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田川のメンバーは、山本伸一への誓いを託して、愛唱歌を作詞作曲した。歌のタイトルは「田川に春を」であった。 夢にまで見た 先生に逢うよろこびは だれのもの 目ざそう君よ 我が師と共に 田川に春を 田川に春を 築こうよ ”私たちは断じて勝とう。そして、いつの日かこの歌を、山本先生に聴いていただこう!” メンバーは、そう心に決め、この「田川の春を」を歌いながら、試練の坂道を越えてきた。 伸一は、その報告を受けていたのだ。 伸一たちが田川会館に着くと、本部長の吉井寿実らが、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。 会館には数人の地元の幹部がいただけだった。 「今日は、田川の同志は、自宅などで唱題しております。先生はお忙しいでしょうから、会館に押しかけたりせず、ゆっくりお仕事をしていただこうと、みんなで話し合いました」 「申し訳ないね。皆さんの温かい配慮が身に染みます。お会いできなかった同志に題目を送ります。くれぐれも、よろしくお伝えください」 伸一がこたえると、吉井は紙に書いた歌詞と譜面を差し出した。 「先生、これが私たちの愛唱歌『田川に春を』です。苦しい時も、悲しい時も、この歌を歌い、先生を思い浮かべて頑張ってきました」 伸一は、歌詞と譜面に目を通した。 「いい歌だね。田川の勝利の歌だ。皆さんは勝った。大勝利したんだ。あさって、福岡の九電記念体育館で本部幹部会があるから、そこで代表に歌ってもらおう。東京以外の地で本部幹部会を行うのは、これが初めてなんだよ。そこで凱歌を響かせてもらおう」 この体育館は、かつて田川の代表が招待された、あの九州幹部会が行われた会場である。 「ありがとうございます!」 吉井の目が潤んだ。 田川のメンバーは、晴れの本部幹部会で、高らかに、朗らかに、「田川に春を」を合唱した。 それは、時代の波浪を乗り越えた、民衆の歓喜の凱歌であり、全同志の希望の歌声となった。
2006/05/02
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「悩みを抱えているのに明るい。その姿に間違いないと思ったんです」 新入会の青年の言葉が印象的だった。 悩みや苦労は恥ずかしいものと思う風潮。その中にあって、苦難に負けない学会員の姿が、どれほどまわりの人に勇気を与えていることか。 池田名誉会長と対談を進めるブラジルの天文学者モウラン博士は、暗黒星雲が南十字星の輝きを際立たせていることを通し語った。 「私たちも、置かれた状況が暗ければ暗いほど、また、つらければつらいほど、より輝かなければなりません。暗いとき、苦しいときほど、私たちの生命の輝きを際立たせるように努めなければなりません」と。 暗黒星雲と言うと、恐ろしく聞こえるが、実は目に見える光を遮るほど集まった塵やガス。密度の高いところから、太陽のような構成が誕生する。暗黒の場所から希望の光は放たれるのである。恒星が輝くには、物質が高温高圧の状態になければならない。人間も、試練にあってこそ光る。 名誉会長は「自分を革命することだ。自分が生まれ変わっていくことだ。新しい自分の光、人間としての輝きを出していくことである」と。 苦難は、わが生命を彩る「宝」であるとの心意気で、”希望の一番星”と輝いていきたい。(高)
2006/05/02
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田川は、筑豊炭田最大の炭労都市であった。 山本伸一が、田川のことを、とりわけ強く心に止めるようになったのは、一九六八年(昭和四十三年)に九州を訪れた折、田川の一粒種の婦人から質問を受けたことがきっかけであった。 「田川では炭鉱が閉山になり、皆、生活苦にあえいでいます。田川の人たちは、どうしたら幸せになるのでしょうか」 必死な訴えであった。石炭から石油へと時代は変わり、日本経済を支えてきた炭鉱は斜陽の一途をたどっていたのだ。同志も職を失い、次々と都会へ移っていった。 そのたびに、この婦人は、皆を励まし、送り出してきた。 「私たちは、誉れの田川の同志や。どこへ行っても、田川の名を絶対に汚したらいかんばい」 しかし、田川での暮らしは逼迫していた。出ていく同志が羨ましく思えることさえあった。青年部員は、ほとんどいなくなり、座談会を開いても、参加者は五、六人になってしまった。 そのなかで彼女は、田川の信心の炎を消すまいと、懸命に頑張り抜いてきたのだ。 婦人の質問に伸一は確信に満ちた声で答えた。 「どんな事態に追い込まれようが、必ず活路を開いていけるのが信心です。負けてはいけない。そして、題目を唱え抜いて、同志を守ってください。頼みますよ」 翌年二月、東京に来たこの婦人から、伸一は報告を受けた。 「先生、田川の同志は大変な状況ですが、今こそ信心の力を示そうと、真剣に戦っています。みんな元気です」 「そうか。私は来月、福岡の九州幹部会に行くから、そこに田川の代表を招待しましょう」 三月七日、九電記念体育館での九州幹部会に、彼は代表五十人を招き、席も壇上に用意した。 この幹部会で伸一は、厳しい条件のなか、健気に戦うメンバーの活躍を紹介したあと、叫ぶように呼びかけた。 「皆さんは、どんなことがあっても、最高の幸せ者になってください」 ”よし、負けんばい!” 田川の同志の顔に、誓いの涙が光った。 さらに伸一は、帰途に就くメンバーに、心尽くしの菓子を贈った。皆、伸一の真心をかみしめ、決意を新たにしたのだ。
2006/05/01
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「家庭にあっても、娘さんが幸福であれば、一家の「繁栄の門」は大きく開かれていくものだ」 4月度の本部幹部会での池田名誉会長のスピーチを機に、一人の壮年が発心した。 壮年には、4人の娘がいる。何かを始めようと決意した。さっそく、二女が出場するバレーボールの大会の応援へ。 会場は創価大学の体育館だった。壮年の脳裏に、この体育館を舞台にした師との出会いが蘇った。未来会、音楽隊員として行事に参加した、あの日のことが。 壮年部に移行後、活動から遠ざかっていた。心までは離れていないと思ってきた。しかし、行動の伴わない「心」など偽りだと気付いた。 娘のために来たはずの壮年は、いつしか自分を見つめ、自身の広布の戦いへ誓いを新たにしていた。 「君よ!この人生で 自分自身に 果たせなかったものは 永遠に勝ちゆくために 子息子女に託すのだ。 これ 父子一体の信心と 仏法では説いている」と名誉会長は謳う。 子は父の姿を見ている。父が全力で広布に走り抜いてこそ、子どもたちに「広宣のバトン」を託すことができる。 お父さんが、生き生きしていれば家庭は幸福である。壮年部の皆さん!自分のために、家族のために、壮んなる時を、勇躍、前進しよう。(杏)
2006/05/01
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「自分を追い込んで、人からムリだと言われたようなことを達成するのを楽しみたい」 突然の引退発表で話題を呼ぶプロ野球の新庄選手は自著に書いた。 「彼は引退したら何するんでしょう?」とキャスターに問われたスポーツライターが野球を止めても『新庄剛志という生き方』は変わらない」と答えたのが印象的だった。 ”記録より記憶”という生き方。賛否はあろうが、あの楽天・野村監督をして、「守備と肩とハ走りは超一流」と言わしめるのだから、決して天性の才能だけではなく、人知れぬ努力があったことも想像に難くない。 芸術部として活躍する久本雅美さんのビデオ「自分らしく輝いて」を見た。”仕事のオフに休まず学会活動する。信仰が彼女のエネルギーになっている”と同僚が語る。しかし彼女は、女優業の合間に学会活動をしているのではない。「人間・久本雅美」という生き方の一側面が、女優なのだ。 これらは特別な人たちの話ではない。勤め人として、自営業者として、また主婦としての自分である前に、人間として自身の輝きを取り戻す。そこに信仰の力がある。 一人ひとりが「人間・○○」として、生涯、向上を目指す。健康第一で、1日24時間が人間錬磨の好機なのだ。(扶)
2006/04/30
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山本伸一は、さらに、この一年を「人間の年」と定めて前進していきたいと語ったあと、未来への飛躍のために、指針を述べていった。 「二十一世紀を迎えるとき、諸君の年齢は平均したところ五十代です。職場でも第一人者となり、人間として円熟し、すべてに自信をもって運営していける年代となる。まさに諸君は、二十一世紀の人です。ゆえに今は、いろいろ難しい問題を抱えていたとしても、未来を見つめ、『忍耐』の二字を心に刻み、ひたすら人間革命に励んでほしい」 また、青年は正義に生きよと呼びかけた。 「信心の道は進むものは『正義感』を決して失ってはならない。世間ではよく『清濁併せ呑む』ということが度量のように言われるが、不正、不純を容認し、それに慣れてしまえば、自分自身が濁っていく。そうなってしまえば、本末転倒である。信仰の世界にあっては”濁”は呑んではならない。そこから、必ず『正義感』を失い、結局は無気力な日陰の人物になってしまうからです」 さらに彼は、「鍛え」の大切さを力説し、「鍛えがなければ、人生の土台を築けない。どんなに辛いことがあろうとも、唱題に励み、挫けることなく、自信を築き上げていくことが、『生死即涅槃』の法理に通じるのであります」と訴えたのである。 それらの指導は、青年部の生き方の規範となる重要な指針となった。 青年部総会は歓喜のなか、「同志の歌」の誓いの熱唱で幕を閉じた。 感動のうちに総会が終わり、伸一が車に乗ろうとすると、福岡の県長である丸山義信が意を決したように口を開いた。 「先生、福岡に戻る前に、ぜひ田川会館にお寄りください。田川のメンバーも、ご訪問を待ち望んでおります」 「もちろん、私はそのつもりだよ。だって、田川の同志と約束だったもの」 伸一は、前年の三月に北九州を訪問した折、田川会館に立ちよる予定であった。しかし、スケジュールの関係で、どうしても実現できなかったのである。 その時、伸一は、田川本部長の吉井寿美と、「次は必ず訪問します」と約束していたのだ。
2006/04/29
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 東北では、桜前線が北上中。今冬は「平成18年豪雪」と名付けられた大雪が全国を襲った。多くの犠牲者を出し、深い傷跡を残しただけに、雪国の人は春の訪れを、どれほど待ちこがれたことだろう。 雪国救済の父・松岡俊三は、北の豪雪地帯に暮らす民衆の苦しみを国会で訴え続けた。昭和4年、政府に建議案を提出。機関紙を創刊し、リュックを背負って全国で講演。災害としての「雪害」を政府に認めさせた。今年で没後51周年を迎える。 彼の信念は「どこに住もうと、国民は生活は等しく保証されなければならない」。雪国の苦労が法律だけでなくなることはないが、彼の行動が、どれほど北国の人々を勇気づけたか。 池田名誉会長は、一貫して雪国で広布に励む友の奮闘を讃え、激励する。「励ましを受けるたび、一面の雪を嘆くより、郷土の広宣流布に生きようと思いました。それを教えてくれたのが先生です」と、このたび広布功労賞を受賞した山形の同志が感慨深く語っていた。 「戦いが厳しいほど、自分の秘められた可能性の扉は大きく開かれる。冬の鍛えがあればこそ、躍動の春の喜びは深い。困難に打ち勝った歓喜は無量無辺である」と名誉会長。雪国の人々の笑顔が満開になることを祈りたい。(仲)
2006/04/29
