戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年02月10日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
アラクレ伝説の続き。


法興院摂政家系図-3


今度は中関白道隆の弟、道兼さんちに移ります。
兼家の三男・粟田関白道兼は花山院をまんまと退位にハメた人で、
兄の道隆の死後晴れて関白となったが、その数日後に死去したため
「七日関白」とも呼ばれる。
ここの息子や孫もろくでもない奴らだった。

まずは兼隆。
28歳の時、自家の厩舎人を殴殺させたという。

口論をしてつかみあいのケンカになった。

本来、兼隆家の下女の方が大きな顔をできる立場じゃなかったが、
自家の下女が正しいと勘違いした兼隆は従者を差し向けて
ケンカ相手の下女の家の物を略奪した上で家屋を破壊させてしまった。 



その息子・兼房は17歳の時、宮中で公卿らと飲み会をしていた時に
突然蔵人頭を口汚く罵り、蔵人頭の前にあった食べ物を蹴散らした。
これだけでも充分相手には失礼であり実に迷惑な行為だけど、
さらに兼房は相手のかぶりものを剥ぎ取ろうとした。

蔵人頭はヘタに立ち向かうことはせず、宮中の自分の宿所へ逃げ込んだが、

じっと我慢の子で耐え忍んでいた蔵人頭が部屋から出てこないとみると、
兼房は今度は殿上の間・・・ここは天皇の寝所に近い場所だけど、
そこへ行って大声でさんざんに蔵人頭に対する悪態をつきまくった。

その場に居合わせた者たちからは「アイツ狂ってる」と思われたようで、
さすがにこの時はしばらく参内を禁止されたそうな。


で済んだかもしれないけど、20歳の時には宮中で行われた仏事の最中に
また別の貴族と口論になり、兼房が相手のかぶり物を叩き落とす。
怒った相手も兼房のかぶり物をはたき落とし、取っ組み合いのケンカとなった。
オイオイ、時と場所を考えろよ

その2年後、22歳の時にはとある貴族を蔵人頭の宿所に連れ込み、
従者に集団でリンチさせながら自分はその被害者に向かって
暴言を吐いていたという。

この時集団暴行の現場となった蔵人頭の宿所というのが、
前回の最後に中関白家の経輔から暴行されたうえ宿所を破壊された人の部屋で、
兼房はわざわざ他人の部屋で暴行をしていたことになる。

これはまだ経輔に宿所を破壊される前の話だけど、
自分の部屋でこんな事件を起こされたものだから、
関係ないのに可哀想に事情聴取を受けるハメになった。
ところが、蔵人頭は尋問されてもはっきりと口を割らなかったらしい。
「知らない」ときっぱり言い切った訳でもなさそうなので、
何か知っていたかもしれないけど、ついに真相を語ることはなかった。
やっぱ、兼房の報復を恐れたんだろうな。
宮仕えってたいへ~ん・・・


兼房の叔父・兼綱も17歳の時、宮中行事の準備にあたっていた蔵人たちから
行事に使うアイテムを取り上げた上で、他のワル貴族の仲間とともに
蔵人たちに集団で暴行するという事件を起こしている。
これは宮中行事に関わることだったため、加害者たちには謹慎の処分が下された。


さ~、さっさか行きましょう。
最後、御堂(みどう)関白・道長さんち。

御堂関白といっても道長さんは実際は関白にはなってないんだけど、
22歳の時、従者に命じて官人の採用試験に携わる貴族の1人を拉致させた。

何でも、自分が目をかけていた人物の採用をゴリ押ししようとして
犯行に及んだらしいんだけど、当時の特権階級である貴族は
たとえ罪人として連行される場合であっても牛車に乗るというのが
慣例だったらしいのに、可哀想に拉致された被害者の貴族は
道長邸まで自分の足で歩かされたらしい。

白昼堂々の余りにも大胆な裏口採用作戦だったため、
後から道長は父親にさんざん叱られたんだと

ところで、法興院摂政・兼家の息子は3人しか載せていませんが、
道隆は長男、道兼は三男、道長は五男で同母兄弟。
次男と四男はそれぞれ別の女性から生まれており、
四男は早世したのかさっぱりわからないんだけど、次男は道綱という。
・・・はい、『蜻蛉日記』の作者、「藤原道綱の母」から生まれたのが
道綱さんです。

いやあ~、『蜻蛉日記』の息子と道長さんが異母兄弟だったなんて、
ついぞ知りませんでしたよ~。
じゃなくて、道綱さんは関白・摂政を務めた兄弟たちと母が違うこともあったが、
道綱さん自身がちょっとイマイチな人だったらしく、
法興院摂政家に生まれながらドロドロした栄達とは遠いところにいた。

その道綱と道長の異母兄弟が仲良く賀茂祭り見物に出かけた時のこと。
32歳の道綱は右近中将、21歳の道長は左少将。
2人が同じ牛車に乗って出かけた先には、時の右大臣が大勢の従者とともに
いい場所を占領していた。

