戦場の薔薇

戦場の薔薇

第十八話「悲鳴」



火星開拓都市アレクタリア

メイス公国建国よりも以前から計画されていたテラフォーミングプロジェクト。その成果こそ、このアレクタリアである。
枯渇した地球から新天地を目指した先遣隊の指導者の名をとって名付けられたが、今やそれを知る者さえ少ない。
長きに渡り繰り返されてきた公国と守人との争いの影で、ここアレクタリアの開拓民達は、政治からも置き去りにされ、貧困に喘ぎ、忘れ去られるようになったからだ…。
しかし、近年のゲート開発から再び焦点を当てられるようになったこの都市は、公国の援助が再開されて復興も進んでいた。
だが、それでも、開拓民達と公国との間の深い溝は埋まる事はなかった。
結果として招かれたのが、RW軍の侵食を伴う反発行動だった…。

褐色の枯れた大地。その中にひっそりと佇む開拓都市。
ゲート技術の応用によって開発された光学ドームにより、今のこの都市は内部と外部をエネルギーシールドによって遮断している。
つまり、中を覗き見る事は出来ても、直接空からの進入は不可能という事だ。
青白い湖面のような半球状のドームの底に広がる鉄の街。
ゲートを使用しての星間航行を遂げ、ようやく辿り着いたその地を一隻の軍艦が見下ろしていた。
そう、エンデュミオンである…。

「特佐、そちらの状況は…?」

『やはり妙だな…。何の反応もない』

モニター越しに通信を行うクレイブ。
しかし、彼等の様子は少しおかしかった。

「開拓民は、既にコチラの存在を察知している筈ですが…」

『迎撃に出て来る様子もない…。それ以前に、通信に応答する気配さえ見せんとは…』

RW軍改め、ローゼンメイデンの軍勢は、既に開拓民をその手に加えて迎撃を行ってくると想定されていた。
その為、エンデュミオンから先行し、フェンリルを初めとするホーリークロスのTP部隊は周囲の哨戒を行っていたのだ。
しかし、実際にはその予想が覆されていた。
迎撃に出てくる筈のローゼンメイデンは一向に動きを見せなかったのである。

「どういう事だ…。管制官からの応答は?」

「…ダメ。まるで反応がない…」

タクマの問いに、アレクタリアの軍港へと通信を繰り返していたティリアは答えた。

「拍子抜けだなぁ。しょっぱなからドンパチやる覚悟で来たんだけどねぇ」

『…エリオンの部隊が全滅させられてるんだ。あまり気を抜くもんじゃないよ、ベリオ』

「わかってるよ。ハニ~♪」

『だ、誰がハニーだっ』

オーディンのコックピットでモニター越しに交わされるベリオとヴァネッサの会話。
悪戯っぽいベリオの言葉に、ヴァネッサは赤面して言い返した。

『そこの二人、公共の電波を使ってイチャつくのは止めんか』

「イチャついてません!」

マクシミリアンにまでも冷かされ、ヴァネッサは大声で怒鳴る。
それをニヤニヤとヤラシイ目で見るベリオと、半分呆れ笑いでモニタリングするエンデュミオンのオペレーター達。
そんな状況下にありながらも、何時も通り緊張感の欠片もない雰囲気が漂う。
だが、それもマクシミリアンの思惑に則った物だった。
下手な緊張は目を曇らせる。哨戒中は、このくらい気が抜けた方が最適だという判断だった。

(しかし、やはり何かがおかしい…。退艦通告くらいは予測していたのだが…)

マクシミリアンは仮面の下で一人冷静に状況分析を行っていた。
しかし、こう反応がなくてはやりようが無いと、腹を括る。

「…哨戒中の各機に告ぐ。このままでは、埒があかん。送信したポイントにて合流後、再度アレクタリアへのアプローチを行う」

『了解っ』

フェンリルから送られて来た合流ポイントへのルートを辿り、一点へと集まるホーリークロスのTP部隊。
そこには、僅かだが補充戦力として配備されたTPランダとそのパイロット達の姿も在った。

