺5



 【亀甲山延命尊院正法寺は、長谷町鶴ヶ巣に大規模な七堂伽藍があったと
  伝えられていますが、天正年間築城に際し、館町に移されました。

  東の街道を固め戦に備えました。

  そして明治23年(1890年)末寺4ヶ寺を合併して大徳院跡であった
  現在の地へ移転しました。この寺は城主の祈願所として、江戸時代
  三原4ヶ寺のひとつとして、法燈継承しています。】
  (三原観光協会「海・山・空 夢ひらくまち」より)


館町は、三原駅の北側にあった町。現在でも地名が残る。
その後でさらに東に移されて、明治になってからこの地へ来たという
経歴を持つので、移転組には違いないけど、ちょっと注意が必要。

真言宗である正法寺の御本尊様は、弘法大師様の像。
そして、こちら↓の中には、重文が保管されている。


三原・正法寺7




  六百巻 折本 鎌倉時代

  (前略)大般若経は、宋人の謝復生(しゃふくせい)が弘安7年(1284)
  から同10年の間に周防国柳井庄の上品寺において書写した一筆大般若経で、
  現存する600巻のうち6巻が補写されています。


  されています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


へ~え、宋の人がねえ・・・
他には、こんな解説板があった。


 【三原市重要文化財 木造延命地蔵菩薩立像 一軀

  木造延命菩薩立像は、正法寺の末寺で糸碕神社の神宮寺(現廃寺)へ
  移されたものです。
  この像は、一木造で像高85.5センチメートルです。左手に宝珠、右手に
  錫杖をもち、全体的にふくよかな形で豊満柔和な顔立ちをしています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換) 

もう、本堂が覗けるかチャレンジしてみる気力もなかったので、
残念ながら見ていませんが、「延命尊院正法寺」って名称は
ここから来てるのかな。


本堂の前には、こんな石碑もあった。


三原・正法寺9



一畑薬師?ここにも?
中に薬師如来様がおられるのかな・・・


境内には、小さなお堂が色々ある。
正法寺はもちろんお寺だけど、なんだか神社の境内みたい。


三原・正法寺10



そのうちの一つは、「三原新四国 第64番」だった。


三原・正法寺11



本堂の隣にも、お堂。


三原・正法寺12


このお堂と本堂をつなぐ廊下が、下をくぐれるように高くなってたんだけど、
あまりの傾斜に、

「こんな板の急傾斜、つるつる滑っちゃって
永遠にこの廊下を渡れないんじゃ・・・」


ってバカなことを考えながら近寄ってみたら、
傾斜の部分はちゃんと階段になってた。
そりゃそうだよな~


三原・正法寺13



さて、正法寺にも墓地はあるが、こんな看板があった。


三原・正法寺14



三原に福島原発の影響はもちろんないから、
普通の環境問題だと思うんだけどね。
墓マイラーの端くれとして、いっぺんブログで書いておきたかった
事があるんだよね。



戦国武将の墓をはじめとして、歴史上の有名人の墓前に
なにかお供え物をしたがる人がたまにいる。

普通、お墓ってのは関係者だけの個人的な場所だけど、
それが一般に公開されている著名人の墓ともなれば、
そこはもはや公的な場所。

偉業を成し遂げたり、あるいは非業の死を遂げたりした人を偲んで、
全国各地から様々な人がやってくる。

その人達皆が皆、お線香をあげたり花を供えたり、
はたまた酒だの食べ物だの供えたら、どうなる?

管理するお寺さんだってお掃除が大変だし、
食べ物なんか供えたらカラスが食い散らかすかもしれないし、
お掃除前に次の人がお参りにやって来たら、
キツい言い方だけどそれはもはやただのゴミでしかない。

だから私は、お墓に行っても何も供えない。


お供えしたい気持ちはわかるし、それ自体が悪い訳じゃない。

でも公共の場所だから、お供えをするのなら、
次の人やお寺の迷惑にならないように、
お線香なら燃え尽きるまで待って燃えカスを捨てるべきだし、
お花を供えたいなら、ひとときだけ墓前に供えて持ち帰るべき。
食べ物なら、懐紙にでも載せて供えた後に持ち帰るとかね。


「何も引かない、何も足さない」

がマナーだと思ってる。登山とおんなじ。


「足さない」はわかるけど、何を引くんだ?
って思うかもしれないけど、墓石をちょっと削っちゃうとか、
甲子園での敗者みたいに、墓前の土を持ち帰ろうって不心得者が
いるかもしれないじゃん・・・(笑)。

「お墓にお供えしたいんだけど、どうしたらいいの?」
って思ってる方がいたら、ちょっと再考して頂けると嬉しいです。



さて、正法寺の石段を降りようとしたら、こんな光景が目に入った。


三原・正法寺15



左側のバイクの後ろにも実は細い道がある。

「よく地形がわからなかったけど、細い道を辿って来たら、
虎口に入り込んじゃいました~」


って敵方のセリフが聞こえてきそうじゃない?


事前の調べで、お寺めぐりをしている方の訪問記を読んだんだけど、
その方も境内よりここの方が印象に残ってると書いていた。

城の知識がない方の目にも奇異に映るほどの立派な枡形、
実に戦略的な城下の造りだ

その昔は正法寺はここにはなかったけど、正法寺の末寺である
大徳院があった訳だから、おおむね当時のままの造りなんだと思うな。


そして私がしばらくこの門前から枡形を見下ろして、
頭の中で防御のシミュレーションをした事は言うまでもない(笑)。


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最終更新日  2012年10月01日 20時34分14秒
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