戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年03月12日
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カテゴリ: 城(中国)
東西条・新高山城109・匡真寺跡
      (新高山城跡全体図・現地看板より)



遺構だけを知りたい方には、大変お待たせいたしました。
ここから城跡の紹介に入ります。

歴史の話の方が好きで、次のイベントを読みたいと思ってくださる方は、
もうしばらくお待ちくださいね。



さて、最初の解説板のあったところは、T字になっている。
どちらがコースかは書いてないものの、右側にこれ↓があったから、
右が登山道だろうな。


東西条・新高山城13・ご自由にどうぞ



まあ、その・・・
良かれと思って用意して下さった方には非常に申し訳ないですが、
はっきり言って、こんなもの必要とする山じゃないです。

ストックは使い慣れない人には負担になることもあるし、
まして自分の身長ほどもある竹の棒なんかは、使うべきじゃないです。

ただ、足腰の弱い人なんかは、下りの際にバランスを取るのには有効です。
が、この程度の山でこれを必要とするくらい体力に問題がある場合は、
「登るの、やめた方がいいんじゃ・・・」とも言いたくなるし、
「体力作りしてからいらしてはどうですか?」と勧めたくもなる。

「どの棒にしようかな~」
って選んでる時間を、登山前のストレッチに使いましょう。


いきなり登山者の面が顔を出して、しかも辛口で恐縮ですが、
1 ・ 2 で
書いたように、様々な面でしっかりと準備をしてから入山してくださいね。

ま、私がかつて山をやっていたからと言って、継続して山登りをしなければ
山で使う筋力ってのは当然落ちるし、今回も旅の前から通勤を歩きに切り替えて


でも、筋肉痛にはならなかったし、道も整備されてるから
ガンガンにハイスピードで登りつめるとかでない限り、
普通の人には杖がなくても問題なく登れる山ですので安心してください。

城の遺構を見に来た人は、通常ゆっくりと歩くもんだと思うしね。



歩き出しの道はこんな↓。


東西条・新高山城14・これより山道


思ったより、道がしっかりしている。
ああ、いよいよだな~。


東西条・新高山城15



この道は、大手道だという。
全部が全部そうなのかはわからないけど、
この辺りは昔からあった道っぽいな。


新高山城の絵図は、「沼田新高山之図」というのが
三原城主・浅野氏の命によって江戸初期に作成されている。
この原図は、残念ながら被爆によって失われたそうなんだけど、
昭和初期に作成された写しが残っている。

なかなか細かくしっかりと描かれていて、手元にある
いくつかの縄張図と見比べてみてもほぼ同じ構造になっているので、
各郭の遺構が良好に保たれている様子がうかがえる。

で、「沼田新高山之図」に描かれた大手道らしきものも
ほぼ現在のルートと合致するように思われる。


新高山城の説明として、よく『慶長元年に隆景が三原に本拠を移すまでの
約45年間、小早川氏の本拠であった』と書かれるんだけど、
慶長元年は最終的に新高山城を廃城としたものであって、
「三原城」シリーズでも書いたように、実質的な本拠はもっと早い段階で
三原城へ移していたものだろうと私は思う。

ただ、慶長元年に最終的に三原へ引っ越した際、
石垣の石やら何やらごっそり持ってったって話だけど、
自分が築き上げて長く過ごした城に愛着があったのか、
引き移し後にも新高山城の景観に配慮するよう隆景が命令を出しているので、
「沼田新高山之図」が描かれた当時はすでにほとんどの建物や石垣は
なかったと思われるものの、郭の土組み自体はありし日のまま残されていただろうから、
「沼田新高山之図」からほぼ当時の城の構造をうかがうことができる。




東西条・新高山城17・竪堀?-2



↑歩き始めてしばらくすると、沢筋のようなところを渡る。
写真だと、右奥から来て左に渡るカンジ。
今は水がないし、あんまり沢っぽくも見えないんだけど、
だからといって竪堀というにはちょっと・・・だしな。

これを渡ると、こんな道↓。


東西条・新高山城18


ここからは、道の脇にぼろぼろ石垣や石組みの名残が出てくる。



東西条・新高山城19・石垣跡



この右上はもう郭。
全体図ではこの位置にあたる↓。


東西条・新高山城109・匡真寺跡(番所跡)


図をさらに拡大↓。


東西条・新高山城110・匡真寺跡(番所跡)


 【番所跡

  軽石の段・中の段・下の段の三郭からなり、大手道を警固する番所が
  設けられていたところである。
  この番所の東方と西方にもそれぞれ東の番所、西の番所と呼ばれる郭が
  残っている。】
  (軽石の段にある現地解説板より)


縄張図を見ると、ここに来るまでの間の登山道から少し奥まった場所にも
沢山の小さな削平地があるようですが、登山道を普通に歩いていて
最初に上がることのできるのが、この郭群です。

解説の通り大きく3段に分かれ、
さらにその下に小さな下段が付いてる。

私が登山道から上がれる道を見つけたのは、
たぶん下の段だと思う・・・(←早くも記憶が薄れがち)



上がってすぐに広がる光景↓。


東西条・新高山城20・番所跡(下の段)


奥まで見渡したところ↓。
細長いけど、結構広い。


東西条・新高山城24・番所跡(下の段)全景


今はご覧の通り木があるので、下方の南側の眺望は良くない。

郭内をうろうろ歩いていたら、落ち葉に隠れて礎石や
石組みらしきものもあった↓。


東西条・新高山城23・番所跡(下の段)



東西条・新高山城25・番所跡(下の段)



下の段から見る、中の段の切岸↓。


東西条・新高山城22・番所跡(下の段)から中の段


一旦登山道へ戻って、中の段へ向かう。
ここにも、石垣の名残が・・・↓。


東西条・新高山城26・番所跡の石垣


このすぐ先には、本丸方面と他の郭群との分岐が現れる↓。


東西条・新高山城29・鐘の段との分岐



早く先へ進みたいけど、ちょうどここに中の段に上がれる道があったので、
はやる気持ちをぐっとこらえ、中の段へ上る。


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最終更新日  2013年03月12日 21時19分12秒


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