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連休2日目、今日は素晴らしい天気に恵まれました!昨日は1日中、寝ていました^^;ので、今日はもちろん早起き。予定通り、土いじりをして、お掃除、お洗濯、と無事に終了。八重咲きのチューリップがもう終わりに近かったので、切って、一緒にバルコニーで咲いているヴィオラとともに飾ってみました。いかがでしょう?う~、ただ入れただけ、って感じになっちゃったかな?!ダイニングルームのコンソールデスクに置いて、家族にも楽しんでもらうことにしました。その他、なんと!!種まきもしましたYO!まいたのは、以前Peachさんのページで拝見して、今年は是非育てたいとおもった、朝顔!洋品種のアソートなので、どんなのが咲くか、咲いてみないとわかりまへん。。。それから、まき損なっていた、数種類のハーブ。フェンネル、イタリアンパセリ、ディル。そろそろバジルも苗を買いたいなあ。(去年育てたハーブの中で絶大な生命力はやはりミントでした。。。ローズマリーも放置プレイで育ってますが。)さて。バラの近況報告。開花は近いかな~?!ブルーパルファン。Peachさんにおすすめいただいて、購入したヘリテージは、まだつぼみが硬いかな。Peachさんのおうちの子はどうでしょうか?!ここのところの長雨で、いよいよわがベランダにも「うどん粉」が、、、T0Tそこで以前風花鳥さんにおすすめいただいたベニカXを噴射ーーーっ!!GWの天気はよさそうです。もう少しつちいじりしたいな~。
2006.04.30
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ご無沙汰してますm(__)m1週間、全く更新せずにおりました。ご心配くださった皆さん、ごめんなさい。大丈夫。生きてます。皆さんの日記を拝見はしていたのですが、足跡しか残さず、大変失礼致しました。そこで、1週間何をしていたか?!と申しますと。。。1.純粋に仕事が忙しくて、死にそうだった。(毎日夜11時半頃まで残業してまして、終電間際に帰ってました。)2.仕事で事件が起き(また!!)、そこに労力の大半を使っていた。以上が私の1週間でした。そこで、事件、というのがですね。先週末(金、土の泊まり)に携わった仕事(研修)直後に発覚した、先方企業さんの資料を紛失!!T0T事件でした。研修が終わって、荷物を会社に配送し、週明けの月曜日に開梱したら、中にあるはずの資料が、、、、ないっ!!もう、真っ青になって探しても無い。。。仕方ないので、その日の夜にはもう一度研修所に行き、ひたすら資料を探しました。でも出てきません。。。しまったはずなのに、、いや、待てよ。記憶がない。そもそも私は今までの社会人人生の中で、資料をなくす、ということは一度もありませんでした。今回の資料はコピーボードに書かれた板書のコピー数枚であり、個人情報がのっているものではなかったものの、先方には必要な資料だったので、何が何でもみつけないといけなかったわけです。会社の仲間も一緒に探してくれました。でも見つからず、金曜日、いよいよ先方企業に赴き、謝るしかない、ということになり、先方担当者にアポをとって、訪問しました。「○○さん、ひとつ謝らなくてはならないんです。実はこうこう、こういう資料ですが、どうやら私がシュレッダーにかけたか、しまいこんでしまったらしく見当たらないんです。。。」すると、思わぬ言葉が先方さんの口がから出てきました。「ああ、それなら、僕、もってるよっ^^v☆」はぁぁぁっ?!(@0@;)そうです。実は当日、私が資料を会社に送る荷物として一緒に梱包したと思ったのは思い違いで、居合わせた彼が、自分のものだと思い込んで持ち帰っていたのでした。彼は私が必死に探していたことを知り、しきりと申し訳ないと、いいつつ二人で大笑いしてしまいました。いやあ、ほんっとに、寿命が縮まった1週間だったのです。この事件の合間を縫うように、私は新木場の倉庫街にある某企業さんで朝8時半から6時までの仕事を2本やり、帰社して、月末の売上や支払い処理をしていたので、毎晩、泥のように疲れて帰宅しておりました。そして無事に事件と仕事も一段落して、今日からなんと!!9連休!!!!ようやくこれで、プライベートの時間ができました。さあっ!飲むぞーーーーっ(爆)!