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平和創造の潮流となった、創価学会青年部による反戦出版や核廃絶一千万署名などの運動が、この日、この北九州の地で行われた第二十二回青年部総会で決定していったのである。 日蓮仏法は、立正安国(正を立て国を安んずる)、すなわち、人びとの胸中に正法を打ち立て、社会の平和と繁栄を目指す宗教である。 「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐をいのらん者か」(御書三一ページ)と仰せのように、自身の安穏と、「四表の静謐」つまり社会の平和とは、不可分の関係にあることを教えているのである。 それは、日蓮仏法が社会と遊離した宗教ではなく、社会に開かれた時代変革の宗教であることを示している。 青年部は今、その教えのままに、新しき社会の建設に向かい、勇躍、本格的な船出を開始したのである。 総会は、青年部長や副会長のあいさつと進み、会長山本伸一の講演となった。 かれはまず、”太陽の仏法”である日蓮大聖人の仏法を世界に広宣流布するために、海外の同志を激励し、民間次元の文化交流を推進するため、世界各国を駆け巡る決意を披瀝した。 次いで、最近の異常な”悪性インフレ”は、利潤追求を至上目的とした社会の在り方自体の問題であり、精神変革、精神改良こそが、最も喫緊の課題であることを、強く訴えたのである。 そして、人間にとって「志」が大切であることを強調していった。 「産業革命以後、社会は、本然の『人間として志』を目指すことを忘れて、『物財』を追い求めることに傾斜していったといえます。 『忘れる』の『忘』という字は、『心』と『亡ぼす』から成り立っておりますが、志を忘れれば、精神は滅亡することを、この字は教えているように思えます。 人間らしい志を失った社会は、無慈悲と教条主義と無知がまかり通る、殺伐とした社会になってしまう」 伸一は、その精神を蘇生させる場こそ、座談会であり、座談会を青年部の力によって、生命触発の「人間広場」としていくことを期待していたのである。
2006/04/28
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 今月上旬、沖縄研修道場を訪れた中国人民対外友好協会一行は、驚きの声を発した。「このミサイルは、わが国に向けられていたんですか!」。道場内の「世界平和の碑」は、かつての米軍の核ミサイルの発射基地。北京まで1時間半の射程だった。 同協会の陳こうそ会長が感慨深く語った。「ミサイル基地を”平和の舞台”に転換された池田先生の発想はすばらしい。そのことに感謝したい。 この『世界平和原点の知』こそ、世界の人々が平和のために手を携え、努力することを誓い合う場と思います」一つの着想が大きな波動を広げる。「この基地跡は、人類がいかに愚かな行為をしたかという証拠として残そう」。この池田名誉会長の提案によって、生命破壊の要塞から平和の要塞へと転換された「世界平和の碑」は、その象徴であろう。 「人生の芸術とは、最大の悪から最大の善を引き出すことである」と綴った文学者がいる。失望を希望へ、悩みを成長の糧へと転換する「人生の芸術」を生きるために妙法の信仰はある。 平和や幸福といった「最大の善」が脅かされる現代、その底流にある生命軽視や人間蔑視といった「最大の悪」の存在を明らかにし、それらと戦い、転換することがわれらの使命である。(琉)
2006/04/28
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野村勇をはじめ、青年部の首脳たちは、ワイマール憲法をもっていたドイツがナチスの独裁を許したのは、”民主”という憲法の精神が、民衆一人ひとりの信念として根づいていなかったことに、大きな原因があるととらえていた。 憲法も民衆という大地に根ざさなければ、どんなに立派であっても、実を結ぶことはない。 後に山本伸一と深い友誼を結ぶことになる、周恩来総理の夫人で中国の女性リーダーであったトウ頴超はこう訴えている。 「密接に民衆と結びついて、民衆に依拠して、団結できるすべての人と団結する。これが戦う私たちの出発点です」(西園寺一晃著『トウ頴超』、潮出版社) 青年部の首脳たちも、日本国憲法を守り抜くため、その精神を民衆の胸中深く浸透させることに力点を置いた運動を推進しようと考えたのだ。 壇上の野村は、演台の水を飲むと、さらに話を続けた。 「われわれは、具体的には、当面、次の運動を進めたい。日本国憲法の恒久平和主義の理念を世界の世論としていくため戦争体験者の悲痛な戦争否定の叫びを集大成する一大反戦出版活動に取り組む。また、昨年末、進めてきた核兵器撤廃、戦争絶滅を要求する署名運動は、現在、三百万を突破したが、これをもう一歩進めて、本年末までにできれば一千万署名を勝ち取り、われわれの平和への願いとして、国連へ提出する」 このほかに、各地域で憲法講座を開催することや、人間の生存権の条件である健康にして文化的生活環境の建設を目指すことが発表された。 最後に野村は、渾身の力を振り絞るようにして、参加者にこう呼びかけてのである。 「この世で最も強いものはなにか。それは信心の二字であります。また、この世で最も強い人間の絆は何か。それは師弟不二の絆であります。本日の、この青年部総会を期して、われわれは、山本先生のもと、再び”戦う男子部””行動する男子部””チャレンジする男子部”を合言葉に、勇敢にして大胆に、広布の王道をたくましく歩んでいこうではありませんか!」("とうえいちょうのとう"は機種依存文字ですということでカタカナ表示しております)
2006/04/27
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「海外の同志に、『当に仏を敬うが如く』の心をもって、皆で最大の拍手を送りたい」。 池田名誉会長は、先日の本部幹部会で提案した。来日した23カ国・地域の友は、温かい拍手に包まれた。 法華経の行動者を「仏を敬うが如く」大切にしていく。ここに法華経の根本精神がある。日蓮大聖人は、これを「最上第一の相伝」(御書781ページ)と定めた。 この教えを、誰よりも実践してこそ、真の相伝者である。例えば、海外の友を気持ちよく送り迎えする。「この姿勢がリーダーにあれば、世界広布は自然のうちに進んでいく」と名誉会長。 現代における広布の行動者である学会員を大切にしてこそ「最上第一の相伝」を実践することになる。信徒を蔑視し、供養の具としてしか見ない日顕宗が大聖人の相伝に真っ向から違背していることは、この一点でも明白だ。 大聖人は、仏師に最大の真心を尽くされ、徹して一人を尊厳することを教えている。この、どこまでも人間を尊敬する「法華経の心」が広まる時、真の世界平和も築けよう。 今こそ人間尊敬の壮大な連帯を!名誉会長の「大誠実」の魂を、わが身に刻み、自分の周囲の一人一人に尽くしていこう! こう改めて固く決意した。(川)
2006/04/27
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野村勇は、力強くアピールを読み上げた。 「われわれは、仏法の『生命の尊厳』『絶対平和主義』の理念に照らし、基本的人権の尊重、国民主権主義の原則とともに、世界に比類なき徹底した平和主義を高らかに掲げた日本国憲法を高く評価し、その理念を死守していくために、次の四点を強く決意するものである」 参加者は、固唾をのんで次の言葉を待った。 「一、日本国憲法に明文化された恒久平和主義の理念を、全世界の世論とし、ひいては世界各国の憲法にその理念が取り入れられることを目標に、そのために積極的な環境づくりを粘り強く展開していく。二、『人間の精神的自由』をはじめとする基本的人権と、『真実の民主主義』を堅持していくために、人権思想、民主主義思想の定着化および肉化を推進するとともに、人権侵害の事実に対しては、その救済に努力していく。三、なかんずく『人間として生きる権利』の実体的保証を規定した憲法第二十五条を、改めて深く確認し、その精神をわれわれのあらゆる日常的生活場面において顕現させ、真に人間らしい文化的生活を獲得するための、新たなる観点からの運動を推進、展開する。四、憲法を空洞化し、無力化する動きに対しては、常にこれを監視し、警戒するとともに、憲法の基本理念を根底からくつがえすような重大な問題が生じた場合には、これに対し、断固たる反対行動を展開する」 そして、アピールは、「人類の幸福と平和を願う全世界の人々と連帯し、スクラムを組んで、この運動を持続的に展開していくことを決意するものである」との言葉で結ばれていた。 野村は全文を読み終えると、こう呼びかけた。 「このアピールに賛成の方は、挙手願います」 「おー」という雄叫びとともに、参加者の手が一斉にあがった。 「青年諸君、未来は君たちのものである」(注:『周恩来選集』森下修一編訳、中国書店)とは、中国の周恩来総理の叫びである。 未来を腕にいだく青年には、責任がある。現実の大地にしっかりと立ち、社会に担って進む、重い責任が!
2006/04/26
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 今年は、周恩来総理没後30周年。常に人民を思いやる生涯だった。ある時、総理の搭乗機が中国国境へ。そこは標高4000メートル以上の山奥。管制塔があった。誰が気付かなくても黙々と働く人々がいる。総理は、励ましのメッセージを打電した。 総理就任後に居を移した折、すり切れた古いカーテンを見かねた側近が、新しいカーテンに取り換えた。総理は「今の中国は貧困のどん底にある。自分の家を直す材料があるのなら、もっと他に必要としているところがあるはず」と、もとのカーテンに戻させたという(周爾均著『周恩来の闘い、愛』) 広布の活動では、日常さまざまな人と接する。食事をとる時間もなく、職場から会合に直行してくる友。家事をやりくりし、子どもを抱え、家族の面倒を見ながら活動に汗を流す婦人。 皆が尊い存在である。その行動を「ありがたい」と思うか、「当たり前」と取るか。微妙な一念の差は大きい。とりわけ広布のリーダーは、他人の労苦を鋭敏に感じ取れる人でありたい。「ありがとう!」。その一言が広布を前進させる。 見えない労苦を思いやる想像力。そこには、自らの成長と人間関係を豊かにするカギがある。ひいては、人と人の争いを解決する力がある。(広)
2006/04/26
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山本伸一が、平和憲法の擁護を訴えたのは、深刻な経済危機が進む日本の行方が、ナチスが台頭したドイツのワイマール体勢末期のような事態になりかねないことを憂慮したからである。 ワイマール憲法は、民主主義の典型ともいうべき、当時の世界の先端をいく憲法であった。 ところが、深刻な生活不安に悩むドイツ国民は、ナチスという強力な勢力に、その不安の解消を期待した。そして、首相のヒトラーに全権を委任する授権法案が国会で可決されたのだ。 それは、国民が自らの権利を放棄させられたことに等しかった。 その結果、ナチスの独裁を許し、ワイマール憲法は形骸化され、人間の尊厳も、民主主義も、無惨に踏みにじられ、あの悲惨な歴史がつくられていったのである。 人々の幸福を実現するために、「生命の尊厳」と「人間の精神の自由」を、また、「民主主義」を、そして、「平和」を守り抜くのが、仏法思想を実践する創価学会の使命であると、伸一は考えていた。 その意味で、基本的人権の保障、国民主権、恒久平和主義をうたった日本国憲法の精神を守ることの重要性を、彼は痛感していたのである。 もちろん、時代も、社会も大きく変化していく。それにともない、長い歳月の間には、条文の補強や調整が必要となることもあろう。 しかし、日本国憲法の精神事態は、断じて守り抜かなければならないというのが、伸一の信念であった。 その思いを、彼は一カ月前の本部総会で語り、青年部に平和憲法の擁護を訴えたのである。 平和を死守する人がいてこそ、平和は維持されるのだ。 恒久平和とは、平和のための闘争の、連続勝利の帰結なのである。 青年たちは、伸一の意見に大賛成であった。 以来、何度となく討議を重ね、憲法の精神を守るための具体的な運動を練り上げていったのだ。 野村勇は、叫ぶように訴えた。 「われわれは、戦後日本の精神遺産である日本国憲法の精神を、一人ひとりの信条にまで高めていくために、この総会でアピールを採択したい」 場内は大きな拍手に包まれた。
2006/04/25
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「熱があってしんどいから休む」。そう言った中学2年生の息子は、2学期の始業式翌日から突然、不登校に。学校へ行くよう諭すが、状況は悪化していく。 元気だった息子の変わり果てた姿。母は涙が止まらなかった。 「一番辛いのは本人なのですよ」。先輩の激励に、息子の気持ちを理解しようとしなかった自分に気づいた。じっくりと息子の声に耳を傾け、子どもを信じて、懸命に祈った。忍耐の日々を経て、彼は中学を卒業。今、創価大学で使命の青春道を歩む。 重症心身障害の娘を抱える婦人。娘が18歳の頃、手を引いて、小さな運動場を一周できた。 「人間は生きるスピードが皆、違う。人によってもっている特性は違う」ことを学んだ。ゆっくりと成長していく娘の変を感じたときの喜びは、ひとしおだとも。 人それぞれ生きる速度は異なる。だから、人と比べるより、自分がどうかだ。きのうの自分より、きょうの自分は何ができるか。そう日々を生きる人は、子どものわずかな成長にも気づき、喜べる。 教育について池田名誉会長は語っている。 「自らの生き方をかけた、大人たちの挑戦にほかならない」 まずは、自身が成長しよう! 「教育」は「共育」である。(芯)
