戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年01月19日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
こちらが井戸の奥にある鐘楼↓。


上野・寛永寺輪王殿131



ほう、だいぶくたびれた感があるけど(笑)、
垂木には沢山飾り金具が付いてるし、かなりいいぞ。
往時は相当華やかだったんじゃないかな。


上野・寛永寺輪王殿132


かすかに葵の紋が残ってる↓。


上野・寛永寺輪王殿135



蟇股各種↓。

そちらを載せます。


上野4・両大師14



上野4・両大師15



上野・寛永寺輪王殿136


これは麒麟なのかな?
1つめと3つめのはフリルのついたエプロンを着けてるようにしか見えないんだけど

内部の鐘↓。


上野・寛永寺輪王殿134



上野・寛永寺輪王殿137



おっと、なんかデコラティブだぞ・・・

どうやら近年の奉納らしい。
やっぱりここも供出の憂き目にあったか。


これで両大師の境内としては一応終わりなのかな。
が、その奥には小さな門がある↓。


上野・寛永寺輪王殿142・幸田露伴旧宅門





  この門は明治の文豪幸田露伴(1867~1949)の旧宅の門で、谷中にあった
  ものを移築したものである。瓦葺の簡素な腕木門で、柱や梁、垂木など総て丸太造で、
  明治期のしもた屋(仕舞屋)の風情をよくとどめている。

  露伴は下谷生まれで、代表作「五重塔」(1893)の主人公「のっそり十兵衛」は、
  現寛永寺根本中堂を手がけた大工の棟梁をモデルにしたものだといわれている。】
  (現地解説板より)


へえ、幸田露伴は上野の出なのか。

ホントに小じんまりとした門で、背の高い人はかがまないと通れない位だけど、
おかげで屋根の部分が間近に見える↓。


上野・寛永寺輪王殿144・幸田露伴旧宅門



桟瓦葺。
この大棟って、両大師に入る前に通りから見た 黒門の大棟 の
変わったデザインとほぼ同じだよな。
そっか、こんな造りになってるのか。
なるほどね。


この門をくぐると、広々とした空間が広がる。
左手に建つ大きな建物が輪王殿↓。


上野・寛永寺輪王殿145



これが前回の石碑の解説にあった、天海350年忌であらたに建てられたってやつね。

先日、すまほのニュースを見ていたら、音楽プロデューサーのナントカさんの葬儀が
この輪王殿で行われたとあった。

へ~、都内での有名人の葬儀といえば増上寺か築地本願寺が多い気がするけど、
寛永寺でもやるんだ~、つまり輪王殿はセレモニーホールってことか・・・
って別の意味で食い付いちゃいました(笑)。

あんまり、寛永寺で葬儀って聞かないんだけどね。
なんで寛永寺では大きな葬儀が行われないんだろう、
営業力の差かな?と思って検索してみたら、
どうやら宗派とかそういう枠を越えて単にキャパシティの問題らしい。

結構ここも広いと思うんだけど、有名人の葬儀ともなれば参列者も多いから、
そういう面で増上寺か築地本願寺か青山葬儀場かの選択肢しかないらしい。
つまり、その寺で葬儀を行うというよりは、貸し会場的な場合が多いんだと。
なるほどね。


で、露伴の門をくぐった正面に目をやると、奥の方に団体様が・・・


上野・寛永寺輪王殿146-2


わ~、やだあ。
なにあれ~

彼らが何者なのか、この後どうするのか遠巻きに見ていると、
どうやら史跡めぐりの団体様らしい。

ちっ、めんどくせーな・・・
都内の史跡ぐらい、個人で回ればいいじゃん(←団体キライ)

思わず団体様に背を向けて、ちょっと時間つぶしに露伴の門を再びくぐって
鐘楼を観察↓。


上野・寛永寺輪王殿147



外側の彩色はほとんど消えかかってるけど、
まだかすかに残ってる。
細かく装飾が施されてたみたいだな。

少し鐘楼を見てたけど、後ろの様子をうかがうと、
まださっきの場所にたむろしているので、引率者の説明でも聞いてるらしい。
しょうがない、いつまでも待ってる訳にもいかないし、
さっさと写真を撮って逃げるか。 

で、私が向かったのがこちら↓。


上野・寛永寺輪王殿150・黒門


上野・寛永寺輪王殿154・黒門



両大師に入る前に、通りから柵にへばりついて眺めていた黒門です。
黒いから黒門て呼んでるけど、正式には寛永寺旧本坊表門(重要文化財)。
そうです、天海や輪王寺宮がおわした本坊の門です。

