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妊娠後期から楽天で買い物をすることが増えました。外出が面倒なときに通販は便利♪楽天を主に利用している大きな理由は、迷惑メイルと連絡メイルを分けるのにドメインがそろっていると便利だからです(…(^-^;でもかなりマジです)。←ちなみに、スパムメイル撃退にはgmailのアカウントを使うことをオススメします。一発です。激しく有効です。データ数が違いすぎます。きっとクマちゃん誕生後も通販をばりばり使うことでしょう。必需品調達+ストレス解消!?というわけで、楽天ブログはお買い物報告系にしてみました。なんか報告すること自体が話題として好きなのよね。オタク入ってるんで。You are what you buy!?
2008.01.20
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超ひさしぶりの更新です。最近おきにいりブログが増えたので簡単な解説です。どれもおすすめよん。にゃんこちゃん1208さん…天然系ユーモアがたまらなくツボなんだにゃん。らぶちん1624さん…エルと同じ誕生日のお子さんがいます。でもエルよりしっかりもののお姉さん。+aroma+さん…インターナショナルな芸術家でもありエコノミストでもあります。さやちん9684さん…パワフルなママ。子どもの目線に立った発言はすごい。kaluasanさん…めんへらーなOLさんです。時々会って生存報告する貴重な友人。おうばっちゃんさん…解説するまでもなく、人生ネタまみれの痛快ブログ。独断と偏見で書いてしまったので、紹介文変えてちょ~という方はご一報くださいませm(_ _)m
2005.07.25
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お気に入り日記(右上のおすすめ新着ってところ)におうばっちゃんの日記(通称ヒビコー=日々是口実っていったのさちょっと前まで。楽天にリニュしたのだ。)を登録しました。超×100おもしろいのでチェキラです。笑いすぎて鼻水が止まらないぞ!ティッシュを傍らに置いてから読むべし。いづみは日々これを読んでストレス解消してます。
2005.01.29
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文部科学省が始める追跡調査、勝手に連動企画として「うつヒヨ。」に「キレない育児」をアップしました。左の育児日記のリンクからどうぞ。
2004.07.01
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生クリームと小麦粉・ベーキングパウダー・塩があればできます。ケンタッキーのホットビスケット風です。焼きたてにメイプルシロップをたっぷりかけて食べるとウマイ。お好みでマーガリンでもいけます。1.ボウルに小麦粉1カップ、ベーキングパウダー小さじ1、塩小さじ半分を入れて混ぜます。(<目分量なんであとでプチ修正するかも。)2.生クリーム200mlを入れて混ぜます。3.天板にクッキングシートをひいて、その上で1センチ厚さに伸ばします。粉をふっておくと楽。4.8つくらいに切り、フォークで穴をあけ、180度のオーブンで15分焼きます。そういや、昨日の日記で「育カジ」とは何か全然説明してませんでした(^-^;そのうちまた続きをば。
2004.06.28
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育カジとは「育児中カジュアル」のことです。たまーにうつヒヨ。に書いてたんだけど、まぁ、日常の範囲に含めてもいいかなと。で、今日、初めて1dayコンタクト買ったんだけど(普段はメガネ)、まじまじと鏡を見て肌の荒れぐあいにショックを受けてしまった( ̄▽ ̄;)!!今日からスキンケアちゃんとします~(ρ_;)オイデルミンとホワイテスエッセンスを奮発してるんだけど、なにせ風呂上り10秒のスキンケアだからね。それすら忘れることも(^-^;メイクも3分メイキングなんだけど、よく伸びる日焼け止め兼下地とファンデのスポンジをきれいにしとくことと、とりあえず色モノ(口紅とアイシャドー)は細か~い金ラメ入りを選んでおくと、厚化粧しなくてもほんのりできれいに仕上がる気が。髪の毛も、エル10ヶ月にして少しずつ栄養が行っている気が。ホルスタイン的非搾乳階級生活、長かったな~まだしばらく続くけど。きれいなお母さんを目指そう~って3ヶ月に1回くらいずつ気合入れなおさないとね。それが一番大事なんだな、きっと。親友Y嬢の言葉を思い出す…不調のときには自分の身体に投資と。けだし名言。お昼のみのもんた的ダイエットに「体重を量るだけダイエット」っていうのがあったけど、「コンタクトをするだけスキンケア」っていうのはどうだろう。名づけて「ガマの油効果」だな。鏡に映るおのれの姿に脂汗をたらーりたらり…(^-^;
2004.06.27
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簡単ヘルシーおいしいなので豆乳好きの方は試してみて~。1、粉ゼラチン1袋を50mlのお湯に溶かします。2、豆乳100mlを鍋に入れ、沸騰直前まで温めます。3、鍋に練りごま(白)大さじ3、砂糖大さじ6、ゼラチン液を入れて1分くらいよく混ぜます。4、鍋に豆乳200mlを追加します。(豆乳は合計で300mlです)5、鍋ごと氷水に当てて、泡立て器で混ぜながらとろみがつくまで冷やします。6、型に流して冷蔵庫で固めます。*5が面倒だったら省略可です。そうすると、豆乳ゼリーの上にごまペーストが乗った2層のデザートになりそれもなかなかおいしいです。*おまけレシピ。ヤクルトミルミルでゼリーを作ると「甘さひかえめ牛乳プリン」みたいな感じでなかなかいけます。あっあと超簡単レンジでホットケーキ?も。キャセロールか耐熱ガラスのボウルにホットケーキミックス200グラム、砂糖大さじ4くらい、卵2個、牛乳100mlを入れてダマのないようによく混ぜ、ラップをかけずにレンジで7分ほど加熱すると、見かけはスポンジケーキ風、味は卵蒸しケーキ風、のホットケーキができます。楽チンヽ(´ー`)ノ
2004.06.26