2006.04.29
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この数週間、例の上司から仕事のときも無視されるようになり、仕事自体も回ってこなくなりました。だから、自分ひとりで考え、できることをしていました。とてもつらいけど、我慢してました。ここで皆さんに約束したし。職場の周囲の同僚からは、上司の嫌がらせがあまりに露骨で同情されたり。かといってここで私に肩入れすると、「明日はわが身」であり、自分も嫌がらせを受けることは、皆よく分かっているので表立って私をフォローする人も居ません。でもみんなが「ひどいね」と言って,分かってくれているだけでも十分嬉しかったです。でも。事態が悪化しました。私が総務人事のほうに、相談しようとしていたことが彼女の耳に入ったらしく、周囲には私が体調不良だから休ませたい、そして私の仕事は、派遣の人を雇ってその人にやってもらう方向にする、と漏らして回っています。すなわち「病気による休職」という既成事実をつくろうということです。私は病気じゃないし、休職するつもりもありません。でも総務には先に根回しされて、「病気で体調が悪い」ということになってしまいました。確かに体調が悪いときもあったけど、その原因は彼女だったのに...私はもちろん休職するつもりはありませんが、これ以上,この上司とこんな関係を続けていくことを考えると、げんなりします。悔しいから彼女の罠にはまってやめるのは嫌です。色々努力してみましたが、現在の環境の中で働くことがどうにもこうにも、将来的にプラスになる要因が見当たりません。そこで、私が興味を持てるこういった仕事をできる就職先を探し、前向きに撤退を考えようと思います。(ちゃんと見つけてからにするから大丈夫・笑)この前は頑張ると言いました。それは嘘じゃありません。よく頑張ったと思います。本当に、初めて、自分にはそう言ってもいいかな、と思います。限りある人生を精一杯、前向きに楽しく生きていこう、そう思っています。今は全てに感謝!です。
2006.04.21
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昨日は本当にいいお天気でしたねー。友達が会社近くに用があったとのことで、会社の入っているビルまで訪ねてくれました。ちょっとエスケープして15分程、○リーズでお茶していたら仕事をする気が失せました。(>じゃあ普段はあるのかって?!)今日は曇っているものの寒くもないから、よしとしましょう。(黄砂が昨日、今日とすごいらしいですが。)さて、本題です。なんと、明日の夜から土曜日の夜まで、研修のアテンドで研修施設に缶詰です。。。つまり。出張です。しかも。土曜日を含むなんて。。。T0Tひどい。週明けに大きな仕事があるので、代休は5月の連休の谷間に取る予定。そんなわけで風花鳥さんところのカウプレ、なんとしてでも今晩中に決戦と行きたいところなんですけどねー。お・ま・けです。愛用のスーツケースをご紹介。まずは海外旅行用のRIMOWA。軽くて楽ちんのアルミ素材です。70サイズで、8年くらい愛用中。こちらは今回使う国内出張用スーツケース。結構最近購入。55センチ幅の黒。軽いんだわー。このシリーズは赤とか青もあるんですが、とりあえず黒に。素材が上のものとは違うので、飛行機でカウンターで預けてしまうには、ヤワかも。。。
2006.04.19
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こんばんはー。皆様いかがお過ごしでしょうか?ワタクシめは久々に穏やかな週末の日曜日をすごしております。が。日曜日だというのになんと7時に起きて(>いつも朝寝坊。)成田空港まで友達を迎えに行って参りました。久々に成田空港に行ったのですが、いいものですね、空港って。私、だ~い好きなんです、空港。色々な国の人たちが絶え間なく動いていて、別れもあり、出会いもあり、ドラマティックな場所ですよね。ともあれ、今朝は一生懸命早く起きて迎えに行ったのですが、飛行機が1時間も遅れて到着(><)。まあ、こういうのは想定内ですので、のんびり待ってました。