2006/04/25
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草創期以来、大発展を遂げた地区や支部は、壮年や婦人が青年を大事にし”学会家族”の温もりに包まれていた。 折伏なども各部が一体となり、和気あいあいと進められていた。壮年、婦人に包容力があれば、青年は安心し、伸び伸びと活躍することができる。また、経験豊かな壮年、婦人の存在は、青年にとって、人生の諸問題についての、よき相談相手となる。 その陰の支えがあってこそ、若い力が育まれていくのである。 青年部総会の式次第は、男子部長の野村勇の「『社会の年』と青年の使命」と題する話に移っていった。 野村は、青年部は、この一九七九年(昭和四十九年)「社会の年」を、前年に引き続いて「青年の年」第二年と明確に定め、力強くスタートを切ったことを語った。 さらに、「社会の年」を、こう意義づけた。 「その眼目は、一言して言えば、もはや時代精神となってきている仏法思想を、各人がいかに広く、社会に、地域にと展開し、すべての人々の『心の財』にしていくかにあります。いわば、本格的な仏法運動の実践の年が『社会の年』なのであります」 山本伸一は、壇上にあって野村に視線を注ぎながら、「そうだ!」と頷いていた。 ハーバード大学の名学長として名高かった、チャールズ・ウィリアム・エリオットは訴えた。 「われわれは行動する人間を育てるのだ、公共の利益に大きく貢献する人を世に送るのだ」(注) 伸一も、まさに同じ思いで、会長就任以来、青年たちの育成にあたってきたのである。 野村は「社会の年」の具体的な実践として、青年が座談会運動の牽引力になることなどを訴えたあと、平和憲法の擁護について語り始めた。 これは、前年十二月の本部総会で、山本伸一が平和憲法の擁護を青年たちに託すと語ったことを受け、青年部として検討を重ねた結論であった。 平和の問題について、学会の青年たちは敏感であった。 社会、世界の現実を見すえ、いかにして生命を守り、恒久平和の道を開いていくかを、仏法者として第一義のテーマとしていたからである。
2006/04/24
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 大学ラグビーの両雄の戦いは、幾多のドラマを生んだ。 早稲田の前監督・清宮克幸氏と、関東学院の春口廣監督。二人は全国大学選手権の決勝で5回連続して対戦。そのうち3度、”清宮ワセダ”が関東学院を破り日本一に。 「強い関東学院があるからこそ、チーム作りが明確になる」と清宮氏。強いライバルの存在をありがたく思った。ライバルが強くあることを心から望んだ。 春口監督がある選手のポジションを変更した、と知った氏。”関東学院は絶対に弱くなる”。氏は自分の反対意見を伝えようと、記者に頼んだ。「敵に塩を送るのでは」との記者の問いも、意に介さなかったという(清宮克幸著『究極の勝利』) グラウンドの上では敵でも、日本ラグビー界の発展へ、二人は盟友であり同志だった。人生における”宝”とは何か。自分の目標となる友、自身を成長させてくれる同志こそ尊極の宝だ。 釈尊は「善き友を持つことは、仏道の半ばではない。仏道のすべてなのだ」と(サンユッタ・ニカーヤ)。共に広宣流布へ・・・この仏法の精神を現代に蘇らせたのが創価学会である。 新たな出会いに心躍る日々。友人にとって自分がまた善き友となる人間革命に挑戦し、対話の波を起こしていきたい。(馨)
2006/04/24
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「今まで経験したことがない家族的な温か」「自分も悩みを抱えているのに、人に尽くし、励ましてくれる姿に感銘」 新入会の友に、入会のきっかけを聞いたときの答えである。 人と人の間で成長するからこそ「人間になる」と言われる。心のどこかで確かな絆を求めて生きるということは一見、気楽なようで難しい。互いに支え合い、励まし合いながら、現実の生活に挑戦する中に、真の充実がある。そこに「生きる力」も育まれる。 インドの詩聖タゴールはいう。自己を見失う。すなわち人間は、広い人間関係の中に、自らのより大きく、より真実な自己を見出すのである」(森本達雄訳)と。 切磋琢磨する人間関係が広がれば、自分の境涯を高めていける。「人間革命」は、”人間関係の革命”から始まるとも言えよう。反対に学会を裏切って孤立した人間が、自分を見失って人生を狂わせていくのは、タゴールの指摘通りだ。 通信手段の発達した現代社会では、人間関係は拡大したかに見える。が、広く浅い絆は脆く、壊れやすい。「人間対人間」という人格の打ち合いで「真実の自己」を見いだす運動が、われらの広宣流布である。(友)
2006/04/23
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吉川美香子は、はつらつと、確信にあふれた声で訴えていった。 「心から他人の生命の痛みを分かち合おうとする時、そこには深い友情の絆が生まれます。そして、友を思う真心は、自ずから仏法対話となっていきます。いわば折伏は、友情の帰結であり、また、それによってさらに強い友情が育まれていきます。不信と猜疑の渦巻く現代社会を蘇生させゆくものは、確たる信条をもった、春風のごとき人間生命の交流です。この最高無二の希望と幸福の道を教えてくださったのが創価学会であり、山本先生です。私たち女子部は、『友の幸せのために、私はいかなる苦労も惜しまない。いな、それこそ私の最高の喜びである』と胸を張って、折伏・弘教の実践に邁進していこうではありませんか!」 さわやかな「はい!」という声が響き、共感と誓いの拍手が広がった。 山本伸一も、女子部の清純な決意を心から賞讃し、大拍手を送った。 日蓮大聖人は「女子は門をひら(開)く」(御書1566ページ)と仰せである。女子部の友情と仏法対話の広がりもまた、広宣流布の門を大きく開いていくにちがいない。 女子部時代に折伏に挑戦することは、仏法者として、自分の生き方の芯をつくり上げ、福運を積むうえで、極めて重要なことといえよう。 折伏は、すぐに実らないかもしれない。しかし、仏法を語り、下種をし、末長く友情を育んでいくならば、いつか、その人も信心に目覚める日が来るものだ。結果を焦る必要はない。 大事なことは、友の幸福を願う心だ。仏法を語る勇気だ。勇気が慈悲にかわるのである。 また、壮年、婦人は、広宣流布のために、青年を大切にし、徹底して応援し、その育成に全力を注がねばならない。 大聖人は、阿仏房・千日尼夫妻の子息が、立派な後継者に育った姿を喜ばれ、「子にすぎたる財なし」(同1322ページ)と讃えられた。広宣流布は、後継の青年をいかに育てるかに一切がかかっているのだ。 特に女子部の折伏、部員増加は、親の了解なども重要な課題となるだけに、壮年、婦人が責任をもって推進する必要がある。
2006/04/22
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「長崎さるく博06’」が開催中だ。 「さるく」とは長崎弁の「ぶらぶら歩く」の意。町歩きで歴史や文化に触れるイベントだ。 街中には印刷術や写真技術など「長崎事始め」を伝える石碑が至る所に。維新に活躍した人物の像も。江戸時代の鎖国下、唯一の蚕開港地。 この世界の窓で幕末、多くの志士たちが学び、新しい国造りに奔走した。明治政府の財政を確立した大隈重信も、青年時代を過ごした。 嵯峨藩の役人で長崎に来ていた彼は、アメリカから来たフルベッキと出会う。その英字塾で学び、大きな影響を受けた。大隈は英字を通して人材を育成する藩校「到遠館」の開設に尽力。 大隈青年の後に、近代日本の夜明けを担う数多の青年郡が続いた。一人の青年の向こうには無限の可能性と未来が広がっている。 「後世畏るべし」。今、日本が閉塞感を打ち破るには、この信頼の回復から始めるべきだ。 池田名誉会長は若き友に「私は諸君を信じる。『諸君のために』・・・ただそのために私は生きる。諸君こそ、人類の希望なのだ。宝をもっているのだ」と。人材を育てる人が真の人材。その一人として、わが人生を歩もう。(知)
2006/04/22
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自ら手を汚したがらないという若い女性たちの傾向性の根底には、幸福は他から与えられるものだという考えがある。 しかし、幸福は自分の心が創り出すものなのだ。自らの手で掴み取るものなのだ。そのためには、労苦を避けて通ることはできない。 ゲーテは警告した。「生活をもてあそぶものは、決して正しいものになれない。自分を命令しないものは、いつになっても、しもべにとどまる」(注) また、苦悩なき人生はないのだ。どんなに華やかそうに見えても、人は悩みを抱えている。一時期は幸せを満喫しているようでも、それが永遠に続くことなどない。 生きることは、苦悩することであるといってもよい。それに負けて、希望を失い、自暴自棄になってしまうことから、人は不幸になるのである。 だから、悩みや苦しみに負けない強い心、大きな心をつくるしかない。苦悩が大きければ大きいほど、それに打ち勝つとき、より大きな幸福を感ずることができる。 いな、その挑戦の中にこそ、充実と歓喜の生命が脈打ち、わが胸中は幸福の泉となるのだ。その能動的な自己をつくり、心を大きく、強くすることが、「人間革命」なのである。 女子部長の吉川美香子は、そのための信仰であることを強く訴えた。さらに、真の友を求めながら自らが傷つくことを恐れ、深い関わりを避ける生き方の背後には、根深い人間不信があることを指摘していった。 「人の貴さも、自分の可能性や強さも信じることができなければ、人間はどうしても臆病になり、閉鎖的になります。しかし、仏法では、すべての人が輝かしい個性を持ち、その胸中に”仏”の生命があると説きます。この法理のもとに、互いに信じ合い、助け合い、励まし合う、この世で最も美しい宝石のごとき、若き女性の連帯を作りあげてきたのが、わが女子部であります。今こそ、山本先生と共に、私たちの平和と幸福のスクラムを、社会に広げていくときであると思いますが、いかがでしょうか!」 賛同の大拍手が会場を揺るがした。
2006/04/21
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 ブロック総会で一人の婦人が語った。 事情があって、小さい頃満足な教育を受けられなかった。後年、字も書けず、寂しい思いをしていたとき、婦人部の先輩がある提案をしてくれた。 「これを書き写して字を覚えよう」。示されたのは本紙の「きょうの発心」だった。以来、7年間、一生懸命、書いた。「頑張って」と、ノートを贈ってくれた壮年はじめ、学会員に励まされ、ついに仮名が書けるようになった。 今では簡単な漢字も書け、本紙の「わが友に贈る」を書き写しているという。苦学し、逆境を超えて大学教授や博士になった壮年、家族の難病に悩み、希望を失ったが、入会して勇気を得たという医師など、学会には無数の蘇生のドラマが躍動している。 一人の友が苦難の渦中から立ち上がるとき、そこには必ず学会の同志の存在がある。何としても乗り越えて!負けちゃいけない!と、信仰体験やスピーチ、御書を通して懸命に語る人がいる。 「されば仏になるみちは善知識にすぎず」(御書1468ページ)とある。善知識とは、仏法を実践する際に支え、励ましてくれる人のことだ。その存在がいかに大切かという御聖訓だ。学会こそ最高の善知識。感謝を忘れず、幸福の軌道を進みたい。(弓)
2006/04/21