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研究のネタ帳にしようと始めた日記ですが、ブログ的に使いやすいんで、アカデミックな研究の方向だけではなく、日常生活研究の走り書きにも使おうかと。で、家事の手間を一つでも省けないかと日々精進しているのですが、今日は毎日のごはんを楽にするアイディアをいくつか。・そのまま食べられる副菜を買う最近のお気に入りは「黒酢もずく」。水を切ってたれをかけるのが面倒なんでカップ入り調味済みのを買ってます。あとはめかぶもおいしい(かつおぶしか刻みネギをかけるとなかなか立派に見える)。あとはチーズ入りちくわとか(ふつうのちくわにきゅうりでもいいけど面倒なんで)かにかまとかひとくち変わり揚げ(チンしてからチューブ入りのしょうがとしょうゆで)とか、卵・ごま・枝豆豆腐系など、とりあえずそのまま食べられるものを買っておくとおかずが1品でも大丈夫ヽ(´ー`)ノ安心~・豚肉厚切りを500グラム買いましょう。モモでもロースでもお好みで。で、フリーザー用ジップロック(大)も買っといて、とりあえず3枚ずつ入れて冷凍しとく。たくさん食べる家なら4枚でも。ポイントは底の線に平行に、重ねないように薄く入れること(1枚単位で使える)。で、この肉をどうするかというと、1)焼き肉のたれで焼く(すりおろししょうがとしょうゆとみりんならしょうが焼き~玉ねぎ入れるとウマイ。)で、温野菜生野菜系と一緒に皿に盛ると。2)肉野菜炒めにするニンジン・キャベツ・ピーマンあたりと一緒に炒めて塩コショウと中華味をぱらぱら。余力があったら鶏がらスープと片栗粉を水でといてジャっと。もやし、なす、いんげんなどなど冷蔵庫の中の野菜は大概なんでも入れちゃいます。野菜炒め道は「生活便利帳」の中の「中華風肉野菜炒め(完璧版)」をどうぞ。3)その他焼きそば、お好み焼き、チャーハンなど、なんにでも入れちゃう。肉じゃがやカレーもいける。おまけ)うっかり薄切りを買ってしまった場合軽く塩コショウしたあと、中に野菜を巻いてフライパンで焼く(仕上げにしょうゆを1滴)とお弁当のおかずになるよん。野菜は軽くゆでたニンジンとインゲンが定番ですが、なすやしそやピーマンやこんにゃくもいけます。おまけ2)肉を切るときに、牛乳パックとか厚めのマンションのチラシとかをまな板にひいとくと後が楽です。・フリーズドライの汁物を。楽天にも入ってるアマノフーズのお味噌汁(リンクはここに)はウマイ。あとはもずくスープも好きなんだけど売ってるのしょっぱいんだよね(^-^;カップスープ系も安売り時にゲットすべし。なにもなければとろろこんぶとかつおぶしとしょうゆで。
2004.06.15
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こないだ楽天で買った商品レポートをアップしました。最近長い間放置してたんで(-_-;)もちろん読むだけで買わなくていいのよ(笑)
2004.04.15
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今日は個人的考察を。(っていうか更新するのすごく久しぶりだなー。)「ひきこもり」という言葉が広く認知され始めましたが(言葉が一人歩きしている感がないわけでもないのですが、それはさておき)、ここまでメジャーになるともうそれは一つのライフスタイルというか文化ですね。かくいう私も最近は育児×体力なしという個人的事情から、ほとんど外出はせず、カード払いの宅配でほとんどのものを買っているのですが…。物流産業は日本経済の大動脈ですねーマジでいいのか郵政民営化。閑話休題。(ちなみにひきこもりとは単に「外に出ない」人のことではなくて「外出したいのにどうしてもできない」という大きな苦痛を伴う症状であると付記しておきます。かくいう私も数年前までバリバリの真性ひきこもりでした。)かねてから「人間は世界を限定することでしか完璧な生き方はできない」と思って半ば自戒しているのですが、ひきこもりは物理的にそれをやってしまおうという一種の悪戦苦闘(struggle)なんじゃないかと思います。つまりエネルギーはあるわけだから、何かきっかけさえあれば、いつかは外に出かけられるようになる。これは認知療法なんてやって正面から解決するよりも、斜めから「からめ手」でいったほうがいい気がする。右上手からの寄り切りより立会い直後の猫だまし。まずは、結果至上主義かつ自己完結型の価値観を「1日だけお休み」してみる。長い人生のうち1日くらい、ストイックに自分を責めることを休む日があったって、自分自身の価値には全く影響がないし。そうすると「まぁいいか~ヽ(´ー`)ノ」って布団から出て少しだけカーテンを開けてもいいかなって気持ちになる。それでいいのです。昨日まではできなかった「何か」ができる自分。そこから始めれば十分、一気に外出なんてしなくていいんです。急がば回れ、ゆっくり行こう長い人生。くれぐれも安全運転でね♪
2003.11.07
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このサーバは楽天のものなので、せっかくですから、実際に使ってみてよかった、個人的おすすめ商品をあげてみました。「いづみっくす商品レポート」はいまのところ「日常生活編」と「妊娠・育児編」の2つ。少しずつアップしていきますね。読むだけで買わなくていいよって言ったら楽天の主旨と外れるかな(笑)とりあえず「読むだけで楽しいレポート」を目指してますので、お時間のあるときにどうぞ…ってまだ少しだけどね。
2003.09.14
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10月2日以降に、過去の日記も引っ越してきます。しばらく更新できないかもしれませんが、とりあえず場所だけ確保しておきました。これからもどうぞよろしくですm(_ _)m
2003.09.07
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インターネット上に不思議な学校がありました。それは「もりの小学校」…今日はYahoo!ニュースのこの記事を読んでとても感心しました。「進度別指導」って言いますけれど、個人差は個人のレベルで対応していかなければいけない部分もありますよね。こういう上質のツールがもっともっと発達して、最終的には「自分自身の進度」によって学習評価ができるようなシステムが充実していくといいなぁと思います。小学校の先生がこれを作り上げたと言うのも驚きです。毎日忙しいだろうに…と心配になってしまいますが、まだまだ、こういう熱血先生がいたのですね、うれしいです。できるひとが、できることを、少しずつ形にしていく、そしてそれによって幸せになる人が増える…インターネットの上手な使い方ですね。
2003.02.27