私は友人に、「ポーター代わり」とかいっていた割りに、結局なんにも荷物も持たず(爆)、しかも待たせたお詫びにと、都内に戻って昼ごはんにおそばをご馳走になったという、図々しいワタクシ(笑)。その後、友人はそのまま仕事に出かけたので、ワタクシは渋谷でお買い物してしまったー。(Peachさんも好きな例のスペイン系のブランド。)そんなこんなで、おとなしくそのまま夕方は帰ってまいりました。しかし今日は寒かったですよね。昨日も天気はよいものの、空気は冷たく、美容院の帰りはかなり震えました。(ちなみに美容院で最後、髪の毛をセットされたらコテでクルクルに巻かれてしまい、恥ずかしくてクリップでまとめて帰ったのでした)日中はそれでもちょいと土いじりをしましたので、写真をアップしまーす。まず。咲いたのよ。ようやく。11月に植えたチューリップが!!(札をうっかり捨ててしまったので名前はわかりません。。。)どうでしょう!!なんか和菓子の練り切りっぽいんですが。。。色々な色が混ざっていて咲いてから驚きました。(どんなのを植えたのかさえ、忘れてました(^^;))次に。う、嬉しくて涙が出そうだったのが、これ。ネットで購入した「ブルーパルファン」につぼみがついたんです~~~!!うれすぃぃっ!!その他、近所の花屋で衝動買いした矢車菊。ブルーが可愛いですねーーー。そして、これもまた、結構一目ぼれして買った。なのに!!名前を忘れてしまった(^^;)ちょっとどなたか、ご存知でしたら是非お教えください。お願い致しますm(_ _)mさてー、また明日から仕事か。。。ううう。。。がんばらんと。では皆さん、また明日~~!!*追記:Peachさんのお陰で、このピンクのお花が判明しました!ペラルゴニウムでした☆Peachさん、いつもありがとうございますm(_ _)m
2006.04.16
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久々に惚れてしまいました。ある曲の話。歌手は、James Blunt 曲は「You're Beautiful 」。ずっと誰が歌っているんだろうなあ、って思っていた曲でしたが、偶然、ふとしたきっかけで曲名と歌詞がわかりました。もしかしたら「小早川信木の恋」の挿入歌の洋楽っていえば分かる人がいるかも知れません。声の質はちょっとロッド・スチュワートっぽくて、ややハスキー。でもサウンドはブリディッシュで素敵です。この曲、紹介をしてくれたのはBARを営む、私の親しい友人氏の後輩君。丁度知人本人が旅行中で不在にしていたときにお店に行ったところ、彼しかおらず、たまには二人でデートしよう(笑)ってことでお店が終わってから二人でご飯食べて。またお店に戻って飲んでました。そしてふと彼が立ち上がって、いつものBGM(JAZZ)を止めて、変えたCDがこのCDだったのでした。「歌詞がね、いいんです。そして今はこんな気分なんです。」って言いながらかけたのがこの曲。You're Beautiful James Blunt My life is brilliantMy life is brilliantMy love is pureI saw an angelOf that I'm sureShe smiled at me on the subwayShe was with another manBut I won't lose no sleep on that'Cause I've got a planYou're beautiful, You're beautiful,You're beautiful, it's trueI saw your face in a crowded placeAnd I don't know what to do'Cause I'll never be with youYes she caught my eyeAs we walked on byShe could see from my face that I wasflying highAnd I don't think that I'll see her againBut we shared a moment that will last 'til the endYou're beautiful, You're