日韓夫婦の心の旅もよう

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モゴバ攻撃・同居時代の思い出



 特に義母は3人いる子どもたちとそれぞれの配偶者に食べさせることに執念を燃やしているようで、私は密かに「モゴバ攻撃」と呼んでいた。

 とにかく食べろ食べろと勧められる。

 満腹感とともにノルマを達成しなければならない気分で椀の中身を頑張って食べたのに、空になった途端、ガサーと入れられて「モゴ」である。

 早く満腹になるのを避けるために、野菜をちびちび突ついていると、「肉を食べろ」と皿に入れられる。しまいには口のなかに突っ込まれる。

 遠慮しているのではない。本当にもう食べられないのだ。
 だが、いくら「お腹がいっぱいです」と言ってもモゴバ攻撃は続く。
 どうかすると義母は「(お前は)食べていない」と言い切ったりもする(だれの基準だろうか。もちろん義母である)。

 自分の好きな量を食べるという自由が、両親と一緒に暮らすとないのである。

 何の挨拶も挙式もなしに、日本ですでに結婚して、いきなり嫁としてソウルにやって来た私を歓待してくれるのはありがたかったが、モゴバ攻撃が毎日、3度の食事のたびにある。

 ソウルに来て1ヶ月も経たないうちに6キロ体重が増えてしまい、食事の時間が次第に恐怖になってきた。
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「モゴバ攻撃」などと勝手に名づけて失礼しているが、「お腹いっぱい食べさせる」というのが義母の愛情表現である。

 なんでも義母が若くて、まだ義父の両親と一緒に暮らしていた頃は、ろくにご飯を食べさせてもらえず、残り物を泣きながら食べていたらしい。1世代しか違わないものの、韓国の昔の姑と嫁の関係は、私だったらとてもではないが耐えられないものだったと想像する。

 胃袋の記憶とは忘れることはできないのだろう。義父の両親はとうに亡くなっているが、今でも義母は、子どもたちや私のような嫁には絶対にひもじい思いやつらい思いをさせたくない一心で、たくさん料理をつくり、食べさせる。

 しかも量が多いだけではなく、いろいろなものを手間隙かけてつくっている。
 昔はどこの家でもキムチは手作りだっただろうが、今ではキムチは市場やスーパーで簡単に手に入る。お惣菜もいろいろな種類が並んでいる。

 しかし夫の実家では、キムチもお惣菜も自家製が当たり前である。キムチも白菜のキムチだけではなく、魚介類を入れたキムチ、チョンガッキムチ(チョンガは大根に似ているが小型)、ムルキムチ(爽やかな酸味の冷たいスープのようなキムチ)、カクテキ(大根の角切りのキムチ)などいろいろな種類のキムチをつくる。お惣菜も各種あるので、卓袱台の上はいつも料理でいっぱいだった。

 夏の名残りを留めたある日のこと、義母が大量にブドウを買って来た。
(だれがこんなに食べるんだろう)と不思議に思っていたら、大量のブドウはジュースに変わった。

 義母が当時、妊婦だった私のために、そしてお腹の子どものために、わざわざ絞ってつくったのである。

 手作りのジュースは市販のものよりもはるかにおいしい。後に残らない上品な甘さである。ブドウジュースがこんなにおいしいものだと初めて知った。

「料理とは愛情表現なのだ」

 義母お手製のジュースを飲んで、私は当たり前のことに気がついた。

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