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英知を磨くは何のため
2006/3/31掲載文の続き
高名な画家であられるドートリヴ終身事務局長は、3回目となる今回のナポレオン展について、次のように、温かく、そして深いご理解の言葉を寄せてくださった。
「池田会長が、3回にわたってナポレオンを表現されようとしたことは、大変に卓越したお考えであると思います。ナポレオンという人物は、掘り下げれば掘り下げるほど、どんどん深くなっていく人物です。計り知れない底の深さをもっています。ナポレオンは何回やっても尽きない魅力と深さを持っています。果てがないのです。1回目が13年前の1993年。そして2回目が、その6年後の1999年。さらに6年おいて、3回目となる今回の展覧会を開かれた。この開催のリズムも、まことに絶妙です。今回は『文化』をテーマとして開催されましたが、分かりやすく、内容が教育的で、選ばれた作品、資料が大変に質が高く、一級のもので構成されています。フランスに、この展覧会をもっていっても、十分に成功する内容だと思います。展覧会に確かな思想的な柱のあることがよくわかりました。この展覧会は、私の想像を超える完璧なものです。創立者・池田会長の深い文化的、教育的な見識、ナポレオンへの理解力に敬服しました」
私への過分な評価ともあれ、関係者の方々のご尽力に、重ねて感謝申し上げたい。トートリブ終身事務局長が指摘されるように、ナポレオンは、たしかに奥が深い。
その「光」と「影」、「栄光」と「悲劇」、「勝利」と「敗北」から、実に多くの教訓を引き出すことができる。
受け身の心が前進を阻む
一、たとえば、「ワーテルローの戦い」で、ナポレオンは、なぜ敗れたか?当然、さまざまな角度から分析できるが、一つの要因として、ナポレオンの側近や部下たちの多くが、”命じられなければ動けない、動かない”という、いわば「指示待ち」の体質になってしまっていたことが指摘される。
一人ひとりが”ナポレオンだったら、どうするか”を考え、責任を担って行動する、一騎当千の獅子の集団ではなくなった。「保身」と「事なかれ主義」が横行する、硬直した組織になってしまったということである。
ある将軍は、こう記している。「ナポレオン補佐の将軍たちは、ナポレオン直接指揮のもとに二万五千の部隊を動かすときは優秀であるが、自分たち自身の着想で大軍を指揮するだけの力量はなかった」(長塚隆二著『ナポレオン』読売新聞社)
著名な作家ツヴァイクも、そうした視点から「ワーテルローの戦い」の敗因を論じている。
すなわち、ナポレオン軍の勝敗の帰趨を握った将軍(グルーシー)が、他人の命令に従うことに慣れ、自分で決断できない人物だったために、いたずらに命令を待つだけで、突入する時を逸し、勝てるチャンスを逃してしまった。肝心の、ナポレオンの”突入せよ”との命令も、伝令が遅れ、その将軍のもとに届いたときには、一切が手遅れになっていたというのである(片岡敏彦訳『人類の星の時間』みすず書房)。
もしも、その将軍が、ナポレオンと同じ責任感に立って、決断し、行動しゆく勇気をもっていたなら、歴史は変わっていったかもしれない。
これは、あらゆる組織に当てはまる示唆をはらんでいるといえよう。いわんや、広宣流布の組織において、指示待ちや受け身の心があれば、前進を阻んでしまう。
その行き詰まりを打開しゆく根本の力が、「師弟」なのである。
文化運動の源泉
一、私は、若き日から、常に”戸田先生なら、どうされるか”を念頭に置き、先生と同じ責任感に立って、思索し、動き、戦っていった。
三障四魔、三類の強敵と戦いながら、広宣流布の指揮を執られる先生の「境地」を、私は信じ抜いて、先生にお仕えした。
私が音楽隊や鼓笛隊をつくり、文化祭を推進し、新しい文化運動の流れを起こしたのも、戸田先生の遠望を拝察して、その具現化のために、絶対に必要であると着想したからである。
当時の幹部はだれもが反対したが、戸田先生が、「大作がやりたいように、やってみなさい」と、応援してくださった。
今日の創価学会の「平和」「文化」「教育」の世界的な運動の広がりは、すべて、この「師弟不二」の一念によって成し遂げられてきたものである。このことを、深く知っていただきたい。
魔を打ち破れ「信心の剣」で!