beautiful,You're beautiful, it's trueI saw your face in a crowded placeAnd I don't know what to do'Cause I'll never be with youda da da da...You're beautiful, You're beautiful,You're beautiful, it's trueThere must be an angel with a smile on her faceWhen she thought up that I should be with youBut it's time to face the truthI will never be with you<日本語訳>天使に出会った本当なんだ彼女は地下鉄で僕に微笑みかけた彼女は男と一緒だったでも僕はそんなことは気にしなかっただって、僕には計画があったから君は美しい 君は美しい君は美しい 本当に君の顔を人ごみの中で見つけたでも、どうすれば良いか分からなかっただって、僕は君と共に居ることはできないから彼女と目が合ったすれ違ったときに彼女は僕の顔を見ただけで僕が舞い上がっていたこと気がついただろうもう一度彼女に会えるとは思わないけれど僕達はひとときを共にしたんだ、最後のひととき君は美しい 君は美しい君は美しい 本当に君の顔を人ごみの中で見つけたでも、どうすれば良いか分からなかっただって、僕は君と共に居ることはできないんだから君は美しい 君は美しい君は美しい 本当に彼女の微笑みには必ず天使が宿るはず彼女が、僕は彼女と共に居るべきだと気づいたとしたらでも今は真実と向き合う瞬間だ僕は君と共に居ることはできないんだから
2006.04.14
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ご無沙汰してしまいましたが、皆さんはお元気でしょうか?疲れと体調不良でなかなか日記が更新できずに今日になってしまいました。毎日夜9時半まで残業、っていうのが2週間ほど続いていたら、風邪をひいてしまい、2日連続早めに帰宅し、家で寝てましたT0Tもっと手際よく仕事ができるようになりたいこの頃です。ちなみに昨日は午後半休を取得して、3時には帰宅。ちょっと植物の手入れをしてから、5時半にちょっと横になった。起きたら、夜9時半でした(^^;)そしてまた12時半に寝て、ようやくたっぷり寝たところで目が覚めたところです。(朝5時半。。。)ところで昨日の朝のこと。自宅から駅に向かう住宅街を歩いていると、ピカピカのランドセルに黄色い帽子の女の子が、向こうからやってきました。時間は8時半ですから、この辺の小学校に通っているなら、ちょっと遅いくらいの時間。おそらく、ちょっと遅れてしまったのでしょうね。友達も親もおらず、一人でした。女の子は私のところにやってきて、「すいません、、、。あの。。」私「どうしたの?」女の子「H小学校ってどこですか?」私「え?!」女の子「私H小学校に行くんだけど、道がわからなくなっちゃった。。。」そうです。まだ入学して3日目。今日は友達も親もおらず、初めての一人での登校らしく、自分の学校の場所が分からなくなっちゃったみたい(^^;)大丈夫~~~~~?!道を教えてあげると、ありがとうございます、といって、とことこ歩いて行きました。人生これから、山アリ谷アリだろうが、人生で道に迷っても誰も教えてくれないぞー!がんばれよ~!って心の中で思いながら、後姿を見送りました(笑)。4月らしいハプニングに遭遇してしまった1日でした。
2006.04.12
