2006年08月25日
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私たちは、自然界を見てわかることがあります。それは、止まない雨はないということです。

梅雨の季節の雨や数日間雨が降り続くような時には、このままこの雨が止まないのではないかと感じることもあります。しかし、間もなく雨は止み、青空が一面に広がります。

それと同じように、私たちの現実には、つらい出来事や試練がやって来て、このまま苦しい状態が一生続いて解決しないのではないかと感じることもあるだろうと思います。配偶者との離婚や死別、親や親しい人との死別、リストラ、倒産、破産、人間関係のトラブル等々、そのような状況がやって来るかも知れません。しかし、止まない雨がないように、解決しない悲しみや問題や試練はないのです。

もちろん、それがいつになるかはわかりませんが、その苦しみには必ず終わりがあるということです。そして、雨の後には青空が一面に広がるように、解決と喜びの日が必ずやって来るのです。

ゴスペルソングに、♪多くの苦しみ味わったから 同じだけのなぐさめがある♪という曲がありますが、本当だなーと思いますし、大きななぐさめを感じます。長い雨が止んだ後には、最高に気持ちの良い青空が待っているように、今あなたが味わっている長雨のような試練が過ぎ去った後には、最高に素晴らしい青空のような解決となぐさめの日がやって来ます。

こういうことを希望といますが、現代の人の一つの特徴に、絶望ということがあるように思います。顔では笑っていますし、人がうらやましがるような生活をしているかも知れませんが、その心の中にしっかりと絶望があります。

セーレン・キルケゴール(S. Kierkegaard 1813~1855)は、死に至る病は絶望であると言いました。絶望は最も恐ろしい病の一つです。なぜならば、止まない雨はないのに、絶望は、もうダメだと思わせてしまうからです。そして、未来に対する期待や希望を否定して、お先真っ暗な心の状態にさせてしまいます。

人間に絶望があることは真理かも知れません。それは、人間には罪があるからです。しかし、もう一つの真理があります。それは、「わたしは道であり、真理であり、いのちである。」と言われたイエス・キリストが、絶対絶望的な私たちの身代わりに十字架で死んで下さり、三日目によみがえられたからです。

このイエス・キリストにこそ、絶対絶望を絶対希望に変える力があります。そして、このキリストにあってこそ、100%止まない雨はないのです。今日ここにこそ希望があります。今雨の中に身を置いている方がいましたら、神への信仰という傘を広げて歩んで行きませんか。この雨は間もなく止みますし、神があなたの傘になって下さるので、その苦しみにも絶えられるはずです。








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最終更新日  2006年08月25日 14時11分36秒
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