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おおいに迷う所ですな。35歳までに初産しとけという情報が頭をよぎる。けど、実際の所は、体力低下と染色体異常の確率が上がるというだけで、そんなに積極的な問題じゃないです。医療の進歩はかなり追いついてます、あせらなくても大丈夫。それより問題はだ。こんな混乱した世の中で果たしてまっとうな人の親になれるかどうかということだと感じます。私自身、育児ノイローゼにはまるタイプだと思ってました。情報に振り回されずに生きるのは難しい。最近テレビや新聞をあまり見ません。マイナスのメッセージばかりで、気力の無駄遣いもはなはだしいから。それよりも、自分の心と身体が発する情報に心を傾けていたい。逆説的ではありますが、人間としてのミニマムを実感しつつ正気を保って生きるためには、出産・育児はとてもよい機会だと思うのです。なにごとも、観察。自分の心の目を信じて進むべし。あとは体力だ(笑)
2003.02.23
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たまにはなんか書くべ(笑)朝日新聞の家庭欄に「あのね」というコラムがあります。子どもの言葉やつぶやきを集めた人気コーナーで、以前は日曜版1ページにたくさん載っていたのですが、最近は1投稿をとても短くして、家庭欄の1コーナーとなった模様です(<不確か)。子どもの言葉や、その背景にある世界観は、明らかに大人と違います。確かに、そのズレはおもしろい。大人同士の「明るい話題」にもなるし。けれど、なんだか私はいまいち「アハハ、かわいい~♪」と素直に笑えない何かを感じるのです。というわけで、最近は読んでません。その言葉を発した子どもとその親のことをよく知らないせいなのかな?なぜだろう?なぜかいちいち「子どもってすごいよなー。」って思ってしまう。それを、大人の世界にどっぷり浸かった価値観から見て"Englishman in NewYork"的に笑うということに躊躇するのです。だって、本質を捕らえてるもの。「○○は××である」という常識とか「〇〇は××であるべき」という道徳とかそういうものから自由なんです。はっきり言って、そういうの、とってもうらやましい。そのかわり、大人の思う通りにはならないよね、絶対。食べ物で遊ぶし、なんでも口に入れたあげくに飲み込むし、ぐずってなかなか寝ないうえ八つ当たりするし、大事なもの探し出してきて壊すし…そういうのに目くじらたてていちいち怒るより「まぁ仕方ないなー、そういうのって実は楽しいし」とか思えれば楽になるのにねぇ、って思います。いっそのこと、一緒になって泣いたり遊んだりしちゃえばいいのかも。で、まともに日本語が通じるようになったら少しずつ教えていけばいいのです。悪いことは悪い、いいことはいい。これは楽しい、これは悲しい。そして、あなたのことが大好きだよ、ってね。それでいいんじゃないかな~たぶん(笑)
2003.01.30
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ひさびさにこのページを開いてます(爆)読書会は、ドタバタでしたが、とりあえず無事に終わりました。さて、私が研究してたことって何だったんだろ?と最近つれづれに思っていて気づいたのは「数」の世界と「言葉」の世界の行き来についてだったんですね。ずーっと前の日記にも書いたけれど、興味関心はまさにそこにあったわけです。…ということに改めて気づいたので書いておきます。発生論的研究ができたらおもしろいかなと。乞うご期待(笑)
2003.01.21
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科学的視点…等価性の発見→差異を検出
2002.12.11
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電車の広告で見つけたのですが、青山学院大学の教官による公開講演会(子どもの教育関係)が12月14日(土)に相模大野で開催されるそうです。興味のある方は参加されてはいかがでしょうか(無料だし)。ただし申し込みは12月5日までです。こちらをご覧下さい。ちなみに…(講演の内容予想のようなもの)第1部の先生は研究会などでよくお見かけしましたが超天才肌で話があちこちに飛ぶとおもわれます。ブレインストーミングには最適かも(つまりすぐに役に立つような話をするとは思えません)。第2部の先生はよく知らないのですが(^-^;身体の不自由な子どもの教育についてお話されるようです。
2002.12.03
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「たんしんくんのぼうけん」ができるまで。その1:アイディア編まず、「たんしんくんのぼうけん」を作るためのヒントとなったアイディアが生まれるまでを書いてみますね。最初は「うーん、何がわからないのかなぁ?」ということをひたすら考えました。腕組みをして、時計とにらめっこしながら、うーん、うーんと15分くらいうなってました。どうやら「短針が、数字ちょうどのところにあるとわかるけれど、間にあるとわからない」ことが一番大きいようです。確かに、例えば2と3の真ん中あたりにあっても、2なんだか3なんだか、すぐに何時かは、子どもはきっとわからないよね。なるほど。ではそのときに、はたしてどうやって考えていえるのか?大人は一瞬で「2時台!」ってわかるけれど、その一瞬の間に、頭の中ではどんなことが行われているのか?頭の中にあって、それを操作して答えを出すような、一種の想像上の道具のようなものを、認知心理学では「メンタルモデル」と呼びます。時計を読むためのメンタルモデルは、一体どんなものなのか?私が考えたメンタルモデルは「短針を逆向きに回していき、最初に出会った数字を読む」というようなものでした。イメージとしてわかるよね?ごくあたりまえのことです。ここで子どもに「短針を逆に回して、最初の数字を読むんだよ」と教えることもできます。しかし、子どもは一瞬で忘れます(笑)なぜか?それは子どもにとって「短針は動いていない」からです。よく見てください、時計の中で動いているのはまず、秒針。それから、ずーっとみていれば、分針だってまぁ少しは動きます。しかし、時針(=短針)は、見ている間に、明らかに動いたりはしない。時針が動くまで待つには、子どもは忙しすぎるのです。時計を読むということは、時間の流れの中の一点を取り出すことです。いわば、時間の、微分です。びぶんですよビブン。そこでまず、時間が流れていること=短針が動いていること、そして通ってきた道→今いる場所→これから進む道、をはっきりさせるということが大事なんだな~というところまで、たどり着きました。まとめると、まず大事なのは「短針は、いつでも同じ方向に、すごくゆっくりだけれど、動いている」ようなメンタルモデルを作ってもらうことです。それから、「一番最近に通り過ぎた数字を読み、それが現在の〇時である」というルールを教えます。おおざっぱに言うと、こんな感じのことを考えました。2002/11/19 15:30:53メモです。近々書こうと思っている内容。the Making of「たんしんくんのぼうけん」 coming soon!続編:「ちょうしんくんは うっかりもの」 一応、できてます。そろばん再考。2002/11/19 14:53:25
