戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年12月28日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
前回の記事を書いた後に、珍しくツイッターのお気に入りなどを整理していて、


2年前の夏のお墓参りの後は、染井霊園付近の著名人の墓と
巣鴨の地蔵通り商店街になっている中山道を明治通りまで歩きましたが、
「プチ巣鴨編(7)」 では千川上水について紹介をしました。

綱吉が千川上水を引いた主な目的は、
徳川家にゆかりの深い4つの場所への給水だったとされますが、
その4つのうちのひとつがなんと寛永寺だったんですね~

まあ、要するにそんな事はもはや完全に忘れてたんですが(笑)、

これは仕方ありません(←完全に開き直り)。

寛永寺は徳川家の菩提寺、という看板などの解説を見て当時は
ふんふん、なるほど~と思っただけでしたが、
同じ説明を今読むと、これも綱吉が宮の便宜を図ったものかもしれないな~、
とすると、綱吉と公弁法親王との関係の深さを物語るひとつの話としても
いいのかもしれない・・・
てなことを考えるようにもなりますので、
あの記事を書いてる最中はネットで上水関連のことなども色々調べましたし、
上水そのものについては結構興味を持って書いてたんですが、
興味の対象が変わると見方も変わるとゆーか、
人はこうやって成長していくんだな~と自分でも笑っちゃいました。




さて、幕末の御家人・山本正恒が遺した記録に、輪王寺宮に関する記述があります。


  上野御門主は坊官・御用人やその他、多くの御家来を召し使っておられたが、
  御在職中のお食事はすべて精進料理で婦人は一切側に寄せることはない。

  御登城の際には黄網代の御駕籠に乗り、お供には金菊紋の付いた先箱・御長刀
  および建傘・茶瓶・合羽籠、供侍を多く連れ、行列が通る時は下にいろと


  下乗橋からは歩かれるが、ここでも通行人は土下座してお通りを待つ。
  御召物は綸子・羽二重などで白衣。御衣は天台宗の法衣、鈍色七条五条の袈娑衣は
  紫やその他の色があり、紋綸子などに差貫袴を召される。また直綴(じきとつ:
  僧衣の一種)・小五条輪袈娑なども召され、これらは時宜に依った。

  御年60歳以上で御跡目があれば御隠居あそばされ、根岸の御隠殿に移られた。
  それ以降は魚類なども召し上がられ、婦人もお側に仕えて御老体の御世話を
  すると聞いた。
  (「幕末下級武士の記録」より意訳)


ご存知の通り、江戸期には参勤交代があったので、
江戸には多くの殿様もおられた訳ですが、
時代劇なんかを何となく見てると、殿様がお通りになる際には

「下にィィィ~、下に」

てお触れを出して町人がみんな土下座したような印象があるけど、
実際は江戸では将軍および御三家などの徳川姓のお行列に限られていたんだそうな。
けど、御三家に並ぶ格式を持つ宮の行列には土下座が義務付けられていた。

衣装の部分はいずれも僧衣の説明で、お供の各名称についても
ここでは解説を省きますが、フツーに私達が想像する大名行列をイメージして
頂ければよいでしょう。

黄網代の駕籠と登城の際の下乗場所については、
前に紹介した「ワインレッドの網代の溜塗」「表玄関に駕籠のまま横付け」という
『寛永寺』・『上野寛永寺 将軍家の葬儀』の解説と違ってますが、
「60過ぎれば定年」とか「在任中は女性は側に寄れないが、隠居すればオッケー」
の話など、山本正恒は寛永寺に寺小姓として住み込んだ経歴を持つので、
宮の生活全般を垣間見るという点では興味深い史料と言えるでしょう。


と、輪王寺宮についてはひとまずこんなところかな。
後でまた宮の話は出てきますが、どんな存在の方だったのか、
概略をつかんでおいて頂きたかったワケです。



それでは、久々に現地に戻りましょうかね~。
天海と宮のことだけで、結構長くかかったなあ(笑)。

イベントのお誘いの貼り紙で賑やかな門をくぐった正面↓。


上野・寛永寺輪王殿40



真正面に見えるお堂まではそう遠くないけど、
そこに至るまでの参道の両脇にはなにやら色んなものがあるので、
手前から順番に紹介します。

門を入ったすぐ左手↓。


上野・寛永寺輪王殿42



堂自体は新しいものだし、ちょっとこの時はあまりこのお堂には
近付きたくなかったので現地ではよく見てませんが、
写真を拡大してみると台座にはなにやら銘が彫ってあるなあ。
もしかして、結構古いものかもしれない。
今度行ったら、見てこようかな。


