2012年11月29日
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逆転するというのは、世界が正反対になることです。昼と夜が逆転してしまった人は、夜起きて、昼に寝る生活です。逆転満塁ホームランは、今まで負けていたのに、一気に形成が変わって勝利することです。

ところで、「義〈ギ〉」という字は、「義〈タダ〉しい」とも読みます。ただ、常用漢字ではないので、パソコンや携帯の変換では出て来ませんし、辞書にも載っていないかも知れません。
数日前に、「正しい」という字は、「一」に「止まる」と書くというお話をしました。「一」の下に「止まる」生き方こそが「正しさ」のようです。

一つは、あれもこれもではなく、一つに徹すること。

もう一つは、「一」すなわち、「唯一の神」の「下」に入り、留まり、直結する生き方こそが正しさという意味です。

今日の「義しい」は、「羊」の下に「我」が入る生き方です。

「羊」とは何でしょうか? 「羊」は、全人類を贖うイエス・キリスト=神の子羊を指します。

「義しさ」とは、人と人を比較して、「この人よりこちらの人の方が義しい」という次元のものではなく、私を造られた神、私の救い主である「神(神の子羊)」の下に、「我」が入る生き方のようです。



人は、自分を人生の決定者の地位においています。これは当たり前のことですが、最初に人類が神に創造された時には、神より少し低く造られ、神が人生の決定者でした。しかし、悪魔の誘惑によって、神を捨てて、悪魔に従い、自分を神の地位におきました。これが罪の始まりです。

福沢諭吉の「学問のすゝめ」の中に、「天は人の上に人を作らず人の下に人を作らずと言えり」という言葉があります。「学問のあるなしが人を二分しているのだから、学問は大切だよ。学問をしなさい」とすゝめた言葉です。学問が貧富の差や、様々な格差を生んでいることは事実だと思います。しかし、人は、どこまで行っても人です。違いはあっても、上下や優劣はありません。上下や優劣があるとしたら、神と人間の関係です。

神以外を崇めたり、教祖を称えたり、目に見える木や石で作ったものに手を合わせるのではなく、私たちを造られた神を神とし、その下に入って生きる生き方こそ、義しさであると、「義」という字は表しています。これが、人間の本来の姿だと言わんばかりです。

これからは、自分が一番の生き方から、神に仕え、神と共に歩む人生を歩み始めてみませんか? ある人は、その歩みを継続し、ある人は、新たに決断をして、生まれ変わるるとしたら、ここに真の維新がはじまるのです。

政治は重要です。民・自・公の第一極や第二極が政権を取るのか、維新の会・未来の党を中心とする第三極がどこまで議席数を増やしてくるのか、あるいは政権を取れるのか? フタを開けてみなければわからないし、今、とても熾烈な選挙戦が繰り広げられています。国政選挙の行方が、憲法改正、原発、TPP、消費税などの今後の行方が変わります。さらに、重要なのは衆議院総選挙だけではなく、都知事選挙も重要です。

しかし、根本的には、どこが政権を取り、誰が総理になっても、誰が都知事になっても、この国に平成維新・日本維新をもたらし、真の復興をさせることは難しいと感じます。今の日本を変える力は神にこそあります。人間は器であり、道具です。そこに神が働いて下さらなければ、小手先で終わってしまいます。

私は、日本の国民がイエス様に一票を入れることこそが、真の平成維新、日本維新を起こすことにつながると確信します。

イエス様に一票を入れるというのは、人を頼ったり、偶像を拝むことを選ばないで、創造者であり、救い主であるイエス・キリストを信じます、という決断です。選挙に比例と小選挙区は別として、一人に二票が与えられていないように、誰を自分の神とするのか? これは、いつか決断しなければならないことです。

どうぞ、神様に、ふさわしいリーダー、代議士・首長が選ばれますように、と共に祈って行きましょう。

祈るとは、「羊」の下に「我」が入って、「羊」と一体になって、直結することです。これが義しさであり、本来の人間の姿です。

そして、あなたと私の祈りが、日本の未来を変え、未来をつくって行きます。







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最終更新日  2012年11月30日 07時29分21秒 コメントを書く


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