戦場の薔薇

戦場の薔薇

第一話「戦場に咲く華」


タクティカルパペット(通称・TP)と呼ばれるこれ等は、人の形を模した大型戦略兵器であり、戦車・戦闘機に次ぐ汎用性に優れた白兵戦用の新兵装である。
しかし、高い戦闘能力を有していながらも、それ等単体には大気圏突破能力が無く、月面に本陣を置く公国軍にとっては致命的とも言える誤算が生じた。その理由とは、戦力で圧倒的優位に立っている彼等がTPを戦術運用する為には、輸送艦や戦闘艦等に艦載しなければ地表降下から敵本陣への直接攻撃を果たせないない。という事にある。なぜなら、戦闘艦等の大質量体が地上への降下を行う為には、超長距離の周回軌道に乗る必要があるからだ。だが、周回軌道に乗るという事は、その質量や潜航速度から降下ポイントを容易く割り出されてしまうのだ。つまり、降下ポイントで敵の待ち伏せに合い、TPの投下前に集中砲火を受けて撃沈させられる可能性が極めて高い事を意味するのである。
客観的に見て、これは守人にとって有利な状況とも思える。…が、決してそうではなかった。
圧倒的な物量を誇る公国軍を相手に、全面戦争を仕掛けるだけの戦力が今の守人には確保出来ていない。というのが、その現状であった為だ。
つまり、攻勢に出ている公国軍は、その戦力の大半を地球降下時に失い、守人の防衛網を押し切るだけの余力を残せず、守人は慢性的な戦力不足から、公国軍に対して攻勢に転ずる事が出来ないのである。
当初は公国軍の勝利による早期決着が見込まれたが、今となっては、それも浅はかな推論に過ぎない結果となってしまっていた…。

【0020/05/30/3:25】

中東・旧サウジアラビア/ジェッダ。
砂漠地帯であるこの土地は、夏場ともなれば日中の気温が43℃にまで達する。
酷く乾燥した熱風が鼻や喉を焼き付けるように通り抜け、巻き上げられた細かな砂埃に咽ぶ。

「チッ…。こんな事なら、防塵マスクくらい持って来るんだったな…」

「クソッ!連中、なんだってわざわざこんな場所に降下してきやがったんだ?」

真っ白なパイロットスーツに身を包んだ兵士風の男達が、繭を潜めながら口元に手を当てて熱砂の上を歩いている。
その目的は、撃墜した公国軍の戦闘艦の調査だった。…つまり、彼等は「守人」の軍人だという事だ。

「アレだな…」

守人の一人が砂煙の向こうを指差し、そう仲間に告げた。
その視線の先には、半身を地面に突き立てるように傾いた公国軍の戦闘艦が、未だ黒鉛を吐き出しながら、その最後を迎えていた。

「コイツぁ、ひでぇな…」

思わず目を背ける兵士。彼の足元には、破損した戦艦から投げ出されたのであろう黒焦げの遺体が無数に散乱していた。
凄惨な光景だ。そこには強い風が吹いているというのに、まだ肉の焼け焦げた悪臭が漂い、人の生き死にに慣れた彼等でさえ吐き気を催すほどだった。

「コイツ等見てると、自分がやった事に罪悪感を感じちまう…」

「…仕方ないだろう。戦争なんてのは、昔っからそういうモンさ…」

自らの手で何百人もの命を奪う。まともな人間なら、だれしも良心の呵責を覚えるだろう。
だが、それが「戦争だ」と言われればそれまでで、彼等がそうしたように、敵国も多くの仲間の命を奪っている。
結局、互いに痛み分けの繰り返しで、憎しみや怒りが復讐心を増長させる。それが「戦争」なのだろう。

「成仏してくれ…なんて、無理な話しなんだろうけどな…」

兵士は黒焦げの遺体に手を合わせ、念仏のようなモノを呟き出した。…と、その直後、彼等の背後から、唐突に若い声が響いた。

「…敵兵の死に念仏を唱える暇があるなら、もっと周囲に気を配るべきだ…」

「!?」

条件反射であるかのように、一斉に振り返る兵士達。その目が捉えたのは、まだ年端も行かない少年の姿だった。

「…子供…?」

「こんな所に、民間人だと…?」

「タイフ辺りには、まだ集落が残ってると聞いたが…」

一様に驚きの表情を浮かべ、口々に言葉を並べる兵士達。だが、そんな大人達の反応など気にも留めず、少年は半分呆れ顔で懐から何かを引き抜くのだった。

「公国軍も、守人も、大人というのは、皆同じだ。…子供と見れば、すぐに油断する」

「ん…っな!?」

少年の手に握られた「モノ」を確認し、兵士の一人が声をあげた。
それは、拳銃以外の何物でもなく、銃火器に精通した彼等兵士から見れば、精巧な造りから玩具でない事は即座にわかった。