「特佐、何時も…こんな感じなんですか?」

『そうだな…。まぁ、無駄に緊張するよりはマシという事だ』

「はははっ、それは言えてますね」

割けない戦力から、僅かでもというアルマンダインの配慮だった。
新たに加わった三機のランダは、量産型とはいえ高い性能を持つ名機で、軍上層部の議会場の警護など、要所に配置される事で有名な機体だった。
それに、パイロット達の腕も並以上で、エリート部隊たるホーリークロスにおいても十分な活躍が期待されていた。

『…揃ったな。各機、私について来い』

フェンリルはケルベロスやオーディン、カーミラ等を後続に引き連れ、ある一点を目指した。
アレクタリアの軍港出入り口である。
戦艦が何隻も入出航出来るよう開けられた巨大な鉄のハッチは、まるで崖のように反り立って彼等を威嚇していた。

「多少の攻撃では傷さえ付けられそうにないな…」

「…大丈夫…。ここ…見て…」

そう言って、ティリアがタクマに見せたのは、軍港出入り口の脇に小さく開けられた物資搬入用のハッチだった。
モニターに映し出されたそれを確認し、納得するタクマ。

「物資搬入用の手動ハッチ…。隊長の目的は、アレか…」

ティリアは首を小さく縦に振り、「うん」と頷いた。
その予測通り、マクシミリアンのフェンリルはそこへと取り付き、指先に内蔵されたマニュピレーターを使って人間用に設置された操作盤を巧みに操作する。…と、同時に開かれる物資搬入用のハッチ。
それは、TPが通るにも十分な広さが確保されていた。

「聞こえるな?エンデミュミオン」

『はい、何でしょう?』

「これより、内部への潜入を試みる。バックアップは任せたぞ」

『了解です。お気を付けて』

フェンリルは、後続のタクマ達に手で合図を送ると、自身が真っ先にハッチの奥へと潜入した。
しかし、そこで彼等が見たのは、余りに凄惨な光景だった…。

「…そういう事か…。ドレインめが、見せしめのつもりか…っ」

マクシミリアンの声に怒りの色が浮かび上がる。

「…ひどい…、こんな事が…」

「反抗した兵士達か…。オレ達への挑戦状とでも言いたいんだろう…」

両手で口を覆い、今にも泣き出しそうなティリアに、タクマはそう言った。
彼等の足元で無造作にばら撒かれていたのは、ドレインに反抗しようとした兵士達の哀れな亡骸だった。
一面を染め上げるそれは、既に乾き切ったミイラのような姿で、長時間放置され続けていた事を容易に想像させる。

