2006年10月25日
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今朝は、衆議院議員会館において持たれる、国会祈祷会に参加して来ました。久しぶりに、朝のラッシュアワーを経験しました。

約一時間の祈るための集会ですが、ツルネン参議院議員のあいさつに続いて、牧師でもある土肥衆議院議員からメッセージが取り次がれました。主な内容は、北朝鮮の核問題についてでした。

この中で、「ついにこのような事体に陥ったか」と、大きな不安と、跪いて、「主よ、助けたまえ。」と祈るほかにないとのことでした。

私も、今こそ、すべての人が心を合わせて祈る必要があると痛感します。

第一テモテ2章1節~3節には、
『そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。それは、私たちが、敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。』と書かれています。

私たちは、誰でも、自分のためには祈ります。そして、自分だけは嫌な目に合いたくない。自分だけは良い思いをしたいと願うものです。しかし、たとえ自分のための祈りであっても、なかなか時間を割いて祈る人はいません。

まして、すべての人のために、安部総理大臣のために、天皇陛下のために、政治家や権力者、指導者のために祈ることはなかなか考えられません。

それは、祈りの中でこそ、私たちは本当の姿が現わされるからです。祈りの中で誤魔化せる人はいません。



もし、こう祈れたとしたら、間違いなくそれは愛です。愛とは、利己的な部分を削り落として、利他的な心を持つことだからです。

そんな祈りは、もう働きであり、労働でもあります。しかし、間違いなく一つ言えることは、他人の幸せ、特に、自分に取って受け入れがたい人も含めて、祝福と幸せを本気で祈れたら、心が豊かな人であり、最高に幸せな人です。

神様が愛しなさいと教えられるのは、他者や世界の幸せも含まれますが、その人個人の幸せのためなのです。そんな祈りをささげて行きましょう。

そして、高い地位にある人に対して、妬みを感じたり、粗探しをしたり、無関心になったりしないで、真心から祈りましょう。牧師や宣教師のためにも祈って下さい。

今日、お互いのために祈りましょう。家族のため、友人知人、会うすべての人のために祈る日に致しましょう。

あなたも、祈りの働きに参加して下さい。

豊かに祝福がありますように。





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最終更新日  2006年10月25日 10時44分22秒
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