戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年09月15日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
も~、な~んて効率の悪いことしてるんざましょ、あたくし。

しかし、このブログの読者様はおそらく歴バナの方がお好きなんでしょうし
(そうでないと読み続けられない)、ここまでするのはたぶん
このシリーズぐらいじゃないかと思います。

ところで今日、暗記中のお経がめでたく最後まで行き着きました。
完全に覚え込むのにはまだしばらく時間をかけねばなりませんが、
実は仏バナを書き終えて以降、色んなことが急によく見えるようになってきました。
ちょうど、かすみ目がクリアに見えるようになったようなカンジ。

もちろん、わたくしのつたない知識ですべてがわかった気になった訳でもないですが、


当初は日本の仏教史を軽く見るだけの予定だったのが
なぜか勢いでインドまで行ってしまいましたが、
あの作業を経なければ今でも感覚的に多くのことが理解できなかったと思うので、
今続けてる作業もおそらく無駄にはならないだろうと思って腹を据えて頑張ります。



●宝亀7年(776)

2月6日、兵2万をもって4月上旬に陸奥と出羽の蝦夷を討つべしとの
陸奥からの言上あり、出羽の兵4千を動員して賊を討たせる。
夜、鉢くらいの大きさの流星があった。
4月1日、日食。

4月12日、

「近頃、諸国の神社ではロクなお祀りをしてないって
聞いたんだけど。だから天変地異が多く起こるんじゃないか~!
これからはきっちりとやってよね!」

(by 光仁天皇)

4月15日、遣唐使に刀と天皇の衣服を与えていわく、
「くれぐれも国の代表として恥ずかしくないようにしてね。
もしこれに背くヤツがいたらこれで斬っちゃってよ。
それから、先の入唐大使の藤原河清も一緒に連れ帰ってきてね」

(by 光仁天皇)

5月2日、出羽の賊が反乱。下総・下野・常陸の騎兵を動員して救援にあたらせる。
5月29日、災害や変異が続くため、大祓を行う。
5月30日、宮中と朝堂で僧600人に「大般若経」を読ませる。
6月4日、金星が昼間見えた。
6月7日、播磨の50戸を唐招提寺へ喜捨。

6月13日、参議・藤原楓麻呂(藤原四兄弟次男・房前の子)が死去。
6月16日、右京大夫・百済王理伯が死去。
6月18日、日照りのため黒毛の馬を丹生川上神へ奉り、畿内と京で大祓をさせる。

7月2日、置始女王が死去。
7月7日、参議・大伴駿河麻呂が死去。
7月14日、安房・上総・下総・常陸に船50隻を造らせ、陸奥に配備。
7月19日、西大寺の西塔に落雷。

8月1日、全国の諸神に幣帛を奉納。
掃除を怠って神社を綺麗にしていない神職は交代させる。
8月13日、大風。
8月15日、諸国でイナゴの被害。

閏8月、壱岐で風害により稲が損害を受け、今年の調を免除する。
閏8月6日、遣唐使は肥前で風待ちをしていたが、順風が吹かず渡航の時期も
外れていくので、来年の夏まで渡航を延期するとの報告が入る。

9月、毎晩庁舎や京中のあちこちの屋根の上に瓦や石や土くれが自然に落ちてきた。
それが20日ほど続いた。
9月16日、初めて越前の気比神社に宮司を置く。

10月9日、地震。
10月11日、蝦夷との戦いで陸奥の国が疲弊しているので、今年の田租を免除する。
11月2日、地震。
11月26日、陸奥で3千の兵により胆沢の賊を討たせる。

12月14日、陸奥で奥地の守りにあたる者を募集。採用者には3年の租税を免除した。
12月22日、渤海国から使者。一行が我が国の海岸に到着する頃、突然暴風が起きて
120名もの溺死者を出したという。使者は光仁天皇の即位の祝いと、渤海王妃の喪を伝えた。



●宝亀8年(777)

1月3日、藤原良継を内大臣に任命。
2月、讃岐で飢饉。
2月6日、遣唐使が春日山の奥で天神地祇を礼拝。
2月28日、畿内5か国で疫病の神を祀らせる。
2月30日、日食。

3月19日、宮中でしきりに奇怪なことが起こるため、大祓。
3月21日、宮中において僧600日、沙弥100人に「大般若経」を転読させる。
3月下旬、蝦夷で投降する者が相次いだ。

4月5日、ヒョウが落ちる。
4月13日、雨氷が落ち、太政官・内裏の建物に雷が落ちる。
4月22日、遣唐大使の佐伯今毛人が病気のため輿に乗って都を発ったが、
日が経っても治らなかった。そこで、副使の小野石根に先発するよう伝え、
順風が得られたら石根がそのまま代行して出発するようにした。

