2006年11月25日
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パッションという英語の言葉には、2つの意味があります。一つは情熱です。このテーマに関しては、明日お話しいたします。今日は、もう一つのテーマである、受難ということについてお話しします。

少し前になりますが、アメリカのメルギブソン監督によって作られた、パッションというキリストの十字架の受難を描いた映画が大きな話題になりました。

これは、あまりにも壮絶なありのままのキリストの十字架を描きました。アメリカでは、気を失ったり、心臓麻痺で亡くなってしまった方もおられたそうで、ますます大きな反響が沸き起こりました。

そして、あるシーンは、18歳未満の未成年者には見せてはいけないということまで決められたくらいです。それ程、キリストの受けた十字架の苦難は大きかったのです。

昨日は、夢を信じるという話をしましたが、その夢を信じて、夢に向かって生きる時に必ず生じるのがこのパッション、受難です。夢を持って、夢を実現させる過程において、受難は必須科目のようなものです。

ですから、多くの人は、そのような苦しみに会うくらいならば、夢をあきらめて、夢を持たないで、妥協し、平和に生きた方がいいと考えます。しかし、そこには、無意味と無気力と空しさだけが残ります。

夢を持つ人が、その夢を実現するためには、パッション、受難という橋を渡らなければならないのです。

なぜならば、現在の状況と、夢の実現の間には、大きな溝があるからです。ですから、そこに橋をかけ、その橋を一歩一歩渡って行かなくてはならないのです。

旧約聖書の創世記に出て来るヨセフという人は、夢を持つ人でした。しかし、その大きな夢のゆえに兄弟から妬まれ、エジプトという外国に身売りされました。



彼がもし、神を知らず、夢を放棄したならば、間違いなく自殺したのではないかと思います。すごい受難を経験しました。

しかし、長い年月の後、その現実と夢の狭間にある溝に橋をかけたヨセフは、その夢の通り、エジプトの総理大臣となり、ヨセフの兄弟がヨセフに頭を下げました。

このヨセフの受難に何か意味があったのでしょうか? ヨセフがその苦しみに耐えたから、神様がご褒美として夢を実現させてあげたのではありません。

その苦しみの中で、ヨセフがその総理大臣にふさわしい人格を育てる期間となったのです。彼は、父親から溺愛され、お母さんが何人もいましたから、複雑な家庭環境の中で、歪んだ人格を持っていただろうと思います。

しかし、そのヨセフが、自分を裏切った兄弟たちを、後には、完全に許し、また、この苦しみは、神が飢餓からの救いのために、私を先に遣わされたのである、と言いました。何一つ恨みませんでした。

彼をそのように育てたのは牢屋の受難でした。それが、現実と夢にかける橋をかける作業だったのです。この橋とは、彼自身の人格であり、彼の成長過程でした。

ですから、夢を持っているみなさんが忘れてはいけないことは、夢を実現させるためには、このような受難を経験しなければならないと言うことです。その夢を実現させるためには、あなたがその夢にふさわしい人にならなければならないのです。

そのために、絶えず夢を心に描きながら、その夢の実現を信じ、夢に向かって毎日軌道修正しながら歩み続けて行きましょう。

いつの日にか、その夢は必ず実現させることが出来るでしょう。

この夢についての一連のお話は、数回前の、目標を明確にするというところからシリーズとして扱っています。今日はじめて読んで下さった方は、その日記から目を通して、読み直して下さいますようにお願いします。

必ず、あなたの人生に取って有益となり、あなたの人生を革命的に変えてしまうだろうと思います。



神の祝福がありますように。
God bless you!





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最終更新日  2006年11月25日 08時13分16秒
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