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土曜日の夜に、父とのデートが実現しました。何を食べようかと迷ったものの、父も私も大好きな中華料理の「麗郷」に。「とりあえず1杯はビールを飲む」と言う父の言葉を聞いて、てっきりそれ以上は飲まないのか、と思った私。大きな間違いでした。あっという間に生ビールを飲み終えた父は、「じゃあ、紹興酒にしよう。」あ、あ、そ(~~;)そこから紹興酒を燗で4合。お互い腹の底で、「こんなに飲むんだっけ?!」と思ったことは間違いない。。。飲みながら、延々と話し続ける父。積もる話があったとは思うが、「たまには人の話を聴きなさい」と言いたくもなりました(T0T)。しかも、一段落つくと、「じゃあ、次行くか?!」と、娘を連れてはしご酒コース。ええ。この親にしてこの娘あり。。。2軒目は私が最近よく通うBARだったわけですが、ここのマスターと父が同輩だったことがわかりここでまたマスターを捕まえて、しゃべるしゃべる!!バーテンダーと私は思わず目を見合わせて苦笑い。マスターとチーフバーテンダーに何度も「娘をお願いしますね。」って言うけど、酒場で娘を託すなYOっ!!って感じです(爆)。ここでスコッチウィスキーを3杯飲んだ父は、「次行くぞ」はあ?!ちょっとさぁ。言うまでもなく、次は父の住む青山の行き着けのbarに連れて行かれました。さすがに私はもう飲めない状態で、ノンアルコールでしたが、父はそれでもまだビールなぞ飲んでいる。。ようやくこの後、お開きとなり、私は無事タクシーで帰りました。本人曰く、昔ほどは飲んでいないというけれど、その昔の酒量がただならぬ量のため、この日の量も私の周囲の男性と比べると、ものすごい大酒飲みであることは確かでした。外見も変わらず、酔っ払わないので、周囲も安心して飲ませちゃうのでしょうが、ちょっと心配です。いや、かなり心配です。お腹も出ておらず、禿げてもおらず、ジャケット姿の父は平均的に見ても若いとは思いましたが、身体は正直ですからねー。今度は父の手料理でもごちそうになりに、自宅に遊びに行こうかと思います。
2006.04.09
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年度末の経理業務に日々追われ、早くて8時半、通常は9時半まで会社で仕事をしていた1週間。丁度4月は研修も多く、やらねばならないことは山のようで、TO DOリストの項目は増える一方。そして、ようやく迎えた金曜日。お疲れ様の一杯を求めて、一人銀座に出かけた。夜10時の銀座は、既にお開きとなった宴も多いらしく、中央通りには、ほろ酔いのサラリーマンが2軒目を捜し求めて、通りをじぐざぐ歩いている。そこから1本平行した通りに入ると、雰囲気は一変。華やかな装いの女性たちが、寒さに耐えながら酔客をビルの前まで見送りに出ている。この通りは昼間はローマのコンドッティさながらのブランドショップが軒を連ね、人々がショウウィンドウをのぞき溜息をつく光景を見るが、こうして夜はまた違う空気が漂う。バブル崩壊後も崩壊前も何も変わらない、というのもまた、この街の凄さを感じる。いずれにせよ、私には別世界であることは明確なのだ。私のような子どもがうろうろするところじゃあない。しかしながら、今宵目指すBARはこの通りにある。建物の地下一階にあるその店の前を通ることは、これまでにも幾度と無くあり、かねがね、一度訪れたいとは思っていたがさすがに私も躊躇していた。なぜなら、このbarは老舗であり、半世紀もバーテンダーをしてきた、有名なバーテンダーの店だったからだ。敷居の高さに戸惑い、中々入れなかったわけである。そんな長年の思いを込めて、ドアを開けた。思いのほか、混雑している様子が、店内の人々のざわめきから十分伝わってきた。そして同様に想像以上に広い店内にも驚いた。テーブル席も満席に近く、ホテルのバーに雰囲気が近かった。出迎えてくれたバーテンダーに、私はトレンチコートを預け、案内されたカウンターの席についた。12名ほどのカウンターは殆ど埋まっており、通された席はその丁度真ん中であった。つまり、真正面にオーナーバーテンダーが立つ席だ。席に着き、顔を上げるとバーテンダーと目が合った。真っ白いバーテンダーコートに身を包んだ白髪の男性。稲田春男さん。半世紀もの間、バーテンダーとしてこの世界に身を置いている。金曜日の夜10時に、一人でこのような場所にいる30代前半の女性。「何しているんだ?」と訝しげに思われて当然と思う。実際店内で女性一人客は私だけだった。カウンターの中のその人は、ちょっと不思議そうに私を見て、一言「いらっしゃいませ」というと、再び先客のカクテルを作り始めた。想像以上に厳しい面持ちをした彼に、私はいささか緊張してしまい、思わず、下を向いた。