2007年07月18日
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今の世の中は、目に見えることに大きな価値が置かれています。もちろん、それが大切ではないといいたいのではありません。しかし、それが全てとなってしまったとしたら、とても悲しいと思います。

なぜならば、人はうわべを見ますが、神は心を見るからです。心こそ、もっと大切なことなのです。

心が純粋か? 神は、外面ではなく、それを見ておられ、関心を持っておられます。

神さまは、今も私たちの心を見て、知って下さっています。この方を意識し、この方が喜んで下さる心を持って行きたいものです。

私たちの心はいつも揺れ動きます。そして、罪の奴隷のようになって、気がつけば罪の方向に流されてしまいます。

罪の動機は貪欲です。これは、度が過ぎる欲望のことです。睡眠欲、食欲、生きている私たちには、あらゆる欲があります。欲は私たちの必要を知らせる信号のようなものです。だから無視してはいけません。また、押さえつけるものではありません。

しかし、私たちが何かをする動機は、欲を満たすためではなく、欲を超越して、愛という動機で行いたいものです。

人に認められ、人から良く思われたいがために、人にへつらい、ぺこぺこしたりするのではなく、真心から良いことをしたいもいのです。

そうでないと、利害関係が動機となります。そうなりますと、利害のある人にはペコペコしますが、利害がない相手には、非情、無情になってしまいます。



偉いと思える人には、偉くないかのように、偉くないかと思える人には、偉い人のように接することができたら、ある意味驚かれるだろうと思います。

なぜならば、多くの人が逆だからです。目上の人にゴマをすり、目下の人にぞんざいに扱います。

愛はすべての人間関係、すべての動機として行きたいものです。

愛こそ、心を純粋にするものです。

祝福を祈ります。





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最終更新日  2007年07月18日 11時23分19秒
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