戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年03月30日
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カテゴリ: 柏の史跡・寺社
すみません、も少しついでに短編挟みま~す。

先週の金曜日、人間ドックへ行ってきました。
もう年度内ギリギリもいいとこですが、胃カメラの空いてる日が
なかなかなくてねえ~。

まあ 去年のドック といえば生まれて初めての胃カメラはそれは苦しくて
涙とヨダレでデロデロだったし、婦人科の内診は痛いわでさんざんでした。
でもバリウムはもう飲まない方がいいとわかったので選択の余地はないし、
とりあえず今年はいつもの病院にしたものの、今年もあまり辛いようであれば


そして、今年はオプションをひとつ追加しました。
それがマンモグラフィー。
同僚が真顔で

「ちゃんとマンモも受けておきなさい」

って言うもんだからさ

あれ、どんな貧乳の人でも検査できると聞いてはいたけど、
載せただけでプレスできるほどの分量をわたくしも持っていないので
一体どうするのかと思ったら、寄せて伸ばしてプレスして・・・
というものだったんだけど、そのプレスが痛い痛い。
しかも、息を止めろと言われるのでもう目がチカチカしました。

わたくしが子供の頃、姉の同級生のお父さんが人間ドックを受けて
急死したというウワサを聞いたことがあります。

ま、実際の死因は何だかはわかりませんけどね。
けど、器具を入れたり体に負荷がかかる検査も確かにあるので、
拒絶反応とかでショックに至るケースもごくまれにはあるのかもしれません。

胃カメラは検査のいちばん最後。
カメラの前には注射で麻酔を打ってもらうので、

と思いながら婦人科検診へ向かうと、今年は去年とは違う男のドクターで、
苦痛もなくあっさり終わった。

あれ?
内診は2種類あるのですが、そんなあっさりでホントに大丈夫?ってほど
簡単に終わった。
まあいいや、今年はラッキーだったな。

で、最後に胃カメラ。
注射は選択式なので打たない人もいるようですが、去年は麻酔を打っても
とにかく苦しくて、2度とカメラなんか飲みたくないと思った。

検査に付くスタッフは数人体制で、まずベッドに座ってノドの麻酔の薬をなめる。
薬が溶けるとベッドに横になってソッコー検査が始まる。
まずドクターが腕に注射をして、すぐマウスピースを咬まされて
そこからカメラを突っ込んでいくんだけど、今年はその記憶がない。
途中で一度だけ

「ガボォォォッ!!」

てなった記憶はあるんだけど、それ以外の記憶がない。
・・・どうやら、注射を打った直後から眠ってしまったようです。
眠ってしまえればもうラクなもので、検査のあとリカバリーベッドに移動して
1時間ほど休むんだけど、去年はそこでもほとんど寝ることはなく、
部屋にあるTVに映る「暴れん坊将軍」の再放送をぼんやりした目で見てましたが、
今年は呼ばれるまでほとんど寝てたので麻酔の効きが良かったらしい。

リカバリーベッドで寝ているおじさん達はよくいびきをかいているので、
わたくしもきっと遠慮なくゴ~ゴ~いびきをかいてたんでしょうが、
ともかくさしたる苦痛もなくすべての検査を終えることができました。

問題は結果だ・・・
カメラのあとでドクターの説明があるんだけど、
少し胃炎を起こしていると言われた。
ここ1ヶ月ばかり、職場での極度のストレスにさいなまれてたからな・・・
くそっ。

軽い胃炎ぐらいならどうってこともないけど、
梶さま に悪い結果が出ないようにお願いしても、 あの時投げた石は
お梶(♂)の鳥居にかすりもしなかった
し

1時間の休息ののち、着替えて会計を済ませて最上階のレストランでお食事。
実は前日の夜、問診表に記入をして説明を読んでいる時、


車・バイク・自転車などを運転して来ないでください


とあるのに気がついた。

去年はたまたま雪だったから歩いて行ったんだけど、
今年はドックのあとでいくつか寄ろうと思っていたところがあるので、
自転車で行く予定だった。
まあいいや、フラつくようだったら自転車を押して歩けばいいんだし
と自己判断で自転車で来たものの、リカバリーベッドから起きると少しフラつく。
まだ麻酔が効いてるんだな・・・


食事のあとでまず向かったのは、図書館の本館。
図書館まではそう遠くないので、自転車は置いて酔いざましに歩いていった。

図書館のすぐ近くには神社がある。
去年だかおととしだかの夏頃、仕事の帰りに図書館に寄って
日の長い時期だったので何の気なしにこの神社へ寄ったところ、
意外に面白かったのでここをブログで紹介したいと思っていた。

が、なかなかそのチャンスもなく、しかもその時はあまり写真は撮らなかったし
さらに今では写真が行方不明になってしまったので、
リベンジに今回寄って撮り直してきました。

生まれながらの柏っ子であるにもかかわらず、
いまだ郷土史にはロクに手を付けず、柏の史跡のひとつも
まだ紹介していませんが、いろいろとあるにはあるので、
新カテゴリーをひとつ設けて柏の史跡や寺社をぼちぼち紹介していきます。
ま、かなり地味ではありますが、多少の知識と好奇心を持ってよくよく見てみると
地味でマイナーなスポットにも掘り出しものはあるものなんですよ。