このすぐ先にあるのがこちら↓。


上野・寛永寺輪王殿43・法華塔


うおお、何じゃこりゃ!?
宝塔のようなスタイルだけど、こーゆーのは今まで見たことないような・・・

で、興味津々で近寄ってみると


上野・寛永寺輪王殿44・法華塔



台座には「法華塔」と彫ってある。
ああ、じゃあ法華経がこの中に納められてるってことなのかな。

台座の他の面には寄進者らしき名前が沢山彫られていて、
ぐるりと回ってみたんだけどいつの建立なのかは(確か)わからなかった。
現地には解説板もないし、ここを訪れる人はそこそこいるのに
ネットでも誰も紹介してない。
ので、これの由来はわかりません。


「上野第一編(3)」 に貼った家康や篤姫の墓と見比べて欲しいんですが、
よく似てるでしょう?

墓である宝塔の方がちょっと胴がずんぐりしてて、
正面には小さな扉が取り付けられてるって違いはあるけど、
基本的には同じ。

他に写真で見た将軍の墓は綱吉と吉宗のがあるんだけど、
どちらも宝塔形式。
家康以降、ケイキさんを除く歴代将軍はみなこのスタイルかもしれません。

ただ、ケイキさんの在任期間は短いし時期が時期なので、
14代将軍・家茂(いえもち)の宝塔を造ってるヒマがあったのかは、
まだ増上寺に行ったことがないしわかりませんが。



今度は門のすぐ右手↓。


上野・寛永寺輪王殿46・阿弥陀堂



お堂の手前にも、気になるものが色々と・・・↓。


上野・寛永寺輪王殿47・阿弥陀堂



「祈武運」の文字の下にはスポンサーの名前が彫ってある。
昭和17年のもののようだから、文字通りの願いが込められたものらしい。


その右にある水盤↓。


上野・寛永寺輪王殿57・阿弥陀堂



これもね~、左端にも小さな字で色々彫り込んであるんだけど、
ビミョ~な磨耗具合で現地ではキビシかった。
案外このテのものって、写真の方がよく読める場合なんかもあるので、
ぱっと見て読めなければとりあえず写真に収めておくんだけど、
ここのはちょっと数文字しか読めない。

右下には日付と名前が彫ってあるけど、こちらも一部読みにくいので
推測なども交えると、「元文三戌午歳十二月五日」と思われる。
名前の方は「諏訪●人右衛門尉源定●」かな・・・
その隣にも何か彫ってあるんだけど、ほとんど読めない。
「諏訪部」のようにも見えるんだけど、
残念ながらどなたの奉納なのかはわからなかった。


で、こちらが奥のお堂↓。
真っ白な建物には「阿弥陀堂」の額が掛かっている。
あ、阿弥陀様ならちゃんとお参りしてかないと・・・
わたくしの守り本尊は阿弥陀様なのでね


上野・寛永寺輪王殿48・阿弥陀堂



扉はオープンに開かれていて、撮影禁止の札もない。
ホントに撮ってもいいのかな?としつこく周囲を見回しても
やっぱりダメとは書かれてないので、思い切ってバシリと・・・


上野・寛永寺輪王殿52・阿弥陀堂


ああ、この雰囲気、なんとなく大内氏の興隆寺を思い出すなあ。

そ、それにしても、手前のお2人がだいぶインパクトあるなあ。
像と内陣のサイズが見合ってないんじゃ・・・

え~、この場合も手前のお2人は脇侍というんだろうか・・・
向かって左に地蔵菩薩様、右は先人の訪問記によると、虚空蔵菩薩様らしい。
奥におわすのが、阿弥陀様・・・

あれ?
天台で阿弥陀様?
まあ、ここは本堂じゃないから別に不思議はないのか。
宗教はムツカシイなあ。


内部もまずまずの造り↓。


上野・寛永寺輪王殿51・阿弥陀堂



中には、ひっそりと鐘が置かれていた↓。


上野・寛永寺輪王殿53・阿弥陀堂


写真を拡大すると、どうも銘に「慶安」の文字があるように見えるんだけど・・・
これ、本物かな?
供出を免れたのか?
でも、江戸期の他の元号で下に「安」の字(それだけははっきり読める)を
使うのってないしなあ。


扉は開いてるけど中には入れないので、
入口で首をぐるぐる回して中を覗いていたら、
大きな菩薩立像の後ろに小さなお方がいるのを見つけた↓。


上野・寛永寺輪王殿54・阿弥陀堂


ああ、顔とか表面の感じからしてこちらのお地蔵様が
本来の脇侍なんだな。
とすると、反対側にも本来の脇侍がいたかもしれないけど、
この時覗き込んだかは覚えてません(笑)。
ここも今後の宿題だな。



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最終更新日  2014年07月31日 21時04分22秒


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