彼は、次々に入る膨大なオーダーを、部下とともに素晴らしい手さばきでさばいている。部下を見る、彼の目の鋭さと、カクテルをつくっているときの厳しい表情は、彼のバーテンダーとしての半世紀の人生を語るに十分だった。若いバーテンダーがオーダーを取りに来た。季節のオリジナルカクテルをすすめられたが、私は今宵の一杯に、ギムレットを選んだ。私のオーダーを聞いた、彼は、早速「ふむ。」という顔をして、準備にとりかかり、目の前のマティーニグラスに、そっとシェーカーから出来上がったギムレットを注いだ。「どうぞ。」次の瞬間に驚いた。そういった彼の目が、今度はあまりにも優しい目をしていたのだ。出来上がって最後に注ぐ瞬間まで、厳しい目をしていのが、本当の最後の瞬間は、とてつもなく優しい目をしていた。私は幾分、ほっとして「いただきます」といい、ギムレットを口に運んだ。それは、今まで飲んだどんなムレットよりも、ずっとほろ苦くて、ずっとシャープで、そして美味しくて。彼本人の人柄そのもののような味がした。だから、その美味しさに思わずまた、笑みがこぼれてしまった。すると、そんな私の表情を見ていたのか、彼は優しい目で笑っていた。私はこのギムレットを飲み干すと、会計をし、席を立った。彼は最後に一言「ありがとうございました。」と言った。私もまた、一言、「ありがとうございました。」と言った。この日、私はほかに何も、話さなかった。それでも十分だった。彼のような人がバーテンダーとして、バーマンとして、この街で活躍している限り、この街は永遠に、私にとって憧れの大人の街だと思う。いつしか、世代は交代していくもの。それはやむをえないこと。しかし、上の世代の人たちが大切にしてきたことを伝えることが、私たちの役目なのだろう。数多のBARが存在する東京の中で、銀座には老舗と呼ばれるBARが多く集まっている。もちろん敷居も高い。でも、たまには、思い切って敷居を越えて入ってみることがあってもいい。人生のほろ苦さを十分過ぎるほど知った大人たちの、強さと優しさを、そこでは感じることができる。それもまた、大切な人生勉強のひとつだから。****************************************BAR5517ホームページ:http://www.mikasakaikan.co.jp/e_5517.html場所:中央区銀座5-5-17
2006.04.07
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今シーズンは千鳥が淵に始まり、近所の桜、会社近くの増上寺の桜、と見てきましたが、日記に画像をアップしていなかったので、まとめてアップ。(はい。ワタクシ、横着者です。)まず。デートで行った千鳥が淵(>しつこい。) 目黒区内某所(うちの近所)の桜。いつもこの道を通って通勤中。引き続き通勤の風景。会社近くの桜。まずは日比谷通り沿い。この脇の地下鉄から上ってくるのです。 そして、昼休みにお弁当を持って行った、増上寺。 最後はこのベストショット。 今の時期は、会社の窓から富士山、東京タワー、増上寺の桜、この全てが一度に見えて最高なんです。ただ問題はその風景の手前に社長が座っていることであり、みとれているわけにもいかず、さらに写真が撮れないんですけど。。。
2006.04.05
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今日の帰り道は、風が強いといえども、とても暖かく、ようやく春を感じる夜になりました。駅から我が家の前まで続く、桜並木を通って帰宅する道中は、漆黒の闇の中に舞う、美しい白い花びらのカーテンを抜けるような気がしました。さて、先日の日記では、皆さんの温かいコメントがとてもとても嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです。ブログを始めたときには、なんでもかんでもここに書けるわけじゃない、なんて思っていたのに、気づけば、誰にも言えずに悩んでいる事などさえも、書くようになっていました。これは自分でも驚くことです。ひとえに、こうして日記を読んでくださっている皆さん、素敵な方々に恵まれて、そしてその心に安心して、色々なことが書けるようになりました。