2002.11.19
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年長さんの甥っこが、最近、時計を読む訓練を始めたと聞きました。うーん、ここは一発、おべんきょうFAXでも送るか…と頭を悩ませ、次のようなお話をイラスト入りで書いて送りました。「たんしんくんのぼうけん」*オリジナルはこちらで見られます。とけいのなかには ながいはりと みじかいはりが あるよ。ながいはりは ちょうしんくんみじかいはりは たんしんくんという なまえなんだ。きょうは、ぼく、たんしんくんの おはなしを するね。たんしんくんは、いちにちに とけいを2かい まわるんだ。すたーとは 12のところごーるも 12のところすたーとのときは、ほんとは 0なんだけれど、がまん、がまん…。たんしんくんは12のつぎは1 1のつぎは2 2のつぎは3 …11のつぎは12というふうに、どんどんうごいて まわっていくよ。はんたいには うごかないよ。そして、たんしんくんは、つぎつぎになまえが かわっていくよ。 1を とおりすぎると 1じくん 2を とおりすぎると 2じくん…12を とおりすぎると 12じくん12じくんの つぎは 1じくんに なるよ。(くいず)きみのいえの たんしんくんは、いま なんじくんかな?送ってしばらくすると、甥っ子から電話がかかってきて「あのねぇ、ぼくのうちのたんしんくんは、いまね、7じくん!」という元気な答えが。「そうだね、7じくんだね、正解~!すごいねぇ!」と言ったら「とっても簡単だったよ。僕、もっとむずかしいのがいいな!」とリクエストが(笑)そこで、「あのね、たんしんくんのお話には続きがあるの。たんしんくんのお話より、ちょっとむずかしい、ちょうしんくんのお話があって、ちょうしんくんのお話より、もっとむずかしい、びょうしんくんのお話があるんだよ。たんしんくんは、ほんとは、三兄弟なんだよ。」と言ったら、彼はとても喜んで、続きを楽しみにしているそうです。あーまた考えなくちゃ(^-^;
2002.11.16
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あー更新さぼってました。もちろん発表準備もさぼってました。(^-^;そろそろまた再開しようかと。いやにならない程度に、ぼちぼちいくのが一番ですね。細く長くも人生だ(笑)さて今日は、算数と数学の違いについて。算数や数学が苦手(もしくは苦手だった)という人は結構多いと思います。かくいう私もその一人。小学校2年生の時から、算数の成績がいまいち。今考えると、理解がゆっくりだった気がします。「しくみを理解するまでは納得できない」性格だったので、余計な時間がかかったみたいです。けれど、まさにこの性格が、私を決定的な数学嫌いにしなかったのだと思います。小学校の算数は、計算と記憶がメイン。つまり、繰り返しの練習です。ルールを覚え、その手順どおりにやれば、それが正解。非常にシンプルで、簡単です。算数って楽勝~♪だからといって、あなどってはいけません。ルールの後ろ側にある「数の世界の掟」を身につけておかなければ、いつかきっと暗くて深い落とし穴が待っています。数の世界の掟とは、一言でいえば「ルールへの絶対服従」です。自分の持っている常識や好みをいったん離れ、完璧なしくみの数の世界の中で、ルールを一つずつ身につけ、使いこなしていくという考え方です。適当や中途半端は許されません。白か黒か、1かゼロか、あるかないか。それは、日常生活とは全く違う世界です。その二つの世界を別々にもつということが大切なのです。中学校の数学の第一のハードルは「符号」です。つまり「+」とか「-」の記号が「足し算」「引き算」ではなくて「プラス」とか「マイナス」という別物に変身するのです。そして、一つの数字の前に、いくつものかっこで隔てられた符号がずらっと並んでいるのを見て「なんじゃこりゃぁ…」とカルチャーショックを受けるのが、数学の世界へ入る通過儀礼です。いままでいつもそこにあって「足し算ですよ~」とか「引き算ですよ~」と教えてくれていたヒントはもうそこにはない。だまって知らん顔をして冷たく機械的に並んでいる。この「物言わぬ」符号たちは、いったいどうすれば理解できるのか?また次のハードルは「方程式」「=」の右側に答えを書けばいいんでしょ…と思っていたら大間違い。もう答えが書いてある!だったらこれ以上何をしろというのか?…と途方にくれるわけです。自分の獲得したルールを使いながら、一歩ずつ進んでいく。数の世界の掟を知っていれば、最初は驚いても、いつかきっと前に進んでいけます。しかし、数の世界の存在を知らなければ、そこはただの混乱した世界、断片的なその場しのぎで暮らしていくことになってしまいます。そして、もう一人の数学嫌いさんが、できあがるわけです。そういうことを考えながら教育プログラムを作っていくということ…大切ですが、簡単ではないかもしれません。だって、数学教育にかかわる大人は、ほとんど全員が、数学がよくできた人なのですから、「何が」「どうして」わからないのか、見当がつかないのです。数学できなかった人、胸を張って堂々と「ここがわからなかった!」と声をあげるといいと思いますよ。きっと「そうだ、そうだ!」という返事が聞こえてきますから。
2002.11.11