一、戸田先生は、「戦いは、あくまでも攻撃だよ。攻撃精神だよ」とおっしゃった。また、人材育成について「大事にするのは、そっとして置くこととは違う。うんと働かせるほうがいいぞ」とも訴えられた。
学会の師弟の世界が、心ない中傷にさらされ、同志が馬鹿にされたとき、「本気で怒る人」「死に物狂いで戦う人」こそ、本物のリーダーである。
それを、真剣に怒らず、高みの見物をしているような人間は、偽物である。絶対に信用してはならない。特に、未来のために、若い世代を育てるために、本当のことを言っておきたいのである。
純粋な学会員の皆さまのおかげで、創価学会は世界に広がった。大発展した。だからこそ、最高幹部の責任は重い。懸命に広布に励んでくださる、大切な同志が苦しむようなことがあってはならない。尊き民衆の城を守りゆくために、リーダーは自らが矢面に立って邪悪と戦っていくのだ。
イギリスの詩人シェリーは、「肩書きは虚飾、権力は堕落」と綴った(阿部美春・上野和廣・浦壁寿子・杉野徹・宮北恵子訳『飛び立つ鷲 シェリー初期散文集』南雲堂)。
外から、内から、和合の団結を破壊しようとする動き。慈愛のかけらもなく、己の醜い欲のために、麗しい世界を食い物にしようとする魔性・・・。
そうした魔の蠢動を打ち破るのは、「信心の剣」である。戸田先生がおっしゃっていた「攻撃精神」なのである。
一、今、学会も、学会をめぐる環境も、大きな潮のように動いている。変化している。
広布を進めゆく「三代の師弟」の精神を、永遠たらしめることができるかどうか。その重要な節目を迎えている。
これまで学会は、数限りない非難中傷を浴びてきた。また、仏法を軽んじ、尊き仏子をあごで使い、のさばった増上慢の反逆者もいた。しかし、学会は、すべてを乗り越えてきた。なぜか。
それは、「信心」で勝ったからだ。「異体同心」で戦ったからである。「異体同心」を貫く限り、仏法に行き詰まりはない。私は今、永遠に学会が栄えゆく軌道を厳然と敷いておきたい。この軌道を絶対に踏みはずしてはならない。
仏法は勝負であり、厳しい。甘く考えてはならない。私は戸田先生を馬鹿にした人間とは、すべて戦った。学会の師弟をせせら笑った人間を、絶対に許さなかった。この信心は、仏になるための、永遠の幸福の大道である。
ゆえに、仏道修行が必要であり、信心の世界において、臆病の心にとらわれてはならない。
ましてや、「名聞名利」で動けば、人間の生命に具わる魔性を見破ることができなくなる。そして、必ず自分自身が損をする。
広布のために戦えば、必ず難が起こる。あらゆる中傷や謀略を寄せつけず、むしろ、苦難をもチャンスにかえて、善の勢力を大きくしていくのが、指導者の使命である。
リーダーの皆さんもまた、全員が「広布の責任者」との自覚に立って、勇敢に、全魂の指揮を執っていただきたい。
「まことの時」に戦うのが真実の弟子
一、今年の5月3日は、戸田先生の会長就任55周年である。また本年は、男子部、女子部の結成55周年(男子部は7月11日、女子部は7月19日)であり、さらに、聖教新聞の創刊55周年の佳節(4月20日)である。
この意義深き本年の「5・3」を記念して、待ちに待った「創価女子会館」の開館式を行う運びとなった。本当におめでとう!(大拍手)
私も、「名誉館長」である妻も、女子部の幸の城を、さまざまに荘厳して差し上げたい思いでいっぱいである。
5月3日を、花の女子部を中心として迎えることは、創立80周年へ、わが学会が、創価の乙女の希望の大行進とともに、いやまして隆々と勝ち栄えていく象徴であるといってよい。
各部の皆さんも、女子部への応変、本当にありがとうございます!(大拍手)
男性は紳士たれ
一、婦人部、女子部の皆さんは、楽しく、伸び伸びと活動していただきたい。学会の、どの地域にあっても、実質的に広宣流布を担ってくださっているのは、女性の皆さんである。
遠慮はいらない。自分たちがやりやすいように、どんどん意見を言っていただきたい。
男性幹部は、それに、きちんと耳を傾けることだ。女性の意見を大事にして、皆さんが活動しやすいように真心を尽くしていくのである。
そこに、もう一歩、学会が大きく発展していくカギがある。また、信仰活動の上で、言うべきことがある場合も、男性幹部は、絶対に女性を叱ったり、怒鳴ったりすることがあってはならない。
どこまでも紳士的に尊敬を込めて接していただきたい。幹部だからといって、叱る権利など、だれにもないのである。
自分のかわいい娘さんが叱られたならば、親御さんは、どう思うか。また、大切なお母さんが、だれかに怒鳴られたならば、家族はどれほど悲しいか。たとえ、どんな理由があっても、ご主人やお子さんが納得するわけがない。
日蓮大聖人は、弟子の四条金吾に対し、どんなことがあっても、身内の女性を叱ったり、争ったりしてはならないとご指導されている。
「女性には、どのような失敗(罪)があったとしても、決して教訓などしてはならない。まして絶対に争ってはならない」(御書1176ページ通解)
このころ、四条金吾は、主君の信頼を回復し、苦難の時期を耐え抜いて、春を迎えていた。しかし、それゆえに敵に狙われてもいた。ただでさえ、危険な状況の中、味方をも敵に回すことのないよう注意された御文と拝される。
女性の繊細な心理を理解された御本仏の深いご配慮が伝わってくる。
第一線で労苦を分かち合え!