ということで、次回から2つばかり柏の神社の紹介をしますが、
『柏市史』によると市内にある神社は74。
ただ、これは平成17年の沼南(しょうなん)町の合併以前の編纂だから、
沼南の分も合わせたらもう少し数は行くだろう。

そのうち、「同一名称ないし同一祭神の神社が三社以上存在するもの」は46社。
でその内訳は、

 香取神社              11社
 八坂神社              7社
 稲荷神社              5社
 妙見神社・北星神社・妙見堂     5社
 八幡神社              4社
 天満宮・天神社・北野神社・菅原神社 4社
 水神社               4社
 厳島神社              3社
 雷神社               3社
(『柏市史』より)

だそうな。

ほほお~。
こうして一覧にしてみると興味深い。
さすがに香取神社は強いね。

千葉県は上総(かずさ)・下総(しもうさ)・安房の3つに分けられますが、
このうち柏は旧国名の下総に属する。

『古語拾遺』によると、総(ふさ)の国の名は阿波の天富(あめのとみ)命が
肥沃の土地を求めて阿波の忌部(いんべ)たちを引き連れて東国へやってきて
麻と穀(かじ)を植えたところ、いい麻ができた所を「総の国」とし、
穀ができた所を「結城郡」と名付け、忌部たちが住んだところを「安房」としたという。

が、この史料は信憑性に難があるらしく、「フサ」が「アサ」の古語であるかは
かなり疑わしいらしい。
ただ、「アハ」の方は阿波とも安房とも音が共通するので、
西から流れてきた人たちが移り住んで土地を開拓したというあたりは
そう話に無理はないらしい。
阿波と安房の共通点なんて考えたこともなかったな。

ちなみに、旧国名の中で前後ではなく上総・下総のように上下方式なのが
総の国と毛野(けぬ)の国だけなのは 「本所Wデビュー(20)」 でも書いた通りです。

香取神宮の御祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)で、
出雲神話で鹿島神宮の御祭神・武甕槌大神(たけみかづちのかみ)と共に
オオクニヌシ討伐に出雲に出張し、これを平定したという。

香取神宮のホームページによると、明治以前に「神宮」の称号を許されたのは
伊勢と鹿島と香取だけなんだそうな。
東照宮や天満宮の「宮号」とはまた別のくくりってことなのかね。
ともかく格式は非常に高く、また皇室の崇敬も篤く、
香取市にある香取神宮の本社は下総一宮でもある。

『叡山攻め』の最澄の歴バナでは、しつこいほどの蝦夷征伐の際、
坂東からも人や物資を送らせる勅が何度も出されていたけど、
人の移動に伴い香取神宮や鹿島神宮などの水神も現地に移植されて
分布を広げていったそうな。

下総周辺でいうと、大ざっぱに言って東京湾の一番奥地、
浦安市や墨田区・江戸川区あたりからずどーんと古河市(茨城県)あたりまで
ほぼ真北へ延ばした一帯が中世頃の香取神宮の勢力範囲が強いところ。

その範囲のお隣、東京湾の一番奥から北西へラインを延ばしたあたりには
氷川神社がびっしりと並び、下総は香取、武蔵は氷川とぱっきり勢力範囲が分かれているので
面白い。

下総のあたりはかつて「内海」(うちのうみ)と呼ばれる海が内陸まで入り込んでおり、
12万年~13万年前頃には完全に海の中だったらしい。
未公開の取手編(茨城県)の時は、利根川をかつてサケが遡上していたと知ったし。

そういう元々水っぽい地形だったせいか、
香取神社の他にも水神社・・・これはたぶん水天宮とは別モノだよな、
やら厳島神社やらの水に関係した神社が多いことが上の分布からわかる。

地理的に、もっと八幡神社があってもよさそうに思うけどね。
妙見様を祀る神社が多めなのは、かつて一帯を治めていた千葉氏やその分家の
相馬氏の信仰が篤かったからです。
妙見様好きのわたくしにとっては嬉しいところです。
ふふふ・・・


ま、『柏市史』にはあまり詳しい神社の説明はなかった、
つかそもそも詳しいことがわかってない神社が多いらしく、
ゆえに柏の寺社の記事はあっさりしたものが多いかと思いますが、
興味を持って見れば何でも面白く見えるもので、地味な記事を見ていく中で
皆様がそれぞれの地元の小さな寺社にも興味を持つきっかけになればいいとも思います。

史跡の方はちょっと後回しになるかな・・・
なんでかって、史跡だとどうしてもそれなりの歴史が絡むし、
この付近の史跡ってのは近世以前だとだだっ広い関東平野を
元気な武者たちが縦横無尽に駆け抜けていったため、
必然的に壮大な歴史が絡んでくるからなのですよ。

『叡山攻め』はまだ半分も終わってませんが、あれが終われば
今年は少し古い旅日記も消化したいと思っているので、
まだ関東の歴史に腰を落ち着けて取り組む状況にないのです・・・(←言い訳)

てことで、『叡山攻め』の再開の方は今しばらくお待ちくだされ


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最終更新日  2015年03月31日 22時15分00秒
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