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一月二十日、会長山本伸一が出席して、第二十二回「青年部総会」が晴れやかに開催された。 創価の青年たちは、寒風をついて、新しき社会を建設する息吹をみなぎらせ、会場の北九州市立総合体育館に喜々として集ってきた。 全国の青年部総会を、首都圏以外の地で初めて行うとあって、九州の青年たちは先駆と誇りに燃えていた。 伸一が会場に姿を現すと、場内を埋め尽くした参加者から、ひときわ大きな歓声が起こり、怒濤を思わせる大拍手がうねった。 総会では、九州青年部長の「開会の辞」に続いて、女子部長の吉川美香子が登壇し、「若い女性の連帯を広げよう」と題して語った。 女子部は学会の花である。さわやかで、はつらつとしたその姿は、皆の希望である。女子部員の躍動があるところ、組織は明るい光に包まれる。 伸一は、若い女性たちが、人びとの幸福を願って、健気に仏道修行に励む英姿に、人間性の至高の輝きを見ていた。 「他人のために勇気をもって苦しむところに、気高さがある」(注)とは、歴史家カーライルが導き出した結論である。 女子部が盤石であるならば、学会の未来は盤石である。ゆえに伸一は、女子部の拡大と育成のため全力を注ごうと深く心に誓いながら、吉川の話に耳を傾けた。 彼女は、女子部の総ブロック(現在は部)討議の様子から語り始めた。 「今回は『職場と女子部』がテーマでしたが、ある総ブロックでは、その討議の際に、最近の若い女性の一般的な傾向として、次のような話が出ました。自分の手を汚したがらず、苦労を避ける。しかし、自分のことは認めてもらいたい。また、相手を受け入れることはしない・・・というのです。そして、『やはり、これはわがままといわざるをえない。こうした傾向が強まっていることが、女性同士の友情が育たない原因になっている』と分析しておりました。皆、心の底では、本当に心を開いて話し合える友を求めているが、自分が傷つくことを恐れて、それができないというのが、悲しむべき現実であると思います」注 『カーライル選集3 過去と現在』上田和夫訳、日本教文社
2006/04/20
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「聖教新聞」の題字には、26輪の桜の花が舞う。 昭和26年春の創刊を荘厳するかのように。そして、白く流線型に描かれた「SEIKYO」の「S」字。これは、昭和47年4月20日付の21周年特集号から採用されたデザインである。本年で34年となる。 今月、本紙は第1号から数えて1万5500号を超え、きょう創刊55周年の佳節を迎えた。読者をはじめ、守り支えてくださるすべての関係者の方々に感謝の意を捧げ、一層の紙面充実を決意している。 「桜の花が咲き匂う中に”聖教新聞”第1弾が巣立ったことは濁悪の世界に喜々と、太陽が出づるが如くなんと力強く、よろこばしいことであろう」 若き池田名誉会長が創刊号に綴った一文に、喜びがあふれている。 師匠の事業の破綻。学会全体も苦境の厳冬。そんな闇の中、社会を、世界を照らす”太陽の言論紙”として、創価の不二の師弟によって構想されたのが聖教新聞である。 御書には「大闇をば日輪やぶる」(1114ページ)と仰せ。 時代の闇を払い、平和と文化、教育の春光を放ちゆく「人間の機関紙」の使命は重大である。期待の声も大きい。師弟の魂が発光する、正義と真実の「言論城」構築に、さらに精進していきたい。(杏)
2006/04/20
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思えば九州は、第二代会長戸田城聖が、東洋広布を託した天地である。 一九五七年(昭和三十二年)十月十三日、福岡での九州総支部結成大会に出席した戸田城聖は、生命を振り絞るようにして叫びを放った。 「願わくは、今日の意気と覇気とをもって、日本民衆を救うとともに、東洋の民衆を救ってもらいたい」そして、「九州男児、よろしく頼む!」と、万感の思いを込めて、東洋広布、世界広布を託したのである。 その九州から、東洋広布の起点となった香港に旅立つことに、山本伸一は深い意義を感じていた。 九州入りした伸一は、一月十九日には、福岡市内で行われた九州大学会総会に出席した。会場には「平和の防塁九大山脈」と書かれた毛筆の文字が躍っていた。メンバーの平和建設への誓いを掲げたものだ。 伸一が世界各地を訪問するのも、人類の”平和の防塁”を創るためである。大事なことは、その労作業を受け継ぎ、広げていく人材郡を育て上げていくことだ。 九大会総会は、女子学生が東洋の平和への祈りをこめて「イムジン河」を歌うなど、随所に平和後継の気概があふれた集いとなった。 伸一は嬉しかった。会場には、皆の名を記した屋久杉の板が置かれていた。総会の最後に、司会の青年がマイクを取って言った。 「山本先生にも、記念の揮毫をしていただきたいと思います!」 歓声と拍手が場内を包んだ。「わかりました。書かせていただきます」伸一は筆を執った。 今に見ろ われにこれあり 九大会 そこには、九大会の誇りを自己の原点として、労苦に絶えて大成していってほしいとの、彼の願いが託されていた。 また、それは”九大会のメンバーがいれば安心だ。どんな試練をも乗り越えて私は進むぞ”という伸一の心情を詠んだものであった。 「師弟相違せばなに事も成すべからず」(御書900ページ)である。師弟ありてこそ、大業の成就はあるのだ。
2006/04/19
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 年内にも世界一の自動車メーカーになる勢いのトヨタ自動車。その強さの秘訣は「ひとづくり」と言われる(若松義人著『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』) トヨタでは「上司は部下に難しいテーマを与え、追いつめ、困らせて、いい知恵を出させよう」とする。その間、上司は辛抱して答えを教えない。 この繰り返しによって、人は「知恵を出す」ことを覚えていくからだ。著者は「人間の能力にそれほど大きな差はなく、あるのは『悩む力』つまり『脳力』の差ではないかと結論する。 犯罪の低年齢化や自殺率の上昇といった危機が指摘される昨今、「悩む力」の衰退をあげる識者も多い。苦しんでいる自分と向き合い、「悩み」という重みをじっくり受け止め、全力で持ち上げた分、心に力がついていく。 池田名誉会長は「現実の困難に立ち向かう勇気から、無量の智慧が湧いてくるのだ。ピンチをチャンスに変えていける」と。悩みを受け止め、戦う勇気。その源泉こそ妙法の信仰だ。 どうすれば、あの友を幸福に・・・この尊極にして最難事の悩みに挑戦することは、自身の心の中に強く正しく生き抜く力を育む。その心に感応して、友の心もまた悩みと戦う一歩を踏み出すことができる。(陸)
2006/04/19
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この年、山本伸一は、年頭から作家の有吉佐和子、評論家の加藤周一の各氏らと意欲的に対談を重ねた。 仏法を社会に開くために、各界の第一人者と対話を重ねていくことの大切さを、彼は痛感していたのである。 また、慶応大学会、東京大学会、女子大学会の総会や懇談会にも次々と出席した。彼は、二十一世紀のために、時代の社会を担う一騎当千のリーダーを育てることに必死であったのだ。 さらに、一月の十三日には、創価大学の中央体育館で行われた第四回婦人部総会に、十五日には聖教新聞社での第五回教学部大会、創価文化会館での第五回壮年部総会に出席した。 そして十九日には、九州指導のため福岡に飛んだのである。九州では、第二十二回青年部総会や本部幹部会が開催されることになっていた。 前年の十二月には、関西の地で本部総会を開催したが、今度は、九州で創価学会としての青年部総会、本部幹部会が行われるのである。 各方面・県は、伸一の構想通りに、自立した力をもつようになり、これまで東京で行ってきた大行事を開催できるまでになっていたのである。 また、伸一は、この九州指導から、そのまま香港に出発することにしていたのだ。この年、彼は自身の活動の照準を、日本ではなく世界に合わせていた。世界の平和を実現するために、各国各界の指導者たちと、本格的な対話を開始しなくてはならないと決意していたのだ。 それは、二年越しの対話を重ねた歴史学者トインビー博士から託された期待でもあった。 「あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」と。 第四次中東戦争に始まった石油危機は、世界の経済に大きな打撃を与えていたし、中ソ国境でも一触即発の状況が続いていた。 ”二十一世紀を「人間の世紀」「生命の世紀」「平和の世紀」にするために、今こそ世界の指導者と対話を重ねるのだ。対話によって国家、民族、イデオロギーの壁を超え、人間の心を結ぶのだ”
2006/04/18
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「日本中の人に、この新聞を読ませたい」と叫ばれた戸田第2代会長。この言葉を彷彿とさせる婦人にお会いした。 その婦人は入会3カ月目。「日々、聖教新聞を開くと、疑問に思ってきたことや答えや、私にピッタリの励ましがある」「私のために作られているんじゃないかと思うほど。毎日の新聞が楽しみ」と。 そして”独り占めは申しわけない”と、外出時には本紙を鞄に入れ、「元気になるから、読んでみてね」と友人に手渡すという。その結果、既に7部を拡大したとのこと。こうした奮闘ありての創刊55周年と、感謝は尽きない。 戦前のジャーナリスト桐生悠々は「和は決して言いたいことを言っているのではなくて、言わねばならないことを言っていたのだ。また言っているのである」と。真実こそ、社会と人生を変革する力である。 本紙の歴史は、偉大な生命哲学に基づき、読書をかけがえのない友と思う池田名誉会長の”心”の結晶。一人ももれなく幸福にと願う心が、文字となり、写真となって、不幸と絶望の闇を切り裂き、希望と勇気の火を灯し続けてきた。 師弟の精神に徹すれば、善を強め、悪を打ち破っていける。きょうも広宣流布の宝剣を手に、明るく、朗らかに語らいの輪を広げていこう。(青)
2006/04/18
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一、わが身をかえりみず、友のため、地域のために、広宣流布の道なき道を開いてきた功労者の方々は、皆、本当に、いい顔をしておられる。不思議なものだ。 虚栄と我欲の心卑しき顔とは、全然、違う。魂が光っている。人生の風雪を信心で乗り越えた人ならではの、風格があり、温かさがある。福徳が満ちあふれている。 何があっても、学会とともに!・・・こくいう真っすぐな、真面目な信心の方々がおられるからこそ、学会は勝ってきたのである。一、正しき仏法を実践すれば、必ず大難が競い起こる。その時こそ、信心強く、信念固く、大勇を奮い起こして、難に挑んでいくのだ。 その人に、三世にわたる勝利の栄冠が輝く。天台大師は、「信力の故に受け念力の故に持つ」と説いた。日蓮大聖人は、この文を引かれつつ、四条金吾に教えておられる。 「大難が来ても、この法華経を常に思い持って忘れない人はまれである。法華経(御本尊)を受けることはやさしく、持ち続けることは難しい。そして、成仏は持ち続けることにある」(御書1136ページ通解) 妙法は、わが生命に、三世にわたる幸福を開きゆく絶対の法則である。ゆえに「此経難持(此の経は持ち難し)」と説かれるこの妙法を受持し抜くことこそ、人間として最極の信念の生き方である。何かあるとすぐ粉動され、動揺する。それでは「信念」ではない。「信心」ではない。一、大聖人は、いざという時に、信念を貫き通した門下を、最大に讃え、励ましていかれた。 佐渡の弟子である阿仏房・千日尼の夫妻は、流罪の身であられた大聖人のもとに食事を運ぶなどして、懸命にお守りした。そのために、所を追われ、罰金を処せられ、家を取り上げられるなどの難を受けたが、毅然と信心を貫いていった。 大聖人は、千日尼にあてて、こう御手紙を記されている。 「地頭という地頭、念仏者という念仏者らが、日蓮の庵室に昼夜に見張りを立て、通う人を妨げようとしたのに、阿仏房に(食事などを入れた)櫃を背負わせ、夜中にたびたび訪ねてくださったことを、いつの世に忘れることができようか。ただ日蓮の亡き悲母が佐渡の国に生まれ変わったのであろうか」(同1313ページ通解) ”わが母の生まれ変わり”とまで、讃えておられるのである。大聖人を慕う夫妻の真心は、大聖人が佐渡を離れられた後も、いささかも変わらなかった。阿仏房は、老齢にもかかわらず、何度もご供養の品々を携えて、身延の大聖人を訪ねている。そして、夫妻の純粋な信心は、後継の子どもにも、そのまま受け継がれていったのである。一、一方、大聖人が佐渡に流罪されている間、鎌倉の弟子たちにも、大弾圧の嵐が吹き荒れ、多くが退転していった。