2011年03月12日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類






今私たちの国日本は、東北地方太平洋沖地震による被害と、津波と福島原発事故による被害によって大変な苦しい状態にあります。



昨晩私は、地震の被害を覚えての祈祷会に参加して、共に地震とその二次被害の中にいる人たちのために心を痛め、祈りました。地震が起こってから食欲がなくなってしまっていましたが、祈りによって希望が与えられ、少し元気が与えられました。祈祷会に参加をした方と共に食事に行きました。その時の温かい料理に心が温まり、涙が流れてきました。それは同時に、今頃被災地にいる人たちはどんなに苦しんでいるだろう?と思い、心を痛めました。支援物資がまともに届かない避難場所もあります。また昨晩は本当に底冷えのする寒い一日でした。



私は牧師として、この地震が起こってからあちらこちらでメッセージを発信していますが、正直、どのように語ったらいいのかという戸惑いもあります。これまでにも日本は、政治、経済、社会、家族そして個人のレベルに至るまで、様々な問題を抱えていきました、それに拍車をかけるかのように、今回の大惨事が起きたのです。「日本は一体どこまで落ち込んでいくの?」「みんなまじめに、一生懸命がんばっているのに、なぜ、こんな目に会わなければいけないの?」「神も仏もあるものか!」様々な声が聞こえてきます。



それに対して、石原都知事が言うように、「日本はその我欲のゆえに『天罰』が下った。」とか、韓国のある牧師が言うように、「日本人はいつまでたっても、悔い改めて神を信じようといないから、『神の裁き』が下った」とは、被災地の方々を考えたらとても言えません。色々なことが考えられ、語られていますが、私たちは、すでに起こってしまったことに対して「なぜ?」「どうして?」「何がいけなかったの?」という詮索をするよりも、今のこと現実を受け止めて、共に心を痛めながら祈り、解決に向かって行かなければなりません。



私は、このような状況の中にあっても神は愛の神であり、良い神であられることを固く信じています。そして、私たちに耐えられない試練ではなく、必ず逃れの道が備えられていると信じます。(新約聖書 コリントの人への手紙 10章13節参照) それは、日本は今、向きを変えて出発する時が来ているのではないかと思います。



第二次世界大戦に敗北し、廃墟の中からもこの国は復興してきました。この敗戦に対して、「良かった」とか、「しょうがなかった」とか、「天罰だ!」、「神の裁きだ!」とは決して言えませんが、日本は、より良い方向に向きを変えることができたと思います。富国強兵という政策を掲げ、軍事大国を目指してきた日本は、そこで向きを変えて、平和協調という政策を掲げ、経済大国を目指すようになり、新しい方向を目指すようになりました。振り返ってみると、軍事大国も経済大国も日本を幸福にしませんでした。それは、何不自由ないのに10年以上も自殺者が3万人を超えるという現実から見てもわかります。



日本には、世界中が認めるような素晴らしい長所がたくさんあります。こんな悲惨な惨事があったにも関わらず、避難場所でお互いに譲り合い、列を作って秩序を乱さない姿勢は、世界が注目し、尊敬されています。他にも、すばらしい面がたくさんあります。この素晴らしい日本人のアイデンティティー持ちながらも、新たに向きを変える時が来ているのだと思います。



聖書は、「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ。」(申命記1:6-7)と語りますが、もし今回の地震のようなことが起こらなかったら、「この山に長くとどまっていた」とあるように、現状維持を続けていたことだろうと思います。しかし今、日本は新たに向きを変えて出発する時が来ていると信じます。









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年03月18日 11時40分12秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: