戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年10月03日
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※「佐野城(4)」の続きです。


さて、ここからは旅日記に移ります。

寛永寺シリーズ以降、特に直近の「叡山攻め」を読んだ方には、
わたくしが雨の中ハシゴする「お大師さん」がどなたなのか
とうにおわかりでしょうが、そのお方に会うのが今回の目的でございます。

まず最初のお目当てはかなり以前に1度だけ来たことがあって、
たぶんその時は大通りを歩いていったと思うのですが、
今回は少々寄り道をしながら第1のお目当てを目指します。


駅前の通りを少し西に進んで、小道を南に入る。



佐野7


佐野8


で、まず向かったのが孫太郎神社↓(場所は こちら )。
ここは佐野城の南西隅の外堀のすぐ外側にあたる。


佐野9・孫太郎神社


佐野10・孫太郎神社


 【伊賀町鎮守 孫太郎神社縁起

  通称「孫太郎様」として親しまれているこの神社は、今を去る1060有余年の昔に
  創建されたといわれています。
  天慶の乱(938-940)に平将門を討った田原藤太秀郷により、天命の春日ノ岡

  保元・平治の乱(1156-1159)に兵火に遭い、荒廃してしまいました。
  その後、文永年間(1262~1272)に寺は俊海上人によって再興され、同じ時期に
  神社もまた修復されましたが、その再建に力を尽くしたのが孫太郎と称していた秀郷
  8代の子孫に当たる足利家綱でした。里人達は、それを大変に徳としまして、それから後
  神社の名を「孫太郎明神」と誰いうとなく呼びならわし、いよいよ崇敬の念を篤くしたと


  尚、異説として鎌倉時代の武将・佐野孫太郎義綱が讒言(ざんげん)にあって、領地を
  すべて没収されるという悲運に遭いましたが、稲荷社に自身の無実が晴れることを懸命に
  祈願したところ、その甲斐あって疑いが晴れ、無事に領地を取り戻すことが叶いました。
  その謝意の念を込めてそれまで無名であった稲荷社を春日ノ岡に「孫太郎神社」として
  お祀りをしたのがゆえんであるという故事も伝わっています。

  慶長7年(1602)唐沢山城主・佐野修理太夫信吉は春日ノ岡(現在の城山公園)に
  新しく城を築くこととし、天命の街づくりに着手しました。このために従来あった寺は
  安蘇川(今の秋山川)左岸に城下の防備を兼ねて移されました。この寺が厄除け大師で
  知られる春日岡惣宗寺であります。しかし、稲荷社は新たな春日岡城(現在の城山公園)
  の守護神としてそのまま鎮座されました。その往時、神徳のあらたかな社として参詣者は
  日々市をなすほどの賑わいをみせたと伝え残されています。

  やがて時移り大正6年(1913)3月、関係者特に伊賀町有志の尽力により城山公園に
  鎮座する孫太郎神社を現孫太郎公園内に遷座し、町内鎮守の神として尊崇されて参り
  ました。その後平成7年81995)10月駅南土地区画整理事業に伴い現在地に遷宮、
  今に至っております。また春日岡城、唐沢山城の守護神であるとして北向きに構える
  社であられることは、全国でも稀な存在として注目されています。

  主祭神 豊受姫命(伊勢神宮外宮に祀られる穀物の神)
  配神  宇賀魂神 猿田彦神 豊城入彦神
  例祭日 4月第2日曜日・10月第2日曜日
   ※分社 八坂神社 7月20日前後】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)

見ての通り、もうぶっちゃけ社殿としては見るべきものはありませんよ。
でも、当初からの流れをきちんと説明してくれる解説板があるところってそうないし、
現実的な事情によって様々な変遷を辿りながらもここにこうして現存していることを
考え合わせると、地元の有志に大切にされているんだな~って感じられて、
とても好感が持てました。

で、解説によるとこの神社はもとは佐野城の場所にあったということですが、
もし寺と同じ場所に移転されていたら、あるいは神仏分離の際に
廃社となっていたかもしれないってことだよな。

ただ、なんで大正に入ってから城山を追い出されたのかがわからないんだけど。
城山の公園化は明治22年だから、公園化に伴っての移転という訳でもなさそうだけど。
まあ、理由はわからないけどどっかから公園にふさわしくないから出てってもらおうか、
なんて声が上がって廃絶派と保存派のせめぎあいみたいのがあったのかな。
個人的には城山公園内に残しておいた方が「佐野城の鎮守でした」って
使えてよかったんじゃないかって気もするけど。

創建の伝承はひとつではないようだけど、どちらの伝承にしても
神社の創建はかなり古いことになる。
そうした歴史をおもんばかってか、境内にはこんな貼り紙もあった↓。


佐野11・孫太郎神社


つまりは無人の神社のようですが、御朱印をお求めの方は役員さんちまでどうぞ。
境内には小さな古い石祠もある↓。


佐野12・孫太郎神社


表札も何もないので何かわからないけど、どちらかが分社の八坂神社なのかな。
ただ、向かって右の石祠の下には穴が空いてるので、
これはもともとは仏教系の何かがおわしたのかもしれない。


孫太郎神社を出て南に行くと道に突き当たるので、
そこを西に折れて少し大きな通りに出る。
あっ、オシドリのカラーバージョンはっけ~ん


佐野13


うんうん、旅の楽しみはやっぱコレだよな。

さてこの通りは


佐野14



佐野15


という、いかにも由緒ありげな名の通り。
通りを少し先に行ったところに「殿町通り」の由来についての解説がありました。

 【殿町通り

  慶長7年(1602)年佐野信吉が唐沢山城を廃止し、城山に城を築きました。
  城山の西を通る山中道は、殿町通りと呼ばれており嘉永6年(1853年)、佐野領の
  領主であった井伊直弼公が通ったと記録にあります。以来殿町通りと呼ばれ親しまれて
  おります。現在この通りにある東石(とうせき)美術館には、日本画・洋画・彫刻などの
  広範囲にわたるすばらしい作品が展示され、県内外の美術愛好家に好評を得ています。】
  (現地解説板より)

いやいや、美術館の宣伝より佐野領の歴史についての解説が欲しかったんだけど

仕方ないのでなんで井伊直弼なのかたった今、自分でちょいと調べてみたところ、
ちょっとびっくりな歴史を知りました。

巡り合わせというのは実に不思議なものだとつくづく思いますが、
少し前に用事があって高島屋に買い物に行ったところ、
ちょうど東北の物産展をやってたのでついでに寄ってみました。

物産展はついぼんぼん買ってしまうのでわたくしには大変危険なイベントですが、
あまり買わないようにしようと肝に命じながら歩いていくと、
入口付近に濃厚で美味しそうなどぶろくがあったので、ゲットしました。
もちろん、酒に強くないわたくしはどぶろくを炭酸のジュースで割って飲むのですが、
そこのお店は遠野にあるらしく、お兄さんは遠野のパンフレットも入れてくれた。

ぱらぱらと見たら古そうな神社仏閣の写真も載っていたので
ご飯でも食べながら見ようと思ってテーブルに置いたまましばらく放置していた。
それを今朝、ご飯を食べながら何の気なしに見ていたところ、
阿曽沼氏がうんたら、って記述があって驚いた。

阿曽沼?
って、安芸の?
でも遠野って・・・
いやいや、でも阿曽沼なんてそうゴロゴロある名前でもないだろ・・・

それはそこで一旦終わったのですが、この記事を書くにあたって
佐野の歴史を検索していたところ、佐野でも阿曽沼が出てきた。
1日のうちで2度も、しかも思いがけないところで出てきたので
びっくらこいて阿曽沼氏を検索したところ、
阿曽沼氏とは源氏じゃなくて藤原系の足利氏の一族の出で、
足利有綱の四男・広綱を祖とし、広綱が領地である下野国安蘇郡阿曽沼(現・佐野市浅沼町)
から阿曽沼を名乗ったところに始まるという。

御家人となった広綱は奥州征伐の功により遠野の地頭職をゲットし、
広綱の子・朝綱は弟の親綱の子に自分の跡を継がせ、
その頃は阿曽沼城なるものもあったそうな。
うわあ~、下野に阿曽沼城!?
そういえば、安芸国人衆の変遷の図なんか前に記事に載せたことあるな・・・
と思って探してみたら、 「頭崎城(2)」 にあり、
ちゃんと「阿曽沼氏(下野)」って書いてある
そうかそうか、下野は下野でも佐野だったのね。

ついでだから阿曽沼氏のその後についても書きますと、
親綱は遠野を継いで子孫が土着。
が、小田原征伐に参陣しなかったため転落して南部氏の配下となり、
関ヶ原の時に上杉攻めに出陣していたところ、家中でクーデターが起きて
帰城できなくなり、当主・広長は妻の実家の縁で伊達氏の支援を受けて
逆転を図るも失敗。
広長は伊達氏に身を寄せたまま亡くなり、遠野の阿曽沼は断絶。

遠野阿曽沼氏の祖である親綱は承久の乱で安芸にも領地を得ており、
その子孫が土着して安芸阿曽沼氏となった、とな。
いやはや、阿曽沼氏の突然の登場で、東国の記事のハズなのに、
なんだか一挙に西国モードへ・・・



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最終更新日  2015年10月03日 21時09分22秒


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