「こうまで卑劣だと、殺る側としても思い切れるってもんだ…クソッ」

「グレイス・ドレイン…。楽に死ねると思うなよ…っ」

一様に怒りを露わにするベリオとヴァネッサ。
それは、そこにいた誰もが同じ気持ちだった。

『…行くぞ。奥が気になる』

『了解…っ』

先行して軍港の中を突き進むフェンリル。
そして、視界が開けた先には、信じられない光景が広がっていた…。

「こ、これは…っ」

マクシミリアンの目に映ったのは、アレクタリアの変わり果てた姿だった。

「…生体反応無し…。どういう事…?」

ティリアがどんなに周囲を探ってみても、そこには生き物の気配が一切無かった。

「ゴーストタウンかよ。気味が悪いな…」

「大方、何処か別の場所に収容されてるんだろうさ。あのドレインのやる事だ。どう考えても、無意味な作業とは思えない」

彼等の眼前に広がる静寂の街。
そんなアレクタリアの調査を始めようと、各機が動こうとした時だった。

『…ようこそ、ホーリークロスの諸君。どうかね?我が理想郷は』

「!?」

唐突に静寂を引き裂いた聞き覚えのある男の声。
それにタクマが強く反応した。

「…貴様、グレイス・ドレインッ!!」

『やはり、一緒か。待っていたよ、ゼロワン』

「オレをその名で呼ぶな!…何処だっ?何処に居るっ!?」

『君達の足元だよ。ただ…会う事は出来なさそうだけどねぇ…。クッククククッ』

その直後、突き上げるような強い地震が彼等を襲った。

「な、なんだっ!?」

「火星で地震などとっ」

崩れた機体のバランスを取り、両脚で地面を叩いて体勢を安定させる各機。
すると、今度はティリアが口を開いた。

「何か…、何かが、下の方から近付いて来る…っ」

「チッ、全機飛べっ!」

ティリアの言葉から何かを察したタクマは、そう叫んで味方全員に指示を飛ばす。
だが、その直後に悲劇は起った。

『うああああああああっ!!』

『ば、化け物っ!?』

『ラ、ランディーッ!!』

ランダの一機を絡め取り、そのまま難無く握り潰す不気味な触手。
それは突然地面から伸び、彼等の前に姿を現した。

「お、おいおい、冗談だろっ!」

「馬鹿な…、アタシは夢でも見てるのかいっ!?」

地面を裂き、周囲の建物を倒壊させて、姿を見せたのは、機械とは言い難い巨大な物体だった。
甲殻類のような装甲と生物のような動き。尾にも見える無数の触手と昆虫のような八本の脚。蜘蛛に似た胴体を持つそれは、頭胸部の先端から人の上半身だけを取って付けたような不気味な姿をしていた。

「デカい…ッ、全長1キロメートルはあるぞっ!?」

何時でも冷静さを欠かないマクシミリアンでさえ、これには度肝を抜かれた。
その圧倒的巨体からは、彼等のTPなど豆粒程度にしか見えないだろう。

「クソッ、化け物め…よくもランディーをっ!」

仲間の命を奪われ、逆上したもう一機のランダがその化け物へと飛び掛る。

「止せっ!無謀過ぎる!!」

しかし、そんなマクシミリアンの言葉など、既に彼の耳には届いていなかった。

「…馬鹿だなぁ…。潰れちゃえよ…」

「…うん、潰しちゃえ…」

暗闇の中で微かに響く少年と少女の声。その直後、振り上げられた数十本の触手が左右から突出したランダを挟み込む。

バヂンッ!!!

大質量に叩き潰され、一瞬の内に圧死させられたランダとそのパイロットは、声を発する間も与えられずに触手の間でスクラップにされてしまった。

「チッ、言わんこっちゃないっ!」

襲い来る触手の猛攻を慌しく交わし、フェンリルは周囲を見回した。

「クッ、エネルギーシールドが邪魔で距離を取れんっ」

街の空を多い尽くすドームに阻まれ、思ったように距離をとっての回避が出来なかったのだ。

『おやおや、気の早い子達だ…。すみませんねぇ?ウチの子がご迷惑をお掛けして…。プックハハハハハハハハッ』

「ドレイン…貴様という奴はぁーっ!!」

背から抜き出した二刀のアーマーペインを両手に構え、目の前の化け物に向かって突進するケルベロス。

「デカいだけの怪物などにぃーっ」

「…ダメ、避けて…っ」

ティリアの助言に咄嗟の回避を見せるタクマ。
次の瞬間、ケルベロスの鼻先をTPほどの大きさがある巨大な触手の先端が掠める。

「クソッ!」

一度後退し、体勢を立て直すケルベロス。

『…ホラ、お遊びはそこまでにして、そろそろお兄さんに挨拶なさい。ルイン、マリス』

「は~い」・「うん…」

…と、急激に動きを止め、静かになった化け物から幼い声が響く。

『…初めまして、タクマ兄さん』

『…初めまして…』

「な…にっ!?」

その声に困惑するホーリークロスの面々。
特に、兄と語られたタクマの混乱は一入だった。

「まさか…貴様等もクルシェと同じ…っ」

『なぁんだ。クルシェ兄さんから聞いてるのかぁ…』

『…の、かぁ…』

モニターに映る双子の少年と少女。その姿を見て、全員が驚愕した。

「こ、子供…だとっ!?」

「嘘だろオイ…。まだ、十歳にも満たない感じじゃねぇかっ」

「あんな子達が、あの化け物を操ってるっていうのかいっ?」

「これじゃ…、あいつ等が浮かばれない…っ」

実際、彼等が初めてあの化け物を目にした時、エイリアンとでも遭遇したかのような気持ちになっていた。
だが、それには幼い少年と少女が乗り込み、操っていたのだから驚くのも無理はない。