そのなかで、女性の門下である妙一尼は、勇気ある信心を徹し抜いた。 妙一尼は、大聖人の佐渡流罪中に、夫を亡くした。子どもたちも幼く、なかには病弱な子もいた。自分自身も決して丈夫ではない、加えて、生活の糧である所領も奪われる難を受けた。どれほど心細かったことか。しかし、その厳しさ極まる状況の中でも、妙一尼の信心は少しも揺るがなかった。 佐渡へ、また身延へとご供養をお届けし、自らの大切な従者を遣わし、仕えさせるなど、大聖人を真剣にお守りしていった。このけなげな女性に対して、大聖人は、こう仰せになっている。 「(法華経のために迫害された)聖霊(亡くなられたあなたのご主人)は、(命を捨てて仏になった雪山童子や薬王菩薩と)同じ功徳があるのです。亡くなったご主人は、大月輪(月)の中か、大日輪(太陽)の中か、天の鏡の中にあなたがた妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう。あなたがた妻子は凡夫ですから、これを見ることも聞くこともありません。(中略)しかし、決して疑ってはなりません。(成仏したご主人は)必ず(あなたがたを)守っておられることでしょう。それだけではなく、さぞかし、あなたがたのもとへ来られていることでしょう」(同) まさに、心のひだの奥深くに染み込むような、一言一言である。この、こまやかな励ましが、どれほど妙一尼の支えになったことか。 「冬は必ず春となる」(同1253ページ)との有名な御聖訓をいただいたのは、まさに、この妙一尼であった。一、きょうは、いつも私どもが大変お世話になっている。女性の看護者の「白樺会」「白樺グループ」の皆さまも出席されている。 「白樺」の名前は、まことに美しく、意義深い。 私は、ロシア最高峰のモスクワ大学から丁重な招聘を受け、1994年の風薫る5月、同大学を訪れた。 講演のあと、サドーヴニチィ総長が案内してくださり、私と妻は、校内の植物園で、記念の植樹をさせていただいた。それが、ロシアで最も愛されている「白樺」の苗木であった。私は感謝し、総長に申し上げた。 「木を植えることは、いのちを植えることです。心の『根』と『根』を結ぶことです」と。当時、腰の高さほどであった苗木は、嬉しいことに、今や見あげるばかりの大樹と育った。なお、たっての要請を受け、モスクワで本年、私の「自然との対話」写真展が開かれることをご報告申し上げたい(大拍手)一、ロシアでは、白樺は、5月になると、みずみずしい緑の葉を生い茂らせる。秋には、鮮やかな黄金色の葉に変わる。 白樺はまた、寒さや暑さに強く、荒涼とした大地にも、たくましく根を張る「パイオニア(開拓者)の木」としても知られる。 ロシアでは、「太陽のエネルギーを蓄え、そのエネルギーを与えてくる木」「側に立つと、心身ともに癒される木」「成長と蘇生の象徴の木」、そして「悪から守ってくれる幸福の木」などとされ、「ロシアの心の象徴」として、親しまれている。 こうした白樺の特質は、いずれも、私が妙法の看護者の皆様方が、日々、体現されている「抜苦与楽」の力用に通ずる。私たちも、白樺の木のごとく、強く、やさしく、人々の苦しみを癒し、慈愛を注ぐ存在でありたい。 「白樺会」「白樺グループ」の皆さまの献身の姿に、私も妻も、全同志を代表して、改めて感謝申し上げたい(大拍手)。一、以前もスピーチしたが、「白樺」の皆さまにちなんで、ナイチンゲール(1829~1910年)の話をしたい。 ナイチンゲールの教え子たちが、それぞれの職場で活躍することによって、師の偉大さが証明されていった史実は有名である。 教え子たちは、イギリスの主要な病院や療養所の「総婦長」「婦長」などの要職に続々と就任した。さらに、その足跡は、カナダやアメリカ、ドイツ、スェーデン、インド、スリランカ、エジプトなど、世界各地へと広がっていった。 そうした教え子の活躍を、ナイチンゲールは、なによりも喜んだ。たとえば、教え子の一人、レイチェル・ウィリアムズについて、こう綴っている。 「彼女は嫉妬・けちくささなどを超越した高貴な性格をそなえ、特記すべき知性の持ち主である。・・・自分を監督する人たちとも、自分の監督下にある人たちとも、ひとしくすぐれた人間関係をかちえている女性がここにあるのは、だぐいまれな事例であろう」(Z・コープ著、三輪卓爾訳『ナイチンゲールと六人の弟子』医学書院) ナイチンゲールの教え子たちを、勤め先の病院の側も非常に高く評価していた。教え子のアリス・フィッシャーが病院を移る時、それまでの勤め先は、こう決議して彼女を送り出した。 「フィッシャー嬢が病院の婦長として在職した五年間、よく職務を遂行せられ、諸委員に完全な満足がゆく成果を収められた旨の証言をすることを深い喜びとするものである」(同) うれしいことに、白樺の皆様方も、日本中、世界中で、それぞれの職場で、信頼され、感謝され、「なくてはならない人」「いてもらいたい人」として、厳然と光り輝いておられる。 「白樺会、万歳!」「白樺グループ、万歳!」「白樺の世紀、万歳!」 そう私は、声を大にして叫びたい(大拍手)(下に続く)
2006/04/17
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わが創価の同志たちは、「座談会について」の連載を熟読し、決意も新たに、座談会運動の第一線に躍り出ていった。 皆、真剣であった。会長山本伸一と顔を合わせると、メンバーから出る質問は、決まって座談会のことであった。たまたま学会本部で出会った壮年の大ブロック長は、開口一番、伸一に尋ねた。「先生。明るく、希望に燃えた座談会を開く秘訣はあるんでしょうか」 壮年は、これまで、最高の座談会を開こうと努力し、参加者の数は次第に増えてきたが、会合の雰囲気は、どちらかといえば暗く、盛り上がりに乏しかった。 伸一は答えた。「座談会が明るくなる特別な秘訣というのはありません。しかし、あえていえば、どれだけの人が功徳の体験を語れるかが勝負です。功徳の体験を披露できる人は、歓喜しているし、生命が躍動している。それに全参加者が感応し、歓喜が波及していくから、座談会全体が希望にあふれ、結果的に盛り上がる。だから、リーダーとして大事なことは、一人一人に功徳を受けさせようという、強い一念と行動です。これが遠回りのように見えても、座談会に根本的な活力をもたらす直道なんです」 功徳の体験こそ、仏法と学会の、正義と真実の証明である。御聖訓に「道理証文よりも現証にはすぎず」(御書1468ページ)と仰せの通りだ。 功徳は歓喜を呼び、希望を呼ぶ。学会の縮図である座談会には、功徳の花々が爛漫と咲き薫っていなくてはならない。 伸一は、その壮年に視線を注ぎながら言った。 「まず、あなた自身がしっかりと唱題し、学会活動に励んで、功徳の体験を積んでください。そして、それを生き生きと語っていくんです。さらに新しい人材が育っているかどうかです。新しい人が張りきっている組織には停滞はない。つまり、折伏し、人材の育成がなされていることが大事です。ともあれ、マンネリを打開するには、受け身であってはならない。自らが勇んで行動し、戦いを起こすことです」 「はい、頑張ります」 真剣な凛々しい声が響いた。
2006/04/17
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「花は、その色合いの美しさだけでなく、気持ちを伝え、人の心を癒します。その魅力を知ったとき、栽培に積極的になることができました」。広島の取材で農村青年の一人から、こんな言葉を聞いた。 農業が全般的に停滞している中にあって、花き栽培は例外である。平成12年の生産指数は、平成2年の1.3倍に。その後も高い水準が続いている。1世帯の切り花の購入金額も増えている。色はピンクと黄色が好まれ、バラやユリ、トルコギキョウ、カスミソウに人気がある。 家庭やオフィスを飾り、感情表現にも用いられるのが花の特徴だ。欧州では医療の一貫として園芸を用いる。最近、日本でもビルの中庭や壁などを花や緑で覆って安らぎをもたらすとともに、都市の気温を下げたりする効果も期待されている。 花を贈られて感動するのは、花の美しさもさることながら花に託された心である。 法華経には「花こそ心よと申す法門なり」(御書1597ページ)。仏法(心)は現実(花)を離れた存在ではなく、現実のまっただ中にある。現実の苦悩から、自他共に立ち上がるために仏法はある。 春の花屋の店先は、百花繚乱の美しさ。その彩りに勝る対話の花、友情の花を、友と自身の胸中に咲かせよう。(佳)
2006/04/17
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「夢×情熱=青春」。これは作家の新井満氏が考える「青春度」だ。進学、就職に挑む青年たち。胸中に燃えさかる夢への情熱。その炎の勢いが、新たな人生の舞台を大きく開く。 「日に新たにして、日に日に新たなり」でありたい。夢の実現へ、常に新しい自分で生きていきたいものだ。しかし現実は時々刻々、”古い自分”が増えていく、。初心を持続するのは、だれもが難しい。 成長や創造性を阻む要因に、「思考習慣病」とも言うべきマンネリ指向の存在が指摘される。症状の一つが「未来喪失正」。過去や現在の問題にとらわれ、未来が見えなくなることだ(『「マンネリ思考」を変えれば仕事はうまくいく!』日比谷省三、ひもとあやか共著) 行きづまったら、もう一度自身の”未来のあるべき姿”を描く。そこからスタートする。未来の究極の姿をしっかり見据え、些事にとらわれず、今をどう生きるかが大切だ。 日蓮大聖人は「過去と未来と現在とは三なりと雖も一念の心中の理なれば無分別なり」(御書562ページ)と。過去、現在、未来といっても、すべて現在の一瞬に含まれる。今の信心の一念が宿命を転換し、栄光の未来の扉を開く。生きる醍醐味は、ここにある。(広)
2006/04/16
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一、本年も、偉大なる同志のおかげで、”創価学会の元旦”である5月3日「創価学会の日」を、晴れやかに迎えることができる。本当にありがとう!(大拍手) うれしいことに、日本中、そして世界各地の友から、5・3を慶祝する声をいただいている。多くの識者の方も、創価学会、またSGIの大発展を、心から賞讃し、喜んでくださっている。 すべて、皆さまの努力の賜物である。(大拍手)暦の上での正月である1月は、北半球では冬に、南半球では夏になる。この点、5月3日は、気候的にも、南北ともに過ごしやすい時期にあたる。 ”1年の祝賀と出発のリズムを刻む、まことに素晴らしい節目となっています”と喜んでおられる友も多い。5月3日は「創価学会母の日」でもある。この佳節を祝って、次の句を贈らせていただきたい。 夫婦して 五月三日の 晴れ姿 万年の 価値ある人生 夫婦かな この1年もまた、万年の価値ある日々に!この勢いで、さっそうと、朗らかに、スクラムを組んで進んでいきたい。一、ここで、御書を拝読したい。池上兄弟の弟(兵衛志殿)へ綴られたお手紙である。 「真実の経の理によれば、時代が末法となり、仏法が非常に乱れたときには、大聖人(仏)が必ず世に出現するとあります。たとえば、松は霜が降りてのちも枯れないので木の王といわれ、菊は、ほかの草が枯れたのちにも、なお花を咲かせるので『仙草(妙なる草)』といわれるのと同じです。世の中が平穏なときには、だれが賢人であるか分からない。世の中が乱れているときにこそ、聖人と愚人はあきらかになるのです」(御書1095ページ通解) 今は重大な転換期である。この大事なときに、戦うかどうか。これが、永遠不滅の幸福を築けるかどうかの分かれ目である。 学会もいよいよ、本格的な広宣流布の大闘争の時代に入った。皆が、「創価の賢人」として、自分にしかできない使命に奮い立っていただきたい。一、また、日蓮大聖人は、「此の人(地涌の菩薩の上首である上行菩薩)末法の出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の中・国ごと人ごとに弘むべし」(同1239ページ)と仰せである。 わが学会は、大聖人のお心のままに、一人また一人、一国また一国と、世界を舞台に妙法を弘めてきた。その幸福と平和の波動は、今や190の国々・地域に広がっている。仏法史上、未曾有の壮挙といっても、決して過言ではない。 あの国でも、この国でも、わが同志は、晴れ晴れと「5・3」を喜び合い、広布と人生の新たな「前進」と「勝利」へ、誇り高く出発される。 全米2500地区に躍進したアメリカSGIは、地区を中心に、仏法対話の輪を大きく広げている。