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おくればせながら「新・0歳からの教育」を買いました。ブックオフで150円だったので(笑)最近まで本屋に新刊で平積みになってた人気本です。内容は、ニューズウィークの育児・早期教育関連の連載記事がムックになったものです。ぱらぱらと読んでも「へー、ほー、ふーん」って感じで結構おもしろいです。ニューズウィークのいいところは、所属しているライターの専門性の高さです。その分野に明るい専門のライターが編集室に常駐で所属していて、その人が何件もの取材を元に記事を書いています。各分野の最新の知見について、客観性を保ちつつすっきりと整理して提示し、その上でそのライターの見解をはっきりと打ち出すあたりの筆力はさすがプロの仕事といった感じです。今回参加する読書会の本にある内容もちらっと出てました=本当に最新の研究なんです。感心しました。日本の早期教育論(に限らず教育方法論全般)には経験則に基づいた客観性に乏しいものが多くみられますが、そういう胡散臭さがこの記事にはない。徹底した合理主義というものの潔さを感じます。というわけで「育児書~?」とひいてしまう人にこの本を薦めます。サイエンスライターという仕事と、研究者という仕事。一般的な目から研究をとらえることと、研究を通して世界をとらえなおすこと。ベクトルの向きは逆でも方向は同じという感じがします。いろんな専門性があっていいんですよね、きっと。
2002.10.15
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本日もプチ読書会準備。一応家事をあれこれと片付けてから、空いた時間にやるようにしています。なにかやりたいことがあると、いつもあとのばしにしていた用事も「まぁさっさとやっちゃおうかな…」という気持ちになれるのが不思議。プラスの刺激は生活を変えるのです。今日も、つれづれと思ったこと。「研究には金がかかる」という事実です。私は26才・学生で結婚してるから、一度も会社などで働いたことがありません。自分で自由に使えるお金というのは、せいぜい月数万のバイト代だけでした。しかも私の実家は大学以降は授業料・定期代以外は基本的に自分でまかなう方針の家でしたから(でも時々おこづかいもらってたけど)バイト代の中から、生活費、食費、洋服代、などなど差し引いて、さらにその残りが研究費だったのです。当時、使えるパソコンは、家にあるやや旧型のもの。大量のコピーも実費。書籍代もお金ない月にはないし(洋書の専門書めっちゃ高いんだよ(ρ_;))インターネットも普及していなかったから、ちょっとした調べ物をするにも電車に乗って半日かけてあちこち足を運んで、手間がかかることこの上なし。年1~2回ある学会の全国大会の旅費まで…一体どうするのよって感じで本当にどうやって暮らしていたのかよく覚えてません。それに比べれば、現在は夢のようです。家には自分用のノートパソコン以外にも、使い放題インターネットもプリンタも紙もインクもスキャナーも各種メディアも、何もかもがそろっています。(もちろんだんなさんのものを借りているのだけれど。)本だって(ふだんはあまり使わない)自分のおこづかいから捻出して買うこともできます。こんな環境が学生時代の早くからあったら、相当楽だったよなぁとしみじみ思うのであります。もちろんここ数年のIT化で技術的に便利になったということもありますが、でも基本は設備投資です。そこで提案なのですが、研究室単位の研究奨学金制度を作ってはいかがでしょうか?1人1台のパソコンと、共有プリンタおよびインターネット環境と、年に1人あたり1万円くらいの書籍代はどの学生にも最低限保証することによって、はかりしれない効用があると思うのです。大事なのは「お金の管理を教官にはさせないこと」だと思います。学生1人あたりとして支給される研究費(少額!)というものもあるようですが、それは「指導料」とみなされて教官の研究費として使われている場合が多いようです。(確かに教官の研究費が少ないのもそれはそれでかなり問題だとは思いますが、とりあえずそれはおいといて)それに、ただでさえ殺人的に忙しい教官の仕事をわざわざ増やすまでもありません。手続きなどの面倒は受益者負担が原則ということで。具体的には、各研究室で学生の代表者を毎年選出して自治を行います。そしてその運営が健全で優秀な人材を育成するのにふさわしいと判断された場合に、研究費を支給することにします。監査や報告はそれなりにきちんとして、でも中身は基本的には自由に使えるようにします。支給するのは別に国じゃなくても、企業とか団体とかでもいいんです。(その場合税制優遇措置を篤くしたりして対応する。)こういう制度はどうでしょうか?50年で30人受賞を目指していると公言するのなら、そのくらいのことはしてもいいんじゃないかと思ったわけなのです。研究は育つものではありません、育てるものなのです。「衣食足りて礼節を知る」なんです、きっと。
2002.10.13
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読書会に参加すべく、今日もだらだらと専門書を読んでいたのですが、どうやら元ネタになってる論文があるらしいと判明。所属機関がないと、論文を入手することが非常~~~に困難なんだよね。あーどーしよー、もう早速の壁だよ(ーー;)…と思いつつ、インターネット三昧な日々を送っている私、とりあえず検索かけてみたら、オンラインジャーナルになってて、要約が読めるじゃないですかっ!オーマイガー!論文本体はライセンス制のPDFになってて、クリックしても「だめよ~ん♪」っていうのしか出ませんでしたが、要約を読んだらそれで結構納得したので、コピペして訳して読書会で一緒に紹介することに決めました。実際のところ、論文って要約だけあれば事足りることが8割以上だと思うのです。自分の研究に直接関係あることでなければね。今現在私は自分自身の研究というものがないから、おおまかな動向を知るなら要約で十分なのです。それがネット上でいつでもどこでも読めるのならまさにどこでも研究室です。研究室=ラボだから、SLHLかな。PHS+ノートパソコンなら、モバイル研究室と言ってもいいかも。あ~楽ちんヽ(´ー`)ノ論文コピーに出かけて半日つぶれていた以前の研究生活よサヨウナラ。これからはビバひきこもり研究生活なのだ。道を求めれば必ずそこには何かがあるのですね。ホームページ作ったりインターネットばんばん使ったりしてるとやっぱりそれなりのメディアリテラシー(情報を使いこなす力)が身についているようです。人生に無駄なし。回り道大いに結構。まさに人生一生勉強。好きこそ物の上手なれ。…たぶんこれからは能率よりもオリジナリティーの時代になっていくと思うのです。だって物もお金も時間もいっぱいあるんだもん。どうやって形式化・画一化(マニュアル化といってもよい)して能率を上げるかではなくて、何をどう生かすか、ということ。たぶん、見方一つで、いろんなものがどんどん変わっていきます。ヒマ主婦研究者がいたっていいじゃない…おもしろいかもよ。どうせ不況の嵐の世間、あせらずのんびり生きましょう♪今日思ったことメモ(備忘録です。後日書くかもしれません…忘れてなければ)・「総合学習」を成立させる条件・ノーベル賞と研究者と不況回復
