2012年10月12日
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人は、自分が好きなことをするためには、何としてでも時間を見つけるものだなーと思います。恋人がいる人は、寝る間を惜しんだり、少しの時間を見つけてはデートをします。人生の優先順位は、やりたいことは後回しでもいいんだなーと思いますよね。

話は戻りますが、バイクは、車に比べて簡単な構造ですので、自分でいじる楽しみもありました。そして、新しく改造したら、走りに行きたくなるものです。

バイクに乗ると、とにかくスピード命でした。このままではいくつ命があっても足りないと思いながらも、夢中になってかっ飛ばしていました。そんな私に取っての抑止力が、正確には覚えていませんが、「落とせスピード。君の帰りを母が待つ!」という交通安全のスローガンでした。

ある人は、人生に思い悩んで自殺をしようとしました。その時、自分が死んだことで、とても悲しんでいる親の姿が心の中に思い浮かんだそうです。それで死ぬのをやめたそうです。
太平洋戦争末期に、戦死を前提とした体当たり・自爆攻撃をする神風特攻隊というものがありました。建前では、「天皇陛下万歳!」と言って、国のために命をかけた行為であったと言われていますが、実際は、「お母さーん!」とほとんど全ての人が叫んで亡くなったと言われています。

親に対する思い。また、親が悲しむという思いは、命の大切さを思い起こさせるものだと思います。なぜこんなことが行われてしまったのだろうか?なぜ?と思いますが、その場にいなかった私には、それを知る由もありませんし、簡単に賛否を言うことは出来ません。

人間にとっての抑止力は、親のほかに、神様をあげることができると思います。聖書には、「神は愛なり」と書かれています。こんな賛美歌があります。

「主我を愛す 主は強ければ 我弱くとも 恐れはあらじ 我が主イエス 我が主イエス 我が主イエス 我を愛す」(賛美歌461番)



神様は目には見えませんが、存在しておられます。その神様を意識することが、より良い生き方へとつながり、命を大切にし、隣人を愛し、幸せな国と世界を作っていく原動力になると思います。

神様を信じない人は、人の目が神様のようになっています。そうなると、人が見ていなければ、見つからなければ、不正や悪いことをしてもいいと考えます。しかし、神は、信じても信じなくてもいつも共におられ、私たちを愛の眼差しで見ておられます。そして神は、裁き主です。

神は罪を裁きます。しかし、その裁きは、私たちを直接裁くのではなく、御子イエス・キリストを十字架に貼り付けにして、身代わりに裁きました。信じる人は、神の裁きは終わりました。

神は愛です。愛の神に感謝し、その神様の心を痛ませないようにし、神様の心を喜ばせるような生き方を心がけて行きたいですね。

聖書には、「神の国と神の義を第一に求めなさい。」と書かれています。神様を第一にし、他のことは後回しにしても、いつも神様に祈り、神様と共に歩む人生を歩むことをお勧めします。

そうしたら、寂しくないし、満足できるし、幸せになります。人が罪を犯す原因は、寂しさや不満、不幸などが原因です。その根本的な解決は、神様と共に歩むことです。

あなたには抑止力がありますか?真の抑止力は、愛の神様が悲しまれることはしたくない。愛の神様が喜ぶことをしたい。というものだと確信します。





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最終更新日  2012年10月13日 07時37分09秒 コメントを書く


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