『…さてと、挨拶も済んだようですし?そろそろ始めましょうか…』

「は~い」・「…うん」

ドレインの声に呼応し、再び動き出す巨体。

「行くよ、兄さん」

「…いくよぉ…」

化け物の背中…いや、腹とでもいうべき場所で、装甲の一部に亀裂が走る。

「…何か、来る…」

ティリアの危惧した通り、その背の裂けた装甲から、大きなミサイルの弾頭が顔を覗かせていた。

「デカいぞっ」

「ふざけんなよっ!あんなもんぶっ放したら、こんな街の一つや二つ、簡単に消し飛ぶぞっ!?」

「クッ、だが止めようにも、近付く事さえ出来なくてはっ」

「何とか…、奴の動きを止めるしかないっ!」

咄嗟に動いたのは、残された最後のランダだった。

「自分がアレの注意を引き付けます。その間に、胸部の本体を!」

『止せ!お前では無理だっ!』

「…無理は…承知の上ですっ!!」

化け物に向かって突貫するランダ。
マクシミリアンは彼の行動に決意を固めた。

「…ええぃっ!全機、奴の本体に攻撃を集中させろっ!!」

「了解っ!」

それぞれに銃火器を構え、その照準を化け物の胸部にある人型の本体へと合わせる。
しかし…

「…もう、遅いよ…」

少年の声が微かに響く中、少女はニッコリと淀みの無い笑顔を浮べた。
すると、ミサイルの弾頭と思われた部分が突然伸び、そこからフィンのような形の奇怪な装置が飛び出した。

『…さぁ、彼等に天敵たる存在を授けよ…。アスモデウスッ!』

ぅおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!!!

まるでドレイン自身の叫びであるかのように、恐ろしい咆哮を上げ、両手を天高く掲げるアスモデウスと称されし化け物。
その瞬間、回転を始めた奇怪な装置のフィンが、何か青紫色の霧を撒き散らしだした。

「なっ、いったい何をっ!?」

「…スモーク?…ううん、違う。これはもっと悪意に満ちた…っ」

不気味な霧を前に、驚くタクマの背後でティリアが不安気な表情を浮べた。
そして、異変は始まる…。

「う…ぐぅ…ぁああああああああああっ!!」

唐突に悲鳴を上げるランダのパイロット。
何事かと彼に注目したタクマ達は、そこで世にもおぞましい現象を目の当たりにするのだった。

「どうしたっ?何が起ったっ?応えろ少尉っ!?」

『あうぅうああっ!ぅぐあぁああああああああっ!!』

マクシミリアンの声にも答えず、ただモニターの向こうで喘ぎ苦しむランダのパイロット。
すると、パイロットではなく、彼の機体の方が悲鳴のような声とも音ともつかないような絶叫と共にガタガタと震えだした。
その直後、ミシミシと音を発てるランダの装甲。そして、次の瞬間だった。

バギンッ!!

内側から何かに突き破られるように変形し、ランダの姿が徐々に変貌して行く。

「お、おい…、何が…どうなってんだよっ!?」

「SF映画でもあるまいしっ!こんな事、あってたまるものかっ」

信じられないとでも言いたげなベリオとヴァネッサ。しかし、それは現実に起っていた。

『ぁガるルがラらルァアアアアアアアアァァァァーーーーーーーーッ』

「っ!?」

余りの光景に目を逸らすティリア。
両手で口を抑え、突き上げてくる胸糞悪さに耐えるヴァネッサ。
彼女達の視線の先。そのモニターの中の男は、筋肉に皮膚を裂かれ、内側から破裂するように血肉を撒き散らせて生き物のように変貌したランダのコックピット内に取り込まれていたのだ。