2002.10.12
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しかも英語(^-^;オイオイ。うつうつ期間、本はおろか新聞・マンガ・テレビすら一切受け付けなかったので(当時かろうじて読めたのはVOWのみ(笑))きっと相当英語力落ちてるなぁと思いつつ読んでみたら…全然変わらない。もともと英語読むの遅いし、心の中でほとんど全訳してるから能率とか手間とかはちょっとやそっとでは変わらないようです。それに専門書って書き方とか構文とか決まってるし。むしろ、電子辞書を導入して、ちょっと忘れた単語とかもすぐにひけるようになったら、早く(そしてディティールが)正確になったのではないかという気もするほどです。格言:知能の逓減は道具で補って余りあるべし。なんだか、安心しました。うつうつになると、頭がうまく働かなくなってどうしよう(;w;)このままボケちゃうのかしら私(ρ_;)って思うけれど、大丈夫です。元気になればちゃ~んと前と同じ頭が戻ってきます。ただ、代わるのは、生き方とか自分の生かし方なんです。マシンは同じだけどOSがバージョンアップしたとかそんな感じ。というわけで、久しぶりに読書会なるものに参加してみようかと。たぶん3年ぶりくらいだよ。石の上にも3年ということか。でも、所属がないのよね。いっそのこと「無所属」とか「専業主婦」という肩書きはどうだろう。…って、ウケないこと必至。最近は「うつ主婦」「ヒマ主婦」「ひマダム(=暇ダム)」とかいろいろ勝手な肩書きを使ってるけど、社会的にカテゴライズすると「専業主婦」なのですよ。せ~んぎょうしゅふ。ネスカフェ「続く幸せキャンペーン」の職業欄にもそう書いたもの。そういえば私は元々すぐに役に立たないことが苦手で(^-^;料理とか手芸とかって進度や完成が目に見えるし、すぐに生活の役に立つし、そういうものが好きだったらしい。そういう意味では、主婦の一部には向いているのかも。けれど、心理とか教育とかの研究も結構好きだし、ずっと興味もある。ひまつぶしとか趣味くらいの付き合い方が、現在の私には一番合っているなぁと、そう思うわけです。甘い?でもいいのだ。人生いろいろ。楽しければ、すべてよしヽ(´ー`)ノ
2002.10.11
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自分がうつ病で寝たきりになった経験をもってから、なんとなく、社会活動に目がいくようになりました。うつ病を経験して、カウンセラーになったり、精神保健福祉士(PSW)になったり、そういう人の気持ちがよくわかります。新聞に入っていた、地域の社会福祉協議会のパンフレットを隅々まで読んでみました。興味があったことベスト3~。3位:精神障害者施設のボランティア(でも体力ないし、ひきこもりぎみだし、絶対に無理。)2位:育児相互支援制度への協力(うーん育児経験ないしなぁ…っていうか近未来の自分の子どもで いいのでは(^-^;)1位:運営資金の寄付(小額でもいいのなら…小銭でもいいデスか?)今の日本は、減税や規制緩和をすすめて、市場の競争原理に任せた「小さな政府」を作ろうとしていますよね。このままの方針では、公共の社会福祉、年金・保険制度、教育などが手薄くなるのも、まぁ当然といえば当然です。(北欧型のような福祉重視国家を目指すのなら、それなりのお金を 国に集めなくちゃ実現できないし。)そこで、これからきっと重要になるのは、「地域社会」や「非営利団体」による生活支援じゃないかと思うのです。相互に助け合っていかなければ、国や行政はなんともしてくれないのですから。そのためには、やっぱり「できる人ができるときにできることをやる、できないときはお世話になる」という広義のギブ&テイクをごく普通のこととしてとらえておかないと、ボランティアをやるのも受けるのも敷居が高くなってしまうのでは。一人で抱え込まない、ほかの人に上手に助けてもらう…抱え込みすぎて病気になってしまった私も含めて、日本人は全体にもっと上手にならなくっちゃね…難しいけれど。
2002.10.10
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女性が研究なり仕事なりをしていくうえで欠かせないのが家事をいかに能率的にこなすかということ。たどりついた結論:食(食事)・衣(洗濯)・住(掃除)の順に大事。食:実は私は冷凍マニアなのです。食べ物はだいたいなんでも冷凍しちゃう。たくさん作ったもの、賞味期限が切れそうなもの、などなど。肉や魚はまずほとんど冷凍してます。手間の貯金をしておけば、あとで楽~。毎日きちんと料理とはいかない性格なので(^-^;衣:洗濯は「自分で洗えるものを着る」が基本です。クリーニングって出すのも取りに行くのも面倒で。最近は同じ形・違う色のものがやたらと増えてきました。コットンのタートルネックシャツとチノパンとか。いつも同じデザインのものを着てます(笑)住:掃除は…あまりしません(笑)しても簡単掃除。さっと使えるコードレス掃除機を愛用してます。水周りだけは、自分が使っていて汚れたと思ったらそこだけ掃除しています。廊下にほこりがたまってたらクイックルワイパーかけながら歩くとか。そんな感じ。掃除は見かけが大事~。うつ病から回復中に、かなり家事の手抜きを覚えました。最低ここまでやっておけばいい、とか、こうしておくと後で楽、とか。そういうことを知っておくと、いざという時に役に立つかもしれません。この際「手抜き」ではなく「合理化」と呼ぶことにしましょうかね。
2002.10.09