中でも、父とのことは、たまに触れることはありましたが、こうして書く日が来るとは思いもよりませんでしたし、今回の再会がなければきっと、ここまで私が自分の心の闇を告白することもなかったと思います。父親がいないからこそ、幻想を抱くのかもしれないし、思い出が美化されているという点もあるかもしれない。いずれにせよ、私はいつも父親の面影を、恋人に追い求めていた部分がありました。それは、自分の中でも気づいており、それなりに苦しんでいました。でも。父に出会えた今、今後は今までとは全然違う人を恋人に選ぶ、そんな気がします(笑)。父親は、一人いれば十分ですから^^そうだ、ご報告があります。その後父から連絡があり、なんと今週末、一緒に夕飯を食べることになりました!!33年目にして初めての父親と二人の夕食です!楽しみです。またそのときには、皆さんにご報告できれば、と思います。
2006.04.04
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笑顔で目の前に立っている父。私の記憶の中にある父と変わらなかった。父は、元々バーテンダーだった。母はピアニストなので、そのことを友達に話すと周囲からはドラマティックな恋愛結婚、と思われたが、彼らは見合い結婚だった。一緒に暮らしていた頃の唯一思い出といえば、休日に父が作るオムレツがこの上なく美味しかったこと。それ以外には、一緒にどこか出かけた記憶などは一切なかった。だから、小さい頃の父を思い出すときには、必ず、キッチンに立って料理をつくっている姿を思い出す。私が6歳の頃、両親は別居を始め、その数年後に正式に離婚した。離婚の原因よく知らない。でも母が「別に好きで結婚したんじゃない。」と私に言ったときの衝撃は今でも忘れない。離婚後、父は勤め先のホテルを辞め、小さい店を開いた。お酒と軽い料理を楽しめる、小料理屋とBARの中間みたいな店で、当時はたまに母が父との用事(離婚に関わる話合いだと思う。)で店に赴くこともあり、何度か私も連れられて行ったことがある。数人入ると満席になる、カウンターのみの店はそこそこ繁盛しており、その後、西麻布に移転。私は10年前に偶然、その西麻布の店界隈を歩いていたときに、父とすれ違ったことがある。御互い気づいたものの、その時点で10年ぶりの再会であり、なんか照れくさくて、何も話せず、挨拶の言葉をかわしたくらいだった。お店の場所を知った私はここに行けば会える、とちょっと安心したが、その数年後に通りかかると、既にお店はなくなっていた。以降、父が一体どこにいて、何をしているのか、分からなくなってしまっていたのだ。そもそも、母の、父に対する感情は「嫌悪」であり、小学生の頃は、よく父の悪口を聞かされた。母にとってはそういう対象の父親であっても、私にとってはたった一人の父親なのだ。だから、そういう悪口を聞くたびに、悲しくてせつなかった。中学に入る頃には、もう母は父と会うことも一切なくなり、また、私が父のことを口に出すことを嫌って、けして、私に父の連絡先を教えなかった。心の中では父を大切に思っていた私はそれが耐えられなくて、結果、それが原因で母との関係もぎくしゃくしていた。しかし、15年前、母が今の義理の父と一緒になると母の不安定な精神状態もおさまり、その頃から、私も母も、実の父について触れることはなくなった。なんとなくタブーだったこともあるが、何よりも母が新しいパートナーを見つけたのだから、それが彼女の幸せだろうと思った。口には出さないものの、それでも、私はずっと父のことが気がかりで仕方なく、どうしたら、また父と会えるのか、考え続けていた。親しい友人やB.Fにそのことを話すと、「必ずいつか会えるよ」といってくれることが、心のよりどころだった。生きていれば70歳。どうか病気にかかっていなければいいが、とそればかりが心配で、心の中で、父を思い出さない日は一度もなかった。そんな、父が、今突然、目の前に現れたのだ。私は、驚きと同時に胸がいっぱいで、何も言葉が出てこなかった。父は私のその様子を見て、代わりにどうしてここにいるか、を話してくれた。自分が唯一、我々姉妹を見ることができるのは、かつてきたことのある、お稲荷さんのお祀りのとき。だから、4月1日にここに来れば、いつか会えると思って、毎年足を運んでいたそうだ。