2012年09月09日
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より素晴らしい一日を生きるために、人は、自分の立場に立って生きているということを前提に、今日は、相手の立場に立って生きることについて考えてみたいと思います。

と言いましたても、多くの人が、「人からどう見られているだろうか?」「あの人からどう評価されているだろうか?」と、人の目を気にしながら生きているものだと思います。しかしこれは、自分の立場で、「自分がどう見られているのか?」を気にしている有様です。

喧嘩が起こる理由は、だいたい、相手の立場を考えず、こちらの立場から見て、「自分は正しい!相手は間違っている!」と評価し、断定するから起こります。そう評価された人は、「そう評価するあなたの方がおかしい!私の方が正しい!」と考えますので、争いになります。

聖書は、「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。」(マタイの福音書7:1~2)と語ります。つまり、人に対して、「間違っている!」と断定すると、断定した相手からも、「間違っている!」と断定され返されるということです。

もちろん、法律に触れるような間違いがある場合は、間違いを指摘したり、警察に通報したり、法律のもとで起訴することが必要になります。しかし、聖書が「さばいてはいけません。」と語るのは、黒白つけがたいグレーゾーンに関しての内容です。みなさん、グレーゾーンに関してのことは、お互いに違いを尊重し合い、学び合うことが大切です。これは、相手の立場に立たないとできないことだろうと思います。

相手の立場に立つのは、どうやったらできるでしょうか? まず、自分自身の心を開いて、そこから飛び出して行って、相手の懐に飛び込み、相手の立場に立ち、感じ、考えながら、今度は、そちらの立場から回れ右をして、自分の方を見ながら考え、語り、行動することです。

人を愛せない、人を理解できない、人の間違いを指摘し、人を説き伏せたい、人に間違いを認めさせたい、などと考えるのは、だいたい、しっかりと自分の立場からだけ相手を見ているだろうと思います。しかし、自分の立場を一歩離れ、相手の立場からも共に考えてみると、「なるほど~、こういう考え方もあるんだ!」となるものです。

確かに、あなたが正しいかも知れません。しかし、相手にも正しい部分があるかも知れません。ことわざに、「盗人にも三分の理」という言葉があるようにです。反対に、相手が間違っているかも知れませんが、あなたの方にも間違っている部分があるかも知れません。そのように、正義の味方・月光仮面のように相手を非難するのではなく、穏やかに、ゆとりを持って接するならば、そこで対話が持てるようになり、理解し合えるようになり、友情が芽生え、愛し合えるようになるものです。



新しい一週間がスタートします。世の中は、ものすごいスピードで動いています。また、とても生きにくい時代です。疲れた、休みたい、苦しい、泣きたい、死にたい、逃げ出したい、と苦しみを持っている人もいるかも知れません。しかし、「大丈夫! 恐るな! 私があなたと共にいる!」と言われるキリストと一緒に歩めたらいいですね。素晴らしい一週間でありますように。





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最終更新日  2012年09月10日 07時34分22秒 コメント(1) | コメントを書く


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