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昨日散歩していたら、向こうから来る2,3歳くらいの男の子に会いました。一緒にいるお母さんは、まだ歩けないくらいの赤ちゃんをだっこしています。私はその時、エノコログサ(通称:猫じゃらし)で3匹の仔猫を大いにじゃらして遊んでいたのですが、しばらくすると背中に視線が…。振り向くと、男の子が( ̄▽ ̄)!!と魂を奪われたように見入っていました。私はエノコログサを1本取って彼に差し出し、「やってみる?」とたずねました。男の子は魂が戻ってくるまでの3秒間くらい固まっていたのですが、お母さんが「やらせてもらったら?」と言ったので、エノコログサを受け取って、こわごわとじゃらし始めました。猫じゃらし歴10年オーバー師範級の私は「こうやって動かすんだよ~」とコツをちょっと教えてあげたら、男の子のほうにも仔猫がじゃれるようになりました。そして私は飽きてきたので、彼にまかせてバイバイ。帰りにお母さんに会釈したら「ありがとうございます」とお礼を言われてしまいました。いいえ、こちらこそ。確かに3歳までの子どもって、脳が柔軟だとか、早期教育の効果とか、お母さんが家にいたほうがいいとか、あれこれ言われているけれど、肝心なのは「子どもと感情を共有すること」なんです。それができれば充分。1日に1つでもいいんです。そしてもちろんお母さんじゃなくてもいいんです。周りの大人全員ができることです。そして、人間に対する信頼感とかコミュニケーションのセンスの基礎が身についていくのです。きっとそれだけのこと(でもかなり重要)だと、私は思っています。そんなことを気づかせてくれて、こちらこそありがとう、なのです。
2002.10.08
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社会・経済的階層(ってほんとは正しい表現ではないのだけれど)間の学力格差について、問題になっていますね。勉強なんて、運動とか歌とかと全く同じで、得意な子どもも、得意でない子どもも、両方いるのだから、まちがった能力平等主義(って最近のマイブームなキーワード)を無駄にふりかざすことをやめて、きっちり対応したらいいじゃないですか。30点未満は強制補習&強制追試、60点以下は補習参加可&強制追試、60点超えたら一応可、80点以上は良、100点のみが優、とかね。そういうマストアイテムの課題を早急に設定するべきです。ヨーロッパみたいに、小学校は卒業試験制にするとかね。できなければ、ある程度(6割)できるまで何度でも繰り返すのです。教育の原点です。平均点や偏差値なんて要らないんです。テストの点だけでは人間性なんて全くわからないという当たり前田の事実を忘れさせたのは、機械猫が居候する野比家の仕業なのかい?0点、大いに結構。これから残りの60点を身につける絶好の機会が到来したというだけのことです。アフターケアのない教育なんてありえません。人間は使い捨てではないのですから。うーん、将来「これだけはできないとヤバイ」という問題を集めてサイトを作ろうと心に決めました。たぶん10年以上後だけど。30点の子どもが60点を取れるようになる普通教育が絶対に必要なのです。それ以上はお金を出して買うにしても、最低そこまでは保証されないと国民三大権利(そして義務)のうちの「教育」を欠いていることになりませんか?
2002.10.07
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今朝の朝日新聞の1面トップ。「算数の学力、20年で大幅ダウン」ひさびさに、私の大好きな研究者のお名前が聞けてうれしい限り。っていうのはおいといて。学校教育は、もうぼろぼろですね。お金を出して高等教育を受ける時代になってきたというか。社会文化的再生産がきっちりと行われる国になってきました。問題は確かに「格差」なんですね。学校の先生は、生徒と一緒に教室で過ごす時間以外の雑務に追われ、管理され、うつになって辞める人が増えて…それはすごく当然な成り行きだろうと思います。ゆとり教育って、なんのためのゆとり?予算のゆとりじゃなかろうか、という結論に達しました。子どもにとっては勉強が仕事なのですから、残業だって超過勤務だって休日出勤だって必要な時には必要なんです。どうしてこうやって子どもを中途半端に甘やかす国になったのか?自分の手で掴み取った「自信」がなければ、自分の人生を生きていくことが難しくなる。シンプルなことなんですけれどね。シンプルなことがよく見えないくらい煩雑で複雑な世の中で生きていくことは、想像するよりずっと大変です。子どもの数が減っていることの一端は、こういうところにあるのかもしれません。
2002.09.23
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「何を」「どのように」評価するかというのは、非常に難しい問題ですね。あるテストで測れるものは一体何か?開き直って、テストが測れるものをそれと定義する…という方法もありますが。知能テストなんかはこれの類です。例えば、教育界で言えば、最近導入された絶対評価の問題。比率にしばられることなく、その子ども自身の達成度を評価するため…と言ってますが、評価するのが教師という人間である限り、その評価が適正なものかどうかという信頼性は、ぐっと下がる。もっと言ってしまえば、教師が気にいった子どもの成績を上げることができる可能性は、ぐんと上がったわけです。絶対評価と対称的なのが、相対評価。集団全体の中における、その子どもの達成度を相対的に示すというものです。確かにクラスや学年などの小さな集団内での達成度は、集団ごとのばらつきが大きいため、信頼できるかどうかはわからない。業者テスト、っていうものがありますね。市町村や都道府県単位で一斉に行うものです。そうなると、母集団はかなり大きくなるから、集団のばらつきは小さくなる。そして、その中での順位も、人間による評価ではなく、点数で並ぶわけですから、かなりの客観性がある。しかし、1回きりのテストでは、再現可能性はもちろん低い。いい点と悪い点をきっちり見極めたうえで評価方法を議論しないと、耳障りのいい理想論に隠れた落とし穴を見失ってしまう。大切なのは、評価方法それ自体の、評価をすることです。不完全な道具だって、その限界を知って使えば十分有効なものになるのです。だいたい、いつ誰がどんなときに言っても正論になるというようなものは、何も言っていないのと同じか、それ以下だと思うです。
2002.09.21
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心理学とか認知科学、つまり人間の精神活動を自然・社会科学的に観察するような研究というのは、たぶん、研究「領域」ではなくて、研究の「枠組み」なのではないかと。我思うゆえに我あり、じゃないけれど、「研究」を行っているのが人間である以上、ある意味では全ての学問は(少なくとも伝達形式上は)認知のフィルタを通しているものだし。だから、自然科学、社会科学、みたいなくくりで「認知科学」をとらえるといいんじゃないかな、と思いました。逆に言うと、いろんな研究に「認知科学的視点」を入れることによって新しい切り口ができると思います。「○○の認知科学的研究」ってね。いまならおトクですよ(笑)認知科学には、様々な分野から新しい情報をもってきてくれて、うまく整理して提示してくれる人、それから認知科学的進歩を各分野に還元してくれる人がいればいいのです。確かにいるけどね、そういう天才(奇才?)みたいな人。でも、話が難しすぎてよくわからないのよ(T▽T)