しかし運悪く、平日が多かったため、私がここに来ることは殆どなく、よって、偶然の再会には至らなかったのだった。毎年、会おうとして来てくれていた。私はそれを聞いて、本当に涙が出そうだった。でも、すぐ近くの場所で、母と義理の父たちが待っている。ここで話をしているところを見た日には、母が烈火のごとく、父に詰め寄るシーンが容易に想像できた。私はそればかりが気になって、本当はもっともっと、話したいことがあるのに、心が落ち着かずにいた。そんな私の心中を察した父は、「じゃあ、今日はあなたに会えたから、これで帰ります。」と言った。その言葉を聞いて、私はようやく正気に戻り、連絡先を聞こうと思ったら、父の方が先に、小さい紙切れとボールペンを胸の内ポケットから出し、「もし迷惑じゃなかったら」と私の連絡先を聞いてくれた。「近いうちに必ず連絡する。」そういって、歩き始めた父の背中に向かって、私は呼び止めた。「ねえ。。。あの。」「ありがとう。ずっとずっと心配していたんだ。だから。。。ありがとう。」父は振り向き、大きな笑顔で頷いて、また背中を向けて、来た道を引き返していった。父の背中を見送った私は、母からの使いの先の店に向かって、歩き始めた。その瞬間。私の心の奥に、長い間ずっと潜んでいた、暗くて悲しい顔をした、小学生の私は、心の中から立ち去っていた。代わりに、そこはかとない優しい春の陽射しが、そこに降り注いでいた。<END>
2006.04.02
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私の家の本業は不動産関連だ。母が代表となっているが実質は、今の母のパートナーである義理の父が仕事をしている。その家業である会社が先代からもっている土地の中に、お稲荷さんがある。東京のとある下町、中でもかつて花街として有名だった場所の中に、その小さいお稲荷さんは、ひっそりとたたずんでいる。祖父の代になんらかの縁で建てたらしい。祖父はもちろん、うちの家族は全員クリスチャンだというのに、異教であるお稲荷さんを建てたのは、色々理由があったらしい。だが、私は、地元の人たちに愛されているお稲荷さんである、ということだけしか知らず、詳しいことは知らない。とにかく、かれこれ60年は経っているのは確実で、私の幼少時代の写真には、必ずこのお稲荷さんの前で撮った写真が含まれていた。お稲荷さんは毎年、一度、お祀りをしなくてはいけない。神主さんに祝詞(のりと)をあげてもらい、近所にはお赤飯を配って、お祝いをする。今日、4月1日がまさにその日なのだ。だから私は年に1度だけ、ここに足を運ぶ。小さい頃の写真は、そうして年に一度、撮られたものだ。近所は料理屋さんや飲み屋さん、芸者の置屋さん、見番などがあって、小さい頃は夕暮れになると、綺麗な芸者さんを見かけることもあったが、今となっては殆ど見ない。花街として栄えた頃の面影はいまやなく、健全とした下町の風情のみが漂っている。それでも、近所にお菓子やお赤飯を配りに行くと、おばさん(中にはおばあちゃんになってしまったけど)たちが、私を見て、大きくなった、と声をかけてくれる。社会人になってからは、4月1日が平日にあたると行けないので、運良く、週末にあたるときにだけ、母を手伝って、周囲へのご挨拶などをしている。そういうわけで、今年は久々に足を運ぶことができた。色々母の用事を頼まれ、お稲荷さんの近所の店に行こうと道を歩き始めて2分後、ふと道の向こうから来る年配の男性が、私に片手をあげて、挨拶をしてきた。誰だか分からず、どうしてここに私の知り合いがいるんだろう、と不思議に思った。私は立ち止まり、その人が近づいてきたその瞬間、ようやくその人が誰であるか分かった。居場所も連絡先も分からず、何年もの間、ずっと探していた人。ずっとずっと誰よりも私が会いたかった人。かけがえのない人。それは。私が6歳のときに母と離婚した、私の実の父だった。10年前、偶然街中ですれ違って以来、一度も会っていない、会おうとしても、どこにいるのか、連絡先さえ分からない父だったのだ。*****続く*****
2006.04.01
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