2007年05月20日
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この間の日曜日は、イスラエルの宣教をされている女性が教会に来て証をして下さいました。

証は、一般的に言えば、神様がして下さったよいことを発表するということですが、やはり証は証、法廷用語です。

見たこと、聞いたこと、触れたことをストレートに話すことが一番です。

彼女が、礼拝の最後の時間に証しして下さった内容は、イエス様の再臨が近いということ、日本のリバイバルが近いという、預言的な内容でした。

神様は生きておられて、今のまま見過ごしにされるのではなく、必ず、この日本にも、そして、福音発祥地の地であるイスラエルにも最後にリバイバルが興されると信じます。

そして彼女が強調していたことは、イスラエル宣教に来てほしいという内容でした。エルサレムで私が讃美をしたら、それだけで収入になりますし、今宣教の最後の段階に入っているから、お願いしますと繰り返しておりました。

私がイスラエルから帰国した直後は、心が純粋になり、宣教以外、全てのことが無意味のように感じました。しかし、日本に帰って、現実に戻りますとそうは言ってられないと言う感じもしますが、しかし、最も重要なことを思い出させてもらいました。

宣教こそ、究極に大切なことであり、人の永遠を決定することですから、全てに優先されるべきことです。しかし、サタンはその働きを前進させてほしくないので、人々にその重要性を感じさせないで、軽視させるように仕向けています。

あなたがもし、宣教を最重要課題と思っていないとしたら、サタンに騙されていると言ってもいい過ぎではありません。



このバランスが難しいのですが、神様の要求はあまりにも高過ぎて、私たちにはとうてい出切るものではありません。

どうしたらいいのでしょうか?

それは、イエス様が歩まれた道=十字架の道を歩むということです。

すなわち、自分を捨て、自分の十字架を負って、主に従うということです。

これは簡単に言えば、自分に死ぬということです。

自分が生きていたら、きっと不満が出てきたり、自我がその働きを壊してしまいます。

最も大切なことは、今ひざまづき、主に死なせて頂く事です。

今日、共に、そうさせて頂きましょう。

祝福がありますように。





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最終更新日  2007年05月20日 07時19分08秒
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