5月13日、長雨のため白馬を丹生川上神に奉納する。
5月19日、藤原仲麻呂の乱以降内裏に置いていた太政官の印を
元の通り太政官に戻した。
5月23日、渤海国の使者が帰国。渤海王へは今回のねぎらいと、王妃への弔辞を述べた
書状を持たせた。

6月、隠岐で飢饉。
6月12日、参議・紀広庭が死去。
7月、伯耆で飢饉。
7月14日、伯耆の国分寺の塔に落雷。
7月16日、内大臣・藤原良継が病にかかったので、その氏神の鹿島神社(常陸)と
香取神社(下総)の社格を上げる。

8月8日、長雨のため白馬を丹生川上神に奉納する。
8月15日、上野と美作の各50戸を妙見寺(河内)に喜捨する。
9月15日、4月の大々的な蝦夷討伐のため国が疲弊しているので、
陸奥国から今年の免税の嘆願があり、これを許可する。
9月18日、 藤原良継(藤原四兄弟の三男・宇合の子)死去。

10月30日、大赦。
11月1日、光仁天皇が病にかかる。
12月14日、出羽の蝦夷が暴れて官軍が敗退したと報告あり。鎮圧に向かわせる。
12月25日、皇太子・山部親王が病気にかかり、畿内5か国の神社に幣帛を捧げる。
12月26日、出羽の蝦夷が反逆。
12月28日、 井上内親王の墓を改葬。塚は「御墓」(みはか)として墓守1戸を置いた。

この冬は雨が降らず、井戸の水は涸れ、木津川・宇治川が徒歩で渡れるほどだった。



自然災害はずっと続いているので、現代人がすら~っと読む分には
天平エピデミックの時ほどばたばたと人が死ぬ訳でもないし
ドラマティックな展開でもないように感じますが、


それがいつからかというのは、もうおわかりでしょう。
前回の宝亀6年4月27日・・・井上内親王と他戸親王の死からです。

前回、7月1日に藤原蔵下麻呂が死んでますが、
この方は光仁天皇即位に尽力したといわれ、他戸皇太子の春宮大夫も務めてます。

奈良市の秋篠寺の紀元は定かではないようですが、

蔵下麻呂の死でビビッた光仁天皇が秋篠寺を建てたという話があります。

当時の人にとっては「奇異」な出来事が『続日本紀』の記述以外にもあったと思われ、
『水鏡』には光仁天皇とその即位に尽力したとされる藤原百川(藤原四兄弟三男・宇合の子)が

「甲冑姿の武者が100人ばかり
おいでおいでをしてるんだよ~!!」


という夢を見たというエピソードがあります。

それで行き着く先が、宝亀8年ラストの井上内親王の墓の改葬・・・
一連の出来事は井上内親王の祟りによるものと認識されたようです。
まあ、頼りにしてた藤原良継も死んじゃったし、
その次は自分と皇太子まで病気とくればね・・・

大体、宇治川なんてかなり水量が多いのに、
あそこが歩いて渡れるとか信じられないんだけど

大祓や大般若経転読などの手は打ったものの効き目がなかったので、
大もとに手を付けざるを得なかったというところでしょうか。


井上内親王と他戸親王が幽閉されたのは現在の奈良県五条市のようで、
五條市のホームページにこんな記述を見つけました。

 【五條市の辺りは藤原南家ゆかりの地だったから、おそらく退官した藤原一族の館へ
  預けられたものと思われますが、須恵一帯を下馬町と呼び、江戸時代ここを通行する者は、
  大名といえども馬から下りて通る習わしがあり、それを犯すと、落馬するか、禍を受けたと
  伝えられ、それもこれも井上内親王の幽居があったからで、その跡に井上院
  (いじょういん)が建立され、現在井上町と云う自治会があり、「聖神さん」と呼ぶ
  古い祠を祀り、境内で子供はいくら戯れて遊び、おしっこを漏らしても祟りはないけど、
  大人が放尿でもしようものなら病魔に冒されてしまいます。】
  (「井上内親王」のページより)


今でも井上内親王は怖れられ、丁重に祀られてるようですね。

のち、井上内親王のために寺が建てられ、奈良市の御霊神社には他戸親王とともに
祀られます。

都が移った際にもこのお2人は新京で祀られました。
怨霊を集めた神社といえば・・・はい、京都の上御霊神社です(場所は こちら )。
お2人は立派な怨霊と認定されたんですよ。

文字数の関係もございますれば、今回は3年前の京都旅行から
上御霊神社の写真でお別れしたいと思います。
ろくな写真もないんだけどさ。
もっと色々撮っておくべきだったな・・・
まあ、この時は戦国合戦モードで行ってたし、しょうがないよな。


京都・上御霊神社



京都・上御霊神社2



京都・上御霊神社5



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最終更新日  2014年09月15日 23時28分29秒


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