一、ともあれ、広布のため、学会のために奮闘してくださる婦人部、女子部の皆さんへの感謝を忘れてはならない。
やってもらって当たり前・・・こうなったら、もう仏法ではない。創価学会ではない。
そうならないためにも、常に自らが第一線で戦い、広布の労苦を分かち合っていくことだ。そして、大変な中で戦ってくださっている同志が健康で、幸福になり、勝っていけるように祈っていくのである。
婦人部、女子部の皆さんも、男性幹部から一方的に無理なことを言われても、決して聞く必要はない。
時代は急速に変わっている。上意下達では、組織は硬直する。下から上を変えていくのである。上が慢心や不正を起こさないよう、下が意見を言い、しっかり見ていくのである。
女性の皆さんが、心晴れやかに、生き生きと躍動した分だけ、学会は躍動し、広宣流布は躍動する。
その歓喜と福徳こそが、わが家庭、わが地域、わが国土を栄えさせていくのである(大拍手)。
魔を近づけるな
一、48年前(1958年=昭和33年)のきょう3月29日、ご逝去される直前の戸田先生は獅子吼なされた。
最後の遺言である。「邪悪とは、断固、戦え!一歩も退いてはならんぞ。追撃の手をゆるめるな!」今再び、この究極の学会精神を、深く強く命に刻みつけてまいりたい。
法華経の薬王品の一節には、次のように記されている。
「我が滅度の後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して 悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」
要するに、悪魔・魔民どもに、いささかたりとも、つけ入るスキを与えてはならないとの遺命である。
戸田先生は、常に幹部に厳しく指導された。「断じて魔を寄せ付けるな、信心の利剣で断ち切っていけ」「法が正しいほど、魔が競い起こり、強敵が現れる。世間では、仏法者は従順と思っているが、とんでもない。邪悪に対しては、決して妥協するな。徹して攻め抜け!」
この精神で戦い抜いてきたからこそ、学会は、すべてを勝ち超えたのである。
一、ある時、戸田先生は青年に、こう指導された。
「自分の世界を不満に思うものは、出世しない。また人の悪口を言い、自分の失敗を弁解する人も、出世しない」
反対に、光っていく人とは、どんな人か。
「御本尊に常に感謝の念をもっている人は、いよいよ栄える。福運がいよいよまさる」
「感謝を忘れた人は、福運が消えていく」
また戸田先生は、厳しく言われた。昭和33年の3月22日のご指導である。「今後も、学会の組織を、私利私欲のために利用しようとする者があらわれよう。そのためにも、今のうちに断固たる処分を行い、そうした芽を摘んでおくことが大事なのである」
戸田先生が、どれほど学会の組織を大切にされたか。仏意仏勅の組織を、私利私欲のインチキな輩に利用されてはならない!
そうした人間を放置しておいてはいけない。徹して攻め抜いて悪の根を断ち切っていけ!それが戸田先生の叫びであった。
断じて許さぬとの怒りを!