昨年のハリケーンの被災の際も、復興への希望の拠点となったニューオリンズの会館をはじめ、全米各地の会館や個人会場で、意気軒昂に「5・3」の記念勤行会が開催される予定である。一、南米のブラジルでは、光栄にも、ブラジリア連邦区、クリチバ市、ロンドリーナ市、カンベー市などで、5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を慶祝する議会が開催される。 さらにまた、2万人を超える友が、ブラジル各地の会館などに喜々として参集され、勤行会や記念コンサート、婦人部の「リリオ(ユリの花)合唱団」40周年の集いなどが行われる。 中米のエルサルバドルでも、会友である著名なピアニストや、ソプラノ歌手の方などが出演して、5月3日を慶祝する音楽会が、盛大に行われるとうかがっている。統合が進むヨーロッパでも、各国の友が記念の座談会や勤行会に集うとうかがった。 また、「サント・ビクトワール山(聖なる勝利山)」が見守るフランス・トレッツの欧州研修道場では、オランダのメンバーが記念の研修会を開催する。お隣の韓国では、済州島の「済州韓日友好研修センター」で、「世界桂冠詩人の碑」の除幕式が盛大に行われる。 これは、私が、世界詩人会議から「桂冠詩人」の称号を受賞して25周年、世界詩歌協会から「世界桂冠詩人」賞を受賞して11周年となることを祝い、韓国の同志の方々が企画してくださったものである。 フィリピンでも「世界平和祈念勤行会」が行われる。また1万5000人の婦人部の友が、「躍進友好総会」に集うことになっている。「仏教発祥の地」インドでは、首都ニューデリーをはじめ各地で支部総会を盛大に行う。2万3000の友が集い、生き生きと幸福の道を語り合う。 また、オーストラリアやニュージーランド、さらにアフリカのガーナやナイジェリア、南アフリカ、トーゴ、カメルーン、コートジボワールなどの各国で、記念の集いが行われる予定である。一、平和研究機関「ボストン21世紀センター」の主催で、アメリカ教育研究学会総会の一貫となるシンポジウムが、先日、サンフランシスコ市内で行われた。 「4人の教育哲学者と現代の挑戦」をテーマにしたシンポジウムには、アメリカの教育界を代表する識者が出席し、有意義な議論に花が咲いた。 ここでは、アメリカのデューイ、インドのタゴール、イタリアのモンテッソーリとともに、「創価教育の父」である牧口先生の教育実践に、大きな光が当てられたとうかがった。 また、アメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスでは、5月3日の「開学記念日」を祝い、「インターナショナル・フェスティバル」を開催する。これには、各界の識者や教育関係者、多様な民族の代表をはじめ、地域の市民の方々など、約3000人が参加してさまざまな催しや交流を行う。本年で5回目を迎え、地域の方々も、この伝統の祭典を大変、楽しみにしてくださっているという。創立者として、行事の大成功を心からお祈り申し上げたい(大拍手)一、現在、私はブラジルの著名な天文学者であるロナウド・モウラン博士と「天文学と仏法を語る」をテーマに、対談を進めている。 大宇宙のロマンが光る対談のなかで、私は、ブラジルの星空について博士にうかがった。博士は、「南半球の星やブラジルの空の主要な星座について話すなら、まず南十字星でしょう。南十字星はブラジル最高峰の勲章の名前になっていて、池田会長は、この勲章を受章しておられます」と述べ、こう語っておられた。 「南十字星とその星の輝きについては、よく話の中で引用されます。しかし、南十字星が、たとえば、『石炭袋』として知られている暗黒星雲のような、暗い染みのある領域に位置していることを知っている人は多くありません。南十字星の背景となる空が黒いことが、南十字星の輝きを際だたせています。私たちも、置かれた状況が暗ければ暗いほど、また、つらければつらいほど、より輝かなければなりません。暗いとき、苦しいときほど、私たちの生命の輝きを際だたせるように努めなければなりません」 まことに含蓄の深い話である。一、春4月。就職や進学、転居など、新しい生活をスタートされた方も多いと思う。環境の変化にとまどったり、期待と異なって落胆したりする場合も、当然、あるだろう。 しかし博士の言うとおり、大切なのは、どんな環境にあっても自分自身が光っていくことである。 法華経には、「如蓮華在水」との言葉がある。蓮華は、泥水の中にあって、それは染まることなく、美しい花を咲かせる。それと同じように、妙法を持った人は、どんなに厳しい現実にあっても、見事ある使命の花を開かせていける。 今いるその場所を、最高に幸福な「常寂光土」と輝かせていくことができるのである。一、日蓮大聖人は、どんな境涯の衆生も、妙法を受持することで即身成仏できると述べられ、それは「百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなるようなものである」(御書1403ページ通解)と仰せである。 私たちは、題目を唱えることで、最極の仏の生命を湧現させることができる。モウラン博士との対談では、「一人の人間の偉大な可能性」も話題になった。 博士の信条は、「人間、ただ人間のみが『内なる自分』から出発し、そして、自らの『内なる変革』を通じて、世界を変えることができる」である。 私たちの「人間革命」の哲学にも通じる。環境がどうあれ、人がどうあれ、まず自分自身が勇敢に行動を起こすことだ。自分が変われば、環境が変わる。世界をも変えていける。そのために必要なのは勇気だ。生命力だ。 博士は、「環境や状況が敵対的で困難であればあるほど、挑戦の心と勇気はさらに大きくなければならないのです」と洞察しておられた。 さらに博士は、私と戸田先生の師弟の関係に触れ、「人間が生まれ持つ能力は、師弟の関係において、もっとも強く、崩れない花を咲かせるのです」とも述べておられた。 博士の慧眼は、師弟こそ人間の最も正しい軌道と捉えたのである。宇宙の法則を探求してこられた大学者の言葉として、深い感銘を受けた。〈さらに博士は、戸田第2代会長と池田名誉会長の「師弟」について、こう述べていた。「池田会長は、結核のために、30歳まで生きられないだろうと言われていましたが、力ある生命哲学と偉大な師匠にめぐり会い、それを基礎に、平和、文化、教育のために大きな組織をつくられました。池田会長は、人間が偉大な可能性を持っていることを、まさに証明しておられます。池田会長の師匠である戸田城聖会長は、池田会長を特別に大事にして薫陶したのでしょう。戸田会長は輝かしい人であったにちがいありません。私もお会いしたかったです」「戸田会長は、池田大作という世界最高峰の指導者、偉大な平和主義者、作家、哲学者を訓練し、育てました。そして、この偉大な池田会長を世界に知らしめたのです。いえ、もっと明確に言えば、当時も、今も、また、いつまでも若々しい池田大作会長の、もって生まれた類まれな能力を、世界に提供したのです」〉一、また博士は、”21世紀は「女性の世紀」”との私の展望に賛同されながら、こう述べておられた。 「私は、時々、もし私たちの歴史の中で、女性がもっと統治にかかわっていたら、私たちの世界や環境は別のものになっていたにちがいないと考えます。もっと優しく、賢明な世界となり、もっと環境が守られていたと思います」 「女性は平和な世界、戦争のない世界、女性の優しさや感受性で包まれた美しい世界をつくることができます。もっとよくなるにちがいありません。私たち男性は、プライドを脇において、女性の助言に含まれる知恵に耳を傾け得るべきです」 その通りであろう。女性こそ平和の担い手であり、生命尊厳の世界を築きゆく偉大な使命を持っている。女性を大切にし、女性の意見を尊重する・・・そうすれば、世界は、よりよい方向へと変わっていく。学会では、婦人部や女子部の皆さまが、あらゆる活動の推進力になってくださっている。この尊き創価の女性の皆さまを、男性は最大に讃え、大切にしていっていただきたい。
2006/04/15
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山本伸一は、聖教新聞の連載を通して、学会の伝統行事である座談会を大成功させるために、あらゆる角度からアドバイスを重ねていった。 組織が停滞し、あまり人が集まらない座談会を担当することもあろう。しかし、伸一は、「なんといっても、中心者の一念によって決まる」と強く叫んでいる。それは、彼自身の体験から発した確信であった。 法華経法師品には、次のように説かれている。 「能くひそかに一人のためにも、法華経の乃至一句を説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使にして、如来に遣うわされて、如来の事を行ず」(創価学会版法華経三五七ページ) 伸一は、この文をあげて訴えた。 ・・・たとえ相手が一人であったとしても、全精魂を注いで、全力投球で仏法の話をすることである。そうすれば、もったいなくも、仏と同じ振る舞いをしたことになるとの仰せなのだ。 その際、「声仏事を為す」であり、生気にあふれ、皆に勇気をもたらす声の響きが大事であることを、伸一は強調した。 また、座談会を開催する前後の家庭指導、個人指導の重要性についても語り合われた。組織の中心者や担当幹部が、全員が座談会に参加できるように、激励、指導に歩くことから座談会は始まるのである。 個人指導に行けば、皆の要望や意見も聞ける。それぞれの特技や趣味もわかる。また、悩みや功徳の体験を聞くこともできる。 それらを、企画などに反映させ、皆が主役となれるように工夫していくなかに、座談会の充実もあるのだ。 さらに、座談会のあとの励ましが大事である。出席の労をねぎらい、発言を讃え、感想を聞き、次回の参加を呼びかけていくのである。 また、伸一は、座談会の成功は団結にあることを確認し、中心幹部だけでなく、全員が主体者として立つことを訴えた。 大聖人は、「力あらば一文一句なりともから(談)らせ給うべし」(御書一三六一ページ)と述べられている。 座談会の場では、皆が中心者の自覚で、信心の喜びや仏法のすばらしさを叫び抜くのだ。
2006/04/15
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「水のごとくと申すは・いつも・たい(退)せず信ずるなり」(御書1544ページ) 日蓮大聖人の御金言が会場に響いた。先月、シンガポールで行われた第6回ダイサク・イケダ記念講座。マラヤ大学のアラタス教授が「平和と残虐性」をテーマにし、引用した一節である。 教授は続けた。「平和のための戦いは、間断なく続けなければならないということです」。残虐性の象徴として核兵器をあげ、その廃絶に向けて戸田第2代会長と池田SGI会長の師弟の闘争に言及。「道徳心なき才能は危険。人類の精神革命が必要です」と結論した。 教授は断じて、核兵器は許せない。戦時中、いとこが日本に留学。広島の原爆で被爆し、亡くなった。かつて、教授はSGI会長との会見で、この悲しみに触れ、語った。 「私たちも日本の民衆も軍国主義の犠牲者です」「平和のためには権力者が、真の意味で『人間』にならねばならない」と。SGI会長は「万人を『人間』に育てる教育の意義は大きい」と強く賛同した。 人間をつくることが、出発であり目的となる社会。それは「師弟」という人間対人間の錬磨の絆が、社会の基軸になることだ。創価の「師弟」の間断なき闘争を、世界が期待している。(香)
2006/04/15
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元日以来、山本伸一は首脳幹部と顔を合わせると、必ず尋ねることがあった。 それは「君は、今月はどこの座談会に出席するのか」ということであった。 学会は、この年、”ヒューマン・プラザ”すなわち”人間広場”運動を推進していてた。それは”自主””自由””平等”を重んじ、人々が心の交流を図る、精神的な広場の創出を目指すものである。 つまり、人間と人間が分断された現代社会にあって、新たな心の連帯を培っていく、人間性復興の運動である。 そして、その具体的な実践の場を座談会とし、「人間的成長を量る座談会を開こう」を活動方針として掲げ、前進を開始したのであった。 この「座談会」、そして「教学」「折伏」「指導」は、広宣流布運動の柱となる四原則なのである。なかでも、座談会は教学研鑚の場とも、折伏の場とも、また、指導の場ともなり、一切の基盤といえよう。 座談会は、民衆の連帯を築く創価学会の縮図である。老若男女が和気あいあいと集い、体験発表があり、御書講義があり、質問回答がある。 そこには、歓喜と決意と信心向上への息吹が満ちあふれている。「すすんで民衆とまじわり、民衆からまなべ。まことの思想は、民衆のなかにある」(注)とは、スイスの哲学者ヒルティの言葉である。 座談会は、まさに民衆相互の、魂の触発の場といってよい。それだけに広宣流布の最も重要な主戦場なのである。伸一は、その座談会の充実に最大の力を注ごうと、心を砕き続けた。 そして、「座談会について」と題して、婦人部幹部、青年部幹部と語り合い、その語らいが聖教新聞の新年号から三回にわたって連載されたのである。 このなかで伸一は、信仰の深化は生命対生命の交流、すなわち「感応の妙」によってなされ、その場こそが座談会であることを強調していた。 また、学会活動を川の流れに例え、友好活動や個人指導が”支流”であるとするなら、座談会は”大河”であり、すべては、ここに合流していかなくてはならないと訴えている。