現地にはこれについての解説板はなかったんだけど、
両大師の本堂でもらってきた「寛永寺だより」(平成25年第2号)が
黒門の特集号のような感じになってたので、
そちらから引用してこの門の由来をご紹介します。


 【寛永寺の旧本本坊表門

  表題は現在「黒門」の名称で親しまれている門の正式名称である。
  というのは、この門は今の東京国立博物館の所に寛永初年に建てられた本坊の表門で、
  しかも建てたのは寛永寺の開山天海大僧正自身なのである。

  この本坊には天海僧正を初め、二代東叡山(寛永寺)山主の毘沙門堂門跡公海大僧正、
  そして三代目の守澄法親王(後水尾天皇第三皇子)から十五代の公現法親王まで、
  いわゆる輪王寺宮が住まわれたのである。

  このように、天海僧正自身の建立で、しかも本坊として使われ続けてきた訳だから、
  寛永寺にとっては何物にもかえ難い大切な建物なのである。しかも、そこには
  戊辰戦争(彰義隊の戦争)の折の大砲の弾の痕なども生々しく残り、幕末の歴史を
  伝える建物でもある。

  昭和12年に現在地に移築されるまでは、現東京国立博物館(東京博物館・
  帝室博物館)の表門として、江戸時代のまま使われ続けて来たという歴史もあって、
  早くから国指定の重要文化財に指定されている。

  今回この由緒ある門が、文化庁などの援助の下に、美事に修復されたことは極めて
  意義深いものであると同時に、寛永寺の歴史の上でも特筆に値することだと言って
  いいのである。】


うん、この文体・・・
浦井正明氏に似てるな。

浦井氏はこれまで何度も引用させていただいた
『上野寛永寺 将軍家の葬儀』(2007年)の著者で、
著作の発表時点では寛永寺の執事長とある。

が、「寛永寺だより」(平成25年第2号)ではちょうど新しい執事長の
ご挨拶が載っているので、現在では執事長さんではないけど、
寛永寺のお坊様であることに変わりはない。

不思議なもので、論文とかの固い文章でも結構執筆者の個性って出てくる。
似たような言い回しをしているものであっても、
考察の展開の仕方だとか、総合的にその人独自の世界ってあるもんでね。

1回読んで2度と読まないものもあるけど、
論文でも一般書でも難しかったり興味深くて何度も読み返すものは
何となくその人の世界が染みついちゃったりするので、
名前を見なくても誰が書いたかわかっちゃう時があるんだよね。


まま、それはともかく、「寛永寺だより」に載ってる黒門の写真には
「平成25年1月修復直後」とあるので、
「ペンキ塗りたて」ならぬ「漆塗りたて」でまだピッカピカ。

「寛永寺だより」には古い写真や絵も数点掲載されていて、
昭和後期頃と思われる修復前の黒門はもう漆ハゲハゲで
建築に興味のない人ならきっとボロっちいと思ったに違いない。

明治10年には第1回内国勧業博覧会の門として使われたそうで、
その様子を描いた絵にある黒門の屋根には、
デカい時計台がで~んと載っている

なんてことすんだって言いたくなるけど、
まあ破却されずに残っただけいいか・・・


それにしてもこの門、相当デカいです。
しかも薬医門だから屋根がどーんとデカくて、
プラス総黒漆塗なので重厚感がハンパないです。

いやあ、門越しに見るだけだったらどうしようかと思ったけど、
近くに寄れてよかったなあ

浦井氏の『上野寛永寺 将軍家の葬儀』には「主要伽藍初建年次一覧」という、
霊廟関係を除く主要な堂宇が建立年代順に一覧になっている便利な表があって、
それによると黒門の建設年は寛永4年(1627)。

その2年前に本坊ができて寛永寺がこの世に産声を上げたばかり・・・
まだ山内の全域が境内ではなかった本当の初期の頃に
こんなデカい立派な門が本坊にあったなんてちょっとオドロキ・・・

ホントにこれ、寛永初期の建築かなあ~
って疑問も個人的になくはないですが、
寛永年間のものであればまだ天海も生きてたし、
そうなると初代・天海から最後の輪王寺宮・公現法親王まで
すべての寛永寺の主がこの門をくぐったことになる。

江戸期に生まれていたならまず間違いなく
この門を庶民がくぐることはできなかっただろうから、
なんとも感慨深い・・・


しかし、漆塗りたてで美しいのはいいですが、
裏っかわまでまんべんなく黒漆でピカピカなので、
門に色んな背景が写りこんじゃってぶっちゃけ写真は撮りにくいです(笑)。

次回は黒門の細部の写真をご紹介しましょう。



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最終更新日  2014年07月30日 20時48分47秒


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