一、戦いは「執念」である。
そして、明快な「目標」をもつことだ。一つ一つ結果を出すことである。それがなければ、本当の戦いとはいえない。戦っているつもりになっているだけで、空転してしまう。
「曖昧な的に向かって放たれた矢が当たるわけはない」とは、牧口先生の箴言である。
私は、戸田先生の言われた通りに実行して、盤石な学会をつくってきた。先生をデマによって誹謗する者がいれば、ただ一人で飛んでいって、真実を叫び切った。
ひとたび、学会や師匠がバカにされ、侮辱されたならば、「断じて許さない!」と、心から燃え上がるものがなくてはいけない。
腹の中でせせら笑っているような、卑劣な人間にだけは、なってほしくないのだ。
今は、何もかも順調に見えるかもしれない。しかし、もしも「師弟の精神」を失ったならば、将来は危うい。
だからこそ、私は、戸田先生の炎のごとき「戦う魂」を、厳然と後世に伝え、残しておきたいのである。
創価学会という偉大なる人間の結合を、断じて守り抜かねばならない。
太陽が昇れば闇は消える
一、「まことの時」に、いかなる信心を貫き通せるか。三世を通暁なされる仏は、その一点を峻厳なまでに凝視しておられる。
日蓮大聖人が佐渡に流罪された時、多くの門下が退転した。大聖人は「1000人のうち999人は退転してしまった」(御書907ページ通解)と仰せである。
「あるいは身は堕ちなくても心は堕ち、あるいは心は堕ちなくても身は堕ち」(同1181ページ通解)た人間もいた。
反逆しなかった者も、「まことの時」(同234ページ)に本気で立ち上がらない人間もいた。そのなかで、いざという時に、変わることなく、「勇気ある信心」を貫き通して、正しき「師弟の道」を歩み抜いた弟子を、大聖人は顕彰し、宣揚してくださっている。
四条金吾に対して、大聖人は、こう仰せである。有名なお手紙である。
「返す返す今も忘れないことは、(竜の口で日蓮が)首を切られようとした時、あなたが、私の共をして、馬の口に取りついて泣き悲しまれたことです。これをいかなる世に忘れることがありましょうか。たとえ、あなたの罪が深くて地獄に墜ちられたとしても、その時は、日蓮が釈迦仏から、どれほど『仏になれ』と誘われようとも、従うことはありません。あなたと同じく、私も地獄に入るでしょう。日蓮と、あなたとが、ともに地獄に入るならば、釈迦仏も法華経も、地獄にこそいらっしゃるに違いありません。たとえば、闇の中に月が入って輝くようなものであり、湯に水を入れ冷ますようなものであり、氷に火をたいてとかすようなものであり、太陽に闇を投げつければ闇が消えるようなものでありましょう。(それと同じように、地獄であっても、必ず寂光土となるでしょう)」(同1173ページ通解)
なんと深く、なんと尊く、なんと美しい師弟の道であろうか。これが、日蓮大聖人の仏法の真髄なのである。
さらにまた、乙御前の母(日妙聖人)にも、こう仰せである。「日蓮が鎌倉にいた時は、念仏者らはさておいて、法華経を信じる人々でも、本当に信心がある人なのか、ない人なのか、分かりませんでしたが、幕府から咎めを受けて佐渡の島まで流されてみると、訪れる人もありませんでした。そのなかで、あなたは女性の身でありながら、さまざまな御志の品を届けられたうえ、ご自身が佐渡まで訪ねてこられたことは、現実のこととも思えず、考えることもできないことです」(同1220ページ通解)
「苦労をかけるが君の師匠は僕だ」
一、ともあれ、大聖人の示された通りに、学会は師弟の道を歩み抜いてきた。ご存じの通り、戦時中、軍部から弾圧されて投獄された戸田先生は、牧口先生を偲ばれて、「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」と語られた。
その戸田先生に、私も、まったく同じ決心でお供した。それは、昭和25年8月24日の夜、西神田の学会本部での、法華経講義が終わった後のことであった。
戸田先生は、当時の事業の苦境を端的に語られると、突然、発表された。「熟慮の末、思うところあって、理事長の職を辞任する」皆に動揺が広がった。「理事長が変われば、師匠も変わってしまうのであろうか」
私は一人、戸田先生の部屋に伺い、悔し涙を流しながら、この一点を確認させていただいた。戸田先生は明快に答えてくださった。「いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまうが、君の師匠は僕だ!」