2002.09.19
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大野裕さんの本は、認知療法についてわかりやすく書いてあるので、結構好きです。いつか読んでみよう…と思っていて、ブックオフで100円だったから買ってきたのだけれど、まぁこんなもんかな。「みんな元気に病んでいる」とかの続きで読むにはいいかも。その中に出てきたうつ病の9つの特徴です。1.抑うつ(悲しい)気分。(悲しみについて)2.喜びや意欲の喪失(喜びについて)3.食欲の減退(食べること)4.睡眠障害(寝ること)5.イライラや不安(精神運動制止状態)(心について)6.疲れやすい(身体について)7.罪悪感(感情について)8.集中力・思考力の低下(思考について)9.「死」について考える(死について)このうち5つくらい当てはまるなら、治療を考えるとよいそうです。さらっと書いてある各要素の並び方についてよく考えると、2つずつ対になっています。こういう「プロの仕事」を読み取ることを覚えたのは、専門書を読むようになってからかなぁ。今日の課題は、この9つの要素を覚えて、説明できるようになることです。でも、すぐ忘れて、確認してばっかり(;w;)
2002.09.16
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昨日は紀伊国屋、今日はブックオフ(笑)であれこれ本を探してきました。で気づいたのは、私にとって興味があるテーマは「社会と教育をつなぐのは心理学である」ってことなんだよね。実はこれ、大学に入学したときの自己紹介でこう言ったんだけれど(ずっと忘れてました)、やっぱり、今でも私の中のテーマは変わらない。壁にぶち当たって、心が壊れても、やっぱり私は私のままなんだなぁ…と再確認。12年も前のことなのにね。ちょっと前までは「うつ病って何?」に興味があり、最近は「うつ病回復記」のようなものをつれづれとまとめていましたが、現在興味があるのは「女性の生き方」かなぁ。55才で研究復帰するんだ~♪って思いながら、毎日を充実させていければ、そのときに何を選択したっていいのです。大事なのは「研究する私」であって、「研究自体」ではないのだもの。終わりよければ全てよし、って言うけれど、毎日が楽しければすべてよし、って感じかな。
2002.09.14
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個性の話とのつながりなんだけど。人間が外界を理解する時には、その人なりの切り取り方や構成の仕方をしていると思うのです。自分だけの世界観、というか。ほかの人と本気で付き合うと、自分の世界観が唯一絶対のものではないということにぶち当たります。パラレルワールドは、人の数だけあるのです。自分の世界観を揺さぶられることがいやで他人と距離を置こうとしても、新鮮な空気が入ってこない世界は、いずれ枯れてしまいます。かといって、玉砕ばかりしていても、築く時間がない。大事なのは、バランス感覚ですね。<これ今のマイブーム。
2002.09.13
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えー、個性について。考えが至った順番からすると逆なんだけど…まあいいや。「個性」を、質ではなくて定量的に表すというお話。「個性的」って言葉は、多数派集団とは異質…という感じの印象があるけれど、標準の範囲に入っていなければ個性的というのでは、何も説明していないです。ラベルを貼って、それで安心していてはいけない。で、個人の特性をいろいろ書き出して、それを自分にとっての重要度で重み付けして、パーソナリティーを多次元的にとらえたら、それを「個性」と呼んでもいいのではないかと。それがどうなるか?は、わからないです(^-^;そう思っただけ。所詮日常生活から拾ってきたアイディアだからね。2002/09/12 23:52:26えー、個性について。考えが至った順番からすると逆なんだけど…まあいいや。「個性」を、質ではなくて定量的に表すというお話。「個性的」って言葉は、多数派集団とは異質…という感じの印象があるけれど、標準の範囲に入っていなければ個性的というのでは、何も説明していないです。ラベルを貼って、それで安心していてはいけない。で、個人の特性をいろいろ書き出して、それを自分にとっての重要度で重み付けして、パーソナリティーを多次元的にとらえたら、それを「個性」と呼んでもいいのではないかと。それがどうなるか?は、わからないです(^-^;そう思っただけ。所詮日常生活から拾ってきたアイディアだからね。2002/09/12 23:52:26現在考えているテーマ(備忘録)メモです。1.個人の世界観世界を限定することによって、その中で秩序を確立する。他人にはパラレルワールドが存在することを認める。2.個性の性質できること・できないことに対して、重要度の重み付けをした多次元で評価できる。なんのことかわかりませんね(^-^;まとまってきたらそのうちきちんと書きたいと思います。2002/09/12 14:04:48ココロをモデル化するということ。以前研究していたのは、心理学。専攻は認知発達。具体的には算数のお勉強に関して研究してました。手順としては、算数の問題を解いている子どもをじ~っと観察して、何を考えているのかを推測し、考え方の順序を一つのモデルとしてまとめるという作業をしていました。心をモデル化するというのは、人間が現れた時から、人間が存在する限り未来永劫生き続ける課題(テーマ)です。永遠の謎です。だったら、55才になって暇ができたらまた始めればいいんじゃないかと。本当にいいテーマ選んだもんだ。アハハ。2002/09/12 13:58:57研究日記、始めました。つれづれなるままに日暮らしPCに向かひてココロに映りゆく由なきことをそこはかとなくタイプすればあやしうこそものぐるほしけれ毎日、のほほんと暮らしておりますが、研究の種になりそうなアイディアが、あれこれ浮かぶのですよ。今現在の私の目標は55才で研究者に復帰することです。それまでの間、マイペースで落穂拾いなどしていてもいいんじゃないかと。おもしろければ、それでいいのです。2002/09/12 13:46:22
2002.09.12
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