2007年01月12日
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「りっしんべん」に「亡」と書いて忙しいと書きますが、忙しいと心を亡ぼしてしまいます。

その実態は一体なんでしょうか? 

それは、禁止令に追い立てられる心です。

子どもの頃から、多くの人が「早くしなさい!」と一日中追い立てられたのではないでしょうか? 朝「早くおきなさい!」「早く着替えなさい!」「早く食事をしなさい!」「早く学校に行きなさい!」そして、学校から帰って来ると、「早く手を洗いなさい!」「早く宿題しなさい!」「早く塾に行きなさい!」そして、「早く夕食を食べなさい!」「早く寝なさい。」そして一言、「明日早く起きるのよ!」

これでは、一人立ちし、大人になってからも、心の中ではテープが回るように「早く!」「早く!」と追い立てるのではないでしょうか?

何事も早くしなくてはならないと思い込まされている現実があります。

もちろん、早さは今の時代要求されることですが、同時に、じっくりと確実にすることも大切です。

私たちは、早く、そして、時間に追われている現実はありますが、しかし、その「早く!」という禁止令を一旦封鎖し、「自分のペースでいいよ。」と言ってあげることも大切です。

ある人は、いつも何かに追われているような気持になっている人がいます。もちろん、追う者はいないのに。



私は、自分自身、朝の聖書と祈りの時間を最も大切なこととしています。

忙しい人にも、忙しくない人にも、私は奨めます。「朝、聖書を読んで祈って下さい」と。

それに対して、「私は忙しいので、そんな暇ありません。」と返答が帰って来ました。そう答えられた方の中には、熱心なクリスチャンの方もいますし、牧師のお子さんもいます。

しかし、忙しいからこそ、聖書を読み、祈らなければならないのです。

少なくても、朝の1時間、30分、いや、10分でも、この朝の時間があなたの人生を豊かにし、忙しくならないばかりか、何倍ものことをすることが出来るはずです。

私は、朝の聖書と祈りのために、朝早く起きます。そして、重要なほとんどのことは午前中に終わらせてしまいます。そうしたら、午後の時間は、外部の働きにゆとりを持って参加することが出来ます。

そのために聖書を読み、祈るのです。

その時、すべての否定的な感情、心配、恐れ、思い煩い、嫉妬、憎しみ、怒り、失望落胆、無気力、イライラ、憂鬱さ、忙しい心・・・。それらすべては溶かされ、肯定的な感情に変えられます。

その上で祈りますと、必要なことと不必要なことが見えて来ます。そうしたら、不必要なことは、排除、もしくは、後回しにして、必要なこと、しかも、緊急を要しないけれど重要なことから行なって行きます。

そうしたら、忙しさは最小限になり、消えてなくなってしまうのです。

私は、今日、明日、明後日と、とてもいそがしいです。しかし、忙しくはなりません。やることがたくさんあるだけです。それを、ゆとりを持って、楽しく行なうのです。



お祈りをしています。





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最終更新日  2007年01月12日 09時54分13秒
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