2007年10月01日
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幸せになるために必要なのは、人を愛することです。

しかし、多くの人が、愛するのではなく、愛されることを求めています。愛されたら幸せになれると錯覚しています。

もちろん、愛されることは、安息を得ることにはなりますし、一時の満足感はあります。

しかし、人は愛することなしに幸せになれないようにできています。

イエスさまは、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」と教えられました。

この言葉を聞いた時に、愛されることを求める人は、「『愛し合いなさい』と書いてあるんだから、愛してよ」と、愛されることを求めてしまいます。

しかし、イエスさまの「互いに愛し合いなさい」という言葉は、それぞれに「ただ愛しなさい」とだけ言われたのです。

ただ愛しなさい。それだけです。

愛されなさい。



こういう言葉は一言も語られていません。

これをもし間違えてしまいますと、「愛されて当然!」と思いますから、不満が生じ、文句を言ったり、「人に躓いた」と言うようになり、さらに、人を避難するようになります。

その姿は、非常に醜いですし、その本人は不幸極まりありません。

そして、「自分が不幸なのは、~(誰々)が悪い!」と、信じて疑いません。

しかし、あなたはそういうからくりから抜け出して下さい。

そして、幸せになるためにも、愛に向かって下さい。

つまり、愛されることを求めるのではなく、愛することを求めてください。

聖書で教える愛は、大きく分けて二種類です。

1、自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい。
2、わたし(キリスト)があなたがたを愛したように、(同じ愛で)愛しなさい。

2の愛は、十字架の愛です。無条件で、一方的な赦し、愛、受容です。これは、あまりにも大き過ぎる愛ですから、まずは、1の、自分に対して寛容であるように、人に対して寛容になることからスタートするのがいいでしょう。



自己憐憫をし、自分に対して破壊的な人も、継続してそうではありません。そういう人に限って、自分に対してすごく甘いものです。

そういう人は、すぐに人を非難し、攻撃をし、またあるいは、人に迷惑をかけるような言動や態度を行います。

すなわち、自分にとても甘く、他人にすごく厳しいのです。

もちろん、このような人は、まず自分を愛することから学ばなければいけません。キリストが自分に対してどれだけ愛してくださっているかを知識と体験で受け入れることです。

そして、愛することだけに向かって行けたら、人生はコペルニクス転回のように一発大逆転し、幸せになります。



もちろん、オートマチックでそれができれば簡単ですがそうは行きません。また、神がロボットのように、私たちをボタンで操縦してくれたらいいのですが、それだけは不可能です。

神は、私たちに自由意志を与えた以上、それだけは無理です。

あなたが選び取るのです。

誰かがあなたにそれを強制はできません。

それを選べるのはあなただけです。

あなたの人生の決定権を持っているのは、結局のところあなただけなのです。

あなたの意思で、愛に向かい、あなたの意思で、神をあなたの主人として迎え入れ、あなたの意思で神に従い愛するのです。

どうぞ、愛してみてください。

幸せになるためにはマジックはありません。

一時的な幸せは、誰かから愛されたり、アルコール、たばこ、覚せい剤のようなものを服用すれば、感じられるかも知れません。しかし、それはあくまでも一時的であり、そこから覚めた時には非常に空しいです。

ただ愛すること。

そして、以前にも書きましたが、それでも愛すること。理屈をこねないで愛するのです。そのままを受け入れてください。

必ず、あなたの知らなかった、素晴らしい世界が見えてきます。そこに幸せがあり、そこが、この世にある天国です。

幸せになってください。そして、共に幸せを満喫致しましょう。

祝福を祈ります。





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最終更新日  2007年10月01日 16時44分13秒
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