先生の目にも、涙が光っていた。私はうれしかった。そして、生命の底から決意したのである。「先生に襲いかかる、ありとあらゆる難は、断じて私がはね返してみせる。そして、必ず必ず、戸田先生に会長になっていただくのだ」と。
難はつくる 真の獅子を
一、戸田先生は当時、莫大な借金を抱えておられた。生死の淵に立つように、憔悴しきっておられることもあった。給料も出ない。社員は次々と辞めていく。「戸田の馬鹿野郎!」「インチキ野郎!」「タヌキ野郎!」などと口汚く罵る人間もいた。恩を仇で返す人間もいた。彼らの心根は、わがままであり、自分勝手であり、増上慢であった。
私は、師匠に人生を捧げた。すべてをなげうってお仕えした。ある時、戸田先生に申し上げた。「先生、私は戸田先生の弟子です。力をふりしぼって、私がお守りします。どうか、ご安心ください」と。
戸田先生は、肺病を患っていた私のことを心配してくださった。「このままでは、30歳まで生きられない」「大作が死んだら、おしまいだ」と涙を流されることもあった。
厳しい先生であられたが、心は、慈愛に満ちあふれていた。私は文字通り「阿修羅のごとく」、全身全霊で戸田先生をお護りし、事業の打開に獅子奮迅の戦いを続けた。
そして、もっとも厳しい試練の冬を乗り越えて、戸田先生の第2代会長就任の「5月3日」を迎えたのである。
「難は、まやかしの信仰者を淘汰し、獅子をつくる」戸田先生の忘れ難いご指導である。
私が、戸田先生のもと、本部職員となったのは、昭和33年の3月1日のことである。戸田先生は私に言われた。「君の本部入りは、天の時だ。10年間、苦難の道を歩みゆけ!理事室に新風を入れよ!」
そして、先生は、万年の学会の発展のために、私に後事の一切を託されたのである。私は今、心から願う。新時代のため、後継の新しい青年を見つけだしたい。立派な人材に鍛え上げたい、と。
リーダーの皆さんは、どこまでも「会員第一」の道を貫いていただきたい。尊き同志の奮闘があるからこそ、学会は盤石であり、リーダーも指揮を執れるのである。
戸田先生は「幹部のご機嫌をとってはいけない」と言われた。もしも、威張る幹部や、ずるがしこい幹部が出たならば、皆で率直に意見を言っていく。そうした建設的な気風を、一段と強めてまいりたい。
対話を世界へ!
一、このたび、インドの世界的な農学者スワミナサン博士と私との対談集が、発刊の運びとなった。<『「緑の革命」と「心の革命」』。潮出版社から4月2日発刊>
世界の知性との対談集は、これで、ちょうど40点となる。現在、進行中、準備中のものも含めると、55点にのぼる。
トインビー対談は、世界の26言語、ペッチェイ対談は16言語、ポーリング対談は9言語で刊行されている。
私の著作や対談集は、これまで34言語で出版された。海外出版だけでも800点を超えている。インドネシア語やポーランド語、トルコ語やスワヒリ語、イタリア語やセルビア語など、多様な文化圏で翻訳され、仏法とは縁のなかった多くの国々の方からも、反響をいただいてる。
今後も、「ゴルバチョフ対談」のアイスランド語版、「テヘラニアン対談」のインドネシア語版、「ポーリング対談」の中国語版等々、各国から要請が相次ぎ、出版の予定となっている。
スワミナサン博士も、今回の対談集の発刊を、ことのほか喜んでくださっている。<博士は、名誉会長との対談について「私の人生におけるもっとも輝かしい出来事」と述べている>
博士は、核兵器と戦争の廃絶をめざす科学者の団体「パグウォッシュ会議」の会長としても活躍されている。長年、会長を務めてきたロートブラット博士の心を継いで、世界を結んでおられる。
「緑の革命」で女性が大活躍
一、スワミナサン博士との対談でも、「女性の力」が一つの焦点となった。かつてインドの食糧危機を救った「緑の革命」において、ひときわ重要な役割を果たしたのは、名もなき庶民の女性たちであった・・・博士は、こう強調されている。すなわち、科学者が、米や小麦の新しい品種を開発しても、その品種が本当に人々に受け入れられるかどうか。実際に見極め、判断するのは、庶民の女性であった。
そして、ひとたび、品種の採用を決めると、その「種」を植え、育て、増やして、多くの人々に普及させていったのも、女性たちであったというのである。
