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2002.06.24
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にわか、ここ1か月「浅田次郎」氏のファンである。
そもそも、弊社で今秋企画されている講演会に
浅田先生をお呼びする、ということから始まる。
同僚の澤田くんが彼の膨大な蔵書の数々から
浅田氏の文庫を次々貸してくれた。
で、この「にわかファン現象」は社内に伝染し
気の合うミカリンにも飛び火し、
現在、先を争うように読みふけっている。

今週澤田くんから借りたエッセイ「勇気凛々ルリの色」を

中でも291ページに書かれてある「理不尽について」
に目が停まった。

この項を要約すると、明治43年の日韓併合によって
旧朝鮮王族の李王家が日本の皇族として礼遇され、
李殿下は日本の皇族として日本で生誕。
学習院、士官学校、そして日本帝国軍人として
来る本土決戦(大東亜戦争)にそなえ、
西日本の防衛を担当されていたという。
そして広島の原爆の犠牲になられた。

この史実について、ほとんど記述がないこと
歴史の中に完全に埋もれてしまっていることを

同著は1994年から95年に「週刊現代」に
連載されていたものの文庫化されたものだが、
気になった部分を引用すると

――戦後50年を迎えた今年、話題と論議はほぼ2つに集約されたと思う。
ひとつはスミソニアンの原爆展騒動とフランスの核実験に伴う、原爆の回顧である。

一見してこの二つは別問題のように思えるのだが、実は不可分の事実であることを、
李●殿下はわれわれに教えてくれる。
われわれは議論をしなければならない。
しかし自己の正当性ばかりを主張する議論は無意味である。
要するに、毎度口をすべらせる日本の政治家は、
誰ひとりとして李●殿下の理不尽な死を知らない。
原爆投下を正当な行為であったと主張し続けるアメリカ人も、
その死を知らない。そして、もちろん一方的な被害者である韓国国民には、
理不尽に殉じた日本軍人がいたことを、知って欲しいと思う。
(中略)
爆心地の橋脚の下でじっと蹲っていたという異国の王子は、
そのときいったい何を考えていたのであろうか。
よその国の軍服を着、よその国の落とした爆弾の熱にその背中を焼きながら――。

「理不尽とは、道理を尽くさないで無理無体に押しつけることである」と注釈がある。
理不尽なことは世を生きていく上に多々ある。
私に限っては毎週ある。
しかし、この李殿下のことを知ったからには
少々の理不尽は我慢できる、しようと思う。
明日から社内でキレることを慎もうと。






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Last updated  2012.04.16 11:19:47
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