戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年12月07日
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カテゴリ: 日光写真館
歴バナを書くことは、遠い過去に生きた歴史上の人物を
三次元プリンターで復元していくようなものだと最近思うようになった。

もちろん、色々な本や史料を読んで経歴を知ることはできる。
カンのいい方はそれでも充分かもしれないけど、
わたくしの場合はそれだけじゃダメらしい。

叡山に行く前には行くスポットを選定するのにそれなりの下調べはしたし、
事前にも現地でも叡山の歴史を語る本の類はいくつか手に入れていて
叡山シリーズを書き出す前までには最澄の大まかな経歴も、
叡山全体の流れも頭には入っていた。


『若き日の最澄とその時代』といういい本に巡り合ったこともあって、
あまり長く歴バナを書くのはやめようと思っていた当初の予定を変更して
『若き日の最澄とその時代』を基にもう少し詳しく書いてみようという気になった。

最澄の歴バナ全体ではおおむね『若き日の最澄とその時代』の流れに沿っていて、
ここは著者の佐伯氏の言葉をそのまま載せた方がいいなと思う部分に関しては
引用をしたものの、流れを追っていくうちに自分の中でも色々な疑問とかが
湧いてくるので、そういう部分については自分で調べたり想像しなければならない。

ただ本を読んでるだけだとなかなかそこまでの作業はできないし、
書くからにはきちんと内容を把握して自分の言葉でわかりやすく表現する必要も出てくる。
それがたとえ的外れな作業であっても、そういうことを積み重ねて
初めて自分の中で最澄像に肉付けがされて、


そこまで行った段階でようやく、「ただ知ってる」だけの歴史上の人物であり
日本仏教の母胎とも言われる比叡山延暦寺の祖という遠い存在の最澄が
リアルに生きた人間・最澄として自分の中で実体を持つ。

「ただ知ってる」だけでは教科書とか本の中の二次元のぺらぺらの存在でしかないのが、
書く作業を通じて肉付けされていくことでリアル三次元の実体を持った

そんな風に感じた。

むか~し昔、まだ日本史を好きになる前に家にあった司馬遼太郎の
『空海の風景』を読んだことがある。
たぶん当時は満足に理解できなかっただろうけど、
最澄の歴バナを書くにあたって読み返したいと思って探したものの、見つからなかった。

それでも、最澄の歴バナを書くおまけに空海も付いてきて、
わずかながらも自分の中では少し空海に肉付けがされてきている。

だいたい、7~8世紀に生きた人なんて大昔すぎて
それでなくても最澄も空海もよくわかってない部分もあるのに、
それをちょっと本を読んだくらいで「生きた人間」として感じようなんて
どう考えても無理があるよな

ま、それが19世紀の近い時代の人なら「生きた人間」として感じられるのか、
と言ったらそういう訳でもなく、やっぱり歴史上の人物に実体を持たせるには
わたくしの場合、何らかの作業が必要なようです。


さて、前置きはこのぐらいにして、「高野山の名宝」展のあとは
その前に行った企画展と周辺の史跡めぐりの報告をするつもりでした。
しかし、昨日日光に行ってきまして、タイムリーな内容になったので、
久々に日光写真館を再開します。

去年の分の写真はまだ全然公開してないので、今回の内容とからむ写真についても
あわせて公開していきます。
その後で当初予定の企画展の報告を書きますので、
叡山編の再開は確実に年明けとなります。

叡山編がそこそこの期間で終わるんだったらそちらから上げてしまうんだけど、
話数だけはいってるもののまだ現地紹介をひとつもしていないという
ま、元から長期戦は覚悟してたからな。


え~、わたくしと日光の関わりは過去の記事でも再三書いてきておりますが、
今回も恒例のお護摩を受けに行って参りました。

「アンタ、テーラワーダ宣言してなかった!?」

ってツッコミは受け付けません
わたくしにだって迷いはあったんです。

でも、お護摩を受けるようになったのは日光通いを始めたあと。
大人になってから自分の意思で日光に初めて行ったのは15年前ぐらいかな。
当時、わたくしにも色々とありまして、そういう事とか
15年分の思い出とかが日光にはた~くさんあります。
それを、今さらやめることなんてできません

テーラワーダ(小乗仏教)もいちおう「仏教」という宗教分類がされるので
わたくしも「仏教徒」ということにはなるんでしょうが、
お釈迦様が本来提示していたものは現在私達が「宗教」と聞いてイメージするのとは
だいぶ毛色が違う。

なので、テーラワーダ仏教徒とはいってもわたくしの場合は
現在のテーラワーダ仏教徒がこなすようなものは行わず、
その中からお釈迦様の説いたエッセンスだけを抜き取って
生活の指針としている。
(堂々とそんなこと言うもんじゃありませんが)

日本の仏教を知る上で、テーラワーダへシフトしたことは
かなり意味があったと自分では思っている。
どんなことでも、外から見た方がよくわかるもんでしょ。
「高野山の名宝」展のシリーズでもそこらへんを少し書きたいと思ってたものの、
キリがいいところで文字数が埋まってしまったのでそこまで書けず。