ので、別の場所を探そうと2人の牛車が右大臣の牛車の前を横切った時、
右大臣の従者たちに一斉に石を投げつけられたそうな。

祭の場所取りのトラブルといえば『源氏物語』にも出てくるけど、
こういう騒ぎは祭につきものだったのかもしれない。


さて、道長さんの息子は大勢いますが、
道長は「お腹」によって子供たちの扱いに差を設けていたらしい。

教通(のりみち)と能信(よしのぶ)は異母兄弟で、
能信は教通より少し下の扱いを受ける側だった。
そのせいか、能信もまたやりたい放題のドグサレ貴公子だった。

能信18歳の時、石清水八幡宮での祭に出かけた能信は
すでに他の貴族たちの牛車が居並ぶ場所へ牛車を停めた。
能信は後から来たものの、先に陣取っていた貴族たちの方が家格が下だったため、
周囲の貴族たちは一緒に祭見物をする許可を能信に求めた。

ところが、礼を尽くしたその相手に対し、許可を与えるどころか
能信の従者がまず貴族2人を牛車から引きずり降ろし、
それを見た他の2人の貴族は牛車を捨てて一目散に逃げ出した。
残り2人は牛車に残ったため、能信の従者に石を投げられた。
結局、残ったうちの1人も牛車から引きずり出されてしまったうえ、
能信の従者に殴られるという暴行まで受けた。
もちろん、祭の場でのことだから、大勢のギャラリーがいたことだろう。


その翌年、19歳の時にはとある貴族が近江で女性をゴーカンする計画を立てた。
ゴーカンを漢字で書くと楽天ブログでは公序良俗に反する表現として
はじかれちゃうのでね(←過去の記事で経験済)。

男なら1人でがんばらんかい!!と股間を蹴りたくなるけど、
この性犯罪者予備軍の男はなんと能信に加勢を要請したらしい。
能信がこれに応えて従者を派遣したところ、山科で落ちあった男と従者は
どういう理由でか口論となり、果ては争って従者が弓矢で射殺されるという事態に
発展した。


21歳の時には大江至孝(ゆきたか)という貴族が
僧侶の娘をゴーカンする計画を立てる。
この大江はのちに毛利へつながる大江の一族だと思うけど、
こやつは目的の家に侵入し、嫌がる女性を手ごめにしようとした。

そこへ、娘の父の弟子が敢然と立ち向かった。
男2人は取っ組み合いのケンカとなり、情けないことに
大江は弟子に取り押さえられてしまった。

しかし、なんとかして目的を果たしたいと思った大江は能信に加勢を要請した。
ここで能信がまたしても従者を送り出す。
しかもそれなりの人数がいたようで、弟子をボコボコにして
一旦は追い払ったらしいが、また戻ってきた弟子が刀を抜いて能信の従者を
殺してしまう。

これに激昂した能信の従者たちが大挙して押し寄せ、女性の家にあった
値打ちのある物や使える物を徹底的に略奪した上で、女性を拉致した。
が、なぜか女性は途中で解放されたらしい。

まったく、どいつもこいつも頭おかしいんじゃねーのか?

27歳の時には、土地をめぐって1歳下で腹違いの弟・教通と大ゲンカをした。
まず最初に能信が教通の従者を拉致してひどい暴行を加えた。
その3日後、報復として教通の従者たちが朝っぱらから
能信の従者の家に押し寄せ、家を破壊してしまったそうな。

『殴り合う貴族たち』によると、家屋破壊の前にはたいがい略奪が行われるそうで、
破壊した家屋の柱や壁板などの建材も持ち去られることは珍しくなかったというから、
教通の従者たちが去った後にはそれこそ何も残っていなかったかもしれない。


ちなみに、上の方の記事の、宮中での仏事の席で粟田関白家の兼房が
取っ組み合いのケンカをした際、26歳の能信もそこにいた。
ケンカは次第に兼房が優勢となり、相手が兼房に一方的に殴られる展開となった。
ここで相手の親が能信に何とかしてくれと泣きついた。

 【(前略)能信は道方(相手の親:ジジイ註)の希望を容れて腰を上げた。
  取っ組み合う二人に近づいた彼は、手に持っていた笏で二人の肩を打ち据え、
  両人を引き離したのである。この能信の所作には、ついつい感じ入ってしまう。
  実にみごとな手際ではないか。ほれぼれとするほどのかっこよさを感じるのは、
  何も筆者だけではあるまい。】
  (『殴り合う貴族たち』より)

・・・と著者の繁田氏はここでは能信を持ち上げているけど、
単に場数を踏んでたからじゃないかって思うのはわたくしだけではあるまい


ちょっと拾っただけで、法興院摂政家周辺にこれだけの暴力事件があります。
中には彼ら自身が被害者になったケースもあるし、
『小右記』は全国津々浦々の事件を書き連ねたものではないので、
貴族同士、あるいは貴族から庶民へなどの様々な出来事全体からすれば
これはほんの一例にすぎないと言えるでしょう。

身分社会バリバリの当時は、庶民がどれだけいたぶられようとも
貴族はへとも思わなかったでしょうからね。

実に陰険で悪質で野蛮な御曹司たちのウラの顔が垣間見える、
興味深い史料でございます。


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最終更新日  2015年11月09日 23時01分34秒


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