2006/04/14
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 長崎の平和祈念像の前で祈る名誉会長・・・本紙の写真(12日付け3面)を見て、婦人は目頭を熱くした。その時、名誉会長に”折り鶴のレイ”を手渡した人であった。 約30年前、毎朝、勤行の後一羽ずつ折り始めた。世界の平和のために戦う名誉会長夫妻の健康、そして、被爆地”ナガサキ”の悲願・・・世界平和への祈りを込めて。 今は亡き夫の信心反対の中、弘教に駆けた。本紙の配達にも挑戦した。戦いの渦中に折り続けた鶴は、6年で2000羽を超えた。師に届けたいと長崎文化会館へ。そこで偶然にも名誉会長との出会いが。 婦人から直接、折り鶴を受け取った名誉会長は「真心がこもっているね」と。その日、祈念像に捧げられた。「一会員の思いを最大に生かしていただいた先生の真心を、生涯、忘れません」。婦人は今も、師への感謝を胸に対話に励む。 名誉会長が、全魂こめて築いてきた創価の友との絆。一期一会の真剣勝負で結んできた共戦の絆こそ、わが学会の魂だ。いかなる忘恩の徒も、この清らかな結束を立つことはできない。 晴れの「5・3」へ「痛快なる勝利のドラマを、きょうから一緒に、楽しく、堂々と」と名誉会長。偉大な師を共に広布路を歩む。これほどの喜びはない。(馨)
2006/04/14
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山本伸一は訴えた。 「この”如説修行”こそ、私どもが夢にも忘れてはならない、創価学会の根本精神なのであります。わが創価学会は、創立以来、日蓮大聖人の仰せのままに、勇猛果敢に、また、純粋に、戦い抜いてまいりました。まさしく”如説修行”を実行してきた唯一の団体が、私ども創価学会なのであります。そして、学会活動に日夜、挺身しておられる同志の皆様方こそ、まさに”如説修行”の姿そのものなのであります。ゆえに、私どもこそ、”正信の勇者”であり、人生、生活のあらゆる面で、諸天善神の加護があることは、間違いありません」 大確信にあふれた言葉であった。 世間には、厳しいインフレの北風が吹き荒れていた。しかし、集った同志たちの胸には、勇気と闘魂が赤々と燃え上がったのだ。 伸一は、最後に、こう締めくくった。 「本年『社会の年』は創価学会として、広く文化活動、社会活動を推進し、『世間法』との関わりを、深く、密にしていくことになります。しかし、ただ今、申し上げました、この”如説修行”こそが学会の根本精神であり、それは、いつ、いかなる時代になっても、絶対に変わることがあってはならない。むしろ、仏法を社会に開いていけばいくほど、その精神を深めていかなければならない。したがって、広宣流布の『本格派』たるべき皆様方ゆえに、本日は、あえて”如説修行”という一点を、強調しておく次第であります」 皆の心は定まった。信心という原点を互いに確認し合い、新しき年の出発を飾ったのである。 山本伸一は、この日、総本山に移動し、各部の部長会議で指導したのをはじめ、二日には新年の集いに、三日には新たに結成された東京未来会第四期・静岡未来会第一期の合同の集いなどに相次ぎ出席している。 「先んずれば人を制す」と。伸一は元日からフル回転で活動を開始していったのである。 彼が先手、先手と、手を打ち続け、活動を推進してきたところに、創価学会の大いなる飛躍の原動力があったのである。
2006/04/13
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 優秀な技術者を輩出し、IT分野で世界トップレベルのインド。その背景として、インドの子どもは「20×20のかけ算まで暗記」などの面が、よくクローズアップされる。 それも大切だが、インドの数字教育では、証明問題に取り組む時間をたっぷり取るなど、「『証明力』を鍛えるという姿勢が、初等学校から大学入試まで一貫している」ことが大きな力だという(芳沢光雄著『数学的思考法』) ”なぜ、このような解答になるのか”という過程を大切にする証明教育で鍛えた「問題解決力」と「論理力」。次元は異なるが、人生でも”なぜ”との問いかけと”納得と自発による行動”は、価値ある日々を送りゆくために大切であろう。 池田名誉会長との対談でインド国立ガンジー記念館のラダクリシュナン前館長は、ガンジーが提唱した「3H」を重んじる教育を紹介。 「『Heart(心)』『Head(頭)』『Hand(手)』の三つを教育せよ」というものだった(「灯台」4月号) チャルカ(糸車)などを使う作業を通して、人間を育むことを重視したガンジー。知識偏重ではなく、社会での実体験を通し、常に自身を見つめ、指向し、行動しゆくなかに、成長があることを忘れまい。(心)
2006/04/13
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山本伸一は、激動する社会にあって、「大悪」を「大善」に転じ、広宣流布を実現していくには”如説修行”すなわち、仏の教え通りに修行し、信心に励むことの大切さを訴えねばならないと思った。 「日蓮大聖人は、不惜身命の実践を訴えられた『如説修行抄』の末文に、わざわざ『此の書御身を離さず常に御覧有る可く候』(御書505ページ)と記されております。そして、この御文に対して日寛上人は、次のように言われている」 伸一は、日寛上人の「如説修行抄筆記」を拝していった。 「縦い常にこの書を頸にかけ、懐中にしたりとも、この書の意を忘れて折伏修行せざれば『離さず』に非ず云云。私に云く、常に心に折伏を忘れて四箇の名言を思わざれば、心が謗法に同ずるなり。口に折伏を言わざれば、口が謗法に同ずるなり。手に数珠を持ちて本尊に向かわざれば、身が謗法に同ずるなり」 ”如説修行”の信心を貫くということは、形式をまねればよいということではないし、観念でもない。破邪顕正を深く心に誓い、正義の叫びを放ち、祈ることである。つまり、身・口・意の三業をもって、実践してこそ”如説修行”といえるのである。 また、深く心すべきは”如説修行”の信心に中途半端はないということである。心に折伏を忘れたならば、心が謗法に同じ、口に折伏を忘れたならば、口が謗法に同じ、勤行を怠れば、身が謗法に同ずるのだ。 「よいことをしないのは悪いことをするのと、その結果において同じである」とは、牧口常三郎初代会長の箴言である。 たとえ、信心強盛そうに見せかけても、身・口・意をもって、本気で信心を全うし抜かなければ、謗法と等しく、一生成仏はありえないのだ。 だからこそ、山本伸一は、信心という面では、弟子たちに厳しく言い切っていかなければならないと思った。 仏法の峻厳さがわからず、一生成仏への道を踏み外すことになれば、結果的に無慈悲になってしまうからだ。彼は大切な同志を、誰一人として、落としたくはなかったのである。
2006/04/12
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 コンクリートで固められた川岸近くに、その「碑」はあった。「外島保養院記念碑」。かつて大阪にあったハンセン病施設である。 施設は高波が来たらひとたまりもない低地に立てられた。昭和9年、室戸台風が襲った。このままでは、みんな溺れてしまう。しかし、「絶対隔離」の入所者を外に出すことは禁じられていた。戸は固く閉じられ、200人近くの人が溺死した。 世界に類のない「強制隔離政策」を支えた「らい病予防」が廃止され、この4月でちょうど10年。感染力が非常に弱く、感染しても発病することは少ない。薬で完治する。しかし、日本では10年前まで強制隔離政策が続いた。 「予防法」がなくなった日、ある療養所に、役人が来て言った。「今までは義務でここにいてもらったが、きょうからは権利で入ってくれ」。結局、なにも変わらなかった。そして国を相手取っての裁判が始まり、画期的な原告勝利の判決が出た。 「勝訴は誇りだね。自分たちが戦い取って、勝ち取って、一つ一つ固めていったものしか残らんと思うよ」。知りあいのハンセン病回復者が語っていた。 権力の傲慢、世間の無関心、そして民衆の力、勝つことの大切さ・・・碑を見ながら、種々の思いが胸を巡った。(哉)
2006/04/12
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「何より貴重な財産は、どんな純度の高いダイヤモンドにも増して誠実で強靱な民衆なのだ」(注)これは、南アフリカの人権の闘志マンデラの、信念の言葉である。 学会が「社会の年」と定めた一九七四年(昭和四十九年)は第四次中東戦争、石油危機に始まった世界経済の激動の中で幕を開けた。 元日の午前十時、全国各地の会館などで、新春恒例の新年勤行会が、一斉に開催された。 この年の勤行会は「世界平和祈願広布勤行会」を兼ねて行われ、「仏法即社会」の原理のうえから、社会で勝利の実証を打ち立て、貢献していくことを誓うとともに、世界平和への深い祈りを捧げる集いとなった。 どの会場でも、参加者の顔は、決意に燃え輝いていた。”今こそ、私たちが立ち上がるのだ。試練の時代だからこそ、仏法を持った私たちが、希望を、勇気を、活力を、社会に発信していくのだ!” 多くの同志は、そう誓って、喜々として勤行会に集ってきたのである。学会本部での勤行会に出席した山本伸一は、マイクに向かうと、「減劫御書」の一節を拝した。 「大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」(一四六七ページ) そして、確信のこもった声で語っていった。 「大聖人御在世当時、社会は、大地震や同士打ち、また、蒙古襲来と、乱れに乱れ、激動しておりました。しかし、大聖人は『決して、悲観すべきではない。むしろ、こういう時代こそ、仏法の広宣流布という大善が到来するのである』と宣言されているのであります。私ともは今、戦後最大といわれる経済の激動のなかで、日夜、広宣流布に邁進しております。筆舌に尽くしがたい困難もあるでしょう。だが、どんな障害があろうが、『大悪は大善の来るべき瑞相』であると、強く、強く確信し、いよいよ意気盛んに大飛躍を遂げてまいろうではありませんか!」 伸一の呼びかけに、「はい!」という明るい声がはね返った。 すべての逆境を前進のバネへと転じていくのが、信心の一念なのだ。引用文献 注 『自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝』東江一紀訳、日本放送出版協会
2006/04/11
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!〈20世紀をリードした科学者・思想家ルネ・デュボス博士〉 「社会組織のもっとも有用なメンバーとは、必ずしも生産や知識を高める人ではなく、生きる喜びにもっとも貢献する人のことである」〈ゴルバチョフ元ソ連大統領のライサ夫人〉 (関西での世界青年平和文化祭を見て)「集団で、皆が何かを成し遂げようとする。そこに魅力を感じるし、団結は素晴らしいと思うのです」〈韓民族独立の父・安昌浩(アンチャンホ)〉 「誰であれ、目的を成就しようとするならば、まず力を持つことです。万が一、力を考えずに目的を達成しようとするならば、あまりにも空想的です」〈アメリカの良心ノーマン・カズンズ博士〉 「世界中で原爆よりも強力なのは、人間精神の力だけです」〈15世紀・朝鮮王朝の名君・世宗(セジョン)大王〉 「たいてい、物事を簡単に考えて行うと、成功できない。難しいと思って行うものは、成功する」〈近代看護の母ナイチンゲール〉 「私たちが目標に達するためには、肉体の健康を保つこともまた真剣に考えるべき問題である」〈御聖訓「種種御振舞御書」〉 「日蓮によって、日本の国の存亡は決まる。たとえば、家は柱がなければ保てない。人は魂がなければ死人である。日蓮は、日本の人の魂である」(御書919ページ通解)
