2007年10月16日
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人はなぜ悩むのでしょうか? 悩みで大切なことは、解決できる悩みと解決できない悩みを切り分けることです。

悩みの根底には、「自分はどこから来て、どのように生き、どこに向かって行ったらいいのだろうか?」という悩みがあります。

この悩みはおろそかにしてはいけません。解決するまで悩んでください。

しかし、この文章を読んで下さったあなたは、きっと解決して下さるだろうと思います。

人は、神によって造られ、神に生かされ、神のもとに帰って行くのです。その神と人間の橋渡しをしたのが、人なった神イエス・キリストです。

イエス・キリストを通して神と一つになって生きることで、重要な悩みのほとんど全てが解決します。

罪が赦され、神の子とされ。悪魔が追い出され、聖霊に満たされ。心と体の病気がいやされ、健康が与えられ。貧しさとのろいがなくなり、豊かさと祝福が与えられ。死と地獄が撤廃され、永遠の命と天国が与えられました。

これらは、ただ恵みによって頂けるのです。

しかし、だからと言って、人は悩まなくなるかと言えばそうではありません。罪があるので、罪は赦されていたとしても、死ぬ日まで悩みはなくならないでしょう。



人は、働いても働かなくても同じ給料をもらえるとしたら、おそらく多くの人が働かなくなるだろうと思います。人は根本的に怠惰な存在です。

しかし、ここからが悩みの始まりなのです。

「貧乏ひまなし」で働いている人は、忙しく、真剣に生きていて、悩むひますらないのです。朝起きて朝食を食べたら職場に直行します。そして、仕事を終えて夕食を食べてお風呂に入ったら、疲れ切っているのですぐに寝てしまいます。悩む時間すらないのです。

ところが、働かない人は、楽をしていますし、省エネをして力が有り余っていて、楽しいことだけをすればいいのですが、そうはどっこい問屋がおろさないようです。忙しくなくなると、どうでもいいことを考えるようになり、そして、悩むようになるのです。

悩むようになりますと、程なくして精神的に行き詰まったり、精神的な病を患うこともあります。そこで、治療を受けたり、薬を飲んでも、そう簡単には問題は解決しません。

悩む人は、回りの人は理解できませんが、本人はとても苦しいのです。その苦しみは、自分に向け続けると、自殺衝動が起こります。また、それを外界に向けますと、犯罪や人を攻撃したり、責任転換をして人に怒りをぶつけます。そうすると、自分の良心が咎めるようになります。

そうなると疲れるので、休もうとします。そうすると、ますます悩むひまを作ってしまうことになるのです。現代の大きな問題の一つが、このような悩みから脱出できない人が多いということです。

一体、どうやったらその悩みが脱出できるのでしょうか?
まず第一に、イエス・キリストの名前で神に祈ることです。祈りは奇跡を起こします。

第二に、言葉と考え方を変えることです。
どちらが先でもいいです。消極的・否定的・批判的・マイナスの言葉と考えを一切断って下さい。そして、積極的・肯定的・ほめたり、プラスの言葉と考えだけを使うようにして下さい。厳しいまでにそれを行ってください。敵は、自分自身の中にいるのです。自分に負けないで下さい。


今までは、その場限りや猪突猛進で生きて来たかも知れません。しかし、これからは、明確で価値ある目標を立て、それを行う計画を立てて下さい。これのためには、最大限の時間を使って下さい。何冊ものノートを使ってもいいのです。とにかく、人生をかけて成し遂げたい目標が定まるまでは、最優先にこれを行って下さい。

そして第四に、悩む時間がなくなる程までに行動し、働き、前向き肯定的に生きて下さい。
悩むひまをなくすことです。

世界の億万長者たちの多くは、若くしてリタイヤ生活に入る人もいます。それは、働かなくてもお金が回って行くからです。しかし、ここが分かれ道になります。働かなくてもいいけれどあえて働く人は幸せに生きています。ある場合は、慈善事業やボランティアをしたり、ひまを持て余すことはありません。

これに似ている状態の人に、精神的な病や何らかの障害で働くことができないと認定された人は、生活保護を受けることができます。それを受けられる人は感謝であると同時に、自分に厳しくなる必要があると思います。私の親しい友人の伝道者は、週に2度人工透析を受けています。当然、国はその費用を負担し、生活保護をしてくれています。しかし彼は、その恵みに感謝しながら、教会の働き、伝道の働きに従事しています。



第五に、他者のために生きて下さい。

どんな人でも、人のお役に立つことができるのです。車椅子に乗った一人の女性を知っています。彼女は、何もかも失ったと周囲の人は考えましたが、本人は至って楽天的です。そして、「私にはまだ、人に与えるものが残っている」と満面の笑顔で語ります。そして、Ph.D(哲学博士号)を取得し、車椅子のまま講演活動を続けています。

失ったものを数えることはやめましょう。不得意なことに不満を持つことはやめましょう。ないものねだりはやめて、与えられているもの、恵まれているものを数えて、それを感謝し、それの伸ばし、活用して、誰かのために生きて行けたら幸いです。

よーく眺めてみたら、自分よりも不幸な人はいくらでもいるものです。その人に手を差し伸べてみて下さい。私が信じているのは、私たちが誰かに手を差し伸べるならば、神さまが私たちに手を差し伸べてくださり、気が付いたら問題は解決します。

私は、この奇跡を数え切れない程経験して来ました。自分自身が疲れきり、全てを投げ出したくなるように感じても、そんな時に限って、救いを求めて来る人がいます。葛藤はありますが、迷わず手を差し伸べますと、気がついたら自分の悩みを忘れています。そして、さらに気が付いたら、自分の問題は解決しています。ハレルヤ!

どうぞ、自分の問題を嘆くのをやめましょう。自分をかわいそうに思って自己憐憫をすることをやめましょう。自分より不幸に見えなくても、自分の助けを必要としている人がいたら、迷わず手を差し伸べるのです。お金がなくても、時間がなくても、今できる助けがあるはずです。私は、この文章を悩みの渦中にあり、その中で苦悶し、助けを求めている人のために書いています。

そして、手を差し伸べていると、自分の問題解決の方法や知恵が与えられるものです。自分の悩みは大きく見えるものですが、人の悩みは冷静に見れます。そして、自分のことはなかなか見えなくても、人のことはわかるものです。そこで、問題の解決法を見つけたら、それを自分自身にも適用したらいいのです。

主イエスは、受けることの幸いも教えられました。有名な「求めよ。さらば与えられん」という言葉を繰り返し教えられました。しかし、この「受けることよりも、与えることはもっと幸いである」とも教えられました。受けることの幸いを知らない人はいないでしょう。しかし、与えることの幸いは、それを遥かに凌ぐものです。

そして、「与える人は、押入れ、揺すり入れ、溢れるまで与えられる」とも教えられました。

悩み。そこには、必要な悩みもあります。しかし、主イエス・キリストを信じることでその根底的な悩みは全て解決ができます。

後の悩みは、この文章を繰り返して読んでみて下さい。あなたは必ず悩みを超越し、その悩みや喜び、歓喜、祝福、笑いに変わるはずです。

祝福をお祈り致します。





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最終更新日  2007年10月16日 11時52分06秒
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