戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年06月03日
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カテゴリ: 江戸めぐり
え~と、もっと書きたい雑談は色々あったんですが、


まあ、日帰りの短編ならすぐに終わるし、
別に焦ることもないよな~と思って、ひとまず新シリーズを始めることにしました。


首都圏にお住まいの方にはタイトルですぐにわかるでしょうが、
今シリーズは、都内。

2011年のお盆の墓参りの後に巣鴨周辺をウロウロしたことは
去年の「プチ巣鴨編」に書きましたが、今回は去年、2012年の
お盆の墓参りの後に近くの史跡などを回った記録になります。


行き先はそれぞれ違うとはいえ、墓参りの記事を2年分溜めたくないな~と思って
このシリーズを書くことを選んだ次第です(笑)。

つまり、今年の墓参りの後にもどこかへ何かを見にいこうと
思ってるワケなんだけどね



自分で写真を見てても感じるんだけど、
一昨年と去年とでは写真の枚数も撮り方もだいぶ違っているので、
巣鴨周辺は補足として一昨年と同じ場所へ行って写真を取り直したりした関係で、
一部「プチ巣鴨編」と重複する箇所もありますが、
そこはご了承ください


実は、去年の春に新しいカメラを買いましてね。
この時のお出かけは、外で初めて新しいカメラを本格的に使う機会でもありました。


私が墓参りに代参する時は一般的なお盆の8月ではなく、
旅行の準備で忙しくなる前の7月に行きます。
古くは東京のあたりでも7月に墓参りしてたっていうし。
そして去年の8月といえば、あのミワラでの怒涛の寺社めぐり・・・

あれだけの寺社を集中して回るってのは初めての経験だったし、

事前の下調べの中で知ったので、ミワラ行きを翌月に控えて
予行演習のような位置付けでもありました。

まあ、要するに今回のシリーズ、寺社が多いワケです。
ただ、ミワラの予行演習とはいってもそこは広島ではなく都内ですので、
ハトの留蓋とソテツは期待しないでくださいね



2012/7/21(土)くもりのち晴れ・・・蒸し暑い


うちの母方のお墓がある染井霊園(東京都豊島区)に行くには、
いつも巣鴨駅で降りる。

が、前年(2011年)にあれこれ調べていた時、
ひとつ手前の駒込駅からも行かれるということを知ったので、
今回は初めて駒込で降りてみた。

駅の北口から出ると、すぐ目の前に「染井吉野桜記念公園」がある。(場所は こちら )


駒込・染井吉野桜記念公園3



駒込・染井吉野桜記念公園4


やあもう、ぶっちゃけフツーの公園ッス(笑)。
が、ソメイヨシノ発祥の地とあって、公園内にはこんな碑もあります↓。


駒込・染井吉野桜記念公園2



 【駒込の一部は江戸時代染井と呼ばれ、巣鴨とともに花卉・植木の一大生産地で
  あった。
  この地で江戸時代以後多くの優れた園芸品種が誕生したが、なかでも染井吉野は、
  当地の地名から名付けられ、世界を代表する桜の品種となった。

  左の絵は、植木屋の第一人者、染井の伊藤伊兵衛の庭で大勢の人が花を愛でている
  様子である。】
  (現地解説板より)


左の絵ってのがこちら↓。


駒込・染井吉野桜記念公園2-2


ソメイヨシノの起源については諸説あるみたいだけど、
染井での品種改良説が有力・・・と、これは去年も書いたな(笑)。



公園を出て、眼の前の本郷通りを渡りま~す↓。
この真ん前に、次のお目当てがある。


駒込・大黒神社



通りを渡って次のスポットに入ろうとした時、
ふと脇にある橋の欄干に目がいった↓。


駒込駅付近の欄干2



最初は下の段の桜しか見てなかったけど、後から上の段のモチーフが
富士山だったことに気が付いた。

うわあ・・・
なんでここに富士山?
ここは昔、「富士見」だったのかな?

今はもうビルもあるし、この場所から富士山なんか見えっこないけどね。
けど、お江戸の時代にはちょっと高い場所なら富士山が見えただろうから、
古い時代を想像すると、都内の味気ない光景もなんか楽しくなってくるよね。

まあ、桜柄のふたが染井の地特有のものでなく都内共通なように
(  「プチ巣鴨編(2)」 をご覧ください)
この欄干も都内共通なのかもしれないけどね。

・・・て、「プチ巣鴨編(2)」でクールなツイートされたことを
まだ根にもってるわたくし・・・



で、次は大黒神社。(場所は こちら )


駒込・大黒神社2


見ての通り、入口はなんか味気ない・・・
が、どーしてどーして、狭い境内はなかなか面白かった。
まず入口の門↓。


駒込・大黒神社3


打出の小槌だあ~!!
そっか、大黒様だもんな・・・


駒込・大黒神社4



駒込・大黒神社5



内部も一見味気ないんだけど、まずは一通り見ていこうっと。
狛犬を見ようと思ったら、その台座の紋に目がいった↓。


駒込・大黒神社6



おお~、ここにも打出の小槌が
なんか面白いな、この神社・・・


駒込・大黒神社7



駒込・大黒神社8



駒込・大黒神社9



あははっ、なんかボディービルダー系・・・

こちらの大黒神社の創建は天明3年(1783)。
徳川家斉(いえなり)が鷹狩の帰りにこの神社に立ち寄り、
その後に第11代将軍となったことから、
出世大国や日の出大国とも呼ばれておるそうな。

あいにく私が行った時は、社務所はぴっちり閉まってたけど、
ここの絵馬はこんなのらしい↓。


駒込・大黒神社10



家斉にあやかって出世したい方は、ぜひこちらの絵馬で出世祈願を



神社には木彫りの7つの大国神があり、甲子の日には
木彫の大黒天像を授けてもらえるそうなんだけど、面白いのは
参拝者はそのつど小さい像から順番に大きい像を受けてくんだと。

逆マトリョーシカみたい・・・(笑)。


現在の社殿は戦後に再建されたもの。
染井付近は先の大戦で空襲を受けてるからね。

明治12年(1879)に元老院幹事・細川潤次郎男爵の助力で
神社となったという経歴を持つが、この細川さんは
戦国ファンがまず真っ先に思い浮かべるであろう熊本の細川さんではなく、
土佐の人らしい。

江戸の海軍操練所で学び、また同郷人である中浜万次郎(ジョン万次郎)と知り合い
英語も学んだ。
土佐に帰国後は吉田東洋に認められ、土佐藩主・山内容堂の侍読および
藩校の教授として洋学を教えた、という人。


境内には、細川潤次郎さんの撰による碑が建っていた↓。


駒込・大黒神社17



どうもこの碑には縁起っぽいものも書かれてるようなので、
後で解読しようと思って写真を撮ったんだけど、
一部欠損してたり磨耗して読めない箇所もあるので断念した。

が、細川潤次郎さんは従二位の男爵らしいです。
結構な地位じゃんね~。


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最終更新日  2014年01月04日 21時13分21秒


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