「君、それはオモチャじゃないんだぞ!?」

「お…落ち着きなさい。銃を…下ろしたまえ。…我々は守人だ。決して、君の敵では…っ」

説得を試みる兵士。しかし、そんな彼の目を無機質に睨みつけ、少年は銃口を向ける。

「いいや…敵だ」

「なッ!?」

拳銃を扱う事への緊張も、人を撃つ事への恐怖も、躊躇いなど微塵も見せる事なく、少年の指は容易く引き金を弾いた。

パンッ!

爆竹が単発で弾けたような軽い音が響き、同時に白服兵士の足元から土煙が小さく上がった。
実弾が込められている。それが、証拠だった。

「撃った…のか、子供が…!?」

「今のは、ただの警告だ。子供だと甘く見ていると、足元を掬われるぞ…?」

その言葉が合図だったのか、それとも銃声が引き金となったのか。
左手を天に掲げた少年の背後に、人の形を模した巨影が姿を現した。
まるで虚空から突如として抜け出してきたかのようで、あまりに現実離れした現象に思えた。

「TPに、光学迷彩…だとっ!?」

「まさか、こんな少年が…!」

出現した少年のTPを見上げる白服達。その表情は、恐怖と驚愕に引きつっていた。
そんな彼等の眼前で、ゆっくりと鋼鉄の口を開くTP。胸部装甲が上下に分かれ、コックピットハッチが開け放たれたのだ。

「…ウィンチ、降ろします…」

TPの外部スピーカーから響く少年とは別の幼い声。それは、酷く無機質で、機械的とさえ思えるほど感情の篭らない呟きだった。

「また…子供っ!?」

「こんな幼い子供達が…、戦場でTPを駆るなどと…」

「これが、公国軍(ヤツら)のやり方か…っ!?」

公国軍の在り方に強い怒りと憤りを覚える白服兵士達。しかし、ワイヤーに掴まってコックピットまで引き上げられて行く少年が放った次の一言が、彼等に更なる衝撃を与えるのだった。

「…御託はもう沢山だ。オレは、生身の人間を踏み潰すような趣味はない。アンタらもパイロットスーツに身を包んでいるなら、相応の覚悟を見せてみろ…」

それは、大人達に「諦め」を迫るに十分足るモノだった。
年端も行かぬ少年が語った「覚悟」とは、戦場に立つ者だけが背負う事を許された生死を賭けるという意思の表れ。
彼もまた、自分達と同じ「兵士」であり、信念の下に武器をとっているのだという事を悟らせた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クッ」

白服達が選ぶべき道は他に無かった。
相手は少年の姿をした「敵」以外の何物でもなかったのだから。
戦場に立つ者として、命のやり取りをするに足る相手であるからには、それこそが礼儀であり、最大限の敬意を払うという事に他ならなかったから…。

「…これで、良かったの…?」

閉じられたコックピットの副座から、操縦席に腰掛けた少年に、少女は尋ねた。

「生身の人間を…無抵抗なヒトを殺すのは、後味が悪いんだ…。けど「兵士としての死」は、少なくとも「誇れる死」なんだと思うから…」

「…わからない…。「誇り」とか、そういう気持ち…。非合理的だもの…」

「そうか…。そう…だな…」

それっきり、静まり返るコックピット。
そして、数刻の後に、少女が小さく呟いた。

「…来た…」

その瞬間、少年が握る操縦桿の間でセンサーに光が点った。
それを確認した彼はゆっくりと顔を上げると、冷たい眼差しに凶器を宿してモニターを睨み付けるのだった。

「…戦術レベル最大。行くぞ、ティリア」

「了解…。システム起動…。プログラムコネクト、マインドリンク開始。…いいよ、タクマ…」

メインモニターに映るまだ小さな影。そこに在ったのは、守人が駆る「WTP-SSR04/クリムレア」だった。…そう、これは、先ほどの白服達が、自らの機体に乗り「兵士」としての本分を果たしに来たという事だった。
今、少年達は、一人の「戦士」となり、戦場で彼等「兵士」と同じ地平に立った。
若さも、弱さも、思想も、信念も無く、この瞬間を生き残る為に…。

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