戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年04月20日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
上野4・東照宮透塀51



上野4・東照宮透塀52




上野4・東照宮透塀53


お食事ちう~。
てか、何食べてんの、これ?↓


上野4・東照宮透塀54



これは相当お気に入りです↓。
なんて可愛いバンビちゃんなんざましょ!!


上野4・東照宮透塀55



上野4・東照宮透塀56



上野4・東照宮透塀57



上野4・東照宮透塀58



上野4・東照宮透塀59



↑おお、カメだよ、カメ!!(←カメ好き)
この後ろ足見てよ、ちゃんと波の間を泳いでるよ


上野4・東照宮透塀60



↑こちらはだいぶ後ろの葉っぱと色が一体化しちゃってるけど、
カマキリだと思われます。
こっちにも↓。


上野4・東照宮透塀61



いやあ、噂には聞いてたけど、色々いるなあ。


上野4・東照宮透塀62



↑これは花が綺麗だなと思って。
白蝶貝を使ってるのかとも思ってよく覗きこんでみたけど、
ちょっとわからなかった。

上野東照宮の透塀の彫刻は、カラフルではあるけど
全体的にトーンが落ち着いてて、特に水色の使い方が絶妙だなと思った。


この花も彩色の勝利なのかもしれない。



上野4・東照宮透塀63



上野4・東照宮透塀64



おっ、うさぴょん!
アナタもいたんですか


上野4・東照宮透塀65



この辺でようやく社殿の正面側まで来ました。


上野4・東照宮社殿12


 【1651年建築。国指定重要文化財。参道側から、拝殿、幣殿(石の間)、
  本殿の三つの部屋からなる、いわゆる権現造りです。金箔がふんだんに使用
  されていることから、金色殿とも言われます。

  拝殿の正面中央にある「東照宮」額は後水尾天皇の真筆で純金。壁画は狩野探幽の
  作で、桃山期の画風の華麗なものです。幣殿は、江戸時代には将軍家しか入れなかった
  部屋で、松に鷹、鳳凰に牡丹の彫刻や狩野派の壁画がございます。本殿は非公開。
  家康公、吉宗公、慶喜公、寒松院(藤堂高虎)、天海僧正の御神体が安置されて
  おります。】
  (チラシより)


黒と金でシックな感じ。
東照宮とはいっても、家光の 大猷院 を彷彿とさせる造りだな。

以前は昇殿までできたようなんですが、ご覧の通り閉められているので
今回は外観を見るだけみたい。
後水尾天皇の勅額も中にあるようで見られなかったし。
いずれ、昇殿も再開してくれるといいな。


上野4・東照宮社殿14



おお、鳳凰だ、ほーおー!
あ~、ネット邪魔~


上野4・東照宮社殿15



上野4・東照宮社殿16



↑扉には輪法紋がびっちり。

拝殿の正面上部↓。
華やかだなあ~。


上野4・東照宮社殿18



上野4・東照宮社殿19



↑歯が綺麗でうらやましいね。


上野4・東照宮社殿20


正面の蟇股。
なんてアヤしい目つき・・・↓


上野4・東照宮社殿23


で、このまま振り返るとそこが唐門の内側です。
が、監視のお姉さんにおじさんおばさんが色々質問して門の前にいたので、
門の全景は撮ってません。
けど、ここもすごいッス。


上野4・東照宮唐門4



あれ、こんな写真、以前も載せたなあ・・・( 「上野第二編(67)」 参照)
おかしいな、内部に入ったのは第四編が初めてなんだけど、
今度行ったら唐門の外側をもう一度よく見てこよう。

上記リンク先に載せた上野東照宮の解説には総金箔の門だとあるのに、
金は一部にしか使われてない・・・
透塀の方も、当初はどうも金箔が使われてたらしいんだけど、
予算の関係で下地漆塗りだとかなんとか・・・
維持管理も大変だよね。



唐門と内側にある控柱の間には大きな彫刻がありまして、
これがまたすごい↓。


上野4・東照宮唐門5



真ん中にある三つ巴は、陣太鼓かな?
日光東照宮の数々の意匠は平和な時代の訪れを象徴するものだという
解説がよく見られますが、個人的にはあまりそういう解説は好きじゃない・・・
というか、どうもしっくり来ない部分がある。

けど、陣太鼓なんてこの場に似つかわしくないアイテムをわざわざ入れた上で
松などのゴテゴテした装飾に埋もれるように造っているのは、
何らかの意図がありそう・・・

単純に考えるなら、戦を象徴する陣太鼓を木花に埋もれさせることで
戦国の世の終わりを表現している、ってところだろうか。

それに、陣太鼓の後ろにあるヒラヒラ・・・
これってたぶん、アレだよな~と思って裏側へ廻ってみると
こうなってました↓。


上野4・東照宮唐門7



やっぱ、鳥か。
ただ、私は鳳凰じゃないかと思ったんだけどね。
ニワトリ?
こういう尾っぽの長いやつって何て言うんだっけ・・・

まあでも、意味としては平和の象徴ってことだろうな。


帰ってから少し調べてみると、おそらくこれは陣太鼓じゃなく
諫鼓(かんこ)だと思われた。


 【諫鼓とは、中国の伝説で、人民が天子に諫言をするときに打ち鳴らしたとされる
  太鼓のことである。諫鼓鶏とは、その諫鼓の上に鶏が止まっている、すなわち
  諫鼓を打つ必要がないような善政が行われていることの寓意である。】
  (ウィキペディアの桂離宮の項より)


桂離宮には、 崇伝 の扁額があるらしい・・・
じゃなくて、上の解説を補足すると、古代中国での伝説の聖王とされる堯・舜・禹が
目安箱よろしく

「政治に不満があったらこれを鳴らしてね~」

と朝廷の門の外に置いたのが諫鼓らしく、ただ三王は善政を敷いたので
諫鼓は一度も鳴らされることはなく、そのうちに諫鼓は苔むして鳥の遊び場に
なったんだそうな。
つまりは善政の象徴であり、天下泰平をあらわすということらしい。

なるほど~、現地には解説は何もないけど、
この故事をもとに造られてると思って間違いないだろうな。
陣太鼓でも鳳凰でもなかったけど、私の素朴な推測は
まずまずのセンを行っていたらしい


それで、諫鼓の上で遊ぶのが諫鼓鶏。
え、「閑古鳥」の語源てコレなの!?と思ったら、
いちおう閑古鳥はカッコウのことだし、使い方も御存じの通り
「閑古鳥が鳴く」で人が集まらずにさびしい様子だとか、
客の入らない店などを指すことに限定されているようではある。

けど、平和な時代が長く続けば武人にとっては商売上がったりだし、
諫鼓鶏が転じて閑古鳥になったって可能性もありそうな気もするけどな。

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最終更新日  2014年04月20日 23時08分31秒


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