博士は、述べておられる。「種子を保存するときも、農作物を管理するときも、さらには食用としての品質を判定するときも、あらゆる段階で女性が中心でした。女性の役割は、多くの場合、過小評価され、無報酬であり、報われることも、賞讃されることもありません。しかし、それは非常に重要な役割なのです」
博士は、60年間、農業にかかわってこられた。その経験の上から、農業のあらゆる場で「女性」の意見がさらに尊重され、男女の平等が確立されるならば、自ら理想とする「永続的な緑の革命」は必ずや成し遂げられると、展望しておられた。
博士はまた、「女性を大切にすることが、社会にとって、どれだけ有益か」について、ご自身の信念を、次のように語っておられる。「生物学的にも心理学的にも、母親は子どもたちや共同体全体に対して、より大きな以上と慈悲の心をもっています」「もしある家庭で女性のために何かをすれば、それはあらゆる人に恩恵を与える」と。
つまり、女性を励まし、大事にすれば、その恩恵は、家庭のみならず、まわりの人々にも及び、広がっていく。結果として、より多くのひとが、幸せになるというのである。
博士は率直に”男性に同じことをしても、そうはならないでしょう”とも言われた。
女性に光を当て、女性の意見を重んじ、女性に十分な活躍の機会を開き、女性が最大に力を発揮できるようにする。
そうした「女性のエンパワーメント(女性に力を贈ること)」こそが社会の発展のカギであると、私たちは語り合った。
創価の元朝へ
一、思えば、昭和35年の5月3日。私が第3代会長に就任したとき、学会の世帯数は140万であった。そして、2年後に300万世帯が達成。さらに、会長就任10年にして、750万世帯を実現した。
5月3日は、創価学会の元朝である。世界広宣流布の祝日である。常に、皆の心が一致して、この日を祝賀し、新たな「一歩前進」を踏み出していく。これが、学会の希望のリズムであり、勝利の法則である(大拍手)。
一、2001年の5月3日に開学した、アメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスも、おかげさまで目覚ましい発展を遂げている。
卒業した1期生も、見事な活躍を繰り広げている。立派に成長した2期生も、まもなく巣立っていく。先日も、ハーバード大学教育大学院に進学が決まったアメリカ創価大学1期生のネイスン・ガウアー君が、凛々しい決意の手紙を寄せてくれた。
そこには、こう綴られていた。「3月16日の創価学園の卒業式で、私がハーバード大学教育大学院に合格したことを紹介してくださり、ありがとうございます。これまでの10倍の努力をしてまいります」
ハーバード大学といえば、私も、要請をいただいて2度、講演した。<1991年9月と93年9月>
私は、即座に、ガウアー君に返事を英語で送った。「君よ、君よ!勇敢に、そして朗らかに、一生涯、大空を飛べ、遊べ!ハーバードの空に、大きな美しい虹かかれ!」
常勝の名指揮を
一、最後に箴言を贈りたい。有名な中国の思想書『韓非子』には、こう記されている。
「悪事が必ず見ぬかれるとすれば、だれでも用心するし、必ず誅罰されるとなれば、だれでも悪事はやめる。しかし、見ぬかれないとなれば、わがままにふるまい、誅罰もないとなると、どんどんやってのける」(金谷治訳注『韓非子』岩波文庫)
だからこそ、正と邪を明快に言い切っていかねばならない。断じて悪を放置してはならないのだ。さらに『韓非子』にこうある。
「明君は善人をさがし出してそれを賞し、悪人をさがし出してそれを罰する」(同)
賞罰の乱れは、滅亡の因となる。明確な賞罰の実行が、発展の力をなる。広宣流布のリーダーは、影で戦っている健気な同志を徹して讃え、堕落した反逆者とは徹して戦う責務がある。
どうか、常勝の名指揮を頼みます!我らの目的は一つ、広宣流布である。その一点に向かって、すべての同志が団結することだ。異体同心で進んでいくのである。
結びに、
めぐりくる
五月三日の
晴れの富士
誠実と
慈愛の勲章
わが胸に
と贈り、記念のスピーチといたします。
長時間、ご苦労さまでした。お会いできなかった全国各地の皆さま方に、くれぐれもよろしくお伝えください。本当にありがとう!(大拍手)
(2006・3・29)
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