「クソッ!いったいどうなってやがるっ!?」

「ドレインの開発した生物兵器だとでも言うのかっ?あの霧は…」

しかし、そんな彼等の思惑など無視するように、突然静かになる通信機の音声。
そして、同様に変貌を遂げた変わり果てた姿のランダがゆっくりとコチラを振り返る。

『シュ~…コァ~…シュ~…』

モニターは既に回線を途絶し、その恐怖をそそるような音だけを彼等に伝える。

「少尉…、既に…」

マクシミリアンは彼の変わり果てた姿に掛ける言葉も見付からない様子で俯いた。

「ドレイン…。貴様という奴は…っ」

『ふむ?語り合いたい気持ちは解らんでもないが…、いいのかね?』

「…?」

『君達とて…例外ではないのだよ?…クックククッ』

「!?」

その瞬間、ケルベロスの背後で再び悲鳴が上がる。

『うっ、ぅグああああああああっ』

『…っくぅあぁああっ』

地面に這い蹲るオーディンとカーミラ。
その光景を目の当たりにしたタクマは、ようやく気が付いた。

「ベリオッ!ヴァネッサッ!」

『…クッ、何かが…入って…来る…っ』

『ア、アタシも…あんな、化け物…に…っくぁうっ!』

慌てふためくタクマ。
…そう。あの霧がランダを化け物へと変貌させたのなら、その影響を他の仲間達が受けるのは必然だった。
そんな彼等を目の前に、成す術のないタクマ。

「クソッ、今からじゃ全員を連れ出してる時間は無いっ!」

「…発生装置を破壊しても、大気中の残留ウィルスが侵食を進めてしまう…。ダメ、どう計算しても、間に合わない…っ」

何も出来ない歯痒さで操縦桿を殴りつけてしまうタクマ。しかし、光明は唐突に射し込むのだった。

『…グッ、諦めるな。タクマ・イオリッ』

「た、隊長っ!?」

『私の体とて、そう長くは保たん…。だから、良く聞け…ぬぐッ』

オーディンやカーミラ同様に、侵食の進むフェンリルで必死に抗いながら口を開くマクシミリアン。

『いいか…、これは、T4と呼ばれるTPの人工筋組織に作用する医療用バクテリアの変異種だ…っ』

「T…4…?」

『…これは…、TPの人工筋組織を分解、再構築し…、金属でさえも生体化する。そして、人間を取り込めば、その闘争本能だけを残して狂戦士を創り上げるという…恐るべき細菌兵器…っ』

マクシミリアンは、最後の力を振り絞るように、喉の奥から無理矢理言葉を紡ぎ出していた。

「…だが、それにも対抗手段はあるっ」

『ほ、本当なのかっ!?』

「…それは…」

そこまで言い掛けたマクシミリアンの顔から、仮面が外れて、その足元に転がり落ちた。

『…君自身だ』

「ア、アンタは…っ!?」

「…エド…ランバルト…ッ?」

仮面の下の彼の素顔。そこには、傷だらけになってはいるが、見覚えのある顔が在った。

『私の事など…、今は、どうでもいいっ!この状況を生き残るには、オリジナルTAC・ナンバー01「サタナス」の力が必要なのだ
っ!!』

「サタナス…それが、オレの…」

『我が子の命を奪ったその力…、今再び、私に見せてみろ…。タクマ・イオリィィーーーーーーーッ!!』

ドクン……ッ

その声が、まるで心臓を打ったかのように体中に響いた気がした。
記憶の奥底…。
その遥か深い場所で、何かとてつもない力が目を覚ましたような、そんな感覚だけが脳天を突き上げる。

「う…ぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

「…タクマッ!?」

突如、白目を向いて獣の如く吼えるタクマ。
その体から計り知れない力の流入を感じ取ったティリアは、彼の名を叫ぶ。
しかし、完全に何かに意識を奪われたタクマに、その声が届く事はなかった。