色々な本の導きを受けながら自分なりにかいつまんで仏教史を追ったこと、
お経の暗記を続けていること、そういう様々な経験を通して
色んなことがよく見えるようになってきました。
そんなことは当初目的としていなかっただけに、自分でも本当に驚きです。

日光に長年漫然と通ってきて、去年から今年にかけて寛永寺シリーズを書いたことで
日光にまたあらたな愛着が生まれた。
そして今はシリーズをまたいで密教にたどり着いた。
そういう今だからこそ、お護摩を受ける意義は大きいんじゃないかな~と思って、
これまで通りお護摩を受け、おふだを頂くことにしたんです。

てまた前置きのようになっちゃってますが、だらだらこういう事を書く以上に
頭の中では色んなことを考えてるんだとご理解ください。


なら今回は密教がテーマな訳ね?」


と思うかもしれませんが、それがそうでもないんです。
密教的な要素もあるにはありますが、今回思いを馳せたのは東照宮ができる前の日光。
人物でいうなら、今回はこの方が主役です↓。


勝道さん


この方の写真と経歴は以前 「輪王寺1」 でも載せてますが、
日光を開いたとされる勝道(しょうどう)上人様です。

去年の参拝は寛永寺モードで行きましたが、
今年は修験道モードです。
歴史が長い日光だからこそ、またずっと通い続けたからこそ
新しいことを知るたびに日光の魅力が増してきます。
ま、裏を返せばそれまで何にも知らずにただ通ってたってことですが

いや、でも勝道さんのことを書いたのが去年の初めだから、
それ以降は彼の具体的なことは知ってはいたんだよな。
ただ、それもまだ「ただ知ってる」だけのレベルだった。

「日光はもはや関東ではない」とわたくしは常々言っていますが、
一般的にはいちおう関東ではある。
同じ関東なので広島・山口よりは近いものの、移動にはそれなりの時間がかかるし
お護摩がメインとなると山内で行動できる時間はかなり限られてくる。
冬場はホントに寒いので、お護摩の後で少し山内をめぐった後は
体力切れで早々に切り上げてくるしね。

で結局、だいたいいつも同じようなところを回るだけなのですが、
今回は気が変わってあまり行かないところや行ったことがないところを
回ってみようかという気になった。
それでちょっとネットで調べてみたところ、意外にも勝道さん関連の史跡が
あることを知ってね。

なんで勝道さんがタイムリーかって、 「叡山攻め(48)」 に出てきたでしょお~。

最澄や空海が唐から帰ってきた頃、まだ勝道さんはバリバリ生きてます。
正史で延暦年間までを追っているうちにその時代を生きて歴バナに登場した方たちは
わたくしの中でかなりリアル化されましたが、単独で勝道さんのことを書いてた時は
まだ勝道さんはペラペラの存在だったのが、同じ延暦年間を生きた人だと
「叡山攻め」を書いてる中で判明してから急に実体を持ち始めたんです。

きっと、相当わたくしは頭が悪いんだと自分でも思いますが、
何らかの形で「実感」を持つことが非常に意義があるようです。
どれだけ知識があっても、それが実感を伴わなければ自分の中に入ってはこないし、
わたくしにとっては意味をなさないんでしょう。


「日光写真館」はそもそも、日光の社寺が所有する数多くの彫刻などの美術工芸品を
できるだけ細かく紹介したいと思って始めたカテゴリーで、
東照宮が鎮座するまでの流れは寛永寺シリーズで書きましたし、
「日光写真館」では極力ドライに写真を貼っていくつもりでした。

基本的にそのスタンスは変わらないと思いますが、
たぶん今後も新しいことを知るたびに日光の見方も変わると思うので、
多少記事のカラーが変わってくるかもしれません。

だけど、漫然とにせよ長年通っていたからわたくしだからこそ
感じることも多くあると思うし、運命論者ではないものの、

「ここにたどり着いたか~」

って感慨もひとしおだし、大猷院(家光の墓所)が以前に比べて
だいぶ拝観制限が増えてきてちょっと意気消沈してたところへ
勝道さんが新たな楽しみ方を提示してくださったので、
やっぱりわたくしは日光から離れるべきではないのだと強く感じました。

で、気がつけばもう限度文字数が近い・・・
いやもう、サックサクと現地紹介に入る予定だったのに
とにかく今年は学んだ色々なことが調子いいパズルのように
次々とかみ合ってきたので、満足とゆーか感慨深いとゆーか・・・

昨日は珍しく薄暗くなるまで頑張っちゃったので
今日は”筋に苦痛”がきていてしばらくはよたよたと歩くと思いますが、
次回からはちゃんと現地紹介に入ります。
わたくしの愛する日光のもうひとつの顔も知っていただければ幸いです。



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最終更新日  2014年12月07日 22時23分28秒


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