戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年05月09日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
中部北陸自然歩道を外れて参道に入った時から
安楽律院跡の持つなんとも言えない雰囲気に魅かれていたものの、
このメインエリアでの時を忘れさせる感慨というのは入口の比ではない。

そこでまず、石段を上がったところで例によって動画を撮りましたので
雰囲気を味わってみたい方はどうぞ。
初めにフルスクリーンにしてから見る方が画面がボケないようです。



して、左奥へと進みます。


叡山3・飯室谷・安楽律院17



お堂かな。
こんな風にかなり綺麗に石列が残っているので、
いっちょメインエリアの建物配置図でも描いてみるかとメモ帳にボールペンで描き始めた。
新高山城と高山城で自己流に縄張図を描いた時、 次回の城攻めの時には
鉛筆とスケッチブックがいるなとは思ってた
けど、ここ寺だしさ。
用意してなかったんだよね。

で、しばらく描いていたものの結構ここは広いので
まともに描いてたらかなり時間がかかることがわかってきた。
ので途中でやめました(笑)。
でも描きたくなるぐらい、綺麗だったんですよ。

その辺から中心部を見たところ↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院18


結構大きな建物だな。
位置的にも、これが本堂かな。
この奥には石仏↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院19


ぱっと見、ここが左側のどん詰まりですが、

あ、奥に碑みたいのが見える・・・
あれかな。


叡山3・飯室谷・安楽律院20



叡山3・飯室谷・安楽律院23


これが前回の簡単な解説にあった定家の碑です。
このタイプの碑ならフツーは真ん中に碑文があるもんだけど、
碑文はほとんど壊滅的と言ってもいいようなぐらい、文字は残ってません。

それより、碑の左右の部分が少し赤くなってるな・・・
これも火に巻かれたのだろうか。

正面は完全にアウトですが、側面には歌が残っている↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院22


ふむだにも縁なるてふ此山の土となる身はたのもしきかな

平安の大歌人・藤原定家は小倉百人一首の撰者としても有名ですが、
道長の子孫にあたる方だそうな。
ウィキペディアで経歴を見ると定家も若い頃に新嘗祭で乱闘騒ぎを起こしたことが
あるらしく、これまたアラクレ貴公子であったようです。

で、歌碑のすぐ先だったと思うけど崩れかけた石段があり、


叡山3・飯室谷・安楽律院24


その上にあるのが定家の爪塚と思われます。
歌碑の方は明治に入ってから建立されたもののようだけど、
定家は叡山を愛し安楽谷にいたこともあるといわれるので、
爪塚という伝承が正しいのであればかなり古い石塔といえるでしょう。

わたくしはここでストップしましたが、この上の小高い場所は
定家にちなんで「定家峰」とも呼ばれるそうな。


ではここから、メインエリアの向かって左はじを奥へと歩きます。
境内のところどころに残る石組を見てここにはどんな建物があったのだろうかと
想像するのもまた楽し。


叡山3・飯室谷・安楽律院21


ネットで他の方の訪問記を見るとそれなりにここを訪れる人はいるようだけど、
一般の観光客などはまず来ない場所でしょうから、よほど運が悪くなければ
ここでは静かでおだやかな時間を過ごせるんじゃないかと思います。

興味のない方にとっては何も見るところはないでしょうが、
たいがいの人は好きでここに来るんでしょうから、
安楽律院跡の持つ独特の土地の雰囲気を存分に味わいながら
ゆったり過ごすことをお勧めしますね。

かくいうわたくしも、脳内がどんどんユルんでこの時点でもう11時近い・・・
でも無理。
ぱっと見てぱっと戻るなんてことはわたくしにはできない。
そしてまったり境内散策は続く。


叡山3・飯室谷・安楽律院25


ここからは入口から見て正面側の並びになります。


叡山3・飯室谷・安楽律院26



叡山3・飯室谷・安楽律院27



叡山3・飯室谷・安楽律院30


↑ここにはかつて上に上がる通路があったようで、
木の陰に宝篋印塔らしきものも見えるけど、確かここからは上がらなかった。

振り返った中心部の全景↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院32


火事の後、燃えカスを撤去して見栄え良く整備もされてるんでしょうけど、
基本的な石列の配置は往時のままだろうと思われる。
どういう堂宇があったかなどの具体的な知識はなくても、
わたくしが思わずこの石列をもとに配置図を描きたくなったのも
わかる人にはわかるでしょう。

時計回りに正面側を歩いていくと、上に上がる道が出た↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院33


この道は歩きやすそうだし、さっき見た宝篋印塔の前に行かれそうなので
上がってみる。
上から撮った中心部分↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院34


叡山3・飯室谷・安楽律院39



叡山3・飯室谷・安楽律院35


ほう、なんて美しい・・・
建物が残ってないのが実に惜しまれる。
でもこれだけ綺麗に残ってれば、どういう建物配置だったのかは
それなりにわかる。
そして動画その2。
やっぱり高いところからの方が見やすいですね。




して宝篋印塔の前へ↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院36



叡山3・飯室谷・安楽律院37


ため息をつきながらしばらくこの下の光景に見とれたあとで、
入口の方へ戻る。
山城であれば通常は郭内をてろてろ歩くところですが、
ここは結構苔むしているので建物跡の中へ入ることはしなかった。

で、こちらが入口すぐの場所にある建物↓。


叡山3・飯室谷・安楽律院40

お堂ってより僧坊ってカンジの建物だよな。
これは焼けなかったのか?
それとも後から建てたのかな?
ここから向かって右側は


叡山3・飯室谷・安楽律院41


奥にも建物が見える・・・
思ってたより広いな。


叡山3・飯室谷・安楽律院43



叡山3・飯室谷・安楽律院44



叡山3・飯室谷・安楽律院45



叡山3・飯室谷・安楽律院47


うん、いい感じ。
ここの蟇股の菊は、天皇家というよりも
三山管領宮である輪王寺宮のゆかりで付けられたものかもしれないな。

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最終更新日  2015年05月09日 22時33分21秒


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