「…おや?私が語るまでもなく、何方かが解除コードを口にしたようですねぇ…」

薄暗い地下の一室。
パンデモニウムの奥底で、クルシェとリィオ、そしてセツナを伴った男が口元に不敵な笑みを浮べた。

「…フッフフフ…。さて、条件は全て整いましたよ…?貴方の思惑通り、彼は剣としての役目を果たす事が出来るんでしょうかねぇ…。クックククク…。アッハハハハハハハハハハッ!!」

「………………(貴方…?)」

楽しそうにそう語ったドレインの背後で、その話しの内容に小首を傾げるセツナ。
しかし、直後に襲った強い衝撃で彼女はそれ所ではなくなってしまう。

「うっ!」

直下型地震のような強い振動。しかし、それは地震などではなかった。
プレッシャーとでもいうのだろうか。
その悪寒を伴う恐ろしく強大な念の波動に、セツナは身震いした。

「あ…ああぁ…タクマ…、感じてるよ。凄く、凄くイイのっ」

自身の体を両腕で抱え込み、歓喜する彼女。
同時に、地上では恐ろしき魔神の降臨が果たされようとしていた。

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』

T4の影響により、おぞましく変容するケルベロス。
しかし、その背後で苦しんでいた三人は、その侵食から解放されていた。

「…侵食が…止まった??」

「ベ、ベリオ!ケルベロスがっ!」

「な…に…っ!?」

T4の侵食によって同じく変容したオーディンとカーミラ。
その二機が立ち上がり、視線を向けた先には、邪悪な青紫色の霧を魔力のように纏うケルベロスの姿が在った。

「……………………………」

宙に浮いたまま、アスモデウスを見下ろすケルベロス。
体格差は圧倒的だというのに、雰囲気では明らかにケルベロスの方が勝って見えた。

『…失セロ…。コノ場デ消サセラレタクナケレバナ…』

「ふ、ふんっ、お前なんて、恐くないぞっ」

「…な、ないぞ…っ」

震えながらも臨戦態勢に入るアスモデウス。しかし、次の瞬間にはその言葉を後悔する事になる二人。

『………………………』

ゆっくりと右手を前に差し出すケルベロス。
その腕の形が不気味に変容し、剥がれた装甲の内側から針のような物が上下左右と四本飛び出す。
そして、次の一瞬…。

カッ!!

眩い閃光がその腕に灯った直後、大爆発と同時に全長1キロメートルもあるアスモデウスの腹部は蒸発していた。

「ぐあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

クルシェの時と同様、彼等もアスモデウスを痛覚を共有していたのだろう。半身を失った激痛に耐え切らず、悲痛な叫びを上げるルインとマリス。

『…次ハ無イ…。失セロ…』

「グッ、カハッ」

「ハァッ…ハァッ…」

その痛みを堪え、ケルベロスを見上げる二人。その姿は巨大で、勝ち目など到底無いように彼等は感じていた。

『…うん。十分ですよ、ルイン、マリス。今回は、これで後退しなさい』

「わ、わかったよ、パパ…」

「…わかったよ…」

触手を使い、出て来た大穴へと再び潜って行くアスモデウス。レーダーからも完全に姿を消したと確認したタクマは、散り散りに消えて行く青紫色のT4をケルベロスの腕で断ち切り、ベリオとヴァネッサの方を振り返る。

「…タ、タクマ…」

「アンタ…いったい…」

仲間であった彼等でさえ、その余りの変貌ぶりに恐怖していた。
しかし…

「…ティリ…ア…。今の…内に…、皆を…………………」

「タクマッ!?」

苦しそうにそう告げたタクマは、座席に項垂れ、そのまま意識を失ってしまう。
慌てて副座から駆け寄るティリアだったが、その実状に愕然とした。

「…タク…マ?…ねぇ、タクマッ、目を開けてっ!…っタクマァァーーーーーーーーーーッ!!」

虚空と静寂に響き渡るティリアの悲鳴。
意識を失っただけと思われたタクマの心臓は、既にその鼓動を打つのを止めていた…。

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