2006/04/11
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ランキング参加中いつも応援ありがとう! 5日付「名誉会長アルバム」で紹介された米国の実業家アーマンド・ハマーし。90歳を超え、自家用ジェット機で世界を飛び回った行動力には、驚くばかりだ。 そんな氏も60歳を前に「引退」を考えたことがある。事業の多くを清算し、陽光輝くカリフォルニアへ。夫人とのんびり余生を過ごそうとした。 しかし楽しかったのは最初の数ヶ月だけ。頭をフル回転させて働いてきたのに、今では家の電話も鳴らない。ついには「退屈で死にそうになってきた」(広瀬隆訳)と自伝に記している。 ちょうどその頃、赤字の石油会社と出あう。やがて社長に就任。中東のリビアで大油田を掘り当て、苦闘の末に同社を世界的大企業に成長させた。 以後、92歳で亡くなるまで、米ソ首脳会談の実現など平和貢献をはじめ、多大な業績を成し遂げた。ハマー氏の名を後世に残したのは、むしろ60歳以降の活躍が大きい。 「人のため」「社会のため」に行動を続ける人は、いつまでも若々しい。反対に「もうこれで満足だ」と守りの姿勢に入ってしまえば、豊かな能力も急速に衰えてしまう。 向上する人生に「定年」はない。最後の瞬間まで、大いなる目的に生き抜く・・・その奮闘の中にこそ、真の生命の躍動がある。(駿)
2006/04/11
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!来月の勉強会のための準備をしよう!月に一度の淋しい日です雨のせいで少し肌寒い 先生 奥様のご健康を祈りつつ
2006/04/10
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一、わが東京校の第39期、そして、わが関西校の第34期の新入生の皆さん、春爛漫の入学式、本当におめでとうございます。 ご両親、また、ご家族の皆さま方にも、心よりお慶び申し上げます。ご来賓の方々、卒業生の皆さま方も、ご多忙のところ、まことにありがとうございます。 本日は、私たちの大切な友人であり、「平和の先進国」ニュージーランドの若き偉大な指導者であられる、ラウカワ統治信託委員会のマッケンジー教育長官ご夫妻が、遠路はるばる、お越しくださいました。 このたびは、私と妻に、何よりも意義深きマオリの栄誉を賜り、心から厚く厚く御礼を申し上げます。まことにまことに、ありがとうございました。 平和を愛し、人間の尊厳のため、勇敢に戦い抜いてこられた、貴マオリの名誉ある一員として、尊敬する長官ご夫妻とご一緒に、さらに信念の行動を貫いてまいる決心です。 新入生の皆さんに、私の大好きなマオリの英知の言葉を贈りたい。その一つは、「顔を太陽に向けよ!そうすれば、影はあなたの後ろに回る」という言葉です。 これが、青春の生き方の真髄です。悩みに負けたり、悪い縁に粉動されたり、小さな感情に流されたりして、暗く、わびしい影に入ってはなりません。常に、正しく、明るく、朗らかに、前へ、また前へ、希望に燃えて進みゆくことです。一、とくに皆さん方は、太陽に向かうように、良い本を勇んで読んでください。 私は、ブラジルの世界的な天文学者のモウラン博士と、宇宙のロマンを語る対談を開始しました。博士は、わが学園生の姿を見て、”「21世紀の世界は大丈夫だ」との確信を持った”と語ってくださいました。 この博士も”読書には素晴らしい世界があり、宇宙があります。良書を読むことによって、精神を高め、知識を得、知性を磨き、そして人間を鍛えることができます”と強調しておられます。 ただし博士は、”低いレベルの本や雑誌などは、人間の精神を悪くしてしまうから、絶対に読んではならない。決然として無視すべきです”とも、厳しく戒めておられました。 学園生が目指すべきは常に一流の次元です。さらにまた、マオリの賢き先人たちは、「大地にしっかりと根ざした木は、決して流されることはない」と教えました。 皆さん方が、これから、毎日、朝早く起きて、遠くから学園に通うことも、親元を離れて寮生活・下宿生活で頑張ることも、さらに苦手な科目に挑むことも、クラブ活動に励むことも、全部、自分自身の根を深く強く張ることになるのです。 学園は、先生方も最優秀であり、真剣です。生徒も最優秀であり、真剣です。どうか、この最高峰の学問の城で、誇り高く学び、一日また一日、賢くなり、強くなり、大きくなっていってください。とりわけ、世界の指導者と育ちゆく皆さんは、英語の習得には、生き生きと挑戦していただきたいのです。一、私と妻が深い友情を結んだ「アフリカの環境の母」で、ノーベル平和賞を受賞されたマータイ博士は、この2月、創価大学に来学されました。その時、創価同窓の友に贈ってくれた、三つの信念の言葉があります。一つ目は「決意」。自分自身が目指すものを見つけたならば、まず決意せよ。二つ目は「忍耐」。何事も、一晩で成し遂げることはできない。忍耐である。三つ目は「持続」。努力を持続することによって、必ず目標に到達できる。というのです。その通りだと思います。 そして、その一切を貫くものは「勇気」です。どんなことも恐れない勇気! 何があっても、へこたれない勇気! そして、断じて負けない勇気です。さあ、きょうから、素晴らしい学友とともに、そして私とともに、偉大な青春の前進を勇敢に開始しましょう! どうか、お父さんやお母さん方が「本当に良かった!」と喜んでくださる、充実した勝利と栄光の学園生活を、楽しく伸び伸びと飾っていってください。 私の心は、どこにいても皆さん方と一緒です。これからの3年間、また6年間、皆さん方の健康と無事故と成長を、真剣に祈り抜いてまいります。 結びに、マッケンジー長官ご夫妻をはじめ、すべての皆さま方のますますのご健勝、そして、敬愛するニュージーランドの悠久のご繁栄を祈りつつ、私の祝福と感謝のメッセージとさせていただきます。サンキュー・ベリー・マッチ!2006年4月8日 創立者 池田大作
2006/04/09
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希望の城にようこそ! 新しく1年生になった皆さん、待ちに待った入学式、本当におめでとう。 皆さんの「希望の城」である、わが創価小学校に、ようこそ! そして、お父さま、お母さま、ご家族の皆さま方!宝のお子さまの晴れのご入学、誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。 創価小学校には、皆さんのことを、あたたかく励ましてくれる、すばらしい先生方がいます。先生のお話をよく聞いて、こまったときには、なんでも相談してください。 きょうは、みなさんと「四つの約束」をしましょう。 一つめは、「元気なあいさつ」です。朝も、「おはよう」と元気にあいさつすれば、さわやかに一日を出発することができます。皆さんは、元気な声で、はっきりと、あいさつのできる人になってください。 二つめは、「本をたくさん読む」ということです。よい本は、皆さんの頭と心のいちばんの栄養です。毎日、少しずつでも、よい本を読む努力をしていってください。 三つめは、「友だちに親切に」ということです。創価小学校は「いじめ」を絶対にゆるしません。こまっている友だちには、親切に声をかけてあげる。思いやりのある人になってください。 四つめは、「ねばり強く」です。どんな人にも、とくいなこともあれば、にがてなこともあります。たとえ、うまくいかないときでも、あきらめたり、へこたれたりしないで、勇気をもって、ねばり強く挑戦を続けていってください。 さあ、きょうから、楽しい創価小学校の6年間が始まります。一日また一日、大切な大切な皆さんが、健康で、事故なく、朗らかに、伸び伸びと、成長していくように、私は、一生懸命、祈ってまいります。いつでも、どんなときでも、皆さんのことを、私は見守っています。元気いっぱいの皆さんと、お会いできる日を心から楽しみにしています。(2006・4・8)
2006/04/09
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 昭和の時代を記録した書物を開くと、背丈ほどの銃を手に軍隊式の敬礼・捧げ銃をする少年たちの写真が目に飛び込んできた。 戸田第2代会長が児童誌「小学生日本」を発刊したのは、そうした軍国主義教育の足音がどんどん高まっていくただ中だった。「広い視野をもって世界を見てほしい」。 戸田会長は雑誌を通じて子どもたちに語り続けた。 戦後、戸田会長は「冒険少年」(のち「少年日本」に改題)を発刊。若き日の池田名誉会長は、この雑誌の編集長だった。名誉会長にとっても、子どもたちは時代の建設者、日本、世界の宝だった。それゆえ少年たちに希望を与える雑誌の毎号に全魂を傾けた。 その思いは、名誉会長が未来部のために著した『青春対話』にも一貫している。一つ一つの質問に丁寧に答え、「優しい人は強い人、この人こそ、優れた人間」「必ず君にしかない宝=個性=がある」「自分を信じよ!あきらめるな」等と、随所で呼びかけている。 揺れ動く青春の心が、その一語一語にどれほど大きく、支えられていくことか。 戸田会長が「小学生日本」の巻頭言で「春は 四月は 我らのものだ」と謳った、万有が躍動するこの季節。”未来の宝”を育む作業は、今こそである。(琉)
2006/04/09
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!〈アメリカ・ルネサンスの詩人ホイットマン〉「信念は魂の防腐剤であり 民衆の心にしみ渡って、心の腐敗を防ぐ」「臆病者に気をとられるな」〈中国の思想家『荀子』〉「民を愛する者は強く、民を愛せざる者は弱し」〈御聖訓『乙御前御消息』〉「一つの船に乗り合わせた時には、船頭の判断が間違っていれば、船に乗った人々はいっせいに命を落としてしまいます。また、体が強い人でも、心が弱ければ、多くの才能も役に立ちません」(御書1220ページ通解)〈フランスの作家サン=デグジュペリ〉「きみという人間はきみの行為自体のなかに宿っている。君の行為こそきみなのだ。もうそれ以外のところにきみはない!」〈戸田第2代会長〉「理想を現実化し、現実を理想に近づけていく力、この力こそ、日蓮大聖人の大生命哲学である」〈アメリカの経済学者サロー博士〉「これからは、組織にせよ個人にせよ、変化を促進し歓迎すべきだというのは、ほとんど自明の理である」〈アメリカ公民権運動の指導者キング博士〉「運命の時計は刻々と進んでいるのである。われわれは時すでに遅しとならないうちに今行動しなければならない」
2006/04/08
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ランキング参加中いつも応援ありがとう!【名字の言】 「ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね そうよ かあさんも ながいのよ」(まど・みちお作詞 團伊玖磨作曲) だれもが知っている童謡「ぞうさん」である。 昭和27年に発表され、童謡としては珍しい三拍子。仲むつまじいゾウの母子と、それを動物園に見に来た人間の母子の仲良しの歌・・・。が、実はそうではないらしい。作詞したまど氏によれば、子ゾウが悪口を言われた歌だそうだ(『まど・みちお 「ぞうさん」の詩人』河出書房新社) 他の動物から見たら、鼻が長い君はおかしいと。しかし、子どものゾウは、しょげたり怒り返したりせず、「大好きなお母さんも長いのよ」と朗らかに切り返し、それを誇りにしている歌だという。平和でゆったりしたスローワルツの曲は、そんなたくましさを秘めていた。 朗らかな人は、まわりに安心を与える。その人は、心の中に毅然と誇れる”何か”をもっているからだろう。世間の評判などを恐れず、卑屈にならず、妥協せず、正々堂々と思うことを主張する強さが、朗らかさを生むのだと思う。 ある新入会の友は、学会の明るさが印象に残ったと語る。心に、人間革命の信仰をもち、尊敬する師匠がいる。その誇りが、多くの人々を惹きつける。(申)
2006/04/08
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